悪鬼
俺達が影山姉妹と合流してから5日が経ち、神社に避難していた赤ちゃんや子供たちは少しずつ俺達の町へと移動させていき、今日で子供たちとお世話をしてくれた大人3人も一緒にが空道神社に着いた。
今この神社にいるのは、俺達5人と影山姉妹だけとなった。
「それにしても、智恵美さん達には頭が上がらないな」
「確かに、わたし達の頼みを聞いてわざわざ何往復もしてくれたんだもんな」
「だけど、お陰で私達は渋井沢について調べる事が出来た。主にネットでの情報収集と、アイツのアパートに入って私物をいろいろ調べたんだけど・・・・・」
「仕方ないさ。そう簡単には有力な手掛かりは掴めない物さ」
その間に俺達は、渋井沢のいるアパートへ行き部屋の中を物色し、霊滅版を売った所についての情報がないかを探った。もちろん、悪鬼になった渋井沢は寝ている間に葬りました。
最初は、いくら調べても売った所に関する有力情報は見つからず、アイツのパソコンやスマホを見ても自分の事しか記載していなかった。そのどれもが、渋井沢が犯した犯罪自慢ばかりであった。どうやらあの男は、炎上商法でリツイート数を稼いでいたみたいだ。頼みの綱であるツイッターでも、「とある歴史学者が高値で買い取ってくれた!」としか書かれていなかった。
その為、パソコンからはこれといった手掛かりは見つからず、唯一見つけた領収書の汚れた部分を丁寧に取り除き、名前の欄に書かれた佐藤宗一という名前だけが見つかった。
ちなみに、唯一の手掛かりである領収書は、既に回収済みで現在智恵美さんにお願いしてうちの屋敷へと送ってもらってある。重要な証拠である為。
「佐藤宗一で、歴史学者で検索してみたけど、思いの外たくさんいてビックリしたぞ」
「佐藤なんてよく聞く苗字というのも痛いです」
げんなりとした様子で項垂れる華々美と美玲だが、それでも今回の調査で手に入った唯一の有力情報だ。だが、問題のその数であった。
「同姓同名で同じ漢字の歴史学者が、まさかこの日本だけで8人もいただなんて」
今はSNSで情報を発信できる世の中。その為、領収証に書かれた佐藤宗一の名前を検索するのは思いのほか簡単であった。が、問題はその人数で合った。一番若い方でも現在30歳で、上だと58歳までの佐藤宗一が合計で8人も出てきたのだ。しかも住んでいる県は皆バラバラであった。
「北海道、岩手、新潟、東京、奈良、大阪、広島、鹿児島、想像以上に骨が折れるし、かなりの長旅にもなる」
「北海道から九州まで、いろんな所にいるんだな・・・・・一番遠いのは、言うまでもなく北海道と鹿児島。わたし達の町から一番近い所は新潟だけど、それでも車で3時間だ・・・・・」
「北海道と鹿児島なんて飛行機の距離だよ・・・・・せめて住所が分かればいいんだけど、肝心のその部分が破れて解読できなかったのが痛い・・・・・」
「一つずつしらみ潰しで探しても、一体何年かかるかも分かりません・・・・・しかも、8件全てハズレだったら流石に立ち直れません・・・・・」
気が遠くなりそうな捜索に、俺達はげんなりと項垂れるが、里美だけは違っていた。
「シャキッとしなさい、全くの収穫ゼロじゃなかったんだから良かった方よ。手間はかかるかもしれないけど、やるしかないわ。そこにあると信じて行くしかないわ。それに北海道と鹿児島だって、その気になれば車で行くことだって出来るわ。日帰りは無理だし、今だったら1日で辿り着くは無理だけど、それでも道路が整備されている現代なら何年もかかるなんて事も無いと思うけど」
「そうだな・・・・・」
確かに、8件全てハズレだった場合の事を考えてしまったが、せっかく見つけた手掛かりなのだから調べる価値は十分にある。
「じゃあ、先ずはここ、東京の佐藤宗一の所へ行こうか」
正直言って、一番可能性が高いのがここ東京の佐藤宗一の研究所なんだよな。渋井沢の地元という事と、今回調べた佐藤宗一の中で最年長の58歳という事でこの人の可能性が高いと俺は思った。
それとこれは勝手な偏見だが、1000万という大金をポンと出すくらいだから、割と年配で高い役職を持っている人じゃないとできないと思った。
「行くのは良いですけど、その人の研究所がある所には物凄い数の悪鬼が住み着いていますので、行くのはあまりお勧めできません」
「それでも、そこに可能性があるのなら行く価値は十分にあります」
「確かにそうだけど、危険もかなり大きい。私や梨乃、涼ちゃんだけならまだしも、幹夫君たちを連れて行くのは・・・・」
渋る由乃さんに、俺と華々美、里美と美玲は力強く頷いて見せた。
「俺達の事なら気にしないでください。危険は承知です」
「霊滅版を探しにここに来たんだ。人任せには出来ない」
「3人には死霊や悪霊たちの警戒をお願いします」
「私達で霊滅版の捜索をします。3人が周囲の警戒をすれば、私達は安心して捜索が出来ます」
美玲や里美の言うように、陰陽師3人には死霊や悪霊、悪鬼の対処を担当してくれれば、俺達は心置きなく霊滅版の捜索および情報収集が出来る。それを説明すると、由乃さんと梨乃は数秒考える仕草を見せたが、涼が頷いて見せたことで由乃さんと梨乃も頷いてくれた。
「分かりました。ただし、無茶だけはしないでください。一応、私達で周囲の警戒をしますので」
「分かりました」
「ですが、捜索は明日にしてください。悪鬼どもの討伐だけは先に済ませたいのです。アイツ等は悪霊や吸血鬼以上に執念深く、一度狙った獲物はどんな手を使ってでも手に入れようとします」
「私も由乃さんの意見に賛成です。悪鬼に関しては私たちでないと絶対に倒せません」
涼にまで言われれば、これ以上は何も言えず承諾するしかない。幸いなことに、悪鬼どもはこの辺りに人がいる事、特に子供がいる事を知らない為今まで狙われずに済んだ。
ただ、由乃さんや梨乃の存在は認知されているみたいで、時々この近くに来ては2人を狙っているのだという。実際、2人の師匠である西光さんは佐藤が住んでいるあの辺りに住んでいる最も大柄の悪鬼から2人を逃がす為に自ら囮となり、そのまま食われてしまったのだという。
「重傷を負っていたとはいえ、師匠ですら倒せなかったあの悪鬼だけは、私の命に代えてでも」
「お姉ちゃんだけじゃない、あたしだって悔しかったよ!あたしだって師匠の敵を討ちたいし、そもそもアイツはあたし達の存在を認知しているから何所にいようが狙ってくる!」
「分かった。悪鬼たちの討伐には俺達も協力するよ。だが、無茶だけはしないように」
「それ、幹夫が言っても何の説得力がないな」
「確かに、私達の中で一番無茶をする幹夫が言っても」
華々美と涼につっこまれ、俺はそれ以上何も言えずに明後日の方向を向くしかなかった。そんな俺達の様子を見て、里美と美玲と梨乃はクスクスと笑い、由乃さんは少し呆れながら首を横に振った。
そんなこんなで夜になり、俺達は神社で待機することになった。
「って、こっちから向かわないのか?」
「それはやめた方が良い。どうせなら、寝ている間に首を斬った方がもっと楽だし、前にも言ったように悪鬼はかなり手ごわい」
「そうですね。特に涼ちゃんみたいに、武器を使った術を得意としている武闘派陰陽師には厳しい相手ですから」
神社の本殿の中で悪鬼が来るのをジッと待つ俺達だが、流石に真冬の夜に何時間もジッとするのは辛かった。涼と由乃さんだけは、目を閉じて胡坐で床に座ったままジッと動かないでいた。
「わたし達の質疑応答には答えているから起きているのだろうけど、流石にしんどいな」
「あたしも毎晩これだけがキツいのよね」
「滝行に比べればどうという事もない。ジッと出来ないのは未熟者の証だ。幹夫君たちと違って、お前はちゃんとした霊媒師だろ」
「ううう・・・・・まだ免許も貰ってないのに・・・・」
ジッと出来ずにごねるばかりの梨乃に対し、少々棘のある言い方で叱責する由乃さん。
そもそも由乃さんと梨乃の本職である霊媒師は、霊を降ろして言葉を伝えるのが本来の仕事であって、除霊術や悪霊退治も得意だがあくまで本当に得意なのは降霊術だ。だけど、今回は降霊術ではなく除霊術をフルに使う事にしているという。それでも由乃さんと梨乃は、自分の事を今でも霊媒師と呼んでいる。
そうしてジッと待機する事5時間。
涼と由乃さん以外のメンバーは、それぞれ交代で仮眠を取りながら悪鬼の接近に備えていた。その中に梨乃まで混ざっていて、現在毛布をかぶって寝息を立てていた。
「大丈夫なのかこいつ・・・・・」
「涼と実の姉は、あの姿勢のまま目を閉じてジッとしているにも拘らず起きているのに、妹の方は・・・・・」
一緒に仮眠を取っている美玲と里美の隣で、梨乃も一緒に寝ている所を見て俺と華々美は呆れた。
「梨乃を許してください。これでも死霊や悪霊を相手に十分戦えるだけの力はあります。見ての通りまだまだ未熟ものですが」
未熟者だというのを差し引いても、なんと言うか緊張感に欠けている気がしてならなかった。同じく未熟者の空道でさえ、皆を守る為に常に夜は警戒しているのに、梨乃は警戒心が薄すぎるぞ。
そんな時、神社の外からたくさんの人の悲鳴が聞こえてきた。
「まさか生存者が!?」
「いや。生きた人間の声ではない。死霊どもの悲鳴だ」
「悪鬼に捕まって食われてるんです」
悪鬼の存在を感知した2人の目が見開き、2人同時に武器と道具を持って立ち上がった。
「いつまで寝てる!起きろこの大馬鹿者!」
「ふぎゃ!」
由乃さんに関しては、呑気に寝ている梨乃を蹴飛ばして起こすというおまけ付きで。
「お姉ちゃん、ひどい・・・・・」
「悪鬼が近くにいる!残って警戒しろ!眠っている2人を守れ!」
「なっ!?」
梨乃の次の言葉を聞く前に由乃さんは、赤色の木刀を腰に差した瞬間に靴を履いて本殿から出た。そんな由乃さんの後に、俺と華々美と涼も付いて行った。
「2人とも、“あれ”は持っているな」
「ああ」
「本当にこんな物で悪鬼を撃退できるのか?」
「ええ。悪鬼にとってそれは毒でもあるから、倒せなくても投げつけるだけで効果は絶大だ。それで怯んでいる隙に首を斬ればいい。と言っても、今回はそんなに気を張らなくてもいいと思うわ」
にわかには信じ難い撃退方法に、俺と華々美は半信半疑で鞄に入ってある“それ”を見ながら俺達は由乃さんの後を付いた。
「夜中だというのに死霊たちが一人もいない!」
「それこそが、悪鬼がこの近くにいる何よりの証拠です!・・・止まって!」
由乃さんの指示で俺達は、一斉に大きな十字路の真ん中で止まった。その直後、二階建ての建物とほとんど同じ大きさをした化け物が次々と姿を現した。その全員が真っ赤な身体をしていて、額に2本の長い角を生やしていて、犬歯がとても長かった。見てハッキリと図る鬼であったが、絵本などで見る鬼が可愛く見えるくらい悪鬼は醜悪で不気味な姿をしていた。
「まさか、この現象は鬼までも作り出してしまうなんて」
「本来なら滅多にない事だけど・・・・・」
「この状況では説得力がないぞ」
本物の鬼を前に、鬼と呼ばれていた華々美でさえ少しビビった様子であった。しかも、デカいくせに周りのビルの陰からかなりの数の悪鬼が湧いて出てきた。
「皆動かないで。先ずは私がやります」
一歩前へ出た由乃さんが、首から下げた大きな水晶製の数珠を取ってそれを目の前にいる悪鬼に向けて投げ飛ばした。すると数珠は、まるで意思を持っているかの如く回転しながら飛んでいき、正面にいる悪鬼の頭を吹き飛ばしていった。
「数珠を持っているという事や、由乃さんと梨乃は仏教の人なんだな」
「知っているってことは、幹夫君の家は仏教なんですね」
「というか、わたしたちの中で神道なのは涼だけだぞ」
「最初から私だけが仲間外れだったか」
何ておちゃらけた感じで華々美のツッコミを返す涼だが、状況はそんなやり取りをしている場合ではない。由乃さんの攻撃に悪鬼たちは怯んではいるが、全員が俺達を狙っていることには変わりない。
「焦る必要はないわ、幹夫。由乃さんの攻撃はまだまだこれからよ」
涼のその言葉の後、由乃さんは鞄からビー玉より少し小さい水晶の玉を何個か握って取り出し、それで扇を描くように投げた。すると、数珠に続いて水晶までもが意志を持っているかのように飛んでいき、周りにいる悪鬼たちの頭を吹っ飛ばしていった。
「どうやら由乃さんは、念動術を得意としているみたいだね。念力を使って、物を飛ばす術の事よ」
「なるほど」
確かにあの術なら、危険な悪鬼に接近することなく倒すことも可能だが、空道が得意としている術程ではないが同様に念力の消耗が激しいという欠点がある。
しかし由乃さんは、そんなことは全く感じさせないくらいに数珠と水晶を飛ばし、悪鬼を次々に倒していった。
半数くらい倒したところで、由乃さんは自分の手元に数珠と水晶を戻した。
「怯んで動けなくなっているように見えるが」
「ええ。こちらを警戒して、次の動きをジッと伺っているのです。悪鬼は吸血鬼と違い、人間だったころの意志と感情が残っています。思慮や策略を立てるだけの知性は残っていませんけど」
「なるほど。だから由乃さんが攻撃している間、悪鬼どもは動く事が出来なかったんだな。近づいた瞬間に殺されるってわかっているから」
だが、それだけの知性があるというだけでもかなり厄介だ。攻撃のタイミングを予測され、こちらが動くように仕向けてくることだってある。
「次は私だ!」
自分のターンが回ってきた涼は、鞄からお札を5枚取り出し、それを悪鬼5体の額に向けて飛ばした。飛ばされたお札は、まるで吸い寄せられるかのように悪鬼の額に貼り付き、貼られた悪鬼が苦しみだした。
「今回持ってきたお札は特別仕様でね、いつも使っている墨にひと手間加えて悪霊を一発で葬れるようにしたのよ」
「流石ですね。日々鍛錬を忘れず、力を高める事も怠らない。道具を最良の状態にするのも素晴らしいです」
その言葉通り、お札を貼られた悪鬼はすぐに消滅していった。
「まだまだ」
次に涼は宝刀を抜き、トップアスリート顔負けの身体能力であっという間に悪鬼の懐に入り、あっという間に10体以上も倒していった。
「あの刀、すごい力が秘められていますね。首じゃなくても、あの刀に斬られただけで悪鬼や魔物を消滅させる事が出来るなんて。しかも身体能力が高い」
「涼にはいつも助けられてしますので」
流石に怒ったのか、周りにいた悪鬼が一斉に涼に襲い掛かってきた。
「幹夫!華々美!」
「「分かった!」」
涼の掛け声と共に、俺と華々美は鞄からある物を取り出して、それを悪鬼に向けて投げつけた。それをぶつけられた悪鬼は、身体から黒い煙が出てきて、あんな小さな物をぶつけられただけにも拘らず大袈裟に苦しみだして倒れた。その間に俺が、涼に術を施してもらった刀でその悪鬼の首を斬り落とした。
その間に華々美が再び悪鬼にあれを投げつけ、苦しんで倒れている間に俺が悪鬼の首を斬り落とすというのを続けた。
そうしている間に、数が少なくなった悪鬼は逃げていった。
「なんか呆気なかったな」
「今回来たアイツ等は雑魚の部類だったけど、渋井沢がいた地域にはまだたくさんの、それもかなり手ごわい悪鬼が待機しているわ」
「流石は涼ちゃん。今回はたまたま雑魚ばかりだからこの程度で済みましたけど、それよりもまさか本当にそんなもので悪鬼を撃退できるなんて思いもしませんでした」
「わたしもびっくりしたぞ」
そう言って華々美がカバンから取り出したのは、何の変哲もない大豆であった。そう、これを悪鬼たちにぶつけただけであんなに苦しめる事が出来たのだ。
「大豆には魔除けの効果があり、悪鬼どもが最も嫌っているものでもあり、奴等にとっては毒でもある物なのです」
「だからって、本当に大豆で悪鬼を弱らせる事が出来るなんて思わねぇだろ。由乃さんだってビックリしてたぞ」
「使える道具は何でも使い、更にその道具の特性をしっかり把握して戦うのが私達の一族のやり方なのよ」
だから涼は、大豆が悪鬼にとって毒になる事を知っていたのか。
「さて、雑魚相手に肩慣らしも終わったし、戻りましょう」
「ええ。幹夫君や華々美ちゃんに、悪鬼退治を経験させるための訓練もこのくらいにしますか」
「はぁ・・・・」
「なんだか踊らされた気になったが、経験できたのは良かったと思う」
「そうだな。だが、次は雑魚ではなく手ごわい奴が相手になると思うけど」
涼と由乃さんが、俺と華々美の為に悪鬼と戦う機会をくれたのだから、この経験を生かして次の悪鬼との戦いにつなげていきたいと思っている。
なので俺と華々美は、涼と由乃さんに感謝しつつ神社へと帰った。




