旧病棟崩壊
若干気まずい雰囲気にはなったが、3階に上がってすぐに俺達は目の前にいる死霊たちを地道に倒していった。
正直言って、獣のように襲い掛かってくるわけではない為、目の前に現れたら武器で倒すだけの作業が続いていた。2階でやったような、いきなり火を噴き出すような真似が出来なくなったため本当に面倒であった。
「だからって、さっきみたいにいきなり火を噴き出すなよ」
「お陰でびしょ濡れになったんだから」
「悪かったから、もうそれ以上言わないで」
改めて俺と華々美に言われて、申し訳なさそうにしながらも涼は違う方法で旧病棟の死霊たちを消滅していった。自身の念力を宿した灰塩の入ったペットボトルを取り出し、中の灰塩を撒いて行った。正確には消滅させているのではなく、力を弱めた後に外へと追い出したのだ。当然、外に出た瞬間に死霊たちは日の光を浴びて消滅した。
「青美もあんまり無理しないで、瀧倉に任せたら?」
「大丈夫です。念力を回復させる術式を使えば問題ありません」
なんて言って空道は、笠島先輩の提案を棄却した。そんな空道は、鬼火で一気に死霊たちを葬っていった。どういう訳か、鬼火は煙感知器に反応せず、スプリンクラーも作動しなかった。
「ねぇ、青美ちゃんの鬼火はスプリンクラーに反応しないの?」
「あたしの鬼火は、煙を出さないから煙感知器に反応しないのよ」
「そもそもの話、青美の鬼火は人間が触れても全然熱くないからスプリンクラーも作動しないのよ」
鈴原の疑問に、空道自身と涼が答えてくれた。というか、空道が出す鬼火が全然熱くないなんて知らなかったぞ。
空道曰く、人間には無害の火の玉でしかないが、幽霊にとっては太陽と同等の熱さを出していて、この鬼火が近くを通るだけで簡単に消滅させる事が出来るのだという。
ただし、服等に燃えてしまうとそれはもう鬼火の炎ではなくなってしまう為普通に熱いし、火傷だってしてしまう。
そんな空道のお陰で、3階の死霊たちも危なげなく退治する事が出来た。
だが―――
「ごめん。念力がそろそろ限界・・・・・」
「やっぱりバカでしょあんた。青美の術はただでさえ燃費が最悪なんだから、少しは力をセーブする術を身に着けたらどうなの?」
「これでも去年よりは燃費は良くなっている方だよ・・・・・」
なんて言っているが、こういう先を見据えて行動できない所が空道の悪い癖だ。この後この病棟を塵に変えなくてはいけないのに、何の根拠があって大丈夫だなんて言ったんだこのバカは!?
その後、笠島先輩からのお説教を食らった後、空道はトボトボと病棟を出ていった。念力回復の術式を描き、その中でジッとしてもらう事になった。
「うちの青美がすまない。もっときつく言えば青美も素直に従っただろうに・・・・」
「あの子本当に聴かん坊で、笠島先輩以外の言う事はなかなか聞かないのよ・・・・」
申し訳なさそうに頭を下げる笠島先輩と鈴原だが、悪いのはペース配分も考えずにどかどかと術を連発した空道であって、2人は何も悪くない。
「頭を下げるのはそのくらいにしてください。これから一番危険な階に行くのですから」
「そうだな・・・・そもそも、病院に4階なんてものがあっていいのか?」
勝手な偏見だが、死を連想させる4は病院では使わないのではと勝手に思っていた。
「そんな宗教的な考えは病院側にはないし、何処の病院にも4階は存在する。尤も、部屋番号で4と9を避ける所はあるけど」
流石は笠島先輩、詳しいです。
でも、この旧病棟が4階までしかないのも考え物だ。
「まぁ、別に4階だからと行って特別危険という訳ではないし、4が死を連想させるというのはあくまで宗教的価値観であって、実際には4という数字にそんな力はないのよ」
「要は、人間が勝手に思い込んでいるだけってわけか」
華々美の言う通りなのかもしれない。
そもそもの話、そう言ったものに恐怖感を覚えるのは人間だけで、他の動物にはそんなのは関係ないと聞いた事がある。例えば、闇を悪い意味で捉えて怖がるのも人間だけで、それ以外の動物は闇を怖がったりはしないのだという。思考が発達しているだけに、想像力もかなり豊かだ。
だけど、幽霊みたいな存在は日の光を浴びると消えてしまう為、光のない夜を好むのだという。
「まぁ、本来なら4階だから特別危険という事はないのだけど、この病棟に限ってはそうはいかないのよ」
あからさまに嫌そうな顔をする涼を先頭に、俺達はゆっくりと4階へと上がっていった。
すると、明らかにさっきまでとは違う悪寒が背中を走り、不特定多数の死霊たちが両手を前に出してこっちに近づいてきた。
「パッと見はさっきの死霊たちとあまり変わんないけど」
「見た目は。でもコイツ等はそうはいかない」
そういって涼は、死霊たちに向けて灰塩を撒いた。ところが、死霊たちは灰塩を浴びても全く意に介さず、そのままゆっくりと俺達に近づいてきた。
「だから嫌だったのよ。この病棟の4階に住んでいる幽霊どもは、他の階の幽霊とは比べ物にならないくらいに生に対する執着がかなり強く、その影響で力も悪霊並みに強くなっているから灰塩ごときでは効果がないし、生半可なお祓いも全然通用しないのよ」
「うわぁ・・・・・」
なんて面倒な死霊たちなんだ・・・・・。そりゃ涼も、コイツ等と関わりたくないのも分かるし、お祓いを諦めて近づかないようにした彼女のお父さんの気持ちも分かった。町の死霊たちで分かった気でいたが、生への執着が激しい死霊たちの恐ろしさを改めて痛感した。
「しかもコイツ等、私や父が術を使っても構わず向かってくるからまるでゾンビなのよ。蛇の霊並みの執念深さもあるから、私はあまり行きたくなかったのよ」
「「「「ああぁ・・・・・」」」」
だから涼は、4階に上がる時に少し嫌そうな顔をしていたのか。この階の死霊たちは、涼の苦手なタイプの死霊の溜まり場だったからか。
とはいえ、それは涼が個人的に苦手意識を持っているだけでこれまでの死霊たちと同様に金の刀であっさり倒せた。
「嫌そうな顔をするからどんな危険な霊がいるのかと持ったが、単に涼がこの階の死霊たちが苦手だっただけなのか」
「そんなこと言うけど、あんなねちっこく近づいてきて、しかもかなりしつこいから本当に面倒なのよ!しかも普通のお祓いが通用しないから!」
まぁ、本人からすれば本当に嫌なんだろう。涼だって、陰陽師である前に一人の人間。弱点や嫌いな物の一つや二つ、あるのが当たり前なのだから。
そんなこんなで、何とか俺達は旧病棟の幽霊たちを全て消滅させる事が出来た。物理的に襲ってくるわけではなかったので、思いの外あっさり出会った。
「だけど、これは護符と守りの術のお陰で無事で済んでいるだけであって、それらもなしで入っていたら間違いなく命を落としていたぞ」
「そうですね」
笠島先輩の言うように、俺達が無事でいられたのは涼と空道のお陰だ。本当にこの2人がいてくれて助かった。
一仕事を終えて旧病棟を出ると、アスファルトに書いた魔法陣の様なものの中でジッとしていた空道が勢い良く手を振った。そんな空道に呆れつつ、涼と笠島先輩と鈴原が速足で駆け寄った。当然、お説教が始まった。
「あいつ、本当に反省しているのか?」
「さあぁ。でも、空道にしか出来ないのも事実だし、華々美が空道を嫌うのも分かるがここはあいつに任せないとな」
グリムスの件で、俺と華々美は空道に対していい印象を持っていないが、あいつにしか出来ない事もあるのもまた事実であるため無下に扱う訳にもいかない。何より、死霊たちに対抗できる数少ない陰陽師の一人でもあるのだから、たとえバカで聴かん坊の問題児であってもいてもらわないと困る。
「みんなもそのくらいで。空道にはやってもらいたいことがあるんだから、説教の続きは帰ってからにしてくれ」
これ以上傍観すると長引きそうなので、流石に止めないといけなかったので俺は3人の空道への説教を強制終了させた。
「幹夫の言う通り、時間が無いんだからさっさと済ませるぞ」
華々美の援護射撃も加わり、3人は引き下がった。
「空道。もう大丈夫なんだろうな?」
「うん、大丈夫。念力も完全回復しました」
「本当か?」
「本当だよ!」
「まぁいいや。さっさとやってくれ」
「はあぁい」
俺に言われた空道は、軽い足取りで陣の中から出て旧病棟の前に立った。どうやら、念力が完全回復したのは本当のようだ。
しばらく見ていると、空道は胸の前で印を結んだ後、両手で結んだ印を勢いよくパッと頭の上にあげた。遠くからだと、忍者が術を使う際に結ぶ印に似ているな。
その印を少しずつ下げていくと、旧病棟がゴゴゴゴゴォと音を立てて地面に吸い寄せられて行った。
「マジで沈んでる・・・・・」
「実際に見るとすごいな・・・・・」
「確かに青美の術の燃費は最悪だけど、その分威力がとても強いから悪霊を一撃で葬れるの」
燃費に見合った威力はあるみたいだけど、あまり多様が出来ないのはやはり困る。今は死神たちと、新しく加わった梨乃のお陰で負担を減らす事が出来たけど、それでもあのバカは前に出たがる所があると聞く。あれでも燃費は抑えられるようになったらしいが。
「こんな状況だから叱ったけど、あまり青美を責めないで上げてね。あの子の一族は代々、あぁいう術を使ってたくさんの悪霊を退治してきたの。時代の流れと共に使われることも殆どなくなってきて、40年位前までは完全に失われたと言われていたの。だけど、おじさんが長い時間をかけて復活させて、その術を青美が完全に習得したことでご先祖様の力は今も受け継がれているの。燃費がかなり悪いから、あのおじさんでさえなかなか免許皆伝にさせなかったのよ」
「あいつもたくさん努力を積んできたってわけか」
「口だけではなかったか」
「まぁ、脳味噌お花畑の理想主義で聴かん坊だからそのせいで全て台無しになっているけど」
「上げた後で一気に落とすなんて・・・・」
「瀧倉さんも、なかなかに鬼だね・・・・・」
せっかく空道が実はかなりの努力家なんだと思ったところで、涼がその問題だらけの性格を改めて指摘して落としたことで、傍にいた笠島先輩と鈴原が引いていた。
そんなやり取りをしている間に、旧病棟は完全にその姿を消し、跡地には土と砂利だけが残っていた。
「僅か2分で更地にするなんて・・・・・」
「お陰でしばらくはこの土地に死霊たちは寄って来ないけど、それでも夜間での出歩きは控えた方が良いわ」
「うん。でも、よくわかんないけど、昨日から隣市にいた幽霊たちがこっちに流れてきているみたいだから」
「「はぁ!?」」
「どういう事よ!?」
空道からの飛んでも発言に、俺と華々美はもちろん涼も驚いた様子であった。疲れ切った様子の空道に代わって、笠島先輩と鈴原が詳しく話してくれた。
「分かったのは本当に昨夜で、夜になるとたくさんの死霊たちがうちの神社に押し入ろうとたくさん寄ってくるんだ」
「うちの神社の周辺は、死神たちのお陰で死霊たちがあまり寄って来ないし、いても死神たちに捕まって無理矢理霊界に連れていかれるから他の地区よりも少ないの」
「ところが、昨日の夜は今まで見たことがないくらいにたくさんの幽霊たちが俺たちの居る神社に押しかけて来たんだ。幽霊が押し掛けてくる事自体はあったが、あんなにたくさんの幽霊が押し寄せてくることは今までなかったんだ。幸いなことに、まだ誰も入ってきていないし、青美や梨乃のお陰で何とか撃退できたんだ」
「青美ちゃんに確認してもらったら、4ヶ月前まで隣市のあの町に住んでいた幽霊たちで間違いないみたいなの」
「「「・・・・・」」」
更に詳しく聞くと、その後空道が死霊の一人を捕まえて尋問をしたら、4ヶ月前に突然現れた僧の集団によって町を出て行かないといけなくなったのだという。その理由を聞いたところ、その僧侶の近くを通るだけで死霊たちが不思議な力で引き寄せられ、その僧侶の口の中へと吸い込まれて行って怖くなったからだと言っていた。
「口の中に吸い込まれたって・・・・・」
「十中八九、その僧侶に食われたわ」
「食われたって!?」
「そんなことがあり得るのか!?」
「あり得ないわ。霊を、人魂を食うなんてそんなのは人間ではないし、そんな事が出来る人間なんてこの世に存在しない」
そんな話を聴いた事で、俺達の中にあるあの僧侶に対する疑惑が更に強くなった。そもそもの話、あの僧侶が人間ではない可能性が高くなった。
「そもそも人間ではないのなら、滅多に人前に姿を見せないのに納得がいくけど、悪霊であってもそんな回りくどい事なんて絶対に出来ない筈。正体が全くつかめないわ」
「だけど、あの町に住んでいる人全員がゲッソリしているのも、悪霊に生気を奪われているとなれば納得がいく。目の前に生きた人間がいるのに手を出さない理由は分からんが」
確かに、涼の意見にも華々美の意見にも納得がいくが、それでも確証も何もない憶測だ。
「そうなると、あの僧の集団の方を調べた方が良いかもしれない。アイツ等の正体を探る方にシフトした方が良いと思う」
「わたしも幹夫に賛成だ。前から思っていたが、あの霧を作り出しているのはあの似非僧侶どもだと確信しているんだ」
「ううぅん・・・・・本当ならあの町にはあまり行きたくないんだよね。町中に霊気が漂っていて、かなり危険な悪霊がいる可能性も考えているのだけど、正体が掴めないまま頻繁に行き来したくなかったけど・・・・」
涼が心配する気持ちも分かるし、あまり通いたくないというのも分かるが、あの怪しい僧の集団が来てからあの霧が発生して遠出が出来なくなった。その上、あの町の住民が全員ゲッゾリしているのも気になるし、過疎化が進んでいる僻地の村でもいるのに子供が一人もいないのも怪しすぎる。
「涼の懸念は分かるけど、何時までも放置という訳にもいかないから、準備が出来てからあの町に行ってその僧の集団の正体を探るべきだ」
「俺もあの町や僧の集団は改めて調べるべきだと思う」
「うちの青美ちゃんや梨乃ちゃんも連れて行っていいから、万全の態勢で挑んだ方が良いわ」
笠島先輩や鈴原からの援護射撃もあり、涼は少し考えた後でコクッと首を縦に振って頷いた。
「・・・・・分かった。ただし、1ヶ月だけ待って。もう少しあの霧を調べたいし、夜の時間が短くなる8月まで待った方が良い」
「分かった。俺と華々美も行く。自衛くらいしかできないけど、何もしないで待っているのは性に合わないから」
「幹夫が行くのに屋敷でジッと待つなんて、わたしの性に合わないからな」
「相変わらず無茶ばかりするな・・・・・私や青美が居なくても死霊と戦いそうだし、心配だから私や由乃さんと一緒にいた方が良いわね」
渋々俺と華々美の同行を認めて、涼は1ヶ月後に再びあの町に行って僧の集団の正体を探ることを決めた。今後の予定を決めて、空道や笠島先輩や鈴原を空道神社に送った後で俺達も屋敷へと帰った。




