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誘拐

 無事に一夜を乗り切った俺は、外で戦っていた涼と由乃さんを迎えに華々美と美玲と里美と一緒に外に出た。日が暮れてからずっと戦ってきた2人も、疲労から倒れそうになっていた。


「由乃さん!」

「私はまだ大丈夫です・・・・涼ちゃんの所へ・・・・」

「ああ。里美と美玲は由乃さんをお願い。華々美は俺と一緒に涼の迎えにいくぞ」

「分かった」


 由乃さんを里美と美玲に任せて、俺は華々美と一緒に涼の迎えに行った。俺達が傍に来た丁度そのタイミングで、力尽きた涼が俺達の方へと倒れていった。俺と華々美で何とか受け止めて、眠りに就いた涼を背負って教会へと帰っていった。

 とりあえず死霊たちを退けた俺達は、教会に戻ってすぐに3時間の仮眠を取った。絵里奈ちゃんの泣き声が、目覚まし代わりになって全員起きた。

 その後、涼と由乃さんを相澤さんと絵里奈ちゃんと一緒に教会に残し、俺達は2人から聞いた死霊たちの撃退方法を実践しに行った。


「2人に守ってもらいたいと言いながら、本当はもう少し寝かせてあげたかったんだろ」

「あの2人が一番大変だっただろうから、もう少しゆっくり寝かせてあげたかった」


 その間に絵里奈ちゃんが泣いて目を覚ますこともあると思うが、そこは相澤さんと比良坂さんが外に連れ出すなりなんなりすると言ってくれた。相澤さんと比良坂さんも、涼と由乃さんの力を頼りにしているのだ。

 ちなみに、昨日涼と由乃さんが指定した道具で死霊たちを追い払う方法は、いたって単純であった。その方法というのが、かける、若しくは投げつける。それだけであった。ただし、この方法で消滅させることは出来ない。あくまで追い払うだけであって、外に追い出すにはたくさん消費することになる。

 それでも、必要な道具や物資の調達をするには十分すぎるくらいであった。それに、内側から外に追いやるように撒けば外に追い出すことも可能だ。

 だが、この方法はいかんせん手間がかかるし、錆びた鉄やモリオンみたいに拾って再利用が可能な物はともかく、塩や日本酒の様に撒いたら終わりという消え物は痛い。

 そこでもう一つの方法が、建物の前で火を焚くという方法だ。死霊たちは火を嫌う為、大きい炎を前にすると逃げ出す事があるのだ。この方法は、以前ゴースト団地に住む悪霊たちの行く手を封鎖する際にも使ったが、焚火サイズでは殆ど効果がなかった。古新聞や雑誌では、たかが知れていた。その為、涼にお願いして大きくする方法もあったのだが、昨夜死霊たちと激しい戦いをした涼を起こすわけにもいかない為、この方法はまた別の機会にでも使おう。

 そういう感じで俺達は、この町にいる死霊たちを片っ端から外に追い出して日の光を浴びさせた。太陽光を浴びた死霊たちは、全員例外なく消滅した。


「だけど、この方法では時間がかかりすぎるし、新しく住み着いた死霊たちも加わると一生終わんないな」

「それでも、数を減らすくらいは出来るだろう。絵里奈ちゃんが狙われている以上」

「うん」


 俺とペアを組んでいる華々美も、キリがないと分かっていてもやらなければいけない事なのだと俺に言い、死霊たちを追い出す作業を黙々と続けていた。


「でもこの方法は、わたし達の町では使えないやり方だな」

「そうだな。アイツ等は、隙あらば俺達に襲い掛かってくるような奴等ばかりだし、通常の死霊たちと同様に視界に入った生きた人間を無差別に襲っているからな」

「それが本来普通なんだけど、ここの死霊たちは絵里奈ちゃんばかりを狙っていて、わたし達には見向きもしない。あの子の一体何を狙っているっていうんだ?」

「分からない。涼は何か突き止めたみたいだけど、聞く前に寝てしまったからな」


 でも、その何かがある限り今後も絵里奈ちゃんは死霊や悪霊たちに狙われ続ける。


(一体あの子の何に惹かれているっていうんだ?)


 空道神社には40人以上の赤ちゃんが保護されているが、絵里奈ちゃんみたいに毎晩死霊たちの襲撃を受けるという事はない。空道が守っているというのを差し引いてもだ。


「幹夫、そろそろ引き上げるぞ」

「おう」


 気が付けばあっという間に午後4時を回り、1時間後には日が暮れ始める時間になった。徐々に暖かくなってきていると言っても、まだ暗い時間の方が長い。本格的に暗くなる前に、急いで教会へと戻らないといけない。戻った頃には涼も由乃さんも、ぐっすり眠れたのかスッキリした顔をしていた。

 その後、今夜は静かだったという事もあって力を蓄える為に夕食を食べた後、全員居間に集まった。


「もう大丈夫か?」

「ええ。いくらこっちに関心がなかったと言っても、あれだけの数を相手にするのは骨が折れるわ」

「涼ちゃんに至っては、悪霊になった佐藤宗一と戦ったのだから疲労も凄かったと思います」

「って、佐藤宗一と会ったのか!?」


 由乃さんからの報告に、俺は食い入るように2人の顔を見ながら聞いた。それに対して涼は、首を縦に振った。


「結論から言うと、アイツは霊滅版を持っていなかった。正確に言うと、買う前に他の佐藤宗一に取られたみたいだ。当初は100万円で落札しようとしたみたいだけど・・・・」

「1000万というとんでもない金額を前に、あえなく撃沈したわけか」


 だが、その時点で新潟の佐藤宗一には常識という物が欠如した厄介な人間であることが想像つく。その後も、涼から新潟の佐藤宗一の人となりを聞いたのだが、比良坂さんから聞いていた以上に人間としてかなり問題のある性格をしていた。


「本当に常識という物が存在しないんだな」

「あんなのと親族ってだけで恥ずかしいのに、聞けば聞く程本当にバカで幼稚な奴だ。あれで私よりも15歳も年上だなんて」


 心底うんざりした様子で項垂れる比良坂んだが、彼女じゃなくてもあんな恥知らずが身内いると誰だって嫌になる。しかも、42歳のおっさんにもなっても未だに学生時代の栄光、もとい黒歴史に縋って自慢しているなんて馬鹿を通り越しているぞ。


「それで、あのバカはどうして絵里奈ちゃんにあんなに執着しているの?」

「おお、そうだった」

「わたしも気になっていた。いくら赤ちゃんの生命エネルギーが凄まじいからって、あそこまで執着するなんてやっぱりおかしい。何か理由はないか?」


 全員が疑問に思っていることに、涼は視線を相澤さんの胸に抱かれて眠っている絵里奈ちゃんの頭を撫でながら答えた。30分前にお乳を飲んだばかりで、お腹いっぱいっといった感じであった。


「絵里奈ちゃんには、私や由乃さんでさえ凌駕する程の強い念力と霊力が宿っていて、死霊たちはこの強い念力と霊力を狙って襲撃をかけていたみたいなの」

「念力って、絵里奈ちゃんには陰陽師としての素質があるって言うのか?」

「そうね。でも、通常はこんな強い念力を宿して生まれる事なんて殆どないに等しいし、両親のどちらかが陰陽師や霊媒師だったとしても念力や霊力を宿して生まれる事なんてないわ」

「私達だって、厳しい修行を積んだことで念力を身に着けて、術の習得までこぎつけました。生まれた時から宿るなんて、なくはないけど私達の周りにはそういう人はいません。仮にいたとしても、隠しているでしょうね」

「どうして?」

「念力を宿して生まれた子って、幽霊の姿が見えたり気配を感じて気分が悪くなると言った霊感体質になるのです。子供なら、そういう体質の子を気持ち悪がって敬遠し、酷い場合は虐めのターゲットにされてしまう場合がありますので」


 なるほど、そりゃ確かに見えても誰にも言いたくないわな。例え身近に陰陽師がいても、虐めのターゲットにされるのを恐れて誰にも言わないわな。特に、科学が発達したこのご時世では。

 だが、それも今は昔の話となりつつある。


「強力な念力と霊力を宿したこの子は、死霊たちにとっては他の生命エネルギーなんて眼中に入らないくらいに魅力的で、この世界に二つと存在しない極上のご馳走。その力を手に入れた死霊たちは、手が付けられないくらいに強くなってしまうわ」


 それなら尚更、死霊たちに絵里奈ちゃんを渡すわけにはいかない。死霊たちを強くさせたくないというよりも、そんな事の為に生まれて間もない赤ちゃんを狙うなんて許せないという感情が強く、俺はより一層ここの死霊たちに対する怒りが込みあがった。


「涼。無茶を言っているのを承知で聞くが、ここいら一帯の死霊どもを一気に葬る方法って本当にないのか?」

「確かに無茶なお願いだね。希望を持たせたい所だけど、そんな術何て使えないし、ある訳がないわ」


 やっぱり現実は甘くないか。そうなると、少しずつ消していくしかないかと思いガックリする俺達に、由乃さんが少し考えるようなしぐさをしてから答えた。


「一つだけ方法があります」

『っ!?』


 由乃さんからの思いがけない返答に、俺達は一斉に由乃さんの方を向いた。


「ちょっと待って!私はそんな術の事なんて!」

「知らなくても無理はありません。私と涼ちゃんでは宗教が違いますし、師匠によって使える術も違う物です。この術は、私の師匠が自分で編み出した術ですから」


 つまり、その術は由乃さんの師匠である西光さんのオリジナルの術であり、由乃さんもその術が使えるというのか。それを聞いた俺達は期待に胸を膨らませるが、涼だけは厳しい表情を浮かべていた。


「でも、そういう術って大抵術者に大きな負荷がかかるって聞いているけど、そこのところはどうなの?」

「負荷って、そうか」


 完全に失念していた。大きな術を使うには、それ相応のリスクという物が存在するものだという事を。


「流石は涼ちゃんね。そうね、あの術は念力と法力を大量に消費しますし、術を使った後私はしばらく動けなくなってしまう。おまけに、数日は術も使えなくなってしまいます」

「確かに、それはマズイな」


 由乃さんクラスの霊媒師が、数日も再起不能な状態になるのは今のこの状況下では好ましくない。やはり、そういう大きな術になると術者にかかる負担も大きくなるのか。


「それにあの術を使うには・・・・・」


 そこまで言ったところで、突然部屋の壁がドンと大きな音を立てて揺れた。流石にこの音を聞いた絵里奈ちゃんが目を覚まし、大きな声を上げて泣き出した。時計を見ると、時刻は夜の10時を回っていた。


「クソ!死霊たちがやけに大人しかったから、完全に油断してた」

「今度は一体何をしているっていうんだ!?」


 俺達が驚いている間に、今の壁が大きな音を立てて壊れ、大きな穴が開いた。穴の向こうから、真っ黒な身体をした悪霊が乳母車を持って入ってきた。顔立ちと、髪の色と気取った髪型から新潟の佐藤宗一であることがすぐに分かった。


「貴様!」

「来たな悪霊!」


 絵里奈ちゃんを守るように、俺と華々美が金の刀を抜いた前に出て、その後に涼と由乃さんも続き、美玲と里美と比良坂さんは相澤さんと絵里奈ちゃんの傍について守っていた。


『お前等、邪魔だ』


「性懲りもなくまた来て!」


『黙れ小娘!お前が僕の左半身を吹っ飛ばしたせいで、この町一番にまで上り詰めた僕の力は大幅に削られる羽目になったんだぞ!お陰で、周りにいるほかの魂を取り込むしかなくなったんだぞ!それでも完全には元には戻らず、この周りにいた魂共も全て吸収したんだよ!それでも足りない!どうしてくれるんだ!』


「知ったことか!」


 力を奪った涼に怒りを露わにする佐藤宗一だが、涼はそんなことはどうでもいいと言った感じで言い返していた。


(そうか。アイツが教会の周りにいた死霊たちを全て取り込んだから、昨日よりも静かだったのか)


『お前たちにはその責任として、そこのガキを僕に献上する義務が発生した!さっさとそのガキよこせ!』


「ふざけるな!何所まで自分勝手なんだ!」


 同情の余地なし。

 こんな悪霊に転生の機会を与えてはいけない。

 絶対に消滅させる。


「クズだな!」

「ああ、わたしも呆れた!アイツの身勝手な都合なんかの為に、絵里奈ちゃんを渡すとでも思ったか!」


『お前等とガキの都合なんてどうでもいい!優先されるべきはこの僕なんだぞ!僕が欲しいと言えばそれを献上し、僕が死ねといったら皆死ぬのが当たり前なんだよ!学生時代からそれが当たり前だったのに、何でお前等はいちいち逆らうんだよ!学生時代から常に上位の存在で、皆敬われていたこの僕に!』


「バカじゃねぇの!」

「いい歳して学生時代の栄光やカーストに拘るなんて、完全に大人になれていない老けた子供だ!」


『うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!』


 俺と華々美の言葉で更に怒りを爆発させ、ヒステリックに叫ぶ老けた子供。

 現代的に言うと、コイツはスクールカーストの権化と言ってもいい存在で、その時の栄光によって傲慢になり、そればかりに縋る非常に幼稚な男で、蔑称覚悟で言うのならニート以下の社会不適合者だ。コイツに関しては、もう名前も呼びたくない。


『お前等の意見なんてどうでもいい!』


「「「「うぅ!?」」」」


 もの凄い怒号から発せられる強風に、俺と華々美はもちろん涼や由乃さんまでも吹っ飛ばされてしまった。その隙にアイツは相澤さん達の前に来て、護ろうとした3人までも叩いて吹っ飛ばした。


「クソ!」

「貴様ぁ!」


 俺と華々美がすぐに起き上がって前に出ようとしたが、その時には既にアイツは相澤さんから強引に絵里奈ちゃんを奪い取っていた。


「あああ!」


『ハハハハハ!ついに手に入れた!』


 泣きじゃくる絵里奈ちゃんを無視して、アイツは持ってきた乳母車に絵里奈ちゃんを乗せて連れ去ろうとした。


「「絵里奈ちゃん!」」

「クソ!」


 俺達が飛び出す前に、涼がお札を一枚取り出してそれを絵里奈ちゃんに向けて飛ばした。お札は吸い寄せられるように、絵里奈ちゃんのお腹に張り付いた。


『クソ!小娘がよくも!だがまぁいい!』


 一瞬悔しそうな顔をしたアイツは、乳母車を手に去っていった。


「やめて!絵里奈を返して!」

「待って相澤さん!」


 すぐに追いかけようとする相澤さんを、起き上がった里美が駆けつけて制止させた。


「無闇に追いかけても何にもならないわ」

「でも絵里奈が!」

「大丈夫。そうでしょ、涼」


 そう言って里美が、涼に視線を向けた。


「ええ。特別なお札を使ったから、悪霊は手出しできないわ」

「ただ、悪霊から守れても絵里奈ちゃん自身の体力が持ちません」

「だったら早く助けに行かないと!」

「わたしも行こう!アイツだけは絶対に許せない!」


 アイツに対する怒りを露わにする俺と華々美に続き、涼と由乃さんと相澤さん、更に里美や美玲や比良坂さんも外に出てキャンピングカーに乗り込んだ。真夜中だというのに、教会の周りには死霊が一人もいなかった。


「案内は任せて。あの男の気配は覚えたから、今どこにいるのかも分かるわ」

「流石涼だ。里美」

「任せて。絵里奈ちゃんを助けに行くわよ」


 焦る気持ちを抑えつつ、俺達を乗せたキャンピングカーはアイツがいる所に向けて走り出した。





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