敵陣突入
涼の案内で俺達は、死霊たちで埋め尽くされた町中をキャンピングカーで走らせていた。本当なら、夜中の外出は危険なのだが、この町に関しては心配なかった。何故なら、全員が絵里奈ちゃんばかりを狙っていた為、俺達なんて眼中になくて襲い掛かってくる様子はなかったのだ。
だが、そんなことはどうでもいい。
「涼」
「まだ真っ直ぐ・・・・・次のT字路を右に曲がって、その先の坂道を登って」
「T字路を右、坂道を上るんだな。里美」
「聞こえているわ。涼のお札のお陰で悪霊は絵里奈ちゃんに手出しできないんだから、少しは落ち着きなさい。焦っても何も解決しないわ」
「・・・・・」
こんな時でも冷静な里美に叱られ、俺は一旦気持ちを落ち着ける為に深呼吸をした。
「そういえば、特別なお札と言っていましたけど、あのお札は普段使っているお札とどう違うのですか?」
俺達が疑問に思っていたことを、涼の隣に座っていた相澤さんが聞いてきた。
「あのお札に書いてある霊封じの墨は特別でね、金墨を使っているの」
「きんずみ?」
「はい」
「金粉が含まれた金色の墨です。金には太陽の力が宿っていると言われ、古来より魔除けに使われているのです。その為、普通の霊封じの墨よりも力がかなり強いのです」
「あの、由乃さん。私のセリフ・・・・」
どうやらあのお札は、強い魔除けの効果がある金色の墨で書かれていたのか。だからアイツは、すぐに絵里奈ちゃんを殺す事が出来なかったのか。
「そんなにすごい力があったのですね」
「でも、金墨のお札はそんなに多くありませんので多用は出来ませんし、金墨その物もそんなに多くありません」
「私も持っていますが、とても貴重で最後の手段でのみ使うようにしています」
「そんなに貴重なお札を使って・・・・ありがとうございます」
絵里奈ちゃんの為に貴重なお札を使ってくれたことに、相澤さんは深く感謝の意志を込めて涼に御礼を言った。
「御礼はまだ早いです。絵里奈ちゃんを助けないと。里美、次の十字路を左、その後2個目の信号を右に曲がって。その先にある建物にあの男がいるわ」
「この道順・・・・・もしかして!?」
涼の案内を聞いた比良坂さんが、何か思い当たる所があったのか急に声を上げた。いつもよりスピードが出ていたお陰か、それからわずか3分後に目的の建物の前に到着した。
到着してすぐに、俺と華々美を先頭に全員が一斉に車から降りてその建物を見上げた。灯りが全く存在しない暗闇だが、その建物の大きさは何となくではあるが分かった。ここに着く前に、涼が全員にカンテラを配ってくれたお陰で多少は明るくなったが。
(暗闇に目が慣れてきたとはいえ、カンテラは手放せないな)
「やっぱりそうだ!」
目的の建物を目にした瞬間、比良坂さんが急に声を上げてきた。どうやら、この建物に見覚えがあったみたいだ。
「この建物を知っているのか?」
「知っているも何も、アイツの勤めていた研究所よ。自分の事を、将来有望の出世株にしてこの研究所の時期所長なんて言って自惚れていたから間違いないわ」
「マジか」
「ま、実際は万年窓際の給料泥棒なんだけどね」
比良坂さんの話から推測するに、アイツはこの研究所の時期所長になる事に何の疑いも抱かず、死後もここを自分の城にするくらいに執着していたのだろう。
(プライドの高い無能ほど厄介な奴はいないと聞くが、アイツを見ていると確かにそうだと思う。所長も本当なら、すぐにでもアイツをクビにしたかったのだろうけど、それがなかなか出来ないご時世だから窓際の追い出し部屋に左遷させたのだろう)
だが、それでも自主退職しようとしなかった。ここの所長も、かなり苦労しただろうな。
「なんて考えている暇なんてないな。さっさと乗り込んで、絵里奈ちゃんを救出するぞ」
「「「「「「「うん」」」」」」」
「俺と華々美、涼と由乃さんで乗り込む。他は車で待機」
「待って!」
俺が全員に指示を出した直後、相澤さんが俺の腕を引いて異議を唱えてきた。
「私も連れて行ってください!」
「しかし相澤さん」
「連れて行ってください!自分の手であの子を、絵里奈を助けたいのです!」
確固たる強い眼差しで俺を見る相澤さん。そんな目で見られたら、断る事が出来ない。
「分かりました。では武器は」
「武器はいりません。あの子を助けたらすぐに逃げます」
「いや、丸腰で乗り込むなんて!」
「母親の私までも絵里奈を怖がらせる訳にもいきません。これ以上あの子を不安にさせたくないのです。足は引っ張りませんし、指示には従います。お願いします」
腰を90度に曲げで懇願する相澤さんを見て、俺もさすがにこれ以上何も言えなくなった。それ以前に、これ以上議論している暇なんてない。アイツが手出しできなくても、絵里奈ちゃんの体力が持たない。
「分かった。行きましょう」
「ありがとうございます!」
「よし、じゃあ里美たちは車で待機!全滅だけは何としても避けたいから」
「分かったわ」
「気を付けてください」
「怪我したら私が治してあげる。専門は小児だけど、怪我の治療くらいは出来るわ。流石に外科手術は無理だし、しがない町医者にそんなことは出来ないわ」
「それでも助かります。行こう!」
「ああ!」
「もちろん!」
「はい!」
「うん!」
相澤さん以外が各々武器を手に、アイツがいる研究所へと入っていった。涼が配ってくれたカンテラのお陰で、俺達は真っ暗な建物の中もある程度明るく見渡す事が出来た。
当然だが、入った瞬間に絵里奈ちゃんを狙う死霊たちが建物の中に溢れかえっていた。通常なら取り囲まれてかなりヤバイ状況になるが、ここの死霊たちは全員俺達には何の興味も抱かず、目の前を通っても無視される始末であった。
「ここまで無視されるのもなんだか複雑だが、これは逆に好都合だ」
「だが、放っておくわけにもいかないわ」
「分かってる。涼と由乃さんで対処を頼む」
「任せて」
「とっとと片づけます」
俺が指示を出した直後、涼は宝刀を、由乃さんは木刀を抜いて周りの死霊たちを片っ端から消滅させていった。それに気付いた他の死霊たちが、一斉に2人に襲い掛かってきた。俺と華々美と相澤さんを無視して。
「前から思ってたけど、由乃さんのあの木刀にも何かしらの術が付与されているんだろうか?」
「いいえ。由乃さんが使っている木刀は、桃の木で作った桃木剣で、邪気を払う効果があるの」
俺のちょっとした疑問に、涼が戦いながら答えてくれた。
「ただ、桃木剣って直剣の形をしている筈なんだけど」
「木刀が使い慣れていますので、この形にしました。何せ学生時代に、バイクに乗りながら散々振り回していましたので」
「「ああぁ」」
「へ、なに?木刀を持ちながらバイクって、まるでヤンキーみたいじゃないですか!?」
妙に納得する俺と華々美を他所に、相澤さんは困惑した様子であった。まるでではなく、由乃さんは学生時代バリバリのヤンキーだったんだよ。今の落ち着いた雰囲気からは想像もつかないけど、時々ヤンキー時代の口調と雰囲気になる事がある。
「そんな事より、早く絵里奈ちゃんの所に行きましょう!」
「ああ、はい!」
「絵里奈ちゃんは最上階。アイツも近くにいる」
「サンキュウ涼。2人とも、無理しないで」
涼に指示された通りに、俺と華々美は相澤さんを連れて最上階に向かう為に階段を駆け上がった。途中で何度か死霊に遭遇したのだが、こちらに襲い掛かってくる様子がなかった為俺と華々美で対処する事が出来た。
「あの時念のために、純金製品も持ち出していて正解だった。金には太陽の力が宿っていて、魔除けに効果的だって前に涼が言っていたのを覚えていたからな」
「本来は魔除けなんだが、死霊たちには効果は抜群だ。涼からの情報って言うのが癪だが」
「何か言ったか、華々美?」
「いいや」
「そうか」
「武谷君って、結構な天然ジゴロね」
そんなやり取りをするくらいには、俺達は殆ど危ない状況になることなく順調に階段を駆け上がった。
何よりも、死霊たちがみんなこちらに全く興味を示さなかったのも良かった。お陰で俺達は、防御を気にせず攻撃に転じる事が出来る。
「でも、だからと言って油断はするな」
「分かってる。最優先は絵里奈ちゃんの救出だ」
その為俺と華々美は、行く手を遮っている死霊に限り攻撃をし、その他の死霊に関しては一旦放置することにした。幸い、ビルというほど高い建物でもなかったのであっという間に最上階に辿り着き、所長室と書かれた扉の前に俺達はたった。
「どう考えても、ここしか考えられんよな」
「傲慢で自惚れが強く、プライドが無駄に高いあの男ならここを自分の城にしてもおかしくはない」
「この扉の向こうに絵里奈が」
「「っ!?下がって!」」
すぐに助けに向かいたいが、その直後に俺と華々美は嫌な気配を感じ、相澤さんの手を引いてすぐに扉の前から離れた。
その直後、痩せ細った真っ黒い何かが突然襲い掛かってきた。幸い、すぐに反応して避けた為直撃は免れた。ここまで襲ってくる霊がいなかったから、完全に油断してしまった。
『邪魔をするな!』
「クソ!」
「ここまで来て邪魔が!」
この感じには身に覚えがある。あれは優希の夢の中に入ったとき、悪霊になった笠島隼人と遭遇した時と同じだ。
(ここに来て悪霊が!しかも、コイツも絵里奈ちゃんを狙っているのか!)
「邪魔をするな」と言っていたので、おそらく俺達に獲物を横取りされると思って攻撃してきたのだろう。
「だがそうはさせない!」
この10ヶ月の間に華々美に仕込まれた剣術のお陰で、俺は何とかこの悪霊を相手に善戦する事が出来たが、術も使えない一般人の俺ではなかなか致命傷を与えられないでいた。
そんな時、悪霊の真横からズドンという大きな音が聞こえ、撃たれた悪霊が苦しそうに床を転げ回った。なんてことはない。華々美が、銀の弾丸で悪霊を撃ったのだ。
「幹夫!大丈夫か!?」
「ああ。怪我はないさ」
「良かった」
「それよりも早く、絵里奈ちゃんを」
「分かってる。相澤さん」
「大丈夫です。行きましょう」
相澤さんの無事を確認し、華々美が彼女の手を取ろうとした瞬間、苦しんでいたはずの悪霊が急に起き上がり、相澤さんの首元に噛み付いて覆い被さってきた。
「あああああああああああ!」
「「相澤さん!」」
このままでは危険だ。そう思った俺と華々美は、すぐに金の刀で悪霊を背中から突き刺した。
『ああああああああ!』
刺された悪霊は、断末魔を上げながらパッと弾けるように消滅した。
「相澤さん!」
「しっかりして!」
悪霊から助け出された相澤さんは、首と肩の肉を大きくえぐられ、大量の血が流れていて呼吸も荒かった。
「待ってて!すぐに止血を!」
「ダメよ!」
止血しようと上着のラフジャケットを脱ごうとした俺を、相澤さんが腕を掴んで制止させた。
「はあっ!・・・・・私よりも、絵里奈を!」
「しかし!」
「お願いします!・・・・夫も両親も幽霊たちに殺されて・・・・・私にはもう・・・・あの子しかいないのです!絵里奈だけでも・・・・・どうか!」
息も絶え絶えで、このままでは危険な状態であるにも拘らず、相澤さんは自分よりも絵里奈ちゃんの事を優先するように言った。
けれど、絵里奈ちゃんを助けられたとしても、母親である相澤さんをこのままにしていると確実に死ぬ。それだと絵里奈ちゃんは、独りぼっちになってしまう。
俺が考えあぐねていると、華々美がポンと俺の肩に触れて言った。
「行こう。相澤さんの意志を、思いを無駄にしてはダメだ」
「・・・・・クソ!」
グダグダ悩んでいる暇なんてない。相澤さんをこのままにするのは気が引けるし、あの時強引にでも武器を持たせるべきだったと後悔もする。
でも、それでも今は立ち止まっている場合ではない。ここで迷っていては、相澤さんと絵里奈ちゃんと親子共々失う事になる。それだけは何としても避けないといけない。
「・・・・・ありがとう・・・」
相澤さんに感謝されながら、俺と華々美は社長室の扉を開いて中へと入ったのであった。




