僧の集団の正体
旧病棟の一件を済ませてから2週間が経ち、由乃さんの提案で道路側ではなく森の中を調べてみる事にした。とはいえ、森の中にもたくさんの死霊がうじゃうじゃいる為入るのは危険が伴うので、最初は反対した。
「確かに危険だけど、もしかしたら私達が入って来られないようにする為に森側に何か仕掛けた可能性もありますし、調べてみる価値は十分にあります」
「大丈夫だよ。全員で行けば何とかなるし、青美や梨乃が警戒してくれれば、私と由乃さんで調べられるから」
という風に言われたので、俺は森側の調査に承諾した。
「本当に大丈夫なのか?」
「分からん。本人たちは大丈夫だと言っていたけど」
その翌日に、涼と由乃さんを見送った後で俺は華々美と共に絵里奈ちゃんとお散歩に行っていた。と言っても、庭をのんびり歩くだけなのだけど。
「ああぁああ!ううぅ!」
「おい!流石に地面の上をハイハイさせるわけには!」
「あははは!自分で移動できるようになってからは、あちこちやたらと自分で行きたがるようになって」
「再来月には1歳になるし、日に日に重くなって、その上行動範囲も広がって毎日大変だよ」
「余計に目が離せないな」
自分で動きたがるあまり手足をじたばたさせる絵里奈ちゃんに、抱っこしている俺は落とさないように細心の注意を払っていた。
離乳食もたくさん食べ、悪霊に狙われなくなったお陰なのか健康的に育っていき、顔も真ん丸になり、よくお喋りもするようになり、体重も出会った時よりもかなり重くなっていた。
「せっかく自分で移動できるようになったんだから、もっと自由に動き回りたいよねぇ♪」
「ねえぇ~♪」
「おいコラ、女同士で徒党を組むな」
「いいじゃない。絵里奈ちゃんはもっとわがままを言っていいのよ。もう怖いものに怯えなくても済むんだから」
「んん・・・・・」
やはりいつ見ても違和感があるな、絵里奈ちゃんを始めとした子供に甘々の華々美は。だからなのか、絵里奈ちゃんは華々美の事をママだと思うようになって良く懐くし、自分で動きたがっている時でも華々美が抱っこするだけで落ち着くくらい、絵里奈ちゃんは華々美の事が大好きになっていた。
「それはそうと、代わってくれないか?さっきからもの凄いじたばたするから大変で」
「パパならそのくらい許容してあげなよ」
「パパって・・・・・」
まぁ、この屋敷にいる男は俺だけだし、絵里奈ちゃんが俺をパパだと思うのは無理ないかもしれないが、未だにそう呼ばれると妙にむず痒くなる。悪い気はしないけど・・・・・。
「それにしても、たった一人面倒を見るだけでも大変なのに、笠島先輩は40人も面倒を見ているんだから本当にすごいし、すごく大変だったんだろうな」
「向こうの赤ちゃんたちは、皆もうとっくに1歳になっているし、そこら中走り回れるようにもなっているから、全員に目を配らせるだけでもかなり大変だろうな」
「そうだな」
それでも笠島先輩は、一度も投げだすことも無く40人の赤ちゃんだけではなく、50人もの小学生以下の子供の面倒も見ているのだ、本当にすごいと思う。
「普通なら育児ノイローゼになってもおかしくないのに、笠島先輩は誰も見捨てることなく毎日・・・・」
「まぁ、あの人だけでなくいろんな人の手助けもあるし、新しい家を建てに村から来た大工さんも、休み時間によく一緒に面倒見てくれているらしいし、本当にいい人がたくさん集まってよかったと思う」
「ああ。それに、小学生の中にも育児の手伝いをしている子もたくさんいるし、全ては笠島先輩の人徳があってだと思う」
もし全てが解決して、この町の再興をする時が来たら笠島先輩にこの町のリーダーをやって欲しいと思うくらい、俺達や空道神社に避難している人達全員が笠島先輩の事を尊敬し、慕っている。
「ああぁああぁ!」
「もうどうした?」
そんなことを考えていると、絵里奈ちゃんが華々美に向けて両手を伸ばしてきたので、俺は絵里奈ちゃんを華々美に渡した。華々美に抱っこされた瞬間、絵里奈ちゃんは華々美の大きな胸に思いきり顔を埋めて甘えてきた。
「まったく、どうしたって言うんだ?」
「単にママに甘えたくなっただけじゃないか?」
「しょうがない子だね♪」
まるで本当の我が子の様に、甘えてきた絵里奈ちゃんを抱っこしながらあやす華々美。眼福です。
(そろそろ4人とも、県境の森の中に入った頃かな?)
絵里奈ちゃんの相手をしていた為大分逸れてしまったが、死霊たちがたくさんいる森の中に入ったであろう涼と由乃さん、それに空道と梨乃の事が心配になってしまった。
「本人たちは大丈夫だと言っていたけど、死霊が居なくても普通に遭難の危険だってあるし、クマやハチなどの危険な動物だっているんだから心配になる」
「確かに、たとえ死霊どもがいなかったとしても、森の深い所に入るだけでもかなり危険だからパパが心配するのも分かるが、だからと言ってわたし達に出来る事なんてないし、信じて待つくらいはしてあげような」
「それしかないな・・・・ってパパって!?」
絵里奈ちゃんと一緒にいる時はよく呼ばれるけど、未だに慣れないのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
~涼side~
「ねぇ、なんかおかしくないか?」
「そうね。確かに幽霊たちはたくさんいるし、時々野生のシカも見かけるけど・・・・」
森に入ってしばらくして、青美と梨乃が妙な気配を感じたみたいで辺りをキョロキョロしていた。
「まったく。2人とも、あまり周りをジロジロ見るな!」
「ですが、確かに霊とは違う何かの気配も感じます。ただ、その気配の正体が何なのか分かりません。涼ちゃんだけが頼りです。この気配の発生源が何処なのかを」
「うん」
魔除けの石と錆びた鉄をたくさん飛ばして、周りにいる死霊たちを遠ざけさせているが、それでも拭いきれない不快感と共に死霊の物とも違う気配を辿りながら、私達は更に森の奥へと入っていった。傾斜の激しい所で何度も足を滑らせそうになりながらも、私達は何とか気配の発生源へと辿り着いた。
ここまでかかった時間は、なんと1時間。県境の道路の近くに車を停めて、そこから森の中に入ったのだが何せ道らしい道がなかったので本当に大変であった。しかも、遭難しない為に5メートル間隔で赤い紐を枝に括り付けながら進んでいったので、それによって更に時間がかかってしまった。
「ここの地面の下から妙な気配を感じるわ」
「でもこの下って、下水道も無ければ空洞も何もないただの地面の筈だよ」
「霊が地面に埋まっているって、そんなことがあり得るの!?」
「だからこそ、私達の目をずっと誤魔化してこれたのでしょう。まさか地面の中にいるだなんて、生ける屍でもない限りは考えられませんので」
由乃さんの言う通り、地面に埋まっている霊なんて聞いた事がない為、私達全員がここまでたどり着くのに4ヶ月半というとんでもない時間がかかってしまった。
「だとしても、やっぱりただの悪霊ではない気がする」
「そうですね」
私と由乃さんが違和感を覚える中、何も気付いていない青美と梨乃は周囲の警戒をしていた。
「何なの、この気配?」
「そうですね。気配を探るのが苦手な私でもよく分かります。ちょっと霊視してみます。この霧を出している奴の正体が掴めるかもしれません」
すぐ隣で発生している霧の正体を探る為、由乃さんは妙な気配を発している地面に手を当てて霊視を始めた。
しかしその直後、突然周囲から法杖を突くことでなるじゃらんじゃらんという音が聞こえてきた。その音は徐々に近づいてきて、気が付くと私達の周囲に黒の袈裟を着た僧侶がたくさん現れ、念仏を唱えていた。おそらく連中が、隣市の町に突然やってきたという僧の集団なのだろう。
だが、その念物はよく聞くと念仏でも何でもなかった。
「なによ、あれ!?僧侶の格好をしているけど、アイツ等人間ではないでしょ」
「そうね。あたしやお姉ちゃんが唱える念仏とは全然違う。何なのよ、アイツ等は!?」
「宗教の違う私や青美で分かる。あれは邪悪な呪文。人の心を惑わし、思考能力を低下させて判断を鈍らせる。あれはそういう呪文よ」
だからあの町にいた人達は、顔から生気がなく虚ろな表情をしていたのだと納得がいった。コイツ等の邪悪な呪文によって、自己で思考して判断する事が出来なくさせられているのだ。
「やっぱりアイツ等の仕業だったんだよ!」
「そうよ!ここで悪霊を退治する!」
「待って2人とも!」
私の制止も聞かず、青美と梨乃はそれぞれ術を使って僧の集団に対抗しようとした。
ところが、2人は術を使う事が出来ずにいた。
「どうなってんの!?術が発動できない!」
青美は何度も鬼火の術を使おうとしているが、何度やっても鬼火は発生しなかった。
「飛べ!飛べ!何でなのよ!?」
梨乃も水晶を飛ばそうとしているが、水晶は地面に落ちるばかりで全く飛んでいく気配がなかった。
「私達が術を使うのを阻止しているのだわ。肉弾戦で応戦するしかないってわけか!」
数も多い為、本当ならこんな連中を相手に肉弾戦で挑むのは危険なのだが、この際止む負えなかった。
近づいてくる僧の集団を前に、私は宝刀を抜いて2人の前に出た。
(一体何が目的なんだ!?何でわざわざ、私達が県外に出られないようする必要があったんだ!?そもそも、そんなことをして一体何の意味があるって言うの!?)
この似非僧侶たちの目的が読めず、悪霊の物とも違う未知の気配を前に私達は戸惑うばかりであった。
「何だか頭がぼんやりしてくるわ・・・・」
「何も考えられなくなる・・・・・」
「バカ!アイツ等の呪文をまともに聞くな!」
これ以上、アイツ等の呪文を聞き続けるのは危険だ。私はすぐに動こうとしたが、霊視を終えた由乃さんに肩を掴まれて止められた。
「由乃さん?」
「私に任せなさい」
「でも、コイツ等が呪文を唱えている間は術が!」
「私を見くびらないでください」
私を制止させ、前に出た由乃さんは鞄から数珠を取り出して合掌し、大きな声で念仏を唱えた。由乃さんの声は広範囲まで広がり、敵の邪悪な呪文をいとも簡単にかき消していき、呪文が響かなくなった敵が戸惑い始めた。
「やああああああああああああ!」
敵が戸惑い出した直後、由乃さんは念仏をやめて突然大きな声で叫び、その声から発せられた衝撃によって敵が尻餅をついて倒れていった。
(声に念力を込めて発する事で、吹っ飛ばすまでには至らなくても怯ませる事が出来る衝撃波を出したのか!)
「魔物退散!」
最後に由乃さんは、首にかけてあった大きな数珠を飛ばし、僧侶の姿をした敵に当てて全員消滅させた。
「魔物って、まさか!?」
その事に気付いた私は、戻ってきた数珠を首にかけなおした由乃さんの元へと駆け寄って尋ねた。
「由乃さん!さっき魔物退散って言ってたけど!」
「気付きましたか。そうです、あの僧の集団は悪霊の上の存在で最も危険な存在、魔物なのです」
「なっ!?」
「魔物って!」
「嘘でしょ、お姉ちゃん!」
衝撃的な内容に、私だけでなく青美や梨乃も驚愕していた。
「私も霊視して驚きました。それも、ただの魔物ではありません。自分の身体を分裂させて、それを県境の地面の中に埋める事で誰も出られない霧を発生させる術を身に着けた厄介な奴です」
「分裂って、そんな事が出来るの!?」
「普通は出来ません。ですが、人の姿を捨ててしまえばそれも可能です」
「人の姿を捨てたって・・・・」
「はい。他の死霊だけでなく、生きた人間を食う事で人の姿を保つ事が出来なくなり、異形の怪物へと変貌したのです。それはもう魔物というよりも妖怪と言ってもいいです」
「妖怪、か」
衝撃的な内容に、私達はもちろん霊視していた由乃さん自身も驚いた様子であった。
「それで、元凶となっている魔物の正体だけど、それもまた驚きでした」
「正体?」
「はい。魔物となった死霊の名は――――」
「佐藤宗一です」
「佐藤、宗一!?」
「はい。私もびっくりしました。魔物の正体は、私達が探していた8人のうちの一人、奈良の佐藤宗一だったのです」
「奈良って、一体何の目的で奈良からわざわざここに来たって言うの!?」
私の問いかけに、由乃さんは大きく深呼吸をしながら答えてくれた。
「私達が霊滅版を見つけ出すのを阻止する為です」
「霊滅版って、奈良の佐藤宗一は霊滅版を持っているの!?」
「いいえ。彼は霊滅版が盗まれ、ネットで売られていたことを知りませんでした。知ったのは、幹夫君や涼ちゃんたちが東京に来たあの時です」
詳しく聞くと、奈良の佐藤宗一は霊滅版を持っていなかったが、元々実家がお祓いをやっていた関係で霊滅版の存在を知っていたという。その効果も、壊すとどうなるのかも知っていた。
当初は町を徘徊する普通の死霊だったが、たまたま周りに悪霊が多かったこともあり、自分自身を守る為に周りにいる他の死霊たちを手当たり次第に取り込んでいき、それでも足りないと思った瞬間から佐藤宗一は死霊を食う事で力を増していったのだという。その影響で悪霊化し、周りにいた他の悪霊までも食うようになり、それによって魔物へと変貌したのだという。
やがて、人魂だけでは満足しなくなった奈良の佐藤宗一は生きた人間を襲い、肉体ごと魂を食らうようになってしまったのだという。人が人を食うという最大の禁忌を犯したことで、佐藤宗一の身体は人の姿を保てなくなり、その姿を人ならざる者へと変えていったのだという。
そうして更なる餌を求めて上京し、その時に偶然霊滅版を探していた私達を見かけたのだ。その特性を知っていた奈良の佐藤宗一は、霊滅版が力を取り戻すとせっかく手に入れた力が失われることも知っていた為、それを阻止するために画策していったのだという。
普通に乗り込んでも、私達に負けて返り討ちに遭うのがオチであるため、一度奈良まで戻ってその道中にいた悪霊たちを邪悪な呪文を使って洗脳し、更に生きた人間までも先導してここまで来たのだという。
「隣市の町であんなことをしたのは、自分側につけば普通の生活に戻る事が出来ると思わせることでこちら側に引き込み、油断したすきに食うつもりだったのです。そのせいで逆に怪しまれるとは思ってもみなかったみたいですけど」
「なるほど。じゃあ、活気が戻っているように見えていたのは」
「おそらく、佐藤宗一の邪悪な呪文の影響でそういう風に見えていたのだと思います。実際には、ただの廃墟なのです」
「卑劣だ!」
そして今回、私達に正体を探られたことで佐藤宗一ももうなりふり構っていられないかもしれない。
「こんな所でジッとしている場合ではないわ!」
「ええ。すぐに戻りましょう。梨乃たちもボォーとしないで行くわよ!」
「「は、はい!」」
私達はすぐに森を出て、車に乗って幹夫たちの元へと戻っていった。幸いなことに、奈良の佐藤宗一はまだ私達の町には来ていなかったがそれももう時間の問題、否、もはや秒読みと言っても過言ではなかった。
なので私達は、帰って幹夫たちに事情を話してすぐにまた出発の準備を始めたのであった。
奈良の佐藤宗一に関しては、向こうがこっちに来ました。
そんなわけで、奈良の佐藤宗一は「暴食」がテーマになっています。




