束の間の休息
屋敷に戻ってからすでに2週間が経過し、俺達はいつでも出発できる準備が整っているにも拘らず、突然現れた僧侶の集団によって県外に出る事が出来なくなってしまい、事実上閉じ込められている状態になっていた。尤も、その僧侶集団がやったという証拠はないので何とも言えないのが悔しい。
県境に濃い霧が発生していたのは事実で、実際に通ってみてもいつの間にかUターンして戻ってきてしまうという、なんとも訳の分からない状況に陥っていた。感覚的には、ひたすら真っ直ぐ進んでいたのだけど。
「だけど一体、何が起こっているっていうんだ?」
「分からん。今、涼が空道と一緒に霧の調査を行っている。明日は影山姉妹が行くし」
「そうだな」
華々美と一緒に絵里奈ちゃんの遊び相手をしているのだけど、話題は県境に発生している濃い霧の事ばかりであった。
5日も経てば、由乃さんの念力も完全回復したみたいで、先週の金曜日から妹の梨乃と一緒に霧の調査に行った。
だが、調査を始めて2週間も経つというのに未だに発生理由も、誰の仕業なのかも分かっていない。
いや、誰がやったかについては想像着くけど、ソイツがやったという証拠は何もないし、会ったことも無ければ顔も分からない奴を状況証拠だけで犯人呼ばわりしてはこちらが不利になってしまう。あの町の住民は、完全にその僧の集団の熱狂的な信者となっていて、そんな彼等を悪者呼ばわりしては信者たちの暴動が起こってしまう。それだけは、なんとしても避けないといけない。
「空道や梨乃の予想では、この県全体が魔界になっているのではないかと思っているみたいだけど・・・・」
「涼と由乃さんが、その予想を否定したんだったな」
「ああ」
最初は俺も、空道や梨乃と同じように魔界化しているのではないかと思ったが、涼や由乃さんが言うには、「それなら日中であっても光がない程の暗闇になるし、陰鬱とした雰囲気が漂っている」、と言って否定した。
確かに、前に豊海トンネルに入ったときも涼が用意したカンテラが無かったら何も見えないくらいに真っ暗だった。トンネルの中だったというのを差し引いても、日中で光が入らないなんて明らかに不自然であった。
「確かに、今は雲一つない快晴だし、別に陰鬱とした雰囲気は全くない。要は、いつもと何も変わらないんだよな」
「確かに、死霊たちは相変わらず日中は建物や森の中などに入って避難しているし、夜になれば普通に町中を闊歩して外に出られないし、いつもと何も変わんないんだ」
そんな訳で、涼や由乃さんが言うようにこの県全体が魔界化しているという説は無くなった。
それに対し、隣市のあの町には死霊が1人もおらず、夜も現象前と同じように明るく活気に溢れていた。不自然なくらいに。
何もしないままというのも嫌なので、涼や空道と一緒にあの町に2度ほど足を運んで様子を見に行ったことがある。華々美も一緒に行ったことがあり、あの町の内情は把握していた。
「あの町は不自然過ぎるんだ。子供が一人もおらず、道行く人が全員ゲッソリしている。表面だけよく見せているが、じっくり観察していると完全な張りぼてだな」
「それ以前に、死霊たちの影響でボロボロになっていた建物が全部新築並みに綺麗になっていて、電気が普通に使えるのもおかしい。それに、チラッと見えたテレビからは普通に報道番組が流れていた。放送するテレビ局がないと、テレビはただのガラクタになる」
実際に見てみても、やっぱりおかしい所だらけであった。
華々美が言っていたように、子供が一人もおらず、住民が全員ゲッソリと痩せ細っている所も不自然だ。
それに、発電所が爆発して電気が使えなくなっている所が多い中、あんなに明るくなるのは変だし、建物が全て新しくなっているのもおかしいし、見れば見る程不自然な所が多い。
「絶対にあの僧侶集団の仕業だと思うけど」
「乗り込んで尋問しようと考えているならやめとけ。そんなことをしたら幹夫の立場が悪くなるし、証拠もなしに決めつけて問い詰めては逆にこっちが不利になる」
「分かっている。だけど、あの僧の集団が怪しすぎるんだよ。あれだけの生存者を、一体何所で集めたって言うんだ?そりゃ、探せばいないことはないかもしれないが、万単位でここまで付いてくるとは思えないんだ」
俺みたいな命知らずならいざ知らず、大抵の人は安全地帯からは絶対に離れようとはしない。その理由は、リスクが高すぎるからだ。
リスクを承知で遠くに行くのもありだが、普通の車には涼の術がかかっていない為死霊たちが入り込んでくる事だってあるし、運よく辿り着けた人もそんなに多くない筈だ。
そんな安全地帯を捨ててまで、都会や俺達がいつもお世話になっている村や牧場みたいな、守護の力が強い土地ではなく何故わざわざここに来るんだ?それも、廃墟同然の町を以前と同じように見せてまで?
「幹夫。眉間の皺、取れなくなるぞ」
「ああ、すまん」
「確かに、あの町の事は気がかりかもしれないが、わたし達があれこれ考えた所で何か変わる訳ではない。悔しいが、わたし達には涼や由乃さんみたいな力はないからな」
「くっ!」
それは以前から分かっていたことだ。というか、涼が居なかったら俺達は今頃生きていなかったし、彼女がいるお陰で俺は幽霊が相手でも臆することなく立ち向かえる。
結局、この現象が起こってから1年近くたっても、俺達は未だに涼におんぶに抱っこの状態が続いている。
(それは仕方のない事だと分かっているが、何も出来ないままただ守られるなんて俺は嫌だ)
つくづく自分が命知らずだと思い知らされるが、それでも何も出来ないというのが俺には耐えられなかった。俺も修行すれば涼と同じ、とまではいかなくても涼の足を引っ張らなくて済むのではと思って提案したが、涼からはあっさり却下された。
「付け焼刃で身に着くものでもないし、身に着けようと思うと年単位で時間もかかる。それでも身につかないことが多いし、幹夫には適性がないから逆立ちしても絶対に身につかないから諦めろ」
と言われてしまい、結局修行させてもらえなかった。由乃さんにも聞いてみたけど、涼と全く同じことを言われて却下された。
悶々としている俺の背中を、華々美が勢いよくパンと叩いてきた。
「なっ!?」
「考えすぎだ。幹夫は少し休んだ方が良い。そんなに張り詰めてもいい結果は出ない。休息を取ることも大事だ」
「華々美」
「考えても仕方がない。束の間の夏休みにでもなったと思い、心と体もリフレッシュさせよう」
「そうだな。霧と僧の集団については、涼たちに任せないとどうする事も出来ないもんな」
一旦気持ちを切り替えて、俺は華々美から絵里奈ちゃんを受け取って一緒に遊んだ。
最初は何処か不安そうで、夜泣きも多かった絵里奈ちゃんだったが、2週間たった今は俺達にも慣れてきたお陰なのか笑顔をたくさん見せるようになり、夜泣きもすっかり落ち着いてきた。
そしてつい昨日、衝撃的な変化を見せてくれた。
「ああぁーううぅー!あああ♪」
昨日初めて、絵里奈ちゃんがお喋りをしてくれたのだ。新潟にいた時でも、泣いている時しか声を上げなかった絵里奈ちゃんだったが、昨日初めて泣く以外で声を発してくれたのだ。生後7ヶ月になるという時期に、ようやくお喋りしてくれるようになったのだ。
「どうしたの?何かいいことでもあったかな?」
「だあぁ♪」
今まで聞いた事のないくらいに高い声で言う華々美に、相変わらず違和感はあるが、絵里奈ちゃんが喜んでいるので良しとした。それに、華々美が子供好きなのは前から分かっていたので今更である。
「ほぉら、足バタバタ♪」
「きゃははっ♪」
顔をほころばせて遊ぶ華々美と、楽しそうに声を上げながら喜ぶ絵里奈ちゃん。眼福である。
他の子たちも率先してお世話をするし、大人で女医の比良坂さんもとい佳苗さんと、保育士である由乃さんは特に積極的であった。
けれど、そんな中でも絵里奈ちゃんが特に懐いているのがこの華々美であった。由乃さん曰く、華々美の事をお母さんと思い込んでいるのではないかと予想していた。
そんな由乃さんの予想を聞き、「ならわたしが絵里奈ちゃんのママになる」と華々美は宣言するのであった。
(確かに、昨日からの絵里奈ちゃんの華々美に対する反応は、ママに甘えるそれと同じだな)
空道神社の赤ちゃんたちも、笠島先輩が毎日お世話をしているものだから全員が笠島先輩に懐いており、赤ちゃん同士で笠島先輩の取り合いをしているくらいだ。先輩の事をパパだと思っている証拠であり、それが笠島先輩には嬉しくてたまらないのだろう。
やはり、たくさん傍にいてくれてたくさん遊んでくれる人によく懐くのだろう。
「ほら。幹夫も見てないで、絵里奈ちゃんと遊んだ遊んだ。絵里奈ちゃんだって、パパとも遊びたいだろ?」
「ああぁううぅ♪」
「パパって・・・・」
そしていつの間にか、俺が絵里奈ちゃんのパパになっていた。
とりあえず抱っこしてあげると、絵里奈ちゃんは嬉しそうにしがみ付いてきて、頬擦りしてきた。絵里奈ちゃんも、俺の事をパパだと思っているのだろう。
「ううぅーううぅ♪」
「ただ抱っこしているだけなのに、すごく喜んでるな」
「パパに抱っこしてもらえるだけで、絵里奈ちゃんにとってはとても嬉しい事なんだ。ねぇ、絵里奈ちゃん」
「ねえぇ♪」
怖いものと遭遇しなくなったお陰なのか、絵里奈ちゃんの表情も豊かになり、こんな風に華々美に相槌を打つくらいにすっかり打ち解けていた。
「まったく・・・・じゃあお外行くか」
「ああぁ♪」
「外に行くんなら抱っこ紐付けて」
「分かってる」
今日は物資の調達もなく、1日休みにしていた。にも拘らず、空道を連れてわざわざ霧の調査をしに行った涼であった。
そんな訳で、俺は華々美と一緒に絵里奈ちゃんを抱っこして庭の畑に来ていた。
「ああぁああ♪」
「それはそら豆だよ」
「向かいはキャベツだよ。今一番美味しいぞ」
「絵里奈ちゃんも、そろそろ離乳食を食べる時期かな?」
最初の頃よりも種類も増えて、畑の規模も大きくなった為たくさん野菜を栽培する事が出来た。村の人たちが知恵をくれた事と、野菜の苗を分けてくれたこともあって今の規模が出来た。
「相変わらず疑似夫婦やって、華々美ばかりズルいな」
「あぁ涼」
「おかえり」
丁度そのタイミングで、霧の調査に行っていた涼が帰ってきて、ジト目で俺達を見ていた。
「もう、絵里奈ちゃん。私だっているでしょ」
「うぅ?」
「そんな小首をかしがれると悲しくなるんだけど・・・・・」
「わたしがママなんだからな」
「ぐぬぬぅ!」
「こらこら。絵里奈ちゃんの前だぞ」
華々美と涼が互いに睨み合っていては、絵里奈ちゃんにとっても良くない為お互いに仲良くして欲しい。俺に注意されて、絵里奈ちゃんの前だったこともあって2人は渋々引き下がった。
「それよりも、あの霧について何か収穫はあったか?」
「ううん。全然分からない。2週間も調べているのに、あの霧が何なのかも、そもそもどうやって発生しているのかもサッパリだ。霊的な何かが関与しているのは確かなんだけど、それが本当に霊の仕業なのかも分かっていない。発生させている大元を特定しない事には」
「やっぱりあの僧の集団を叩いた方が」
「問い詰めたいのは山々だけど、ソイツ等が何処にいるのかも分かんないから調べようがないわ。少なくとも、私の知っている僧の集団にこんな事が出来る人はいなかったはず。前にも言ったように、念力は身に着けようと思っても簡単に身につくものではないし、本当の意味で悪霊と戦える僧侶や陰陽師なんて全体のわずか数パーセントしかいないのよ」
「そんなに少ないんだ・・・・」
そうなると、涼や空道、影山姉妹の様な人って日本では数えられるくらいしかいないのだな。そう考えると、この4人が俺の周りに集まっているなんて本当に奇跡なんだと思う。
「やっぱり、何も出来ずにくすぶっているなんて」
「我慢して。せめてあの町の人たちを率いている奴、僧の集団のリーダー的存在の姿を確認できれば良いんだけど・・・・」
「なかなか姿を見せようとしないし、そもそもその僧の集団自体が実在しているのかすら怪しいぞ」
「そうだな」
「私もなんだかそう思ってきた。だけど、悪霊にあんな芸当が出来るとは思えないし、生きた人間が目の前にいるのにすぐに手を出さないのも不自然だわ」
姿を見せない僧の集団に、俺達は気味の悪さを感じつつも何も出来ないのが腹立たしかった。
「こら幹夫。また難しい事を考えて」
「眉間に皺が寄っているわよ。その僧の集団の事は私と由乃さんに任せて、幹夫たちは久々の夏休みを満喫しなさい」
「夏休みって、まだ3月だぞ」
よく華々美や涼や里美、更には笠島先輩や仲崎夫妻にまで「仕事中毒が過ぎるぞ」なんて言われる始末だ。そりゃ、何かしら動いてはいるが仕事中毒と言われるほど動いているつもりはなかった。
華々美だけでなく、涼にまで言いくるめられてはそれ以上何も言い返せなくなった俺は、大人しく休息を満喫することにした。
それから更に2ヶ月ほど、俺達はこの町を出る事が出来ずに休息を取ることになった。残念なことに、霧の謎は未だに分からず、僧の集団の素性を掴む事が出来ずにいた。
この現象が起こって、1年経ってしまった。




