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旅の理由と小さな命

 それからわずか3分後に、俺達は目的の教会に辿り着いた。

 車を停めた瞬間、教会からバットを持った白衣の女性が慌てて出てきた。肩まである茶髪にパーマをかけ、切れ長の目に面長の顔をした大人の女性という感じがした、由乃さんと違うタイプの美人であった。ボンキュッボンな体系をしていて、女子達でさえ視線を釘付けにさせてしまう程のナイスバディをしていた。

 警戒する彼女に、由乃さんは窓を開けて声をかけた。


「安心してください。私達は他の町から来た生存者で、とある目的のためにこの町に来ました」

「生存者?確かに他の町なら、私達以外にも生存者はいるかもしれない。でも、とある目的って何?こんなしがない漁師町に、一体何があるって言うの?」


 かなり警戒しているが、それも無理ない事だ。何せ中には、生後間もない赤ちゃんがいて、この町の死霊たちがその子を血眼で狙っているのだから。

 そんな白衣の女性の警戒を解く為に、俺は車から降りて彼女の前に立った。


「もし死霊たちなら、こんな快晴の空の下を出歩く事が出来ません。それは悪霊であっても例外ではありません。それでも疑うのでしたら、脈を確かめるなりなんなりしてください。見た所、あなたはお医者さんですよね」


 無防備に車から出てきた俺を見て、白衣の女性は大きく目を見開いて驚愕した。そんな俺の後に続くように、他の皆も一斉に車から降りてきた。

 日の光を浴びても平気でいる俺達を見て安心したのか、女性は全身の力が抜けて膝から崩れた。


「こんな誰にも知られていなくて、救助も見込めないような町に他の町から生存者が来てくれるなんて、こんな奇跡が起こるなんて。神様に感謝しないと」

「あの・・・・」

「ああ、すみません」


 俺に声をかけられた女性は、バットを地面に置いた後、服に着いた砂や砂利を払いのけながら改めて俺達の方を見た。


「私は比(ひ)良(ら)坂(さか)佳(か)苗(なえ)と言います。この町で小児科専門の医者をしている27歳です」

「やはりお医者さんでしたか」


 しかも小児科って、うちの町で一番欲しい人材だ。空道神社に子供が更にたくさん増えた為、医者が智恵美さんだけでは苦しいと思っていた所だ。幸城さん、いや、今は仲崎の姓を名乗っているので茅音さんと呼んだ方が良いな。道明君と苗字が被るから。茅根さんと道明君も、母親である智恵美さんの教育のお陰で多少は医術に精通しており知識も豊富だが、それでも負担が大きいのは事実だ。

 なので、比良坂さんみたいな人を見つけられたのは大きいし、ぜひうちの町に来て欲しい。


「それからもう一人、いえ、2人居ます」


 そんな比良坂さんの声を聴き、教会の中にいたもう一人の女性が赤ちゃんを抱いて出てきた。


「佳苗さん、この人たちは?」

「大丈夫です、私達と同じ生存者です」

「ええ!?私達以外にもこの町に生存者が!?」

「いえ、俺達は違う町から来ました」

「そうですか。私は相沢(あいざわ)優(ゆ)菜(な)と言います。歳は32で、この子は去年の夏に生まれた私の娘の絵里奈(えりな)です。生後6ヶ月半になります」

「絵里奈ちゃんって言うのか。よろしくね」


 優奈さんの腕の中で無邪気に笑う絵里奈ちゃんに、俺は小さく手を振りながら声をかけた。


(誕生日は去年の9月ってところかな。健康状態もよさそうだ)


 こんな現象の中でも生まれた子供だ、大切な希望でもあり財産だ。そんなこの子を、この町の死霊どもは。


「失礼しました。俺は武谷(たけや)幹夫(みきお)と言います。歳は17で、ここから車で4時間ほどの町から来ました」

「車で4時間って!?」

「随分遠くから来られたのですね」


 そりゃ驚くよな、わざわざ4時間もかけてここに来れば。


「ええ。とある目的のために来ました。それと・・・・・」

「自己紹介くらい自分でやる。藤波(ふじなみ)華々美(かがみ)だ、幹夫と同い年の17だ。よろしく」

「瀧倉(たきくら)涼(りょう)と言います。幹夫と華々美と同い年です」

「城ヶ崎(じょうがさき)美玲(みれい)です。私は一つ下の16歳です」

「私は長谷川(はせがわ)里美(さとみ)。幹夫たちより一つ年上の18歳よ」

「私が最年長の影山(かげやま)由乃(ゆの)と言います。歳は24になりました」

「涼と由乃さんは、死霊たちと戦う事が出来る唯一の存在、陰陽師をやっています」

「お、陰陽師!?」

「嘘!?そんなすごい人が2人も!?」


 涼と由乃さんの職業を聞いて、比良坂さんと相澤さんは共に驚愕していたが、その表情は喜びに満ちていた。正確に言うと、陰陽師は涼の方で、由乃さんは霊媒師なのだが。

 そんな涼と由乃さんの所に、緊迫した感じで相澤さんが駆け寄ってきた。


「お願いです!どうかこの子を、絵里奈を助けてください!」

「あ、相澤さん!?」

「落ち着いてください。詳しく話を聴きたいので、先ずは中に入りましょう」


 突然の相澤さんの行動に驚く涼だったが、そこは由乃さんが相澤さんを宥めて教会の中に入るように促し、そこで改めて話を聴くと言った。2人とも何か予想しているのか、相澤さんの傍に付きながら教会へと入っていった。俺達も、3人の後に続いて教会の中に入り、奥にある住居用に作られた部屋へ通された。

 そして、8人が居座るには狭すぎる居間で、俺達は相沢さんと比良坂さんから話を聴いた。


「実は、絵里奈は生まれてからずっと、町中の幽霊たちから執拗に狙われるようになっていて、毎晩教会の壁をバンバンと叩いては、子供をよこせと叫んでいるのです」

「やはりそうでしたか。この町の死霊たちが私達に関心を抱かなかった理由は、絵里奈ちゃんという最上のご馳走がいたからなんですね」

「生まれたばかりの子供は、亡者たちにとっては高級フレンチ並みのご馳走ですからね。子供は、大人とは比べ物にならないくらいに生命エネルギーに満ち溢れていますので」


 やはり涼と由乃さんは、絵里奈ちゃんがつい最近生まれて、その生まれたばかりの赤ちゃんを死霊たちが血眼になって狙っていることに気付いたのだろう。だから焦っていたのだ。


「しかし、子供が狙われるのなら、何で空道神社に避難している子供たちは死霊たちに狙われないんだ?」


 華々美の尤もな疑問に、涼と由乃さんが説明をしてくれた。


「前にも言ったけど、あの辺りには霊界に通じる入り口があって、そこからこの世にさまよっている魂を回収する為に死神たちが毎日行き来しているの」

「亡者共は、この世に強い執着と未練があるから、そんな亡者共を連れて行く死神はまさに天敵。それらから逃げる為に、亡者共は空道神社の周辺には滅多に近づかないのです」

「それに、あの神社には青美がいる。半人前でも、あの子も陰陽師の端くれ。死霊や悪霊が近づいても、すぐに気づいて撃退してくれるから」

「そこに2ヶ月前から梨乃も加わっているのです。地下にいる悪霊たちであっても、迂闊に近づくことは出来ないのです」


 つまり、90人もいる子供たちが安全にすくすくと育っているのは、空道が頑張っているお陰と、死霊たちが死神たちから逃げているからだったのか。空道もちゃんと、子供たちを守っていたのだ。


「ちょっと待ってください!お2人以外にも陰陽師様が!」

「はい。ただ、あの2人は涼や由乃さんみたいに免許皆伝した一人前ではありませんが、それでも悪霊を撃退するだけの力はあります」

「でしたら、すぐにこの子を!」

「「ダメです」」


 相澤さんの必死の懇願を前に、涼と由乃さんはまさかの拒否を示した。絶望する相澤さんに、涼と由乃さんは訳を話してくれた。


「今絵里奈ちゃんを連れ出しても、ここの死霊どもは絵里奈ちゃんを狙って何処までも追いかけてきます。そうなると、青美の神社にたくさんの死霊たちが押し寄せてきます」

「そうなったら、避難している他の子供達までも危険に晒すことになります。特に悪霊どもの執着心はかなりヤバイです。連れ出すのは構いませんが、その前にこの町の亡者たちを全て一掃する必要があります」

「でないと、地獄の果てまで追いかけて絵里奈ちゃんの命を奪ってきます。ここの死霊たちは皆、絵里奈ちゃんの生命エネルギーだけを狙っているのです。私達が目の前を通っても見向きもしないくらいに」


 すぐに連れ出せない理由を聞き、相澤さんはガックリと項垂れる。


「でも、だからと言ってこのままにする訳でもありません」

「はい。時間はかかりますが、私達でこの町の亡者たちを一掃していきます。連れ出すのはそれからです」

「本当ですか!」


 2人の意志を聞き、絶望していた相澤さんの表情がパッと明るくなった。


「この町の死霊たち全てを消滅させるとなると、かなり骨が折れるな」

「だが、それでもやらないと絵里奈ちゃんが危険だからな」

「そうだな」


 俺と華々美はやる気満々腕を回し、里美と美玲も胸の前でぐっと拳を握った。


「どうかお願いします!この子を、絵里奈を助けてください!」

「私からもお願いします!今までは、貴金属店から集めた銀製品で何とかしてきましたが、それも限界でした!特にここ最近はアイツが」




「佐藤宗一が、毎晩この子を執拗に狙っているのです!」




「なに!?」

「佐藤宗一ですって!?」


 比良坂さんから聞いた思わぬ人物の名前に、俺達絶句した。

 生きているとは思っていなかったが、まさか悪霊にまでなってただなんて。しかも、毎晩絵里奈ちゃんを狙ってここに来ているのか。

 まさかと思い俺は、スマホから新潟の佐藤宗一の写真を比良坂さんに見せたら、この男で間違いないとのことであった。

 その後俺は、流れでこの町に来た目的と、佐藤宗一を探している理由を話した。最初は信じられなかった2人だったが、霊滅版の話を聴くとすぐに納得してくれた。そうでもないとこの現象の説明がつかないからな。


「そういう事だったのね。佐藤宗一は私の父方の従兄で、仕事もろくに出来ずに毎日女遊びや豪遊を繰り返すろくでなしでした。そのくせ物凄く傲慢な奴ですから、親族一同みんなあの男のことを嫌っています」

「まさか、比良坂さんの従兄だったなんて」




「私の父も宗一をかなり嫌っていて、叔父さんもアイツの問題行動にはいつも腹を立てていました。仕事はいい加減で、部下の手柄は横取りするわ、その事で叱られても全く反省することも無く同じことを繰り返し、自分が出世できないのは手柄を献上しない部下たちのせいだと訳の分からないことをほざく始末。仕事は出来ないくせにプライドだけはエベレスト級に高いし、学生時代のモテ自慢を未だにやっているし、そのせいか42歳になっても未だに学生時代の栄光に縋って離そうとしない。困った問題児だよ。だから結婚できないってのに」




「相当溜まっているな・・・・・」


 それだけ問題行動ばかり起こしているのに、何でソイツの勤めている研究所はクビにしないのだろう?無闇にクビに出来ないにしても、追い出し部屋なりなんなり窓際に左遷させて自主退職を促そうとは思わないのだろうか。


「そんな男だから、君たちが探している霊滅版を買い取っても不思議じゃないわ。宗一には常識というものが欠如しているから、盗品の売買が犯罪であってもアイツにとってはどうでもいいことだと思う。金遣いが荒い男だから、自分のカードではなく叔父さんのカードを無断で使用したんだと思うわ」

「なんで研究所はソイツをクビにしないんだ?」

「30歳の時に追い出し部屋に左遷されたさ。でもアイツは、謎のポジティブを発動させたせいで12年間ずっと居座り続けていたの」

「最悪だ・・・・」


 比良坂さんからクビになっていない理由を聞き、華々美は大きく溜息を吐きながら頭を抱えた。でも確かに頭を抱えたくなる。

 頭のおかしい奴が多い世の中になったとは思っていたけど、ここまで酷い奴は初めてだ。


(追い出し部屋に左遷されておきながら、12年間も退職することなく居続けるなんて信じられない)


 しかし、そんな常識が欠如した人間だからこそ霊滅版を渋井沢から買った可能性も高いし、死後もこの世界の執着も激しく悪霊化しても不思議ではない。


(厄介な奴が悪霊になったものだ。しかも、小さな町とはいえ死霊どもの数は数千万を超えるだろうな)


 全て一掃すると言った以上必ず実行するし、考えがないわけではない。ただ、それをやるにはかなりの危険が伴うし、それ以前にこの町でも手に入るのかどうか分からない。

 だけど、やらないわけにはいかない。


「比良坂さん、工事現場などに行けばダイナマイトなどがあったりしますか?」

「武谷さんでしたね。随分と危ない事を考えるのね」

「こっちの方が手っ取り早いですし、一軒一軒対処していっては時間と労力ばかりを消耗するし、隠れ家となる家を爆破していった方が楽です」


 俺の考えていたことは、この辺り一帯の家屋を片っ端から爆破するという過激なやり方であった。そうでもしないと、涼と由乃さんに負担をかけてしまう。

 だけど、そんな俺の提案を里美が却下してきた。


「それこそ時間と労力の無駄だと思うわ。日本の建物って、地震に耐えられるように作られているのだから、ダイナマイトごときで全壊するとはとても思えないわ」

「マジかよ・・・・」


 地震大国である日本ならではの家の構造だが、まさかダイナマイトでも全壊しないなんて驚きだ。全部そうではないにしても、そんな建物が多いなんて予想外だ。


「それよりか大きな火を焚いて建物を焼いた方が」

「長谷川さんも何気に物騒なことを言うわね」


 里美の提案に辟易している比良坂さんだが、我が子を守れるのなら何でもすると言った感じの相澤さんは、俺と里美の提案にうんうんと頷いていた。


「まったく、2人揃って物騒なことを提案するわね。そんなに心配しなくても、ちゃんと力を使わずに死霊たちを追い払う方法はあるわよ」

「はい。ちょっと危険だけど、ない訳ではありません」

「本当なのか?」

「はい」

「私と涼ちゃんとではやり方は違いますが、どちらも効果があると思います」

「そうか」


 そんな方法があるのなら、早速必要な物を準備する必要がある。


「必要な物は?」

「私は塩と日本酒と木炭と古新聞や雑誌とチャッカマン」

「私は錆びた鉄と塩とモリオンという黒色の水晶が必要です」

「塩と日本酒と木炭と燃えやすい紙、それに錆びた鉄とチャッカマン、もしくはライターならすぐに調達できそうだけど、もり・・・なんだって?」

「モリオンです。黒色の水晶で、パワーストーンなどが売られているお店に置いていると思います」

「そうか。なら、日が暮れる前に調達しよう。ついでに、お店の中にいる死霊たちを追い出して日光を浴びせよう」

「何気にエグイこと言うけど、私も手伝います」

「頼む」


 必要な物が決まった後、俺は涼と華々美、それと比良坂さんと一緒に早速行動に移った。

 正午を過ぎた頃に、俺は華々美と涼と比良坂さんと一緒に必要な道具の調達をする為に町に出た。塩と日本酒と古雑誌と新聞とチャッカマン、それらはコンビニに入ればすぐに調達できたけど、木炭とモリオンと錆びた鉄はホームセンターや大型ショッピングモールにしかなく、そこに行かないといけない。

 幸い、俺達が乗ってきたキャンピングカーはとても大きかったので全て揃える事が出来た。鉄に至っては、1年近く潮風に晒されたせいかたくさん調達する事が出来、その日は必要な道具をそろえるだけで終わった。





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