謎の僧の集団
目を覚ましてすぐ、俺達はまず絵里奈ちゃんの世話をする上で必要な物の調達を行った。粉ミルクと紙おむつやお尻拭き等、他にもまだ使えそうな着替えなども調達した。
ついでに、この町に残っている物資と食料の調達も行ったが、食料に関しては乾物や米や小麦粉以外が全滅状態にあり、他に調達できたものといったらインスタント食品と水くらいであった。
物資については、貴金属店から銀製品と金製品、木材やアウトドア用品などを調達した。当然のことながら、キャンピングカーに全て詰め込める筈もなく、大きめの車を2台調達してそれに乗せて帰る事にした。
由乃さんの術のお陰で、町にいた死霊は全て消滅していた為、物資と食料の調達は今まで以上にスムーズに済んだ。
全ての準備を終えた後、俺達はこの町でもう一泊して、翌日の早朝に自分達の町に戻る予定を立てた。今回の事を小夏さんと笠島先輩に報告し、一旦帰る事を伝えた。それと同時に、今回保護した絵里奈ちゃんは俺達で育てる事も伝えた。母親である相澤さんに託された以上、笠島先輩のグループに丸投げという訳にもいかないし、絵里奈ちゃんを俺達に託した相澤さんに顔向けが出来ない。そのことを笠島先輩にきちんと話すと、快く了承してくれた。小夏さん達も、絵里奈ちゃんを育てることに異論はなかった。
その日の夜、死霊のいない夜が新鮮だったが、その日の夜は久しぶりに爆睡する事が出来、絵里奈ちゃんの夜泣きで何度も目を覚ましたが、それ以外は特に何もなかった。
そして次の朝、キャンピングカーに里美と俺と華々美が、車2台にはそれぞれ涼と美玲、比良坂さんと由乃さんで運転した。ちなみに絵里奈ちゃんは、俺達の一緒にキャンピングカーに乗った。もちろん、チャイルドシートは取り付けてある。
「ほらほら、ほっぺぷにぷに~♪ぷにぷに~♪」
「デレデレだね、華々美ったら」
「まぁ、空道神社で子供の世話をするときもあんな感じだし、意外に母性が強いんかもしれんな」
あまり語らなかったが、華々美って実は大の子供好きみたいで、空道神社に育児の手伝いをしに行く際にいつもあんな感じでデレデレになり、複数の赤ちゃんに囲まれて幸せいっぱいといった感じに表情を緩ませるんだ。子供を育てるのが大変なのは、この数ヶ月の間で学ぶ事が出来たし、それを毎日率先してこなしている笠島先輩は本当にすごい人だと思うし、あの人の日々の苦労がよくわかる。仲崎夫妻と鈴原さん、空道や智恵理さん等たくさんの人が手伝ってくれるのを差し引いても、本当に大変だと思った。
そんな中でも、華々美は大変さなど微塵も感じることも無く率先してこなし、その際も絵里奈ちゃんにしているようなふにゃりとした顔をしていて、見ていて分かりやすいくらいにデレデレになる。
(こういうのを見ると、これがあの「鬼の華々美」なのだろうかと疑いたくなる)
華々美にほっぺをプニプニされて、他にもいろいろ構ってもらえて嬉しそうに笑う絵里奈ちゃん。そんな絵里奈ちゃんを見て、高い声を上げて可愛がる華々美。
いつも上から目線で、尊大な態度と口調が目立って敬語もろくに話さない華々美だが、子供の前だとデレデレになるんだから人は見かけによらないなと思う。
(でも、6ヶ月半も一緒にいた母親がいなくなったというのに、こんなにあっさりとするものなのだろうか?)
でも、全く悲しくないわけではないと思う。昨夜はもの凄く夜泣きが酷かったから、やはり突然母親を失って悲しいのだろう。
そんな絵里奈ちゃんの頬を撫でながら、俺はどうやったら絵里奈ちゃんの寂しさを和らげてあげられるかを考えた。
「絵里奈ちゃん」
「そんな辛気臭い顔をするな、幹夫」
「華々美」
「分かっているさ。わたし達では、この子の親代わりにはなれないことくらい。でも、親がいないからこそ、わたし達が相澤さんの代わりにこの子を守ってあげないといけない。でもだからと言って、この子を不安にさせてはいけない。傍にいる限り、精一杯の愛情を注いであげないといけない」
「・・・・そうだな」
親を失ったからこそ、絵里奈ちゃんにこれ以上寂しい思いをさせてはいけない。親代わりにはなれないことは分かっているが、それでも俺達に出来る事は精一杯やってあげないといけない。
その後、3度の休憩を挟みながら俺達はその日の正午に屋敷へと帰る事が出来た。いきなりたくさんの人に出迎えられ、おっかなびっくりと言った様子だったのか小夏さん達を見た途端ギャン泣きしだした絵里奈ちゃんであった。
その日の夜、俺と涼に話があるという小夏さんに呼ばれてリビングへとやってきた。華々美にも同席してもらいたかったが、生憎今は絵里奈ちゃんと一緒にお風呂に入っている為後で話すことにした。
(華々美は絶対、将来親バカになるだろうな)
「話って、一体何なんですか?」
「ええ。実は、幹夫君たちが出発した翌日にこの町の隣市にある比較的大きな町に、何万人という人を連れた僧の集団が来て、その街に住み着いたのです」
「僧の集団?」
「心当たりはない事はないけど・・・・わざわざこんな所まで来て何がしたいって言うんだ?」
「何か知っているのか、涼?」
「そりゃ、祖父と父はかなり顔が広かったから、僧侶の集団を従えている団体とも面識はあるわ。でも、いずれの団体に念力を持った人たちはいなかったわ」
「やっぱりそうですか・・・・・」
何か気になる事があったのか、小夏さんが険しい表情を浮かべながらうんうんと頷いた。
「実は、その僧の集団から自分達と合流して一緒に住まないかと話を持ち掛けられたのです。自分たちが居れば、亡者たちは逃げて行って安全に暮らせるし、現象が起こる前の元の生活に戻る事も出来ると言ってきたのです」
「なんだそれ?向こうに電気会社に勤めていた人でもいるのですか?そんな美味しい話がある訳がないじゃないですか」
「幹夫の言う通りです。こんなの、詐欺師がよく使う典型的な手口ですよ」
「笠島さんにも同じことを言われたのです。こういう美味しい話には絶対に裏があるので、あの集団とは絶対に関わってはいけないと言われましたし、笠島さんは合流に反対していました」
「笠島先輩が、聡明な人で助かった」
実を言うと、俺も笠島先輩のその意見には同意だ。
そもそもの話、何でこんな所まで来たのだ?
何でわざわざ、ここを新たな移住先に決めたんだ?
万単位の人を引き連れて、反旗を起こす人がゼロだなんてあり得るのか?
それ以前に、一体どうやって電気を復活させたのだ?発電所は爆発して機能しないし、あの町に風力や水力での発電はなかったから消去法でソーラーになるが、それでも元の生活に戻れるほどの電力があるのか?
上げたらキリがないが、そんな美味しい話がある訳がない。
「実は気になって、その街に行ってみたのですが・・・・」
「何か気になる事があったのですか?」
「はい。というか、おかしい所ばかりです!もうあの集団からは危険な臭いしか感じませんでした!」
そう言って小夏さんは、スマホで隣市の町の様子を写した写真を俺と涼に見せた。
「何だ、これ!?」
「あり得ない!」
そこに映し出されたのは、現象が起こる前の活気にあふれた街並みと、新築並みに綺麗な建物、店頭に売られたたくさんの新鮮で豊富な食べ物、以前よりは少なくなっているがそれでも数十万を超える人が当たり前のように暮らしていた。夜になっても明るく、死霊たちが一人もさまよっていない。
「不自然だ!前に東京に行くときに高速から見たけど、かなり寂れていて完全に廃墟だったぞ!」
件の隣市の町は、俺達が今住んでいる町とは幾つもの山を挟んでいて、俺達が住んでいる県でそれなりに大きくて栄えている町だった。
そんな町が、まるでゴーストタウンの様な廃墟へと変わっていったのだ、酷く印象に残っている為よく覚えている。
なのに、そんな町がこの短期間で完全な形で元に戻るなんて絶対にあり得ない。何より、東京のオフィス街ですら生存者は50人にも満たなかった。一部の町にしか行っていなかったというのを差し引いても、そんな大勢の人で溢れていた都会でさえあの様なのだ。
それなのに、こんなにたくさんの人が以前と同じような生活をしているなんて考えられない。
「一体何がどうなって・・・・・っ!?」
写真を詳しく見た涼が、急に顔を歪ませ、服の袖で口と鼻を塞ぎながら小夏さんのスマホをソファーに投げ捨てた。
「涼!?」
「この写真、すぐに全て消去した方が良い!内容は全て覚えたから、早く消して!物凄く強い霊気を感じる!」
「「っ!?」」
すぐに事態を察した小夏さんは、言われた通りに撮った写真を全て消去した。
「大丈夫か、涼?」
「ええ!でも、その僧の集団には関わらない方が良い!絶対に何かある!」
「そうですね。笠島先輩にもあの写真を見せたのですが、それを見て更に件の僧の集団に対する不信感が強くなったみたいなのです」
「その根拠は?」
「何でも、子供が一人もいないからだそうです」
「「あっ!?」」
言われて初めて気づいた。
確かに、あの写真からは子供の姿が一人も見受けられなかった。当然のことながら、かつてのあの町にもたくさんの子供が住んでいたし、小学校もいくつかあった。
なのに、あの写真からは子供の姿がなく、大人たちが生き生きと過ごしている一方で学校は相変わらず人っ子一人いなかった。働いている人は普通にいたにも関わらず。
「それにもう一つ。そこに住んでいる人達全員が痩せていて生気が感じられなかったという事です。人は一人一人違う生き物ですから、痩せている人もいれば肥満体系の太った人もいる。そこにも笠島さんは疑問を抱いたのです。何より、生気が感じられないというのも不自然です」
「そうですね。それは見ていて私も思いました。写真に写っていた人たちは、確かに生きてはいましたが顔はゲッソリしていて、笑顔で活気に溢れているように見えますが、今にも死にそうなくらいに顔色が悪かった。明らかに、たちの悪い悪霊に生気を奪われています」
「そんな所にまで気付くなんて、流石笠島先輩だ」
そんな訳で、笠島先輩のグループは僧の集団がいる隣市には行かない事を表明し、小夏さん達もそれに同意したという。そのことを村の人たちや村長の馬場さん、牧場の人にも話すと皆も僧の集団と合流しない事を表明した。流石に怪しい所がたくさんあるもんな。
「一体どうやって、万単位の人を引き連れてここまで来たって言うんだ?集団洗脳でも受けているのか?」
「ある意味洗脳だと思う。宗教というのは、時に強い影響力を発揮する場合もありますし、こんな現象が起こっている中で人々を救い導きがあれば呆気なく洗脳できてしまうもの。精神的に追い詰められていれば特に」
「そうか」
俺達が僧の集団の洗脳を受けずに済んでいるのは、何だかんだ言って今の生活が充実していたからだと思う。心にゆとりがあると、まともな判断が出来るものなのだと実感した。笠島先輩は、日々の子育てに苦労しつつも、すくすくと成長する子供たちを見て喜びを感じている為、ストレスはあれどそんな怪しい集団の洗脳を受ける程追い詰められていないのだ。
「とりあえず、今後の方針としてその集団とは一切関わらないという事で」
「私もそれが良いと思う。そんなヤバそうな集団からは、距離を取るのが一番です」
「分かりました。それともう一つ、あの僧の集団が来てから厄介なことが起こったのです」
「「厄介なこと?」」
「はい。これは牧場の人から聞いた話なのですが、どうやら県境に濃い霧の様なものが発生していて、県外に出る事が出来なくなっているのです」
「なに!?」
「バカな!?そんな!」
俺達が新潟に行っているたった3日の間に、こんなにたくさんのヤバイ状況が起こっていたなんて知らなかったぞ。
「というか、戻る時にそんな霧は見えなかったぞ!」
「おそらく、入る分には良くても出られないようにしているんだと思う。そういう何らかの術がかけられているのだと思う。入る時に霧が見えなかったのは、そういう風に見えるようにしているのだと思う」
「そんな」
という事は、霊滅版を探す為に県外に出る事も出来なくなっているというのか!?
「そんな術、絶対にその僧の集団の仕業だろ!」
「私もそう思います。なので、本音を言うと幹夫君たちにはこのまま捜索を続けて欲しかったのですが、流石に赤ちゃんを連れてとなると話が変わります」
「クソ!」
なんて最悪なタイミングなんだ!
一体何の目的でそんなことをするんだ?
「とはいえ、焦って無理矢理外に出ようとすると向こうが何をしてくるか分からない。相手の全容と正体が分からない以上、迂闊なことはしない方が良い。この件については、私と由乃さん、青美と梨乃で慎重に調べるから、幹夫たちは束の間の休みを満喫してはどうかしら?」
「そうするしかないんだろうけど」
「手伝って欲しい時は言うから、それまでしっかりと心の休息を取った方が良いわ」
「涼さんの言う通り。幹夫さんは張り詰め過ぎて、少し余裕がない気がしますのでしばらく休息を取った方が良いと思います」
「ん・・・・」
2人にそこまで言われれば、俺も頷くしかない。
突然現れた僧の集団のせいで予定が狂い、霊滅版探しに大幅の遅れが生じてしまったが、俺達はしばしの休息期間を設ける事になった。




