11ヶ月間の出来事
大ムカデを退治した翌々日に、俺と涼と由乃さんは智恵美さんにけがの具合を見てもらった。それと同時に、佳苗さんが空道神社の子供達の定期検診をしていた。やはり子供の健康管理については、小児科出身の佳苗さんの方が一枚上手だったようだ。
それは一旦置いておいて、俺と涼と由乃さんの怪我の具合は。
「瀧倉さんの由乃さんに関しては打撲で済みましたけど、武谷君に関しては打ち所が悪かったみたいで腰を骨折しています」
「ええぇ・・・・」
結界を張って自由に機器を使えるようになり、ちゃんとした診察をしてもらえるようになったことで出来た精密検査の結果、俺だけ腰を骨折するという重傷を負う事になってしまった。
「明日手術をしますのでちゃんと来てくださいね。子供の健康管理は比良坂さんの方が上手ですけど、外科手術に関しては私の方が上ですから」
「そこは信用していますし、智恵美さんの腕を疑った事はありません」
そして翌日、道明君を助手につけた智恵美さんに手術してもらい、腰にコルセットを巻いて安静することになった。
「リハビリも含めて全治5ヶ月。最低でも3ヶ月間は絶対安静ね」
「長いですね・・・・」
その期間は、何と驚きの5ヶ月。
「せっかく娘が出来たんだから、ちゃんと絵里奈ちゃんと過ごす時間も大切にしないとね」
「それで5ヶ月ですか」
「同時に、青美ちゃんや梨乃ちゃんの底上げも出来たらいいなとも思うわね。この前の魔物?ですか、あれクラスの化け物が今後も出てこないとも限りませんので、瀧倉さんや由乃さんに指導してもらおうと思っています。その間に武谷君には、安静しつつ絵里奈ちゃんとの時間も大切にして。血は繋がってなくても、あなたは絵里奈ちゃんのパパなんだから」
「そうですね」
大ムカデと戦いに行く時でも、絵里奈ちゃんは物凄く悲しそうな顔をしながら俺や華々美にしがみついていたし、実の母親を失ったのがあの子にとって大きな心の傷になっていて、離れていく事を恐れているのだろう。
それなら、安静期間の5ヶ月の間に、いやそれ以上の期間を絵里奈ちゃんの傍にいて安心してもらわないといけないなと思った。
手術を終えて、病院で1ヶ月の入院を終えて屋敷に戻ってきた瞬間、絵里奈ちゃんは大喜びで俺に向かってハイハイしてきた。1ヶ月ぶりに抱っこすると、かなりずっしりときていてビックリした。子供の成長は早いなと思った。
そんな訳で、絶対安静の3ヶ月もの間は無理も出来ずに屋敷で大人しくしている日々が続いた。その代りに、絵里奈ちゃんとたくさん遊びました。
そうそう、絶対安静期間中に絵里奈ちゃんの1歳の誕生日をお祝いする為に華々美と美玲と小夏さんの3人が一緒にケーキ作りをした。村から貰ったイチゴと、農場から貰った牛乳で作った生クリームでデコレーションしたケーキを皆で食べた。
1歳になった絵里奈ちゃんのお世話は、毎日が本当にてんてこ舞いだった。
「ああぁはああぁ♪」
「ええ、絵里奈ちゃん!」
「ははは!自分で自由に走り回れるようになってからは、何時にもなく元気だな!」
「笑ってないで、咲も捕まえるの手伝ってくれ!」
「はいはい」
その日一緒にお世話をしていた咲に笑われながら、俺は庭中を走り回る絵里奈ちゃんを捕まえるのにかなり手を焼いた。この時期になると一人を除いて誰にも抱っこさせてもらえず、こうして走り回る日々が続いた為常に目が離せなくなった。
(本当に40人もの赤ちゃんのお世話をしている笠島先輩には、尊敬しかないな!)
ちなみに、絵里奈ちゃんが唯一抱っこをねだっているのはママである華々美であった。
そんなこんなで絵里奈ちゃんのお世話は大変だったが、うちの女性陣は皆が絵里奈ちゃんにメロメロであった為、誰も文句も愚痴も言わなかった。
一方で、空道と梨乃はあれからたくさんの愚痴を漏らすことになっていた。理由は言うまでもなく、涼と由乃さんと行う修行がかなり辛いからである。何せ由乃さん曰く、10ヶ月で完璧に仕上げるとのことなので、空道と梨乃にとってはかなりハードな内容であった。
しかも、実践訓練と称してたくさんの死霊でひしめき合うショッピングモールや、狭い所ではアパートの一室で大量の死霊たちを相手にたった一人で挑むこともあった。それに関しては、流石に空道と梨乃に同情してしまった。ちなみに、涼と由乃さんは問題なくこなす事が出来る。
「疲れたああぁ!」
「じ、地獄ぅ!」
嘆く空道と梨乃だが、そんな2人よりも過酷な内容で訓練を行っていた涼と由乃さんは、疲れてはいるものの2人みたいに倒れる程の疲労は全く感じられなかった。
「涼が体力お化けなのは知っていたけど、由乃さんも凄いな」
「体力お化けって、酷くない?」
「これでも以前はたくさんの幼児たちを相手にしていましたので、体力には自信があります。それに、学生時代は徹夜で喧嘩に明け暮れていた時期がありましたのであれくらいなんてこともありません」
「「・・・・・・」」
由乃さんのドン引きする内容に、俺も涼もコメントに困った。そんな由乃さんの自慢にもならない武勇伝を聞き、咲と友坂が目をキラキラさせながら由乃さんを見るようになったという。なお、レディース時代は由乃さんにとっても軽い黒歴史であるため、咲と友坂が師匠と呼ぼうとした時は全力で止められた。
そんなこんなで、安静期間の5ヶ月を過ぎると俺もリハビリと共に剣術と弓術の訓練を行った。俺は念力も無ければ術も使えない為、華々美みたいに肉弾戦で応戦しなくてはいけないので今まで以上に厳しい訓練をこなした。5ヶ月のブランクはかなり大きく、体力を元に戻すのにかなり苦労した。
部屋の中で筋トレをしていると、何を勘違いしたのか絵里奈ちゃんが俺にしがみついてくるようになり、腹筋とスクワットをする際は絵里奈ちゃんを抱っこしながらやり、腕立て伏せをするときは背中にしがみついてくるのだ。
(腹筋とスクワットなら、抱っこするからしっかり固定されるけど、背中にしがみ付かれると落とさないようにより神経を使うから二重に辛い!)
その上、上半身に体感およそ10キロもの重石を抱えながら筋トレをすることになっているのだ。そんなことを考えていると、絵里奈ちゃんが何度も俺を叩いてくるので考えるのをやめた。まるで、「私はそんなに重くない!」と訴えかけているみたいに。
「え、絵里奈ちゃん!重いからちょっと降りてくれない?」
「やっ!」
パパのお願いは、娘の「やっ!」の一言で棄却された。このころになると大分言葉も達者になり、「パパ」「ママ」「ねぇね」という言葉をハッキリ言えるようになった。
「我慢しなさい。パパなら、愛する娘くらい抱えられるようにならないと」
「佳苗さんも、傍観していないで何とかしてください!」
「どうしようかなぁ~」
なんて面白そうに言う佳苗さんは、筋トレをする俺を近くで芋団子を食べながら傍観していた。ここに来てしばらくは、相澤さんや絵里奈ちゃんの事で俺達とは少しギクシャクしていた佳苗さんだったが、明るく元気に育つ絵里奈ちゃんを見たことで少しずつ俺達とも馴染めるようになり、今では軽口を叩けるほどになった。
「おばちゃもいっしょに!」
「ちょっ!?絵里奈ちゃん!」
「お、おばっ!?」
おばちゃと呼ばれたのが余程ショックなのか、佳苗さんは食べかけの芋団子を置いてフラフラと部屋を去っていった。由乃さん(24歳)でさえも「ねぇね」と呼ばれるのに、これは相当ショックが大きいご様子。
比良坂佳苗、御年28歳。
まだまだおばちゃんと呼ばれたくない歳であった。
ちなみに、置いて行った芋団子は絵里奈ちゃんに全部食べられてしまいました。ここ最近、食欲旺盛な絵里奈ちゃんであった。
更に朗報があり、10月の中頃に茅音さんが元気な男の子を無事に出産し、母子ともに健康状態に問題はなかったそうだ。
生まれてきた息子は「智明」と命名され、実の両親から深い愛情を注がれて育っている。
そんな智明君の誕生に、空道神社に避難した人たちや村の人達、更に牧場の人から祝福の声を貰い、その中でも父親の道明君と母親の茅音さんはもちろん、お婆ちゃんになった智恵美さんは特に大喜びであった。
「いやぁ、まさかこんなに早く初孫を抱ける日が来るなんて♪」
「智恵美さん、デレデレだな」
「お母さんったら、43歳でお婆ちゃんになったのに毎日智明を抱っこして可愛がって」
「僕だって智明君をたくさん抱っこしたいのに・・・・」
我が子を智恵美さんに取られている中、茅音さんと道明君は他のこのお世話をしていた。2人とも、実子が生まれたからと言って他の子供たちを蔑ろにすることも無く平等に接しているようで安心したが、やはり我が子を一番に可愛がりたいみたいで智恵美さんにジト目を向けていた。
とはいえ、智明君のお世話は茅音さんと道明君の夫婦2人でこなすことになっている。これは笠島先輩の方針で、「救助した子供たちは俺が責任を持つが、自分達の子供は自分達で責任を持ちなさい」、という事で茅音さんと道明君は智明君をメインに育てているのだ。
笠島先輩も、自分達で責任を持ちなさいと言ったが、必要な時は手を貸すとのことなので2人の負担は少なかった。
そんなこんなで今年もあっという間に過ぎていき、気付けばもうこの現象が起こって2年が経った年の7月。俺は今現在、娘の絵里奈ちゃんと一緒にお風呂に入っていた。
「慣れと言うのも恐ろしいな。外には幽霊たちが居るのが当たり前になり、屋敷の敷地内に入っていればとりあえず安全だから襲われる心配もないし、そもそも涼と由乃さんがいるお陰で俺達は自由に動けるからな。2年も経つと、もうあの光景が当たり前になってしまうな」
「ううぅ?」
「しかしまぁ、だからと言ってこれ以上のんびりするわけにもいかないんだよな」
剣術と弓術もかなり上達し、空道と梨乃もとりあえず一人前と呼べるくらいに上達し、1ヶ月前に涼と由乃さんから免許皆伝の許しを貰い、全ての準備を整えた所で俺達は明後日霊滅版探しを再開することになった。ちなみに留守の間、この屋敷の事は梨乃が守ってくれることになった。
「まだ8人のうち3人の所にしか行ってないんだよな。しかも、一番遠いところは鹿児島だし」
東京と新潟と奈良の佐藤宗一は碌な奴ではなく、特に新潟のアイツは無能な割にはプライドだけはエベレスト級に高いという最悪な奴だった。
「東京の佐藤宗一は悪鬼になり、新潟のアイツは今まで見たことがないレベルで傲慢な奴だし、奈良の佐藤宗一は力を求めるあまり人魂だろうと生きた人間だろうと暴食に溺れる始末。他の県の佐藤宗一が、この2年間でどんな状態になっているのか」
正直な所、新潟のアイツレベルの屑にはもう会いたくないし、奈良の佐藤宗一や東京の佐藤宗一の様に人の姿を捨てていても面倒だ。次に向かう岩手の佐藤宗一が、一体どういう状況になっているのかは想像もつかない。一番いいのは生きていることだが、その可能性は限りなく低いだろう。
「パパ?」
「ごめんな。せっかく一緒にお風呂に入っているのに、考え事してちゃダメだよな」
「うん♪」
今は絵里奈ちゃんとの時間を大切にしないといけないと思い、俺は一旦その事を置いておくことにした。明後日からしばらく屋敷を留守にする為、その間絵里奈ちゃんには寂しい思いをさせてしまう為、屋敷にいる今は絵里奈ちゃんとたくさん一緒にいないといけない。
この11ヶ月の間に起った事を思い返しながらも、お風呂から上がった後走ろうとする絵里奈ちゃんを抑えて濡れた身体と髪を拭いて乾かしていた。
「コラ絵里奈ちゃん、動かないで」
「やあぁ!」
「やあぁ、じゃない。あと、裸で走り回らないで」
「やあぁ!」
せわしなく動き回る絵里奈ちゃんに手を焼いているが、ここまで明るく元気に成長すると大変さはあまり感じられず、むしろ健康的に育ってくれたことを嬉しく思うのであった。
「ほら、おむつ穿いて。次、パジャマ着て」
「ああぁ♪」
何が楽しいのか分からないが、満面の笑顔で走ろうとする絵里奈ちゃんに何とかパジャマを着せた後、絵里奈ちゃんを抱っこして寝室へと入った。
「風呂空いたぞ」
「ぞおぉ♪」
「サンキュウ、じゃあ入るわね」
「私も入ります」
そう言って里美と由乃さんが最後にお風呂へ向かい、部屋には俺と絵里奈ちゃんの他に華々美と涼と美玲が起きていて、咲と小夏さんと姫香は布団に入って寝ていて、アリアと佳苗さんはお風呂に入る前に今日釣った魚を捌いて燻製にしていた。
「それにしても、この11ヶ月間いろいろあったな」
「はい。ですが、絵里奈ちゃんもある程度大きくなりましたのでそろそろ霊滅版探しを再開した方が良いと思います」
「そうだな。先ずは岩手へ行き、その後で北海道に行った後で一度ここに戻り、西日本側、大阪と広島と鹿児島に行く手筈になっている。涼もそれでいいな?」
「ええ。問題ないわ。里美と由乃さんも、それでいいって言ってたわ」
出来る事なら、次の目的地で見つけたいのだが世の中そう都合よく出来ていないし、東京や新潟や奈良の様に空振りに終わる確率の方が高いだろう。と言っても、奈良の佐藤宗一の場合は向こうからこっちに来たので、俺達が奈良に行ったわけではないのだが。
「ふぁああ~・・・・」
「おお、絵里奈ちゃんもそろそろ眠そうだし、俺達も寝るか。
「そうだね。おいで、絵里奈ちゃん♪」
「うぅ・・・・・」
だけど絵里奈ちゃんは涼の誘いをスルーして、俺の手を引きながら華々美の所へとトボトボと歩いて行った。
「そうだよねぇ♪パパとママと一緒に寝たいよね♪」
「まったく・・・・」
ご機嫌な様子で絵里奈ちゃんを抱っこし、俺と同じ布団へと入った。俺と華々美の間には、満足そうに眠りに就く絵里奈ちゃんがいた。
絵里奈ちゃんが布団で寝るようになってから、俺は華々美と一緒の布団で寝るようになり、俺達の間には必ず絵里奈ちゃんが入っていた。
そんな俺達の様子を、涼と美玲が面白くなさそうに見ていた。
「何で華々美ばかりなのよぉ!」
「いくら絵里奈ちゃんが懐いているからって、華々美さんばかりズルいです!」
「わたしがママなんだから、当然だろ」
「あははは・・・・」
涼と美玲の気持ちは嬉しいし、華々美もこんな俺を好いてくれるのは嬉しい。だけど、未だにこの状況に慣れないでいる俺なのであった。




