屋敷
~今から10年前~
その日瀧倉家の当主である涼の祖父は、外で大きな火を焚いて占いをしていた。その術は、瀧倉家に代々伝わる的中率98パーセントの占いであった。
その占いを行っていた祖父は、炎に写された光景を見て言葉を失った。10年後にこの世界のバランスが崩れ、幽霊たちの姿が見えるようになり、更に大半が死霊となって生者の命を吸い取り、更にその人も死後に死霊となる未来が見えた。
しかも、ただ見えるだけでなくその死霊たちは短い期間で強大になり、やがて夜の闇を支配してしまうことが映し出された。
先の危険を知った祖父は貯金のほぼ全てを使い、50人くらいが安全に暮らせる別荘を所有している山のふもとに作り、更に屋根と山頂にソーラーパネルを設置し、雨水や地下水から真水を作る浄水層も作り、畑までも作った。
最後に、孫娘の涼の修業を早め、15歳で一人前になれるよう厳しい修行もさせた。
そんな話を俺達は、瀧倉さんのお爺さんが作った別荘のリビングで聞いていた。
「まさか、10年後のこの危機の為に用意してくれていたなんて」
「流石に10年後の何月何日に起こるのかまでは分からず、当時5歳だった私にとっては地獄の10年間だったわ」
確かに、当時の彼女はまだ幼稚園児だったからいろいろと納得もいかなかっただろうな。
だけど、全てはこの日の為に準備してきた事だと考えると、彼女には申し訳ないけどお爺さんには感謝だ。
そんな瀧倉さんの話を聞いた藤波さんが、神妙な面持ちで小さく手を上げた。
「何かしら?」
「いや、10年前から予知していたのなら未然に防ぐことは出来なかったのか?」
「それが出来ていたのならとっくにやってたよ。お爺ちゃんが言うには、ある日突然世界が地獄に変わったとしか」
「そうか。貴方のお爺さんでも詳しい原因が分からなかったのね」
「ケッ!なんだよ、ちっとも役に立ちゃしねぇじゃねぇか」
「口を慎め。彼女のお爺様のお陰でわたし達は助かっているのだ。あなたには理性というものが存在しないのか?」
「んだとゴラァ!」
藤波さんに窘められて切れる本田を、藤波さんは左手一本で制した。だが、そんな本田の態度には俺だけじゃなくてこの場にいる全員がイライラしていた。
「いい加減にしろ本田!」
「ああぁん!武谷まであたしに意見しようてんのか!テメェなんかあたしの子分どもに命令してボコボコにしてやっても!」
「文句ばかり言うんだったら門の外に放り出すぞ!」
俺のその言葉を聞いた瞬間、本田は顔を真っ青にさせながら言葉を詰まらせた。夜中の今、門の外に出ると死霊たちの餌食になるのは分かり切っている為だ。
「ははははは!」
そんな俺と本田のやり取りを見て、藤波さんが大きな声を上げて笑い出した。
「いいじゃない。やっぱりわたしは、幹夫を気に入った」
「藤波さんに気に入られるのも何かやだ」
「まぁ、私もまさかヤクザの娘と暴走族のリーダーを助け出すとは思いもしなかったわ」
瀧倉さんからは同情の眼差しを向けられたが、俺としては全く笑えないことだ。ヤクザの娘に気に入られても嫌だし、暴走族の女のバカっぷりには辟易とするんだよ。
「というか本田さん、あんた一体何が気に入らないのよ?そんな風に噛み付いてばかりいると、孤立してしまうわよ。そうなると、あんたがピンチの時は誰も助けてくれなくなるわよ」
さっきから突っかかってばかりの本田に、優希がその訳を聞いてきた。如月公園にヘリが墜落しそうになった時は、俺達に声をかけて知らせてくれたのだから悪い奴ではないと思うが、いったい何が気に入らなくて突っかかってきているのだ?それが分からないまま本田と一緒に行動すると、他のメンバーの命を危険にさらしかねない。
そんな優希だけなく、この場にいる全員の疑問に本田は椅子をガタンと倒す勢いで立ち上がって答えた。
「あたしは他人に指図されたり、命令されたりするのがこの世で一番大っ嫌いなんだよ!親や教師も、とにかくあたしにあぁだこうだいちいち言ってくるとイライラするんだよ!あたしは実力でこの町のトップに君臨してきたんだ!それなのにテメェ等みたいが虫けらに命令されたり、あぁだこうだ言われると無性に腹が立つんだよ!」
その内容はあまりも幼稚で、自分が一番偉い存在でないと、自分こそが何でも命令できるリーダーでないと気が済まないというものであった。
本田が通う青林高校は、別にレベルの低い不良校というわけではないのに。きっと先生と親御さんも、そんな本田の我儘に手を焼いていただろうな。やはり門の外に追い出すべきだろうな。
「くだらない」
「ああぁん!」
「要は、我儘を聞いてもらえずに駄々をこねているだけじゃない。高校2年にもなってなんて幼稚な」
「テメェ!」
藤波さんの言葉に逆上した本田はすぐに掴みかかろうとしたが、その前に藤波さんが本田の腹にパンチを食らわせて気絶させた。
「まったく馬鹿な女。外に放り出してくる」
そういって藤波さんは、気絶した本田さんをヒョイと抱えてリビングを後にした。まぁ、門の外に放り出されないだけましだろう。
「幹夫」
「何ですか?」
「敬語はいいわ。これからここで過ごしていくんだから、対等な関係でいた方が良いでしょ。歳だって一つしか違わないんだし」
そうは言うけど、この場では長谷川さん一番年上なんだから気を使ってしまう。
だけど、確かにそういう堅苦しい関係があってはこの先良好な関係を築けない。ここは学校でもなければ会社でもない。生きるか死ぬかという問題に、歳上だの年下だと言っている場合ではないだろう。
「分かった。で、何だ?」
「本田さんの件だけど、私は早朝に彼女を追い出すべきだと思うわ」
「私も長谷川さんの意見に賛成」
「私も」
「わたしも長谷川さんの意見に賛成だ。あのバカがいてもチームの輪が乱れる。ハッキリ言って迷惑だ」
優希や瀧倉さんの賛成意見を聞いてすぐ、本田を外に放り出した藤波さんも戻ってきて、彼女も長谷川さんの意見に賛成した。
確かに、本田は何かにつけては文句ばかり言ってくるし、そのことについて咎めようとするとすぐにキレて暴れようとする。自分の部下や他のグループにはそれで通じても、俺達にそれを向けても迷惑をかけるだけだ。下手をしたら全員を殺すことになる。
しかし、先程も思ったように墜落しそうになったヘリの存在を知らせてくれたのだから、根は悪い奴ではないと思う。おそらく、そういう態度を取らないといけないような環境で育ったのか、そのせいであんな横暴な性格になってしまったのだと思う。
だが、今はそんなことを考えている余裕は俺達にはない。
「そうだな。明日の朝には本田をグループから追放しよう」
俺の下した決断に誰も異議を唱えず、本田を追放することに決まった。
それから俺達は、備蓄されていた食料で夕食を取ってから風呂に入って就寝することになった。夕食のメニューは、乾パンと缶詰とカップラーメンであった。
「ああぁ・・・・なんだか今日一日ずっと疲れた」
風呂から上がり、来客用に用意された大部屋に敷かれた布団の上に寝転がりながら今日一日起こったことを、頭の中で簡単に振り返った。
嫌な予感はしたが、それ以外は特に変わった様子もない日常だったが、突然何の前触れもなく死霊たちが見えるようになり、その死霊たちによって学校の生徒や教師、町の人達が襲われた。いや、この町だけでなく世界規模で起こっていた。スマホのニュースでも、世界中で同じことが起こっており、パニックになっていた。
「皆の予想通り、神社や教会等といった死霊たちが入り込めないところもあるみたいだが、場所が限られているせいで多くの避難民でギュウギュウになっている」
そこに行けなかった人たちは、言うまでもなく死霊たちによって命を吸い取られて殺されていった。そして、死霊によって殺された人達の約2割の魂が新しい死霊になって生者を狙うようになった。その様子に理性は感じられなかった。
「幸いなことに、8割の魂は成仏したみたいだけど、それでも増えるのは勘弁してほしいぞ」
瀧倉さんが言うには、この世に強い執着があると成仏できずに現世に留まるそうだが、理由は現時点ではまだ分からないけど殆どの幽霊が死霊となってしまうらしい。
が、それでも全体の2割がこの世に強い執着があるなんて信じられなかった。大抵の魂はすぐに天に上り、霊が集まる霊界にて魂を洗浄した後に新しい命に宿って生まれ変わるそうだ。
俺達の価値観にすり合わせると、成仏した魂は天国へ行き、この世に留まろうとする魂は地獄に行くということになる。本当にそんなものがあるのかどうかは知らないけど。
「ま、仮にそんなものがあったとしても、誰だって地獄には行きたくないわな。だからってこの世に留まっても迷惑なんだけど」
しかも理性を完全に捨ててしまっている為、下手をしたらゾンビ映画のゾンビと何も変わらない。違いがあるとすれば、死霊どもは壁や塀などの障害物をすり抜けられるところと、特定の場所以外は何処へ避難しても必ず襲われるというところだろう。
そして、霊が急に見えるようになり、その霊に俺達生者が命を狙われる。何故突然そんなことになってしまったのだろうか?
何が原因でこんなことが起こってしまったのか?
「さっぱり分かんねぇな」
「分からないって何?」
「足音立てずに突然現れるな」
突然目の前に現れたのは、ピンクの半袖半パンの寝間着を着た優希であった。頭に着くくらいに足の先を近づけ、仰向けになっている俺を見下ろすように立っていた。服の裾から下乳が微かに見えた。
「何処見てんの?」
「別に」
「ふぅん」
「だから何だ?」
「別に。ただ、綺麗な女の子たちに囲まれてウハウハの幹夫君は今どんな心境なのかなと思って」
「お前は俺を何だと思ってんだ」
「ふん!」
訳も分からず不貞腐れる優希は、無言のまま当たり前のように俺の隣の布団に入ってすぐに寝息を立てた。
「ほんと訳分かんねぇな」
それから5分後に、長谷川さんと藤波さんと瀧倉さんが部屋に入ってきた。それぞれ、緑と赤と青の寝間着を着て。ちなみに俺は黒色の半袖半パンを着ていた。
全員が布団の中に入ったところで、今日は就寝となった。
けれど俺は、今日一日で起こったことに頭がついて行けず、そのせいでなかなか寝付けないでいた。更に、外では目を覚ました本田が大声で叫んでいてうるさかった。
「うるさいよな」
「ん?藤波さんか」
そんな本田さんに参っていると、反対隣りで寝ていた藤波さんが声をかけてきた。
「華々美で良い。苗字だと変に距離感があるし、これから一緒に行動するんだから気安い関係でいたい」
「そうか。じゃあ華々美」
「なんだ?」
なんだか妙に嬉しそうな顔して頷く華々美。何で?
まぁ、今は置いておいて。
「華々美はこの一連の出来事をどう思っている?」
「どうって、そもそも何故こうなったのかすら分からないのに、それを考えても時間の無駄だと思うが」
「分かってはいるけど、やっぱり気になるんだ。何の前兆もなしにいきなりこんなことが起こるのか?絶対に何かある。こんな事態が起こってしまう何かが、それを引き起こす行為を誰かがやらない限りこんなことが起こるなんてあり得ない」
「つまり幹夫は、今回の事件は生きている人間が意図的に、若しくは事故で起こってしまったと考えているのか?」
「ああ」
そうでなかったら、突然見えないはずの幽霊が見えるようになったりしないし、それ以前にあれでは実体を持っていないだけでゾンビと何も変わらない。おそらく、見えるようになったと同時に霊たちから理性を奪ってしまったのだと思う。
「幹夫の言いたいことは分かったが、わたし達ではそれを解決することは出来ない」
「どういうことだ?」
「だってそうでしょ。仮に誰かが意図的に起こしたとしても、それがこの町で起こったこととは考えられないでしょ。いや、日本で起こったのならまだいいが、もしも海外で起こっていたのならわたし達ではどうすることもできないぞ」
「あっ!?」
確かにそうだ。
日本国内でその原因が作られたとは限らない。海外の、それも日本から遠く離れた国で起こったことだとしたら、海を渡る手段を持たない俺達ではどうすることもできない。原因が分かっても何もできない。
「クソ!ここに来て手詰まりかよ!」
「だけど、言われてみれば確かにそうだな。火のない所に煙は立たない。何の前触れもなくこんな状況になる訳がない。誰かが起こした人災と考えるとしっくりくる」
「ああ」
ただ、その人が一体何の目的で霊を見えるようにさせたのか?
何故わざわざ霊たちから理性を奪う必要があるのか?
死霊たちと空に浮かんでいるだけの霊とで、一体何が違うというのだ?
瀧倉さんのお爺さんは、はっきりとした原因は分からなかったって言うけど、生きている人間が関与しない限りこんな事件は起こりえない。
「まったく。幹夫は一度考えだすと止まらないんだな」
「え?ああぁ、ごめん。考え込みすぎちゃったな。今はこれからをどう生きていけばいいのかを最優先しなくてはいけないのに」
「それも大事だけど、同時に原因を探っていくのも良いと思う。すぐに何か出来る訳ではないが、知らないままというのもモヤモヤして嫌だよな」
「ああ」
とにかく考え続けるんだ。
これからどう生きていくのかも、そもそもこうなった原因を探るのも同時に進行していけばいい。
「絶対に原因を突き止めてやる」
「わたしも協力する。わたしは幹夫のそういうところに惚れ込んだのだから」
「サンキュウ華々美」
「だが、今日はもう遅いから寝よう。休める時にしっかり休んでおくのも大事なことだ」
「そうだな」
疲れたのか、ちょうど本田の声も聞こえなくなったので俺と華々美も寝ることにした。
そして翌朝。
俺達は本田咲を追放した。




