新潟へ
梨乃を空道神社に置いて10日が経ち、俺達は今日も東京で調達した銀と金とプラチナの加工を行っていた。今はスムースに作業が進められているが、初日はちょっとだけ苦労した。
ネットで調べたら、焚火の炎程度じゃ金と銀の溶解は出来ないみたいで、アリアの案内で金属を溶かして加工する工場に連れて行ってもらった。なんでも、アリアの父親がその工場の所長をやっているみたいで、アリア本人も何度か見学に行ったことがある為作業工程は頭の中にあったという。
しかし、目的の工場に着いたからと言ってすぐに作業に移行できる訳がなかった。何せ中にはたくさんの死霊たちが居たので、涼がいつもの術を使ってとっとと追い出そうとしたら、何かに気付いた由乃さんにいきなり止められたのだ。
なんでも、あの中に無害の幽霊が混ざっていたみたいで、由乃さんが術を使ってその無害の幽霊を藁人形に憑依させる形で救出したのだ。そして、その救出された幽霊というのが何とアリアのお父さんだったのだからびっくりだ。
その後、俺達はアリアのお父さんに娘の無事を報告し、工場に来た目的を話したらアリアのお父さんはとても満足そうにホッとしていた。最後に、俺達に娘のアリアの事を頼まれ、アリアには工場の機器の動かし方と加工方法を全て教えて、お父さんは由乃さんによって無事に成仏する事が出来た。どうやら、お父さんがこの世に留まっていたのは、娘のアリアの事が心配だったからみたいだ。
そうして、俺達は改めて工場内にいた死霊たちを全て追い出し、華々美によって電気機器が使えるようにしてもらえたお陰で俺達は改めて金と銀とプラチナの加工作業に入った。
そして、今に至るという訳だ。
「それにしても、アリアのお父さんが金属加工の工場に勤めていたなんて驚きだな」
「ワタシは、そんな父の姿が格好よく見えましたので、オトナになったら父の会社を継ごうと考えていました」
「まだ中学生なのにそこまで考えていたなんて、感心だ」
俺がアリアくらいの年の頃なんて、もうすぐ始まる受験の事や、親からの過度な英才教育のせいで日々窮屈な思いをしていたな。
工場は現在、涼が張ってくれた結界のお陰で死霊たちが中に入ってくる心配はなくなり、華々美のお陰で電気機器が使えるようになった。どうやって使えるようにしたのかは、相変わらず教えてくれなかったし、華々美曰く「知る必要のない違法な知識だ」とのことであった。本当に何で知っているんだよ。
だけど、そのお陰で俺達は銀の鏃と弾丸、そして金の刀を作り上げる事が出来たのだ。鏃は矢の先端を針金で固定して、弾丸については華々美が持っていた未使用の弾丸から鉛の弾を薬莢から抜き、代わりに銀の弾丸を薬莢にはめ込んだ。金の刀については、刀とは名ばかりでハッキリ言って細長いナイフといった感じであった。パッと見が刀そっくりなので、俺達は金の刀と呼ぶことにした。それに、思っていたよりもよく切れる。
「柄までは流石に作れないから、既存の刀から柄と鍔と鞘を調達するしかなかったな」
「刀の構造ならわたしに任せな」
そんな訳で、華々美が実家から更に6本の刀を取り寄せ、それから柄と鞘と鍔を調達した。肝心の刀の方は、何ヶ月も吹き曝しになったせいか、はたまたそこに住み着いた死霊たちのせいなのか定かではないが、錆びてボロボロになっていた為やむなく溶解して槍の穂先に加工した。
それから更に2ヶ月が経ち、俺達は次の目的地である新潟県に向けて出発の準備を進めた。
「ようやく出発できるようになったわね。幹夫が正確に的に当てられるようになるのに、ここまで時間がかかってしまったわね」
「それに関してはすまない」
里美に指摘されて俺は気まずくなったが、他の皆はまったく気にしていなかった。華々美と涼と由乃さんも、東京で調達した弓を引いてみたのだが、想像以上に引きにくくてびっくりしていた。
なので、俺が正確に弓を扱えるようになるのに2ヶ月もかかってしまった。あっという間に年が明けてしまい、明日には3月に入る。
(気付けばもう10ヶ月も経ったんだ)
あと2ヶ月もすれば、この現象が起こって1年が経つんだな。なんて思いながら俺は、必要な物資と武器をキャンピングカーに積んで助手席に乗った。
同行者は、華々美と涼と里美と美玲と由乃さんの5人であった。
留守番をする5人に見送られながら、俺達は屋敷を出発した。
「予定としては、最初にここから一番近い新潟に行って、そのまま北上して岩手、北海道という順番で攻めていく、でいいかしら?」
「ああ。何日かかるか分からないけど、一ヶ所調べてすぐに帰るって言うのを繰り返すよりは、そのまま次の目的地に行った方が良い」
「そうね。いちいち戻るよりはそのまま次の目的に行った方が良いでしょう」
運転している里美に今回の予定を話し、俺達は新潟行きの高速道路に乗った。新潟に着くまで3時間、佐藤宗一の家の住所まで1時間、合計4時間に及ぶ長旅が始まった。
「一番近い新潟の佐藤宗一の住んでる町まででも片道4時間。岩手と北海道は、高速で一泊か二泊することになるだろうな」
「鹿児島だともっと時間がかかるでしょうね。いくら道路整備されていても、1日で着くのは無理でしょう」
それでも、そこに霊滅版に関する手掛かりがあると信じ、あわよくば見つけられればいいと思った。
(渋井沢から霊滅版を買ったと思われる男、佐藤宗一という名の歴史学者が8人もいて、住んでいた県がバラバラだったのもキツイな)
既に東京の佐藤宗一が外れ、残り7人のうち誰かが違法と知りながら盗品である霊滅版を高値で買い取ったことになる。
「東京の佐藤宗一は、性根が腐っていても盗品を高値で買い取るようなことはしなかったな」
「パワハラやセクハラだって立派な犯罪だけどね。ま、盗品を買い取ろうなんて違法行為に走らないだけのモラルは流石にあったみたいね」
「だからと言って、他の佐藤宗一も同じとは限らない。周りに黙って買ったなんてのも考えられる」
SNSで見た新潟の佐藤宗一は、年齢は42歳で書き込みの内容からかなり自惚れが強くかなり傲慢な性格をしていることが伺える。言い方を変えるとナルシスト。何故なら、掲載されている写真にやたらとキザったらしいポーズを取って、カメラ写りを意識した表情をしていてなんだか気持ち悪かったから。
要約すると、新潟の佐藤宗一は重度の自分大好き人間という事になる。
「何度見ても、SNSから自分がいかにイケメンで優秀な出世株かと、女にどれだけモテていたのかが自慢げに書かれているな。ハッキリ言って、42歳にもなって未だにそんなことをほざいているなんて気持ち悪いぞ」
「実際に社会に出て分かったのですが、そういう人間に限って仕事の出来ない無能で、女にモテているというのも自身の妄想だという事が。おそらく、コイツは研究所では相当なお荷物社員だったのでしょう」
華々美の意見には同意するが、由乃さんの意見は若干の偏見が混ざっている気がするぞ。だけど、写真から新潟の佐藤宗一がお荷物社員である事が予想できる。由乃さんみたいに偏見で言っているのではなく、一緒に移っていた同僚らしき研究員が訝し気な視線を向けていたからだ。その様子から、この男が仕事をさぼって写真を取っていた事が伺える。
「でも、そんな勤続年数だけ長いお荷物社員に高い給料が払われていたとは思えないわ。とても、1000万をポンと出せるようには思えない」
「そうとも言えません。プライドと自尊心の強い人ほど、何をしでかすのか分かった物ではありません。それこそ、一発逆転の為に借金をしてまで購入した可能性だってあります。それが違法だと分かっていても、あぁいう人は自身が出世する為でしたらどんな手段でも厭いませんので」
「それはそれでヤバイな」
涼の言うように、そんな疫病神的社員に高額の給料が支給されるわけがないが、美玲の言う事にも一理ある。こういう無能だけどプライドだけはエベレスト級に高い奴は、自分が出世する為ならどんな手段も厭わない危険性もある。真面目に働くという発想がそもそも存在しないのだから。
「それにこの男、42歳にも拘らず未だに卒業した大学や、そこで主席だった頃の事や、家がいかに大きくて裕福だったかばかりSNS書かれています」
「それ以外に自慢できるものが何もないのだと思います。42歳になっても高学歴と家の自慢ばかりというのも」
「はい。この時点で、新潟の佐藤宗一がどんな人物だったのか容易に想像がつきましたので」
「美玲と由乃さんの言う事は分かるし、俺だって正直言ってウンザリさ。でも、そんな奴の手にもし霊滅版が渡ったのなら早く取り返さないと」
そんな非常識な人間の手に渡って、霊滅版が無事で済むわけがないい。研究の為と称して、霊滅版を真っ二つに割ることだって考えられる。
「みんな。もう新潟に着いたわよ」
「え、もう?」
「そりゃ、こうやって話していれば3時間なんてあっという間だよ。尤も、佐藤宗一の家と研究所がある町まで更に1時間かかるけどね」
「だったら、次のパーキングエリアで由乃さんと交代しよう。気付かずにずっと話し込んでごめん」
「いいわよ。どうせ何の障害物のない高速道路だし、ただ真っ直ぐ走らせるだけなんだし」
障害物がないなんて言ってくれるが、途中で何度もトンネルを通って死霊達に遭遇したし、道路の端には壊れた車が散乱していて、その中には白骨死体があった。おそらく、走行中に死霊たちに襲われて命を落としたのだろう。この車には涼が術を施して中に入れないようにしてくれたため、死霊たちが周りにいても入って来られる心配は皆無。ただし、効力は1年だけだけど。
それからパーキングエリアに着いた俺達は、建物の中にいた死霊たちを外へと追い出して消滅させ、30分もの休憩を取った後で今度は由乃さんが運転席に座って車を走らせた。
それから1時間後に、俺達は佐藤宗一の住んでいる町に到着した。目的地である町は、海沿いの小さな町で、かと言って田舎という感じがしないそこそこ都会化が進んだ町であった。
「のどかだけど、あまり長くいていい所でもなさそうですね」
「由乃さんも感じたのですか」
「涼?由乃さん?」
2人は何かを感じ取ったみたいで、町に入った瞬間に表情を険しくさせた。確かに、建物からは相変わらず生気が全く感じられない死霊たちがギッシリ入っていた。
ただ、今までの死霊たちと違って俺達なんて眼中にないと言った感じであったのは気になったが。
「幹夫。涼と由乃さんの感じた違和感は、おそらく死霊たちが私達に全く興味を示さなかったことにあると思うんだ」
「どういうことだ、華々美?」
「考えてもみろ。今までは、生きた人間の気配を感じた時点で気が狂ったみたいに襲い掛かってきて、日中でも窓からいつでも襲い掛かって来そうな雰囲気を出してきただろ」
「ああ。俺達の住んでる町でもそうだったな」
「それなのにこの町の死霊どもは、生きた人間が目の前を通っているにも拘らず全く興味を示そうとしないんだぞ。それはつまり」
「この町に、死霊どもが血眼になって狙う何かがあるという事?」
「おそらく」
なるほど。それなら死霊どもが、俺達の様な生きた人間に興味を示さない理由にも納得がいく。死霊たちが強い関心を抱く何かが、この町に存在しているという事になる。
「もしかしてそれって、霊滅版なのだろうか?」
「それだといいけど、私は違うと思う」
「私も違うと思います。町に入った瞬間から感じたこの違和感、町の外にいた亡者たちはこれまで遭遇したのと同じですが、この町の亡者たちだけ何かが違う。生きた人間に何の関心も抱かず、何かを探しているような感じ。これはおそらく」
「ええ。この町に、強い生命エネルギーを持つ何かがいる事になる。神聖な法具や道具ならまだいいが、そんなんではない気がする。これはおそらく・・・・・由乃さん」
「ええ!すぐに何処か広い場所がないか探します!」
何か嫌な予感がした涼が、由乃さんに声をかけて車の速度を上げさせた。それからわずか5分後に、大型ショッピングモールの駐車場へと辿り着き、そこで一旦降りる事になった。
「幹夫君、里美さん、すぐにドローンを飛ばしてください!」
「お、おう!」
「分かったわ」
言われるがまま、俺達はすぐにドローンを飛ばすための準備を行った。準備が出来るとすぐに、涼と由乃さんに飛ばすように指示されたので俺と里美はすぐにドローンを飛ばした。里美が山側、俺が海側にドローンを飛ばし、華々美と美玲と涼と由乃さんの4人でモニターのチェックを行った。
(神社や教会といった所はあるけど、今のところは生存者ゼロ。それどころか、死霊たちが何人か住み着いているぞ。おそらくあれは、悪霊の類なんだろうな。となると、かなり危険だなこの町)
皆が避難先に選んでいる神社や教会等の神聖な所も、決して全ての霊を退ける事なんて出来ない。力の強い悪霊となれば、神聖な力を跳ね除けて強引に侵入してくることは可能。事実、優希にとり憑いた悪霊が屋敷に入り込んだこともあった。憑依されたからというのを差し引いても、あんな危険な悪霊の侵入を許してしまい、そんな悪霊を相手に俺達はよく無事だったなと今でも思う。
その後、屋敷の周辺と裏の山に二度と悪霊や魔物が入って来られないよう、涼が改めて結界を張ってくれたお陰で俺達は今安心してあの屋敷で過ごす事が出来ている。彼女にはいつも感謝しかない。
(だけど、涼や空道、影山姉妹みたいに霊に対抗出来る人がそこら中に存在するわけがないわな。大方、侵入を防げている安心感からそこでダラダラ過ごし、悪霊どもが入り込んだところでパニックになり全滅、ってところだろうな)
生存者が全く見当たらず、そろそろ引き上げようとした時にモニターを見ていた華々美と由乃さんが急に声を上げた。
「待て幹夫!ちょっと止まってくれ!」
「一瞬でしたが、生きた人間の影が見えました」
「なに!?どこだ?」
2人の指示の下、俺はドローンをとある教会へと近づけた。ゆっくりと中を映し、教会に避難していた3人の生存者の姿を確認した。
一人は、赤色のワンピースの上に白衣を着た20代後半くらいの女性で、死霊たちを警戒しているのかたくさんの銀の装飾品を木製のバットに括り付けた物を持っていた。
もう一人は、30代前半くらいの女性で3人目の生存者、生まれて間もない赤ちゃんを守るように抱きかかえていた。
「パッと見ただけだから断言はできませんが、生後6ヶ月ちょっとでしょうか。なるほど、だからこの町の死霊たちは」
何か分かったのか、由乃さんはすぐにその協会の場所をスマホで調べた。
「ここですか。車を飛ばせば3分で付きます。幹夫君、すぐに撤収してください。今すぐにあの協会に向かわないといけません」
「今すぐって」
「待って、私もすぐに回収するわ。何か理由があるのよね」
「はい。憶測でしかありませんが」
「この町の亡者たちは皆、あの赤ちゃんを狙っているのだと思います」
「「なっ!?」」
由乃さんの驚愕の発言に、俺と里美は言葉を失ってしまった。
(そうか。だからこの町の死霊どもは、俺達が目の前を通っても全く見向きもしなかったのか!子供は生命エネルギーに満ち溢れているって以前涼が言っていたし、赤ちゃんとなればある程度成長した子供とは比べ物にならないくらいにすごいだろう!)
すぐに事態を飲み込んだ俺達は、大急ぎで撤収を始めた。そして、由乃さんの運転で俺達は3人が避難している教会へと車を走らせた。
この話から出てきた赤ちゃんは、後に重要な役割を担うことになります。どうか最後までお楽しみください。
また、それぞれの佐藤宗一がいる所、若しくは自身か周囲が七つの大罪に関係する出来事が出ます。




