崩壊
よりたくさんの悪霊を取り込み、更に力を着けた悪霊の複数の顔の目が一斉に私と青美へと向けられ、まるであざ笑うように一斉に笑い出した。その様はとても醜く、声も聞くに堪えないくらいに耳障りであった。
「うるさいな黙れよ」
「ちょっと涼ちゃん!?あまり相手を挑発しないで!」
「そんなことは知ったことじゃない。あのまま取り込まなければよかったものを、取り込んだばかりにアイツだけになったんだから楽なもんよ。あのまま数の暴力で押し切ればいいものを」
「まぁ、そうかもしれんけど、手ごわくなったことには変わりないでしょ」
「それでも魔物よりはましだし、祓うんではなく消滅させるんだから気を使う必要なんてない」
通常のお祓いなら失敗して返り討ちに遭うが、今回は討伐が目的である為相手に気を使う必要なんてない。
念力が回復したところで、私は槍を背負って再び薙刀を手に取って陣の外へと出た。大きな筆を持った青美も、私に続いて陣の外に出て臨戦態勢に入った。
「青美。これから先は、死霊や悪霊どもを成仏させようなんて一切考えるな。この現象のせいで死霊どもの力も通常よりも強くなっているし、そんな悠長なことを言ってたら幹夫や他の皆を守り抜くことなんて出来ない」
「・・・・腑に落ちないけど、そんなこと言ったら笠島先輩にもまた叱られるでしょうね」
そりゃ怒るだろう。何せ、空道神社には現在たくさんの赤ちゃんと小さな子供がいる為、死霊たちに気を使っていてはそんな子供たちを危険に晒してしまう。その辺は流石にわきまえているみたいだが、納得しているかどうかは別の様子であった。
(まぁ、笠島先輩に絶対に逆らわないという条件で神社に残っている身だから、この前のグリムスとの出来事以降自分勝手な行動が出来ないようにきつく怒られたみたいだし)
そもそも、こんな状況ではお祓いが出来る訳がない。青美には悪いけど、無理矢理にでも割り切ってもらわないといけない。
「さっさと終わらせるわよ」
「分かってる」
肉塊の悪霊が掴みかかろうとした瞬間に、私と青美は左右に分かれて避けた。
(無数に生えた腕は殆ど飾りか。自分の新しい力に完全に酔いしれているな。動きも単調で鈍いし、大きくなった分攻撃も大振りだし、思考や理性はほぼ皆無。欲張ってたくさん取り込んだツケは高くついたわね)
確かに、たくさんの霊を取り込んだ悪霊はかなり強力で危険なのだが、あまり多く取り込みすぎるとあの肉塊の悪霊の様に理性や思考は完全に失われるし、身体を大きくし過ぎれば動きが鈍くもなる。人間も幽霊も、肥満は身体に毒ということだ。
その証拠に、青美の火球の妖術が全て命中し、大筆を使った術でも陣が書き終えられるくらいに動きが遅かった。
「ま、これなら獣を相手にしているのと変わんないわね」
肉塊の悪霊が青美に気を取られている隙に、私は薙刀で相手の背中に何度も攻撃を繰り返した。分厚過ぎるせいか、攻撃があまり効いているようには見えなかった。
「面倒だ!」
痺れを切らした私は、再び薙刀を背負って腰から宝刀を抜いて一太刀袈裟懸けに攻撃した。たった一太刀食らっただけで、肉塊の悪霊の背中から真っ黒い瘴気が勢いよく吹き出し、無害な塵となって消滅していった。
流石にこの攻撃を食らった悪霊は、苦しそうにしながらこちらを振り返った。
『ぐぐぐぅ!』
その表情は怒りに満ちていて、今度はこちらに掴みかかろうとしてきた。
「させない!」
相手がこちらに掴みかかる前に、青美が椿の髪飾りを手に取ってそれを地面に向けて落とした。その瞬間に、悪霊の足元から木の根が生えてきて、それが悪霊の身体に絡みついて拘束した。
『ぐぐぐ!?』
「サンキュウ青美!」
悪霊の動きが止まったタイミングで、私は宝刀で肉塊の悪霊の身体を切り刻んでいった。それからわずか2秒後に、肉塊の悪霊は大きな爆発音とともに四散し、この世から完全に消滅した。
それと同時に、私と青美がいる空間が歪んでいき、しばらくすると元の町の風景に戻った。
「魔界が崩壊したの?」
「魔界を作っていた悪霊が消滅したから、魔界が維持できずに崩壊して元に戻ったんだろう」
それと同時に、この地区にいた異形の悪霊は全ていなくなったことが気配で分かった。あの悪霊が欲張ってくれたお陰であった。
「相変わらず凄い力よね、涼ちゃんの家の宝刀は」
「そうね。魔物でさえも一撃で消滅させる事が出来る、私達の一族の最強の武器。そんなすごい力を宿した宝刀があと3本、合計で5本もあるんだから本当にありがたい」
ただ、力が強すぎるから本当にどうする事も出来ない時にだけ使うようにしていたし、刀だから相手に接近しないといけないというデメリットもあるから滅多に使わなかった。今までは。
「この現象が起こってからは大活躍だね」
「いいなぁ。涼ちゃんの家にはそんなすごい武器があるんだもんね。うちなんて、武器といったらこの筆と庭に生えている椿の花で作った髪飾りくらいだよ」
「まぁ、青美の家は妖術をメインにしているから、うちは武器や道具をフルに使うから、屋敷にはこれでもかというくらいにたくさんの道具と武器が保管されているのよね。もちろん、武器に関してはきちんと許可を取っているわよ」
「お札ならうちも使うけど、涼ちゃんが使うお札に比べると力がやや劣るもんね」
そんな話をしながら私は、青美と一緒に幹夫たちの所へと戻っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから数時間、正午を過ぎたあたりに涼と空道がやり切った顔をして帰ってきたという連絡を笠島先輩から貰った。2人が言うには、魔界が消滅したことで外に出ていた死霊たちが日の光を浴びて消滅し、南波地区にいる死霊は殆どいなくなったという。
その間に俺達は、南波地区にあるスーパーやショッピングモールからたくさんの物資や食料と水を調達した。水はもちろん、食料に関してはインスタント食品や缶詰、お菓子や調味料くらいしか調達できなかった。
物資に関しては、布団や毛布、下着や冬服などが調達できてよかった。これから寒くなる時期に、寒さをある程度凌げる物が手に入ったのだから。
そうこうしている内に日没が近づき、俺達は調達した物資を持ってそれぞれ自分達の拠点へと帰っていった。
それからは目立った出来事はなく、あっという間に月日が流れて行って気付けば12月に入っていた。
「うちと空道神社ではまだ電気が使えるけど、それ以外は電気が使えなくなってしまった事で、今頃寒さに震えているだろうな」
「そうだな。あの教会にいた連中も、9割方空道神社の方へと引っ越していったもんな」
「まぁ、小さい子供や赤ちゃんの面倒を見るという条件が飲めない奴が今もあの協会に残っているものね。まぁ、子供が嫌いで赤ちゃんの面倒見るのがどうしても嫌という奴が残っているのだけどね」
実は、本格的に寒くなる前に吸血鬼事件で訪れた教会へと足を運び、電気が使えなくなったことで寒さに苦しむ彼等をうちか空道神社の方へと引っ越さないかと提案したのだ。ちなみに原因は、ネズミに電線を齧られて漏電したためであった。
ところが、うちの方は華々美がいるという事で誰も行こうとせず、9割が空道神社へと引っ越していった。それにより空道神社では、いつも野菜を貰っている村から数名の大工さんと、木の伐採が出来る人を派遣することで新しく住む家の建築作業に取り掛かってもらい、うちの方は後にしてもらった。
空道神社でも、所有している裏の森の木の伐採を定期的に行っていた為、空道も森の木を伐採することを悩むことなくあっさり承諾した。
普通、うちの裏の森もそうだけどあぁいう神聖な森は人の手を加えずに伐採は禁止と思われるが、涼曰くそれだと土砂崩れなどのリスクが高まるからという理由で伐採を行っているのだという。もちろん、目的はあくまで間伐であるため伐採しすぎないようにしなければいけない。
「それにしても、教会に残っている連中は余程の死にたがりばかりなのか?下らん理由で残り続けるなんて」
「あぁいう連中にはもう何を言っても通じないし、そもそも華々美がいるからという理由や、子供が嫌いで一緒も嫌だなんて理由で居続けるんだ。どうしようもない」
別に見返りを求めていたわけではないが、あんな風に言われてはもう助けてあげようという気もうせるというものだ。
いくら水と食料に困らないと言っても、ろくな装備も道具もなしに寒いこの町の冬を乗り切れるはずがない。電気もガスも使えず、水道は辛うじて使えるがお湯が出なければ意味がない。
流石にそんな連中まで助けてあげる気はないし、冷たい事を言うがそんなことをしてこちらの首を絞めては本末転倒だ。
(そのうちあの協会を出て他所に移るだろう。それも時間の問題だろう)
そうなってしまうと、この町で生き残っているのはうちと空道神社の避難民のみとなってしまう。パワハラ気質の男どもがいるグループも、先日2つとも全滅が確認された。死因は、一酸化炭素中毒である。
今年一番の寒さに対応する為に、連中は教会内で焚火を起こして寒さをしのごうとしたみたいだが、そんなことをすると充満した煙によって一酸化炭素が充満してしまう。普通に考えれば自殺行為である筈なのに、彼等は飢えと寒さによって普通ではなくなっていた。その場しのぎの寒さ対策によって、彼等は帰らぬ人となってしまった。
「良くも悪くも、俺達は便利な暮らしに慣れ過ぎてしまったが為に、後戻りが出来なくなってしまったんだろうな」
「人間なんてそんなもんさ。一度楽を覚えると二度と元には戻れなくなってしまう。電気が無くなっただけでこの様だから」
「とはいえ、私達だっていつまでもこの生活が続くわけではないわ。人の手によって作られたものである以上、何時か壊れてなくなってしまう。そうなった時の為に、こちらも対策を練らないと」
「分かっている」
その為にもまずは、霊滅版を探しに行かなければいけない。涼のお爺さんが残してくれたノートをもとに、先月俺は華々美と涼と里美と美玲の4人と一緒に霊滅版が保管されている洞窟へと向かった。幸いなことに、洞窟やその洞窟がある森には幽霊が一人もおらず、何のトラブルもなく洞窟に行く事が出来た。
俺は婆ちゃんの夢枕で知っていたが、そこにある筈の霊滅版が無くなっていたことに他の皆が驚いていた。
「一体何の目的で、霊滅版を持ち出したって言うんだ?勝手に持ち出すなんて、普通に泥棒だろ」
「確かに、他所様の土地から勝手にものを持ち出すなんて完全に窃盗罪だわ。だけど、お爺さんが残したノートに挟まった写真を見るに、パッと見は古代の石板にも見えるから、たまたまあの洞窟に立ち寄ったアイツが持ち出したんだと思うわ」
「おそらく売って金に換えようとしたんだろう、歴史的価値があると思って高値で売れると踏んで」
何にしても、その持ち出したアイツのせいで霊滅版が割れてしまい、今回のような現象が起こってしまったのだ。
早く見つけ出さないと、生き残った僅かな人類の命も危なくなってしまう。だが、肝心のその場所が分からず、婆ちゃんも分からないと言っていた。
「手掛かりと言えるかどうかは分からないけど、洞窟の壁に書かれた持ち出した奴の落書きだけが頼りだ」
「いや、十分に手掛かりになるでしょ」
「書いたこの男、絶対にバカだろ」
何所の世界にも、歴史的価値のある建造物に落書きをする常識の欠片もない大馬鹿者はいるもので、霊滅版が置かれた洞窟の壁にも持ち出した奴の物であろう落書きが残されていた。その落書きには、ご丁寧に生年月日と実名と日時が書かれていた。落書きはソイツの物しかなく、字の感じからかなり浮かれていたのが分かる。
『お宝発見!円盤型の石板ゼッタイに価値があるに決まっている!売れば大金手に入るラッキー♡ 20××年〇月〇日 渋井沢雅巧様ここにあり!』
何てふざけた内容が、壁に書かれていたので間違いようがない。
「なんにせよ、この渋井沢雅巧という奴を早く見つけ出さないとな。ついでに何発かぶん殴らないと腹の虫がおさまらなねぇ」
「ネットで検索したら、顔と実名がすぐにヒットしたし、ヤツのツイッターにも霊滅版を持ち出したことも書かれていたし、霊滅版の写真が堂々と載っていたし、相当なバカだろ」
「まぁ、そのバカな行為のお陰でアイツの住所を特定できて良かったわ。物凄く腹が立つけど」
霊滅版を持ち出した犯人、渋井沢雅巧は自称登山が趣味の愛すべきフリーターなんて謳っていて、髪も金髪に染めていていかにもチャラそうな感じの男で、年齢は35歳の東京在住の自称フリーターが犯人で間違いない。何故なら、それを裏付ける証拠もあるから。
「フリーターなんて言っているが、アイツ絶対にニートだぞ!親の脛齧りの!」
「35歳にもなっても定職につかずにフラフラ遊び回って、頭の中がいまだに学生気分のバカなのが、ツイッターからも見て取れるわ!あんなバカのせいで、私達や世界中の人達が大変な目に遭っているのに!」
華々美と涼はかなり怒っているみたいだが、正直言って渋井沢の行動は擁護のしようがないレベルの愚行で、そのあまりにも軽率過ぎる行動には俺も怒り心頭だ。そしてそのツイッターこそが、渋井沢が犯人である何よりの証拠であった。
(というか、35歳にもなって子供でも分かるような常識も分からないなんて、大人として以前に人として終わっているぞ!)
渋井沢に対する怒りを抱きつつも、俺達は明日渋井沢が住んでいるであろう東京に向けて出発することを決めた。こんな状況だから渋井沢本人は生きていないだろうし、霊滅版も何所に売られたのかも分からないだろう。
だが、それでも何かしらの手掛かりは残されているだろうと思い、俺は華々美と涼と里美と美玲の4人を連れて東京に行くことを決めた。東京が今どういう状況になっているのかは、どういう人が生き残っているのかも全く分からない状況で行くのだから危険もある。
それでも、この現象を一刻も早く収束させる為にも俺達は行かねばならない。涼のお爺さんが残してくれたノートを見た俺達しか、霊滅版の事を知っている人はいないのだから。
しばらく外を眺めた後、俺と華々美と涼も寝室に向かい、明日に備えて皆と一緒に就寝した。
崩壊というサブタイトルですが、ゴースト団地はこれで終わりではありません。
その後もゴースト団地は登場します。




