大柄の悪鬼
依然として、悪鬼は瓦礫を投げつけるというシンプルかつ危険な攻撃を俺達に仕掛けてきて、その度に由乃さんと梨乃が術を使ってタワマンの壁の一部を崩して飛ばしてぶつけるというのを繰り返した。
『ハッハハハハハハハハハハ!』
投げる際、悪鬼は楽しそうに笑うばかりであった。
「このままでは埒が明かねぇな!」
「とはいえ、あんな状態で私の衝撃砲を使っても、飛んでくる瓦礫を吹っ飛ばすのが関の山」
「かと言って、鉛の弾丸では傷つける事が出来ない」
完全に手詰まりといった状態の俺と華々美と涼だが、美玲だけは顎に手を当てながらぶつぶつと何かを呟いていた。
「鉄と銀の効果が大きく、鉄は刀がありますが銀は・・・・・あるかもしれません!」
何を思ったのか、美玲は突然部屋中を物色し始めた。
「由乃さんと梨乃さん、涼さんはあの悪鬼の攻撃を何とか防いでください!華々美さんと里美さんは、すぐに下の階の2903号室から弓道用の弓と矢を取ってきてください!幹夫さんは私と一緒にこの部屋から銀の装飾品を探してください!」
「お、おう!」
「里美!」
「あいよ」
俺達はすぐに行動に移り、華々美は里美と一緒に下の階へ行って弓と矢を持っていき、俺は美玲と一緒にこの部屋にあるであろう銀製品を片っ端から探し出した。
(銀製品といったら、スプーンやフォークを真っ先に思い浮かべるけど、やっぱり違うか!食洗器で洗えないから、当然かもしれないけど!)
それならばと、銀の装飾品やアンティークなどを探してみた。美玲がその中から、銀製の指輪とブレスレット、コレクションとして持っていたであろう銀の食器を持ってきた。やはり、そっちの方を探したほうがよさそうだ。タワマンの最上階に住んでいるだけあって、たくさんの骨董品や銀製品、更には純金製の物までたくさん見つかった。
(この部屋に住んでいた人って、かなりの高収入の職業か大きい企業の専務以上の役職を持った人か、医者か・・・・)
いずれにせよ、こんな所に住んでいる時点でかなりの大金持ちの成金であることは間違いない。
たくさんの銀製品や金製品が集まったところで、下の階に弓と矢を取りに行っていた華々美と里美が戻ってきた。それだけでなく、アーチェリー用の弓と矢までも持ってきていた。下の階の人は、一体何をしていたのだろうか?
「矢の先端に、銀の指輪やブレスレットなどを取り付けてください。急いでください」
「お、おう!」
「だけど、肝心の銀製品が隠れては意味がありませんので、そこだけ気を付けてください」
「分かった」
「美玲ったら、何か思いついたみたいね」
言われた通り俺達は、矢の先端に先程調達してきた銀製品を布テープで取り付けた。無論、布テープで銀製品を覆い隠さないように気を付けて。
「とりあえず、今できた矢をあの悪鬼に向けて放ってください。この距離なら、矢を当てる事は可能です」
なるほど、だから弓と矢を調達して、この部屋にあった銀製品を矢の先端に着けるように指示したのか。確か銀には魔除けの効果があるって聞いた事があるし、金には太陽と同じ力が宿っているなんて聞いた事があった。
ただ、これには一つ問題があった。
「それで、誰が射るんだ?わたしは使ったことも無ければ、触ったことも無いぞ」
「私も、ドローンやラジコンやゲームのコントローラーくらいしか触らないわ」
当然のことながら、俺も含めて誰も弓を使った事なんてない。
せいぜいがーーーー
「なら幹夫がやったら。弓の経験があるのは幹夫だけだし」
「いやいやいや!弓と言ってもせいぜい夏祭りの的当てで無双した程度だぞ!」
里美はあぁ言うが、さっき言ったように弓なんて夏祭りの屋台にあった的当てで弓を使った事があり、その屋台のおじさんを泣かせたことがあるくらいだ。だからと言って、本物の弓が扱えるのかというとそうでもない。
「それでも、弓を使った事があるのは幹夫だけだ」
「私からもお願いします」
「ゲームでも、高そうな景品をたくさん当てて屋台のおじちゃんを泣かせたって自慢げに言ってたじゃん」
「ええええええ!?」
数の暴力に負け、俺は渋々弓道用の弓と矢を手に持って涼たちの所へと駆け寄った。
「あっ!3人の前に出ないでください!幹夫さんの存在がバレたら警戒されますし、作戦がバレたら元も子もありません!」
「お、おう!」
一体美玲は何を考えているのか?作戦を聞かないまま、俺はただ美玲の指示を待って涼の陰から弓を引いた。
(本物の弓ってこんなに引きにくいのか!?というか、引くだけでもかなり力を使うし、狙いも定め難い!)
祭りのおもちゃの弓とは違い、本物の弦がすごく固く引っ張るだけでもすごく力を使う。矢を射る手もプルプル震えているし、弓を持っている方の手も震えていてなかなか照準が定まらない。弓道をやっている人って、以外と力が強かったのか?
(だが、今はそんなことを考えている場合じゃねぇ!)
何とか俺は、震えるよう手を意地で押さえてしっかりと目の前の大柄の悪鬼に照準を合わせた。弓に対して、照準という言葉が適切なのかどうかは知らないが。
そして、悪鬼が投げた瓦礫を投げて、梨乃がそれを破壊しようとした直後―――
「今です!」
美玲の合図とともに、俺は矢を放った。無論、最初から当たる筈もなく、矢は的外れな所へと飛んでいった。
「クソ!次!」
その後俺は、3度矢を放ったけどいずれも明後日の方向へと飛んでいった。
(祭りで使ったおもちゃの弓矢とは全然違う!だけど、ここで諦める訳にはいかない!)
少しだけコツを掴んだ俺は、今度こそ悪鬼に狙いを定めてタイミングを待った。そして、由乃さんが相手の投げた瓦礫を砕いた直後、美玲の合図で俺は矢を放った。先程と違い、矢はまるで吸い寄せられるかのように大柄の悪鬼の眉間に刺さった。先端に付けられた銀の指輪は、布テープで巻きつけただけだったにもかかわらず悪鬼の眉間に深く埋め込まれた。
『あああああああああああ!』
矢が刺さった悪鬼は、苦しみながらタワマンの屋上から落下していった。
「行きましょう!」
悪鬼が落下した瞬間、由乃さんの指示で俺達は急いで部屋を出て階段を駆け下りていった。幸い、悪鬼が近く似たお陰で死霊たちには遭遇しなかった。だが、電気が止まった上に廃墟の様にボロボロの内装をしていて、真っ暗で静まり返っていたから不気味さが増していた。涼が持ってきていたカンテラが無かったら、真っ暗で右も左も分からなかっただろう。本当に準備がよろしい事で。
「まさか本当に当てるなんて、幹夫って意外に弓の才能があったんじゃないの?」
「それは私も思ったわ。流石、祭りの的当てで屋台のおじさんを泣かせただけはあるわね」
「・・・・俺だってまさか当たるなんて思わなかったよ」
華々美と里美に称賛されて、俺はむず痒さを感じて持っていた弓と矢を落としそうになった。とはいえ、その前に矢を4本も無駄にしてしまった事は反省しないといけない。銃以外に遠距離から攻撃できる手段はあった方が良いだろうし、帰ったら筋トレと練習をしよう。本物の弦って、かなり硬くて引っ張りにくいものだとビックリしたからな。
「それにしても美玲、よくあんな作戦を思いついたな」
「温羅に矢を当てた時の作戦の応用です」
「ウラ?」
「温羅というのは、あの桃太郎と戦った鬼と言われています。桃太郎と言っても、そのモデルになった武士、吉備津彦命の事です」
「すごく詳しいな」
美玲の話を詳しく聞くと、伝承では吉備津彦命は温羅の投石攻撃に対して、吉備津彦命は矢を2本同時に放つことで、1本投石で落としてももう1本が温羅の右目に命中したというものだ。
「今回は、それを応用して3人の攻撃と同時に幹夫さんが矢を放つことで、3人のうち誰かの攻撃で瓦礫を破壊させて、幹夫さんの放った矢はそのまま飛んでいくというものです。爆風で軌道がそれなくて良かったです」
「爆風なんて起こる訳ないでしょ!あたし達の術は水晶を飛ばして攻撃するんだから!」
「梨乃。うるさい」
「ううう・・・・・お姉ちゃん、酷い・・・・・」
相変わらず妹に冷たい由乃さんだが、そんなことを今は気にしている余裕なんてなかった。
30階もあったので、1階に着くのに少し時間がかかってしまったが、出てすぐに仰向けになって苦しそうにしている悪鬼が両手で頭を抱えていた。
「かなり苦しんでいるな。消滅していないみたいだけど」
「普通なら当たって数秒後に消滅しますけど、この悪鬼は力が強いせいであんな小さなリングではそれほど効果が強くないみたいですね。この隙に首を斬り落とすのが良いでしょう」
「そうですけど、少し待ってください」
「幹夫君?」
由乃さんの言う通りなのだけど、その前にこの悪鬼に聞きたいことがあったので、由乃さんに首を斬り落とすのを少し待ってもらった。華々美と涼と美玲と里美は、俺の意図を理解したみたいでうんと首を縦に振った。
警戒しつつも、俺達はゆっくりと大柄の悪鬼へと近づいていった。
「涼。悪鬼になっても、人間だった頃の記憶や感情は残っているものか?」
「記憶は残っているわ。ただ、感情はかなり不安定になるからまともな会話が出来るとは思えないわ」
「それでもいい。今思い出したけど、あのタワマンの最上階の部屋」
「表札が確か・・・・・佐藤・・・あっ!」
華々美も気付いたみたいだが、最上階の扉の表札には佐藤と書かれていた。同じ苗字の人間は日本にはたくさんいるから、俺達はあの部屋の持ち主がこの悪鬼の元の人間、佐藤宗一である可能性を考えなかった。それ以前に、東京の住所を聞かれても全く分からないから、あそこが佐藤宗一の家だというのは分からなかった。
近づく前に梨乃に、東京の佐藤宗一の住所を確認してもらったら、間違いなくあのタワマンの最上が佐藤宗一の家で当たっていた。
「聞くのは良いけど、おそらく無駄だと思うわ。部屋の中を物色してみて、それっぽい物は見つかったの?」
「部屋の中にはありませんでした。けど、あの人が所属している研究所にあるかもしれませんので、そこも聞けばいいと思います」
「仮に持っていなくても、霊滅版について何か知っていれば聞きたい」
確かに、部屋にはそれっぽい物は何もなかったが、歴史的価値のある物を自宅に保管するとも考えられない。あの男の勤めている職場、研究所にある可能性がある。
悪鬼に近づいている間に俺は、里美と梨乃にキャンピングカーをこっちに持って来るようにお願いした。コイツの首を斬った瞬間に、地下と周辺にいる死霊たちが一気に湧いてくると思うから、倒してすぐに安全なキャンピングカーに乗り込めるようにしないといけない。梨乃には、里美の護衛をお願いした。
そして俺達は、未だ苦しんでいる悪鬼に近づいた。
「まともな会話が出来なくても、それに繋がる情報が手に入ればそれでいいし、ハズレだったとしてもそれでもいい」
有力な情報なんてないのかもしれない。そもそも、あんなにたくさんの骨董品や高そうな装飾品などが買えるほどのお金がある人だ、渋井沢に1000万円という大金をポンと出せても不思議ではない。その時点で、持っている可能性が一番高いのがコイツだ。
『うううう!』
「アンタに聞きたいことがある」
『ああぁん!?』
不機嫌そうではあるが、銀のリングのお陰で俺達に襲い掛かってくる力は残っておらず、仰向けの状態で頭を抱えるくらいしか出来ないでいた。それでも、喋ることは出来るみたいだ。
『小僧が、この私に話しかけるな!この私は、世界的に権威のある歴史学者で、いずれは学会で旋風を巻き起こす程の世界一のエリート学者になる事が決まっているこの私に、何にも持たないただのガキのお前が気安く話しかけるな!』
ヒステリーを起こしているが、この程度なら何とかなる。それに、人間だった頃の意志と感情が残っているのはありがたかった。
あまり時間をかけたくなかったので、俺は早速スマホを取り出して渋井沢の顔を見せた。
「この男に見覚えはないか?」
『この男?ああ、確か4月の最後の週辺りでこの男のホームページが目に入ったな。その時、円形の石板を高く買い取ってくれる歴史学者を募集していたのを覚えている』
やはりこの男も、渋井沢の事を知っていたみたいだ。
『アンタの言いたいことは分かった。残念だが私は買い取ってなどいない』
「本当か?」
『事実だ!そもそも盗品の売り買いは犯罪だし、そんな物を買い取れば私の輝かしい経歴に傷がつくし、学者生命も絶たれる!確かにホームページは見たが、私はその石板は買っていない!見ただけで流した!第一、まともな人間なら買おうとはせずに警察に届け出を出すだろ!これだから世間知らずのお子様は!疑うのなら私が所属していた研究所に行くがいい!住所は教える!仮に買い取ったとしても自分の家に置くような真似はしないし、置いた奴は相当なバカだ!』
「そうだな。確かに俺達は、社会経験ゼロのガキだし、法律にも疎いから分からないさ」
嘘は行っていないだろ。やはりまともな感性を持っている人間が、盗品だと分かっているものに手を付ける訳がない。この男にも、それくらいのモラルと分別はあったみたいだ。
その後、悪鬼は人間だった頃に勤めていた研究施設の名前と住所を教えてくれた。そのタイミングで、里美と梨乃が乗っているキャンピングカーが俺達の近くに到着した。
『私が知っていることはこれで全部だ!もういいだろ!終わらせてくれ!これ以上は苦しすぎる!』
「分かった」
『もうわかっていると思うが、お前たちがさっきまでいたあのタワマンの最上階が私の家だ』
「知っている」
要望通り俺は、大柄の悪鬼の首を斬り落とした。それと同時に俺達は、大急ぎでキャンピングカーへと乗り込んだ。そりゃ、こんなに早く見つかるなんて少しも思っていなかったが、それでもハズレだったと知ってショックはあった。
そんな気持ちを抱えたまま、俺達は影山姉妹が避難していた神社へと帰っていった。




