奈良の佐藤宗一
霧の調査から帰ってきた涼と由乃さんから、今回の出来事は魔物になった奈良の佐藤宗一によって引き起こされ、俺達が霊滅版を見つけ出すのを阻止するために行ったのだという。自分で集めた悪霊に僧侶の姿をさせたのは、俺達の警戒心を解かせて自分のテリトリーの中に入れるのが目的だった。
「僧の集団の正体は、奈良の佐藤宗一が集めた悪霊が姿を変えたものだったの」
「肝心の奈良の佐藤宗一本人は、身体を分裂させてあの霧を発生させたのです。この4ヶ月間、私達はずっと道路の下を通る下水ばかりを調べていましたけど、発生源は道路ではなく地面の中だったのです。だから気付けませんでした」
2人の言うように、まさか悪霊が自分の身体を分裂させて、しかもその身体の一部を地面の中に入るなんて想像もしていなかったし、涼や由乃さんも聞いた事がないと言っていた。4ヶ月間も突き止められなかったのは、そういう先入観があったからなのだろうし、俺もまさか地面の中にあるなんて思いもしなかった。
そして、その元凶となっているのが奈良の佐藤宗一で、霊滅版の事を知っていて俺達が見つけ出すのを阻止するためにあの霧を発生させていたのだという。
「奈良の佐藤宗一自身は霊滅版を持っていないし、ネットで売られていたことも知らなかったみたいなの。私達が東京に行って、東京の佐藤宗一と戦っていた時に知ったみたいなの」
「私達に正体がバレた以上、向こうはもうなりふり構っていられないでしょう。もうすぐ日が暮れますけど、ジッとしていてはアイツの襲撃を受けてしまいます。魔物になった以上、ここと空道神社の護りなんて効きません。子供達もいますし、今すぐ食い止めないと」
最悪の事態を想定して、涼と由乃さんは武器と道具を持ってすぐに出発する準備を整えていた。
「俺も行く。子供たちを守りたいという気持ちは俺も同じだし、ジッとしているのは性に合わない」
「わたしも行く。何時までも守られるのはごめんだ。術は使えなくても、武器があればある程度何とか出来る」
「無茶はしないが、ずっと守られてばかりていうのは嫌なんだ」
おそらく断られるだろうが、それでもこの2人にばかり無茶ばかりさせられない。対抗できる武器が手に入ったからと言って、俺自身が強くなったわけではないのは分かっているが、それでも何もしないでいるなんて嫌だったから。
2人は少し考えた後、涼が先に頷いてくれた。
「分かった。その代り、危なくなったらすぐに逃げて隠れなさい。車の中に入って」
「・・・・・そうですね。奈良の佐藤宗一がどんな姿になっているのか分かりませんし、必ず守り切れる保証なんてありません」
「なら私も行くわ。一緒に戦うことは出来ないけど、皆を連れて行くドライバーとしてなら行けるわ」
話を聴いていた里美も、俺達と同行すると宣言した。一緒に戦う訳ではない為、涼と由乃さんも了承してくれた。
そうして準備を終えた俺達は、すぐにワゴンに乗ってまずは空道神社に行って空道と梨乃を迎えに行くことにした。
ところが――――
「あああああああぁぁ!」
「ううう・・・・」
「絵里奈ちゃん・・・・」
玄関に向かう途中で、咲と美玲と遊んでいた絵里奈ちゃんに見つかり、泣きながらハイハイして俺と華々美の足にしがみついた。要するに、全力阻止をされているのだ。
「パパとママに行ってほしくないんだな」
「幹夫さんをパパと思うのは仕方ありませんが、華々美さんをママだと思うのはちょっと納得がいきません」
「「・・・・・・」」
俺と華々美は、困ったように互いに目を合わせた後、ぐずる絵里奈ちゃんを抱き上げながらなんとか宥める事にした。言葉が通じている訳ではないが、それでも落ち着かせるくらいは出来る筈だ。
「ごめんね。パパとママは、これから悪い幽霊と戦わないといけないの。絵里奈ちゃんは連れていけないから、お姉ちゃんたちといい子にお留守番してて」
「やあああああああ!」
「2人ともちゃんと帰ってくるからちょっと待ってて」
「うわああああぁぁ!」
なかなか放してくれない絵里奈ちゃんに、苦戦している咲と美玲は困った顔をしながら後ろに立っていた涼と由乃さんと里美に助けを求めていた。とはいえ、ぐずっている赤ちゃんを宥めるのは至難の業なので、涼はもとより保育士の由乃さんでさえ困っていた。
「とはいえ、幹夫君と華々美ちゃんだって大事な戦力だし、あまりモタモタできませんし・・・・」
保育士である自分が何とかすべきと思ったのか、由乃さんが俺の服を強く掴む絵里奈ちゃんに声をかけようとする前に、里美が前に出て絵里奈ちゃんに顔を近づけながら優しく頭を撫でてあげた。
「大丈夫よ。パパもママもとても強いから、絶対に生きて帰ってくるわ。大丈夫だからいい子にしてて」
ゆっくり諭すように声をかける里美に、絵里奈ちゃんも徐々に落ち着きを取り戻していき、やがて泣き疲れたのか少しずつ瞼を閉じていき1分後には完全に眠った。
眠っている絵里奈ちゃんをゆっくりとベビーベッドに下ろし、タオルケットをかけてあげた。
「大丈夫。俺達は絵里奈ちゃんの前からいなくなったりしないから」
「ちょっと出かけてくるだけだから、心配しないで」
そう声をかけてから、俺と華々美はすぐに外に出た。涼と里美と由乃さんも後に続き、里美が運転するワゴンで屋敷の敷地から外に出て、先に空道神社へと向かった。
「それにしても、何で華々美をママだと思ったんでしょうね。歳上の里美や由乃さんならまだ納得いくし、何なら最年長の佳苗さんでも良くない?本当のママと歳も近いし。それなのに何で華々美をママだと?しかも幹夫をパパだと思うというおまけ付きで!それなら私がママでもいいじゃない!」
道中で涼のそんな愚痴を聞きながら、俺達は空道神社で空道と梨乃を拾ってから隣市の町へと車を走らせた。隣市に着くころに日が暮れだし、目的の町に着いた頃には完全に日が落ちていた。
「おかしいな」
「幹夫もそう思うか?」
「ああ」
俺達に正体がバレたせいもあるが、つい昨日まで明るく活気に溢れていたであろう町は、見る影もないくらいに廃れていき、人一人いない廃墟へと逆戻りしていた。
「2人とも、私達から離れないで!」
「この辺り一帯には不穏な気配を感じます!なるべく私達の傍にいてください!」
「「うん」」
言われた通り俺達は、涼と由乃さんの傍へと駆け寄って周囲の警戒をした。里美には町の端に止めたワゴンの中で待機してもらい、俺達はゆっくりと町の中を歩いて行った。
「町の人達は一体何所に行ったんだ?」
「おそらく、皆食われたと思う。街中や森の中に死霊たちが居ない所を見ると、周辺にいた死霊たち、もとい人魂も無差別に食べていったんだろうな」
「魔物になったことで、随分と大飯食らいになったんだな。人間も幽霊も、暴食は良くないな」
夜中だというのに霊が一人もいないのは不自然だが、全員奈良の佐藤宗一に食われたのだと思うと納得もいった。
「嫌な感じ・・・・魔物と遭遇した事なんてないのに、こんな形でぶっつけ本番になるなんて・・・・・」
「あたしやお姉ちゃんだって遭遇した事無いわよ」
「青美ちゃんも梨乃も落ち着け。怯えていては敵の思う壺だ」
警戒しつつも、初めて遭遇する魔物に若干怯える空道と梨乃だが、由乃さんはそんな様子は全く見受けられず周囲を警戒していた。
「私の祖父が一度戦った事があるが、普通のお祓いが殆ど効かなかったわ。だから宝刀で斬って消滅させるしかなかったわ」
そういえば、涼のお爺ちゃんが一度だけ遭遇したことがあるって言っていたけど、その時も払いきれずに消滅させたと言っていた。
「本当に俺達の所に来るのだろうか?」
「大丈夫です。霊視している時に、私達の方に来るようちょっとした小細工を仕込みました。必ず私達の所に来ます」
「一体何を仕込んだって言うんだ?」
「それは内緒です」
まぁ、由乃さん本人が話したがらないというのなら俺はそれ以上何も聞かないことにした。
小1時間歩いた後、何処からともなく男の唸り声が聞こえてきた。
「涼」
「ええ。来た」
涼に確認をしてもらった直後、周りから気味の悪い男の声が俺達に声をかけてきた。
『立ち去れ・・・・さもないと・・・・お前たちも食ってやる』
明らかにこちらを警戒しているが、俺達とて4ヶ月間半も足止めされた恨みもある為、そう簡単には引きたくなかった。
「ふざけんな!このペテン師!」
「こんな回りくどい事をして、そこまでしてわたし達に霊滅版を見つけられたくなかったのか!」
「自分だって何処にあるのかも分かっていないくせに!」
俺と華々美と涼の返しに、空道と影山姉妹も頷いて見せた。
『ならばお前たちも、俺の養分になってもらう!』
その言葉の直後に地面が大きく揺れ始め、20メートル先のマンホールが突然宙を舞い、その穴からもの凄く巨大なムカデが這い出てきた。
「危ない!みんな隠れて!」
涼の指示に従い、俺達はそれぞれ左右に分かれて建物の陰に隠れた。俺のいる所には、涼と由乃さんがいた。
「大ムカデって、完全に妖怪じゃない」
「でも確かに、大ムカデなら身体を分裂させる事が出来ます。今は全て一ヶ所に集まって元に戻っていますが、あの程度ならまだ大丈夫です。古事記の大ムカデは、山を七巻き半するほどの巨体ですが、あれはせいぜい20メートル前後です」
「それでも大きいって」
生身の人間を食うという最大の禁忌を犯した結果とはいえ、あんな姿になってまで奈良の佐藤宗一は力を求めていたというのか。
「あんなのに暴れられたら、ひとたまりもない。ここで倒さないと」
そういって涼は、道路側に出て大ムカデとなった佐藤宗一の前に出た。涼に気付いた大ムカデは、大きな口を開いて真っ直ぐ涼の方へと向かって来た。その大きな口に向けて、涼は鞄から円柱状の筒を取り出し、その中に入っていた長さ20センチほどの針を取り出し、それを大ムカデの口の中に向けて投げた。
その針が刺さった瞬間、大ムカデは空に向かって咆哮して苦しみだした。
「かかってこい。貴様は私や由乃さんが怖いんだろ。だからあんな回りくどい方法を取ってたんだろ。正面から挑んでも、勝てないと分かっていたから」
アイツがそういう性格だと分かっていたから、涼は巨大な相手が迫っても臆することなく前に出られたんだ。
調査から帰って来た時に由乃さんから聞いたが、奈良の佐藤宗一は37歳の独身で研究所でも課長になるほど期待されていた程であった。
ところが、そんな輝かしい経歴とは裏腹に性格は控えめで臆病な所があり、後輩社員にあまり強く言う事が出来ずにいたという。そんな性格だったからか、何人かの若い社員に見下されることもあり、未然に防がれたが成果を横取りされそうになったこともあったという。
だが、それを逆恨みした若い社員に執拗な嫌がらせを受ける毎日を送る事になり、精神的に追い詰められた佐藤宗一は退職を考える程になり、この現象が起こった日の翌日に退職願を出そうと考えていたという。
「上司でありながら、問題社員に強く言えないなよなよした性格のせいで嘗められているのでしょう。まぁ、その若い社員にも問題があるのでしょうけど」
「臆病ゆえに、せっかく手に入れた力を失うのが怖いから、俺達が霊滅版を見つけ出すのを阻止しようとしたんだろうな」
だけど、こんな奴のせいで4ヶ月半も足止めを食らってしまった。そんな奴を、許すわけにもいかない。
それ以前に、魔物になった奈良の佐藤宗一を見逃すわけにはいかない。いや、今の奈良の佐藤宗一は人の姿を捨てて大ムカデとなったのだから。
痛みが引いた大ムカデは、再び涼に向かって来たが、今度はお札を飛ばしてそれを大ムカデの眉間に貼った。お札を貼られた大ムカデは、涼に接触する直前で動きが止まって再び苦しみだした。その隙に涼は大ムカデの首元に回り、持ち前の高い身体能力でするすると背中に乗った。
「涼!」
「待って幹夫君!」
そんな涼に続いて、俺と由乃さんも飛び乗った。
「ちょっと!」
「涼一人に任せる訳にもいかないから」
「もう、しょうがないわね!」
「ったく!振り落とされないで!」
お札を貼られて苦しんでいる大ムカデは、周りの建物を壊しながら暴れていった。その際に、飛んできた瓦礫が身体に当たってすごく痛かったが、幸いなことにガラスなどの鋭利な物が刺さる事はなかった。
「コイツ、本当に往生際が悪いな!」
「幹夫!あんたコイツの頭まで行ける?あんたの刀でお札の貼ってある眉間を突き刺して!外皮は物凄く硬いけど、お札が貼られている所は突き刺しやすくなっているから!急所を一刺しにして!」
「分かった!」
「私が護衛に就きます!」
「助かる!」
じたばたと動き回る大ムカデに、俺達はしがみ付くのがやっとの状態だったが、俺は何とか頭に向かっていった。由乃さんは俺についてきて、飛んできた瓦礫から俺を守ってくれていた。もちろん、自分自身を守るのも忘れていない。
その間、安全な所へと退避した華々美と空道と梨乃がそれぞれ大ムカデに向かって攻撃を加えていた。
「この化け物!」
華々美は銀の弾丸が装填された銃を使って、大ムカデの腹を撃っていった。背中に比べて、腹は比較的に柔らかいのか全て命中した。
「くらえ!」
梨乃は持っている水晶全てを飛ばし、大ムカデを攻撃していったのだが、餌と勘違いしたのかその水晶全てを飲み込んでしまったので梨乃は凄く困った様子を見せていた。
「うそ・・・・」
「ぼんやりするな!」
「鬼火の術!」
見かねて梨乃にカツを入れる華々美の横で、空道が鬼火を飛ばして大ムカデを攻撃していった。背中には効かなくても、腹には効いていた。
その間に俺達は、ようやく大ムカデの頭に到着して、金の刀を抜いてお札の貼られている眉間を深く突き刺した。眉間を突き刺された大ムカデは、大きな声で吠えた後頭をアスファルトに打ち付けていった。
その衝撃で俺と由乃さんは叩き落され、俺達は揃って背中を強く打った。涼だけは上手く着地していた。
「いてっ!」
「大丈夫か?」
「ああ!2人は?」
「大丈夫です」
俺と由乃さんは、背中の痛みに耐えながらなんとか立ち上がった。
「私よりまずは自分を心配して」
上手く着地した涼はすぐに大ムカデの方を向き直ったが、大ムカデは今にも死にそうに暴れていて悲鳴を上げていた。
そんな大ムカデにトドメを刺そうとするが、暴れている大ムカデに狙を定められずにいた。
「クソ!暴れすぎだ!」
「それは私がやります!」
「由乃さん!?」
背中を打った痛みをこらえて立ち上がる由乃さんが、涼の前に出て両手を胸の前でクロスさせて念じ始めた。
「見つけた」
そう一言呟いた直後、由乃さんはパッと両手を広げた。すると、大ムカデの身体の中から何かが勢いよく飛び出てきた。よく見ると、それは先程大ムカデが飲み込んだ梨乃の水晶であった。
いかに外皮の硬い大ムカデでも、内側から突き破られたらひとたまりもなかったみたいだ。
そして、大ムカデは黒い靄になって霧散して消滅した。
「アナタには同情しますが、だからと言って生きた人を食うという最大の禁忌を犯したアナタを見逃すわけにはいきません」
そう言って由乃さんは、水晶と金の刀を目の前に引き寄せた。
これにて、ようやく大ムカデになった奈良の佐藤宗一を倒す事が出来た。
「まったく、回りくどい事をしてくれたもんだ!」
「それよりも、早く戻った方が良いわ」
「ええ。大ムカデが居なくなったことで、逃げていた幽霊たちが戻って来ないとも限りません。早く車に戻りましょう」
涼と由乃さんに促され、俺達は里美が待っているワゴンの所まで戻っていった。
その後、ワゴンの中で車中泊して翌朝には自分達の町へと帰ったのであった。




