救出、そして浄化
所長室に入ってすぐ、俺と華々美の目に入ったのは泣きじゃくる絵里奈ちゃんを大声で怒鳴り散らすあの男の姿であった。
『ギャアギャアうるさいんだよ!いつになったら黙るんだこのクソガキは!クソ、どうやったらこのお札を剝がせるんだ!』
「悪いが、それはお前が触れられるようなものではないんだよ!」
『ああぁん!?』
絵里奈ちゃんのお腹に貼られているお札を剥がそうとするも、お札はおろか絵里奈ちゃん自身にも触れられずに苛立つアイツ。見ただけでもすぐに分かる状況であった。
『また貴様らか!何所まで僕の邪魔をすれば気が済むんだよ!』
「テメェの事情なんて知ったことじゃねぇ」
何処までも身勝手で、何処までも思い込みが激しく、そしてプライドだけはギネス級に高い。
これ以上、こんな男の好き勝手にはさせたくない。
「華々美。俺が奴の気を引くから、その隙に絵里奈ちゃんを」
「分かった。気を付けろ」
「ああ」
俺は一旦金の刀を鞘に納め、背中に背負ってあった弓を手に取って矢を構えた。もちろん、矢の先端には銀の鏃が取り付けられていた。
『フン!放てるのか?ガキが近くにいるんだぜ!』
「俺を嘗めんな。外れる事はもうないんだよ」
直後に俺は、アイツに向けて矢を放った。
その宣言通り、俺が放った矢は一直線にアイツの左目に命中した。2ヶ月以上ひたすら練習した甲斐があり、今では正確に的に当てる事が出来るようになった。お陰で手は傷だらけになったが、それでも出来るようになって良かったと思っている。
『ああああああ!痛い!何なんだこれは!?何で刺さるんだよ!』
「テメェこそギャアギャアうるせぇ!」
すぐに俺は2本目を放ち、それが今度はアイツの胸に命中した。うるさく悲鳴を上げている隙に、金の刀を鞘に納めた華々美が乳母車に駆け寄り、その中で泣いている絵里奈ちゃんを抱き上げてこっちへと戻ってきた。絵里奈ちゃんに怪我はないようで安心した。
「よしよし。怖かったな、もう大丈夫だ」
華々美に抱かれて少し落ち着いたのか、絵里奈ちゃんは泣き止んで顔を華々美の胸に埋めた。硝煙の臭いは気にならないみたいだ。
だが、それに腹を立てたアイツが鬼のような形相で勢いよく立ち上がり、再び強引に奪い取ろうと手を伸ばしてきた。
『返せ!そのガキは僕の物だ!』
「二度も同じ手を食うか!」
アイツが再び強風を放つ前に、俺は弓を一旦投げ捨てて金の刀を抜いてアイツの眉間に突き刺した。
『あああああああああああ!』
「呆気ない最期だったな!だが、貴様にはこれ以上ないくらいに相応しい末路だな!」
『ふざけるな!僕は神になるんだ!』
「戯言をぬかすな!悪霊め、とっとと消えろ!」
これ以上この男の声なんて聴きたくない。
そういう思いを込めて俺は、金の刀を更に深く突き刺した。その瞬間、アイツの身体が綺麗に真っ二つに割れ、手足の先から徐々に霧のように霧散していった。
『嫌だあああああ!死ぬのだけは嫌だあああああああああああ!』
「寝言を言うな!そもそも貴様は既に死んでんだろ!」
『ああああああああ・・・・・・』
聞きたくもない悲鳴を最後に、あの男はこの世から完全に消滅した。
「呆気なかったな」
その一言に尽きるが、この男にはこれ以上にないくらいに相応しい最期であった。
アイツを倒してすぐ、俺は金の刀を鞘に納め、床に投げ捨てた弓を拾ってから華々美と絵里奈ちゃんと一緒に所長室を出た。
そして、悪霊に襲われて致命傷を負った相澤さんの所へと駆け寄った。
「相澤さん!しっかりしてください!」
「絵里奈ちゃんは無事に助け出した!一緒に行こう!」
「絵里奈・・・・・」
華々美に抱かれて、少しだけ落ち着いた娘を見て、相澤さんは涙を流しながらゆっくりと手を伸ばした。
「ありがとう・・・・ございます」
心の底から嬉しそうに笑いながら、愛する娘の頬に触れようとする相澤さん。
しかし、直前で動きを止めてすぐに手を引っ込めて胸の前に置いた。
「行ってください。私を置いて」
そしてあろうことか、自分を置いて先に行けと言い出した。
「何を言っているんですか!」
「自分の身体の事は自分が一番よく分かっています。私はもう駄目です。正直言って、視界もかなりぼやけていてあなた達の顔も良く見えなくなっています」
苦しいはずなのに、最後の力を振り絞ってハキハキと答える。これ以上体力を消耗させては、相澤さんの命に係わる。喋らせてはいけないと思い手を伸ばすが、相澤さんがそれを制止させた。
「これは、私の我儘が招いた結末です。これ以上2人を、絵里奈を危険な目に遭わせるわけにはいきません」
「しかし、あなたは絵里奈ちゃんの母親なんですよ!ここで死なせるわけには!」
「そんなことを言っている場合ではない!動けない私を背負って、2人に余計な負荷はかけたくないし、2人とも戦えなくなってしまう!武谷君には、藤波さんと絵里奈を守る義務があるのです!絵里奈を抱いている以上、藤波さんは戦う事が出来ません!そんな彼女を一体誰が守るって言うの!私みたいなお荷物は置いて、早く行って!行けえぇ!」
「相澤さん!」
既に死にゆく相澤さんを見て、俺の中でいろいろ出来たのではないかとたくさん後悔するが、相澤さんはそんな俺を恨むことなく行けと言う。自分よりも娘の命を優先するその姿は、まさに強い母親であった。
「後悔なんてない。最後に絵里奈の顔を見る事が出来たのだから」
「「相澤さん」」
「だから早く行って。私に、未練を残させないでください。絵里奈とあなた達が無事に生きる事、それ以外に望むものは何もない。私の未練を無くすために、早く行け!」
強い口調で言われて、俺も華々美もそれ以上何も言えず、相澤さんを助けたいという気持ちを押し殺し、俺と華々美は絵里奈ちゃんを連れてその場を後にした。
「ありがとう」
消え入りそうな声で言うその言葉を最後に、相澤さんはそれ以上言葉を発しなかった。俺と華々美の姿が見えなくなったところで、相澤さんがそっと意識を手放し、そのまま息を引き取ったことを知らずに。
「クソ!どいつもこいつも!」
「私なら大丈夫だ!幹夫は周りの敵に集中しろ!」
「大丈夫だ!」
幸いなことに、涼と由乃さんが対処してくれたお陰でそんなに数は多くないが、それでも鬱陶しい。華々美が絵里奈ちゃんを抱いているのを知った途端、それまで無関心だった死霊たちが一斉に襲い掛かってきたのだ。
「クソ!キリがない!」
痺れを切らした俺に、下に降りる階段から小さな水晶玉が幾つか飛んできて、それが死霊たちに当てて消滅していった。
「大丈夫か!?」
「死霊たちの動きが変わったので、もしやと思いました!」
丁度いいタイミングで、事態を察した涼と由乃さんが駆けつけてきた。
「やっぱりそうか。絵里奈ちゃんを救出したみたいだね」
「ああ。だけど相澤さんは」
「「ん・・・・・」」
相澤さんがおらず、俺と華々美が黙り込んだことで状況を察した2人は、少し悔しそうにしていた。
けれど、2人はすぐに気持ちを切り替えて周りにいる死霊たちを、モールに入る際に使う術を使って追い払っていった。
「すぐに出るわよ」
「絵里奈ちゃんがいるんだし、早く安全な所に行きますよ」
「・・・・分かった」
2人に先導された俺と華々美は、その後死霊たちに遭遇することなく無事に建物を出る事が出来た。出た時にはもう夜明け前になっていて、多くの死霊たちが建物の中へと避難していった。幸いなことに、建物の駐車場に死霊はいなかった。
「みんな!」
「無事だったのですね!」
「なかなか帰って来ないから心配したわ!」
「遅くなってすまん。っというか、入って1時間も経ってなかったと思うが、外ではもう夜明け前になってたんだな」
俺の感覚では、まだ40分くらいしかたっていないと思っていたのだが、アイツの影響で建物の中が魔界になってしまっていたのだろう。そのせいで、建物の中と外で時間の流れが違うのだろう。
「絵里奈ちゃんは何とか助けたけど、相澤さんが」
「自分を責めないで。相澤さんが丸腰で乗り込むと聞いたとき、相澤さんが死を覚悟して乗り込んでいるのは予想できた。武谷君たちみたいな若い子を、こんな所で死なせたくなかったというのもあったと思う」
「でも、だからと言ってあんな」
「丸腰で乗り込んだのは、最初に言ったように絵里奈ちゃんを不安にさせたくなかったんだと思う。今日だけで絵里奈ちゃんはかなり怖い思いをしてきたから、母親である自分が武器を持っていては絵里奈ちゃんが更に怖い思いをすると思ったんだと思う。だから、武谷君たちが気にすることはない。感情的にはどうして助けられなかったのかと思うけど、殴ったり蹴ったりできる相手ではないからどうする事も出来ない。私達には、瀧倉さんや影山さんみたいな力はないから」
2人にはたくさんの死霊を惹きつけてくれていたし、そのお陰で俺達は死霊たちに囲まれる事無く最上階に到達する事が出来た。直前で悪霊に襲われたのは誤算だったし、ソイツに相澤さんを殺されてしまった。だけど、2人のお陰で俺と華々美は絵里奈ちゃんを助けだす事が出来た。
「でも、アイツを倒したからと言ってこれで終わりという訳でもないな」
「ああ。華々美の言う通り、絵里奈ちゃんを狙う死霊はこの町にまだたくさんいるし、逃げても追いかけてくる」
でも、地道に追い払ってもまた新しい死霊がこの町にやって来ては、絵里奈ちゃんの強い念力と霊力に惹かれてまた狙ってくる。こんな状態で目くらましの術をかけても、存在を認知されている以上狙われることには変わりない為何の意味がない。
どうすべきか考えていると、由乃さんが車から鞄を持ち出してそれから金色の液体の入ったボトルを取り出して、その液体を自分の身体にかけた。それもかなりの量の。
それによって由乃さんの上半身は、金色に染まった。
「あんなにたくさんの金墨を使って何を?」
「やっぱりあれ、金墨だったんだ」
何となくそうではないかと思ったが、あんなにたくさん使って一体何をするのか、俺はもちろん涼も分からないでいた。
「みんな、目を強く瞑って!サングラスではダメだから!」
そう言った直後、由乃さんは太陽光を浴びながら両手を合わせて念仏を唱え始めた。
しばらく唱えていると、太陽光を浴びた由乃さんの身体が金色に光り出し、身体からもの凄い光が発っせられた。
「これは一体!?」
あまりの眩しさに、俺や他の皆も由乃さんに背を向けたが、発せられた光が地面や建物の中にまで広がって強く光り出したため結局目を瞑るしかなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一人の人間から発せられた光は町全体と、海の中、森の中にまで広がり、そこにいた死霊たちが苦しみながらどんどん霧散していった。
『苦しい!なんでこんな所に太陽の光が!?』
『うわあああああああああ!』
『嫌だ嫌だあああああああ!』
『こっち来るな!』
『体がああああああああ!』
光を浴びた死霊たちは、悲鳴を上げながらパッと霧散していき、この世から完全に消滅していった。中には光が到達する前に逃げようとする死霊もいたが、外に出れば直射日光に晒されて消滅、地下や下水道に逃げても光がそこにまで入り込んで結局消滅。
『来るな来るな!せっかく見つけた極上の命を奪えずに!』
『助けてくれ!』
絵里奈ちゃんを狙っていた死霊や悪霊たちも、この光を浴びたことであっけなく消滅していった。
あっという間に光は広範囲に広がり、町全体はもちろん、その周辺にある森や海にまで広がって行き、そこにいた死霊たちが全て消滅して悪い幽霊が一人もいなくなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
由乃さんから発せられた光はかなりの広範囲に広がり、死霊たちが悲鳴を上げながら消滅していったのが分かった。
「一体由乃さんは何を!?」
「おそらく、金墨を使って太陽の光とエネルギーを身体に取り込んで発しているんだと思う!隅々まで光を送っているから、死霊たちは逃げる事も出来ずに全滅したんだ!」
「こんな術が使えただなんて!」
「でも、こういう術には必ずリスクが存在するものなのよ!」
涼のその言葉の後、ずっと唱えていた念仏が途切れ、バタンと倒れる音が聞こえた。同時に、強烈な光も収まった。
「「「「「「由乃さん!」」」」」」
全員で倒れた由乃さんの所へ駆けつた。幸い、気を失っただけだったが、使う度に倒れてしまうような術なら今後二度と使わない方が良いなと思い、俺は由乃さんを抱えて全員と車に乗った。
その日は今いる駐車場で寝泊まりすることにし、キャンピングカーには由乃さんと比良坂さんと美玲と涼が絵里奈ちゃんと一緒に寝て、俺は華々美と里美と一緒に寝袋を使って外で寝た。もちろん、寝る前に絵里奈ちゃんにミルクの代わりの砂糖水を飲ませ、おしめも換えた。
当然、寝る前に涼が絵里奈ちゃんに目くらましの術もかけてくれた。これにより、絵里奈ちゃんが今後死霊や悪霊たちに執拗に狙われる心配がなくなった。
「比良坂さんに見てもらったところ、絵里奈ちゃんの身体は何処も異状ないって」
「本当に良かった」
「比良坂さんが理解ある人で良かったけど、相澤さんを救えなかったのはやっぱり残念だね」
「ああ」
空道神社に避難している子供たち全員が、親を死霊たちに殺されている中、絵里奈ちゃんは唯一母親がいた。その母親を失わせることになって、絵里奈ちゃんには寂しい思いをさせてしまった。まだ6ヶ月半なのに。
「絵里奈ちゃんがいる以上、このまま北上という訳にもいかないから、絵里奈ちゃんと比良坂さんを連れて一旦屋敷に帰ろうと思う」
「そうね。それが良いと思う。比良坂さんだけならともかく、赤ちゃんを連れて行くわけにはいかないものね」
「わたしも同感だ。これ以上、絵里奈ちゃんに怖い思いをさせたくない」
「ああ。だが、準備を終えたらすぐにまた霊滅版を探しに行く。これ以上、絵里奈ちゃんや空道神社に避難している子供達みたいな子を増やしてはいけない」
笠島先輩が、俺達に早く霊滅版を探し出してこの現象を止めて欲しいと思う気持ちがようやく分かる。
「そうね。私はドライバーだから、幹夫が行きたい所に連れて行ってあげるわ」
「わたしも、何処までも幹夫に付いて行くさ。例えそこが、地獄であったとしても」
「ありがとう、里美、華々美」
2人だけではない。涼や美玲、由乃さんも俺について行ってくれるし、笠島先輩は70人近くもいる子供たちを仲間と一緒に面倒を率先してみてくれる。
そんな頼もしい仲間がいてくれる。
そう実感した俺は、華々美と里美とほぼ同じタイミングで夢の世界へと入ったのであった。




