ゴースト団地
「本当に2人だけで大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。それよりも、幹夫たちについてこられる方が迷惑よ。足手まといにしかならないから」
「んん・・・・・」
俺達が駆けつけないようにしているのだろうけど、実際に足手まといなんて言われると流石にへこむ。
今回俺達は、南波地区に通じる通路に大きな焚火を起こして燃やし続けて欲しいという。これは、悪霊は大きな炎を嫌っている為、大きければ大きい程寄せ付けないのだという。ただし、ガソリンや灯油はもちろん油の類は使用禁止、それらを使うと効果が半減してしまうのだという。
その為、火を絶やさない為にも俺達だけでは手が足りず、笠島先輩たちの力も借りて悪霊達が南波地区から外から出させないようにしたという。
「火を絶やさないようにしてくれるだけでも助かるし、私なら大丈夫さ。青美だってついているんだし、今日の為に装備も整えてきたんだから」
そういって涼は、両手を広げて見せた。
彼女は青色の長袖Tシャツと、紺色のジーパンとスニーカーという動きやすい服装をしていた。無論丸腰なわけがなく、腰には宝刀が2本提げられており、お札や様々な道具がたくさん入った肩掛けカバンに、一突きで悪霊を葬れる槍を背負い、同じ力を持った薙刀を手に持つというなかなかの重装備であった。これで普通に戦えるのだからすごい。
「改めて見るとすごい重装備。関ヶ原の戦いにでも行くのか?」
「いくら私でも、時を超える事なんて出来ないわよ。仮に行くんだったら槍や薙刀じゃなくて機関銃を持っていくわよ」
「そりゃそうだけど」
ワゴンから降りてきた空道の格好を見ると、涼が重装備過ぎるのではないかと心配になってしまう。かと言って、空道みたいに殆ど武器を持っていないのも心配にもなる。
ちなみに空道は、初詣でよく見る巫女装束をしており、椿の花の髪飾りを身に着け、背丈ほどある大きな筆を背負うという格好であった。巫女装束なのに、草履ではなく運動靴なのがミスマッチなのだけど。
見て分かるように、大きな筆以外に武器らしい武器は何も持っていないのだ。
「まぁ、青美は私に見たいに武器を使って戦うタイプではなく、妖術を使って悪霊を圧倒するタイプの陰陽師だからあまり武器は使わないんだ。それに、あの子が身に着けている椿の花の髪飾りだって強力な武器なんだよ」
「へぇ」
あの髪飾りがどう役に立つのか分からないが、涼がそこまで言うのなら間違いないのだろう。
「まだ免許皆伝前の半人前だけど、力と実力はあの党首にも匹敵するからそれに関しては信頼しているわ。尤も、人間としては親子共々嫌いだけど」
「まぁ、娘の方を見ると父親がどんな性格をしていたかは容易に想像がつく」
それでも、今のこの世界においては貴重な陰陽師。まだ半人前でも、その実力が本物なのは俺も認めている。
(しかし、だからと言ってあいつの傲慢のせいで華々美が殺されかけたことには変わりないから、どうしても空道の事は好きになれない)
「さて、準備も終わったし私と青美はいくわ。幹夫たちは、とにかく火を絶やさないように。日中だから悪霊どもが出てくることはないだろうけど、ゼロという訳ではないから足止めをお願いね」
「分かった」
今回の悪霊との戦いには、涼と空道の2人が直接ゴースト団地に乗り込み、そこに住み着いている悪霊達を全滅させる為に戦う。
その間に俺達は、南波地区に通じる道全てにキャンプファイヤーのごとく大きな火を焚き、ゴースト団地から逃げる悪霊達の足止めをすることになった。ちなみにそのメンバーには、俺、華々美、美玲、咲、里美、小夏、姫香の7人に加えて、空道のグループから笠島先輩、仲崎君、幸城さん、鈴原さんの4人も協力してくれることになった。
「青美、準備は出来ている?」
「ええ。何時でも行けるわ」
「そう。じゃあ皆、絶対に火を絶やさないように」
そう言った直後、涼と空道は一緒に南波地区へと入っていき、ゴースト団地を目指して走っていった。
「よし、俺達はすぐに火を焚くぞ。南波地区に通じる道は全部で11本。その道全てに大きな火を焚いて悪霊達が逃げ出すのを阻止するんだ」
俺がスマホで指示を出すと、皆が一斉に所定の場所で火を焚いた。煙が上がっていることから、皆順調に大きな火を焚いているのが伺える。
山側には予め涼が結界を施し、悪霊達がそっち側に行けないようにしてくれた。しかし、町中でそれをやると時間がかかるから大きな火を焚くという方法を取ることにしたのだ。山側で大きな火を焚くと山火事になる危険性がある為、山側にはこの方法は使えない。
「よし、もっと大きくなれ」
いつも野菜を貰っている村の人たちの協力も得て、丸太のように大きな薪を高く積み上げていき、中に杉の葉や古新聞や木炭などといった燃えやすいものを入れて完成させた薪のタワー。それに俺は火をつけた古雑誌を投げ入れ、火が大きくなるように風を送り続けた。点火した当初はすぐに大きくなったわけではないが、火は徐々に大きくなっていった。
「まぁ、油やガソリンを使っていないんだからそんなすぐには大きくはならないか。あとは、この火を大きくしつつ消えないようにしないとな」
今の俺に出来る事はそれくらいだ。あとは、涼と空道の帰りを待つだけだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
~涼side~
ゴースト団地に通じる道を青美と共に走るっていると、私達は次第に光さえ入らない真っ暗な空間へと入っていた。
「ねぇ!なんかいきなり真っ暗になってない!?今は朝の8時で、しかも快晴だよね!?」
「おそらく、私達は今魔界に入っているんだと思うわ!」
「魔界って、悪霊達が作っている生と死の狭間のあの!?」
「ああ。しかもこれは、豊海トンネルとは段違いにヤバイわ!それだけここの悪霊達の力と怨念が強力なのでしょうね!」
力の強い悪霊だけが使える、テリトリーを自分好みに作り替えた死者の空間。それが魔界。
だけど、本来ならそれだけの力を持った悪霊とは遭遇しない事の方が多い為、この短期間で2度も入る事になるなんて私自身も思ってもみなかった。
しかも、周りにはいくつもの悪霊が合わさってできた異形の悪霊がうようよいた。
「うわぁ、異形の悪霊も魔界も、あたしはてっきりファンタジーの世界の物だと思っていたわ!」
「私だって、こんな現象が起こるまでは生涯のうちに遭遇するなんて思ってもみなかったわ」
「こんな悪霊相手に、あたし達だけで祓えるのかしら!?」
「無理だ!でも、それは祓うのであったらであって、退治するのであれば問題ないわ!」
「退治するって、それってここの魂達を消滅させる事なの!?そんなことをしたら、消滅された魂は存在そのものが無くなってしまうのよ!本当の意味で無に帰すのよ!」
「躊躇うな!そんなことを言ってる場合ではないだろ!一人残らず消滅させろ!」
そう言って私は、目の前に現れた異形の悪霊を薙刀でどんどん消滅させていった。
「ここで私達が躊躇うと、大勢の人がここの悪霊どもの犠牲になる!仮に祓ったとしても、豊海トンネルみたいに他の心霊スポットに移動するだけだ!そうなったら、その近くに避難している人達に危険が及ぶ!お祓いはもう不可能だ!」
「でも!・・・・・分かったわよ・・・・・」
納得いかない感じではあったが、青美は渋々頷いたのが分かった。
だがそこは、無理矢理にでも納得してもらわないと困る。私達の肩には、大勢の生存者の命がかかっているのだから。私達2人だけが被害を受ける訳ではないのだから。
その後私と青美は、走りながら周囲にいる異形の悪霊を消滅しながらゴースト団地へと走り続けた。私と青美を誘っているのか、通常よりも早く目的のゴースト団地へと到着した。
「ここが、ゴースト団地。こんなに近くまで来たのは初めてだわ」
「私だって、出来る事なら近づきたくなかったわよ。でも、今回ばかりはそうもいかないわ」
それに、危険なのは団地そのものではなく団地内に建ってある4棟の廃墟と化したマンションなのだが、既に団地内には数えきれないほどの異形の悪霊が私と青美を取り囲んでいた。
「ゴースト団地を中心に、半径50メートル圏内もの広い範囲を魔界に変えてしまうくらいだから、元凶となっている悪霊の力は相当強いわね」
「まさか魔物になっていないでしょうね・・・・・あたし一度も遭遇した事無いんだけど!」
「安心して。私も一度も遭遇した事無いわよ」
「それ全然安心できないんだけど!」
互いそんなことを言いつつも、私も青美も襲い掛かってくる悪霊達に指一本触れられることなくどんどん消滅させていった。私は薙刀で、青美は妖術で次々に。
「ねぇ!なんか数が多すぎない!?」
「世界中からたくさんの悪霊達が集まっているからね!」
「世界中からって、ここってどんだけヤバい所なのよ!?」
「私だってついこの間初めて知ったわよ!ヤバイ所だというのは知っていたけど、ここまでだなんて思わなかったわ」
そもそも、党首である祖父もここの悪霊達の「生」に対する執着は異常で非常に危険である為、最善の方法はゴースト団地に近づかないことだというくらいだ。無論、消滅させることは可能だが、この現象が起こる前だとそれが憚られた為出来なかった。そもそも、全滅させたとしても1年も経たずに新しい霊が集まって悪霊化してしまう為、結局は振り出しに戻ってしまう。
だが、状況が変わった今躊躇っている場合ではない。ここにいる悪霊たち全てを消滅させないと、この町はここの悪霊達によって飲み込まれてしまう。例え1年もしないうちに元通りに戻るとしても、何もしないと更に状況が悪化してしまう。
「もう!キリがないわ!涼ちゃん、ちょっと時間を稼いでくれない!」
「大丈夫なのか!?4棟ともかなり高いわよ!」
「あたしを見くびらないで!そもそも、あの4棟が霊を呼び寄せているんだから、全部潰してしまった方が楽だし、それならもう新しい悪霊が寄ってくることは、あるかもしれないけどそれでもここまで危なくなる事は無い筈!」
「分かったわ!その代りしっかりやれよ!」
青美の言う通りに私は、悪霊達が青美に近づかないように鞄から護り石を置いた。その間に私は、薙刀を一旦背負って親指の先を歯で嚙み切った。そこから出た血を左の掌に塗り、パンと手を合わせた後勢いよく両手を前に出した。その瞬間に目の前にいたたくさんの悪霊が、爆発音とともに塵となってパッと消滅した。
そうして今度は、左右と後ろにいる悪霊達に向けて掌を突き出していき、そこにいる悪霊達をどんどん消滅させていった。
(この術は強力である反面、あまり多様は出来ないんだよな!青美の方は?)
名前を「衝撃砲」と呼んで、曽祖父が魔物と対峙した際に作り出された術だ。魔物でさえも一撃で消滅させる衝撃波を、自身の念力と共に放つ術で、威力もかなり高い。反面、念力の消耗がかなり激しい為あまり多様の出来ない術でもある。
(曽祖父が海軍時代に、乗っていた駆逐艦の主砲を見てインスピレーションを得た術らしいけど、もうちょっとまともなネーミングはなかったのかしら?ダサすぎる・・・・・しかも、その乗っていた軍艦はアメリカ軍によって沈められたみたいだし)
とはいえ威力はかなり強力で、事実私の術を警戒して悪霊達が後ろに下がっていった。その間に、青美が大きな声を上げて印を結んだ手を少しずつ下げていった。そんな青美の手に連動して、4棟のマンションは徐々に地面に埋まっていくように沈んでいった。
正確に言うと、沈んでいるのではなく地面に触れている部分から対象の建物を土や塵に変えて地下の空洞に埋めているのだ。この土と塵には青美の力が加わっている為、魔物でもない限りは嫌がってその場から逃げ出す。うっかり触れてしまうと消滅してしまう程の力が、変えられた土と塵に宿っているからだ。その証拠に、マンションにいた悪霊達が悲鳴を上げて逃げ出していた。
そんな青美に向かって、マンションから逃げ出した悪霊達が一斉に襲い掛かってきたが、その全てを私が術を使って一気に消滅していった。今度はお札から小さな火種を出し、その火種に向けて息を吹きかけた。その瞬間、火種が大きくなって火炎放射器の様に噴射していき、たくさんの悪霊が燃えて消滅していった。
それを見た他の悪霊達が、益々私達を警戒して近づかなくなった。
(察するに、この魔界を作っている大元の悪霊は全てあのマンションに潜んでいたのだろう)
しかもこの術は、先程使った術よりも楽だし霊相手にかなり有効だ。ただ、火を吐く術だから周りの木や建物も燃えて火事になる危険があるから、いつもならこんな風にド派手にぶっ放す事が出来ない。
しかし、魔界の中なら周りを気にせずに放す事が出来る。
そうして私と青美に近づく悪霊を屠っていくうちに、青美の方もマンションを4棟とも土と塵に変えたみたいだ。
「終わったわよ!」
術をかけ終えてすぐ、青美は背負っていた筆を手に取り、アスファルトに人2人程が入れる円形の結界を手早く書いた。
「涼ちゃん入って!」
「ええ!」
青美に促されて私は、青美と一緒に結界の中に入った。その瞬間、身体の疲れが徐々に吹き飛んでいき、消耗した体力と念力が回復していくのを感じた。
「これは・・・・・」
「消耗した体力と念力を回復させるための結界だよ。あたし達の家が使う術って、念力と体力の消耗が激しいからご先祖様が長い時間をかけて作った結界なの」
「へぇ。便利ね」
お陰で、衝撃砲で消耗した念力が回復していった。
それと同時に、マンションに潜んでいた大物の異形の悪霊が姿を現した。
「ねぇ、涼ちゃん・・・・」
「おそらく、あれがこの魔界を生み出している大元の悪霊なのだろう。魔物化していないみたいだけど、あんなに大きくなるなんて」
その異形の悪霊は、まるで大きな肉の塊のような姿をして、所々に顔のようなものが浮かび、中には獣の顔までもあった。しかもかなり大きく、目測でも3メートル以上あった。
『うわああああああああ!』
その悪霊が大きな声を上げると、周りにいた悪霊達が一斉に集まっていき、肉塊の様な悪霊に取り込まれていった。それによって、顔だけでなく無数の腕までも生えてきた。
「酷い姿・・・・・これで魔物化していないなんて」
「魔物って、基本的に人の姿をしているのよ。あれみたいに、複数の霊を取り込んで強大になる事はないのよ」
「確かに、他の霊を取り込まなくてもあんなに危険で強大になるから、そりゃ一生のうちに遭遇する機会がないわけだ」
「あたしからすれば、こんなフィクションの世界から飛び出したような悪霊と遭遇する機会があるなんて思いもしなかったわ」
「そうだね」
ここいら一帯の悪霊全てを取り込み、更に強大になった肉塊の悪霊を目の前にし、私と青美は恐怖よりも呆れの方が勝っていた。とても危険な筈なのに、なぜか私達は落ち着いていた。
「祓う必要がなく、消滅させるのが目的だとこんなに気分が楽になるんだな」
「その方が良いとあたしも思う。変に怯えたり怖がったりすると、あの悪霊に付け込まれるだけだからリラックスして、気楽で明るい気分でいた方が良いわ」
消滅させるのが目的である為ある程度気が楽だが、私と青美が気楽な気分でいる理由はもう一つあった。それに気付かない肉塊の悪霊は、気味の悪い声を上げなから高らかに笑い始めた。




