豊海トンネル
その日の夜、俺達は馬場村長宅の客間に泊まらせてもらい、布団に入りながらまだ起きている華々美と涼と話をしていた
「あの悪霊たちが、豊海トンネルから来たって言っていたけど、あそこの悪霊どもは近づきさえしなければ大丈夫だって前に何かのテレビ番組で聞いた事がある」
「わたしも聞いた事がある。そう言ったのは確か、涼の父親だったはずだ」
「確かに、父は以前何かの心霊番組に出演して、豊海トンネルに来た事がある。父が言うには、危険は伴うが祓おうと思えば祓うことは出来ると言っていたが、バカな連中が近づかないようにさせるのと、安全を優先して近づかないようにと訴えたそうだ」
俺達が話題にあげている豊海トンネルとは、俺達の住んでいる県では誰もが知っている心霊スポットの一つで、世間的には崩落の危険性があるとして立ち入り禁止になっているトンネルだ。元々は隣の町、つまり俺達が住んでいる町に行く為に作られたトンネルで、高度成長期に作られて以降活発に使われていた。
しかし、バブルがはじけると同時に豊海トンネルを通る道路は使われなくなり、更により安全で早く行ける道路が開通したことで益々使われなくなり、今では一部のバカだけが面白半分で近づくだけで誰も通らなくなった廃れたトンネルとなっていった。
「あのトンネルには何かとよくない話があってね、開通したその年から車を走らせると突然生気のない人がいきなり目の前に現れただの、夜にそのトンネルを通ると必ず幽霊に遭遇するだの、写真を取るとたくさんの霊が映り込むだの、何かと幽霊に関する噂が後を絶えなかったそうだ。父が言うには、あのトンネルのある場所がかなり悪く、たくさんの霊を引き寄せやすい危険な所だって言ってた」
「そもそも、あんな所に道路を開通したのが間違いだったという訳か」
「華々美の言う通り。あそこは道路を作ってはいけない所だったんだ。ましては、豊海トンネル自体が薄暗くてジメジメとしたトンネルだから、益々霊が引き寄せられてしまうんだ。だからさ、あそこにいる霊を全て祓ったとしてもまたすぐに違う霊が集まって住み着くんだって。だから父は、安全の為に祓うのを諦めて近づくなって言ったんだ。本当に危険なトンネルだから」
そんな曰く付きのトンネルなのに、今回の現象で更にパワーアップを果たしてしまった。そんな所に単身で乗り込み、しかもそこの悪霊どもに喧嘩を吹っ掛けるなんて、友坂のやっていることは完全に自殺行為だ。
「本当に明日の早朝で大丈夫なのか?友坂の救出は」
「わたしも気になっていた。囚われているのなら、早急に救出に向かうべきなのでは?」
「それはダメだ。ミイラ取りがミイラになるのがオチだ。力の弱い悪霊が追いやられて、危険を冒してまでここまで来るくらいだ。今あのトンネル内には、とんでもない数の悪霊が住み着いているに違いない。何の準備もなしに向かっても、返り討ちにあってしまうだけだ」
「それでもあたしは、瑠奈を助けたい」
「咲?」
「お前、起きてたのか」
寝ていたと思っていた咲の声に、俺と華々美が少し驚いていると、咲は天井を眺めながら話してくれた。
「昔から無茶ばかりする奴だった。臆病なあたしと違って、瑠奈は怖いもの知らずで勇気があった。無謀とも捉えられるが、それでもあたしには瑠奈がキラキラして見えた。親が農家を継ぐのを嫌がり、朝戸地区へと引っ越して普通の会社員とスーパーのパートとして働いた事に、瑠奈は反発してあたしみたいなのとつるむようになった。一緒に悪さもたくさんしてきたし、何度も警察の世話になった。それでも、この村に暮らす祖父母の事を大事に思っているみたいで、春休みや夏休みなんかはいつも一人でこの村に来ていた。まぁ、今となっては瑠奈の両親が農家を継ぐのを嫌がったのも何となく分かるし、瑠奈には安定した仕事をして欲しいという願いもあったんだろう。だけど、お爺ちゃんお婆ちゃんっ子だった瑠奈はそんな両親を嫌っていた。親が継がないのなら、自分が農家を継ぐなんて言って毎日ケンカしてた」
つまり、お爺さんやお婆さんが大好きだった友坂は農家を継いであげたかったのだが、両親はその大変さと収入の低さと不安定さに嫌気がさして離れた。友坂からすれば、両親が祖父母を見捨てたように見えて腹が立ったのだろう。
(だからって、反抗心でレディースなるのはどうかと思うぞ)
一方で、休みがなく年中無休で大変なのはもちろん、収入が低い上に安定しない農家という仕事に不安を感じ、高収入とまではいかなくてもきちんと生活が出来て休みも取れる仕事を選んだ彼女の両親。娘に苦労をさせたくないという気持ちがあったんだろう。
(ちゃんとした会社に勤めてもらわないと安心しない。まぁ、祖父母の大変な暮らしを目の当たりにしていたのなら当然の考えか)
どちらの言い分も分からなくもないが、だからと言って互いに意地になっていては何にもならない。俺だって、もっと婆ちゃんに素直になっていればと今でも思う。
「だからこそ、一刻も早く瑠奈を助けたいんだ。あいつはあたしとは違って真っ直ぐで芯の強い奴なんだ」
「分かってる。だが、夜に行くのは絶対にダメだ。もうわかっていると思うが、夜になると霊どもはより活発になる。夜明けまで待て」
俺達全員の安全を優先し、涼は夜が明けてから救出すべきだといったのだ。実際には、日中に向かっても他よりも危険なのは変わりないのだが、少しでもマシにさせる為に夜明けに行くべきだと言ったのだ。
そんな涼の提案を無下にできず、咲は渋々眠りに就くのであった。
「あのバカ。明日は無茶しないといいな」
そんな心配をしながら、俺達も眠りに就いた。
それからどのくらいの時間が経ったのだろうか、俺の意識はまるで水中を漂っているかのようにフワフワしていて、しかしそれがどことなく心地よくていつまでも浸っていたいとさえ感じた。
『いつまでも浸っている訳にはいかないわよ』
「あっ!?」
突然の懐かしい声に、俺はすぐに周囲を見渡した。と言っても、周囲には何もなく真っ暗な空間に俺は浮かんでいた。壁はもちろん、床や天井も存在しないこの空間を。
『今私は、夢枕に立ってお前に話しかけているの』
「婆ちゃん・・・・婆ちゃんなのか!?」
そう、この懐かしい声の主は俺の亡くなった祖母の物であった。そんな祖母が、俺に一体何を話そうとしているのだろうか。
『壊れた霊滅版があるのは日本よ。他の霊滅版は、瀧倉さんのお爺様が人目に付かない所に隠しておいたから大丈夫』
「まさか、日本の霊滅版を誰かが壊したというのか!?」
何所にいるのかも分からない祖母を探し、俺はひたすら周囲を見渡していた。姿は見えないが、祖母の声はハッキリと聞こえていた。
『尤も、持ち出した本人に壊す意思なんてなかった。金になると思ってそれを持ち出し、軽い気持ちで研究者に高く売って金を手に入れようとしたんでしょう。ところが、買い取った人が壊したせいでこの現象が起きてしまった。持ち出した人は、大金欲しさに霊滅版を持ち出してしまった。それが触れてはいけない物だと知らずに』
「なんてことを!」
でも、だからと言って持ち出した人に霊滅版がどういう物なのかを伝えても結局は分かってもらえず、笑い飛ばされた挙句にあっけなく持ち出されるだろうな。
「なぁ!持ち出された霊滅版は今どこにあるんだ!?俺達は何処に行けばいいんだ!?」
『ごめんね。流石にどこにあるのかまでは分からない。日本にあるのは間違いないけど、具体的に何処にあるのか、誰が買い取って壊したのかまでは分からない』
「そんな・・・・・」
そんなザックリとした情報では何も分からない。どこかの研究所だなんて、そんなのこの日本だけでもとんでもない数が存在する。
その全てを虱潰しに探すなんて不可能だ。
『ごめんね。でもね、死神だってこの状況を打開したいと思っていてね、彼等も霊滅版が何処にあるのかを探している。情報が入り次第、また夢枕に立って伝えてあげる。今の私に出来るのはこれくらいしかない』
「婆ちゃん」
『それまで待って。保管された場所に行くのは結構だけど、今そこに探しに行っても何もないわ。その前にあなた達が壊れてしまう。確実だという保証はないけど、情報が入るまで探しに行くのは待って欲しい』
「ああ・・・・」
そうか。婆ちゃんは、俺が全ての霊滅板を確認し、壊れた霊滅板を探すために無茶をする俺を止める為に夢枕に立ったのか。そして自身も、死神の手を借りながら情報を集めてくれている。俺が無茶をしない為に。
「やっぱり婆ちゃんには敵わないや・・・・・」
そう実感した瞬間、額に誰かが手を添えているのが分かり、俺は一度それで目を覚ました。俺の額に手を添えたのは里美で、その表情は慈愛に満ちていた。
「里美?」
「少し早く目が覚めてね、そしたら幹夫ったら何の前触れもなく急に涙を流すから」
「え?」
指摘されてはじめて気づいた。懐かしい声を聴いた事で、無意識に涙が出ていたのだろう。慌てて涙をぬぐい、勢いよく布団から起き上がった。外を見ると、まだ薄暗いながらも徐々に明るくなっていく空が見えた。
「もうすぐ朝になるから、支度しなさい」
「おう」
俺から離れた里美は、一度屋敷に戻って指定された道具を取りに行く為、部屋を出てすぐに着替えに行った。
「本当に落ち着いているな」
俺と一つしか違わないのに、まるで大人の女性の様な雰囲気を醸し出しており、アグレッシブな部分もあれば落ち着いた部分もある。掴みどころがないが、あの屋敷に避難しているメンバーの中で一番精神的に成熟していると言っても過言ではない。本当に不思議な人である。
それから30分後に、華々美、涼、咲という順番で目を覚まして各々準備をした。
それから1時間半後に、涼が指定した道具一式を持ってきた里美が戻ってきた。準備を終えた俺達は、友坂を助ける為に豊海トンネルの方へと歩いて行った。里美には、子供たちを守ってもらう為に1人村に残ってもらった。その為の道具も持たせて。
そして俺達は、豊海トンネルに通じる道路を歩いていた。
「・・・・・なぁ、今って朝の8時だよな」
「何言ってんだ。村でたらふくご飯を食べたばかりだろ」
「まぁ、咲がそう言いたくなる気持ちも分かる。華々美だってそうだろ」
俺達がそう思うのも無理はない。だって、俺達が今歩いている道路は朝の8時とは思えないくらいに暗く、そこだけが完全に午前と午後が入れ替わっているかのようであった。密集しすぎた木々が、太陽の光を遮ってしまっているとはいえこれは暗すぎる。
「霊は関係なく、誰も足を踏み入れなくなったことで木々が密集し、日の光を遮ってしまっているのよ。間伐をすればすぐに解決するし、間に差し込む日の光で死霊や悪霊どちらとも村から遠ざけさせる事が出来る」
「切り過ぎない程度に伐採すれば済むんだな」
「ええ。屋敷の裏手にある山も、父と祖父が定期的に業者さんを呼んで伐採してもらっていたわ。もちろん、取り過ぎない程度にね」
まぁ、そうしないと木が光合成できずに若い木が成長しなくなるって聞いた事がある。
「帰ったら馬場村長に相談しないとな。こんな状況だから、誰の土地だの、勝手に切るななど言っている場合じゃないからな」
「その心配はないわ。この辺り一帯の山や森はあの村が管理しているから」
「完全に怠慢じゃねぇか」
自分達が所有している土地の管理ぐらいして欲しいぞ。
「仕方ないさ。誰も使わなくなった道路の周りの木の管理なんて、金をドブに捨てるようなものなんだからどこもやりたがらないさ。間伐材を売るんなら話は別だが、見た所ここいらの木が高く売れるとはとても思えない。ましてや、あの村みたいにそんなに大きくない村が管理しているのなら、維持管理費を出すだけで精一杯の筈。とても間伐を依頼できるとは思えない。金が貰えなかったら業者も動かない」
「世知辛いな」
咲はあっけらかんと言っているけど、華々美の言っていることは的を射ていると思う。これだけ膨大な土地を管理するだけでもかなりのお金がかかるのに、その上業者に依頼して木を伐採するとなるとかなりのお金もかかる。農業だけで生計を立てているあの村に、そんなお金があるとも思えない。他にもいろんな職業の人もたくさんいるのだが、収入の7割が農産物である以上これは仕方のない事なのかもしれない。
「だが、今回はそこを曲げてでも間伐してもらわないと困る。今は土地神様のお陰で死霊たちはあまり見かけないが、それでもこんなに暗いと力の強い悪霊を引き寄せてしまう危険性がある。それにほら」
そう言って涼が指さす咲に、見るからに生気のない人がゆらりゆらりとこちらに近づいてくるのが見えてきた。
「土地神様の影響が薄くなると、あの様に死霊たちも寄ってくるし、昨日の悪霊たちみたいに危険を冒してまで入ってくる奴だって出てくる。友坂さんの救出はもちろん、あのトンネルにいる悪霊どもも退治しないといけない。じゃないとまた昨日のようなことが起こる」
このまま放置することの危険性を話した後、涼は肩掛け鞄から文字の書かれた小さな石を取り出し、それにフッと息をかけてから人差し指と中指を立てて石の前で文字を描くように素早く動かした。
そしてその石を、こちらに近づいてくる死霊たちに向けて思い切り投げた。石が道路に着地すると同時に、周囲の死霊たちが悲鳴を上げながら空へと逃げていった。
「バカな奴だ。森を出ると日の光を浴びて消滅するというに」
「何をしたんだ?」
「走りながら説明する!遅れるな!」
いきなりそんな事を言って走り出す涼の後を、俺と華々美と咲は必死で付いて行った。涼の身体能力はトップアスリート顔負けで、こうして全力で走られると追いつくのも一苦労。足の速さも陸上選手並みで、同じく身体能力の高い華々美でさえも、涼に付いて行く事が出来ずに置いて行かれそうになるくらいに速い。
「特別な術が施された石を霊に向けて投げる事で、石から半径10メートル圏内にいる霊を10時間だけ追い払う事が出来る。だから3人とも、走る時石を踏まないように気を付けてくれ」
「「「無茶苦茶な!」」」
涼に追いつくだけでも一苦労なのに、手のひらよりも小さい石を真っ暗な中避けながら走るなんて無理ゲー過ぎるぞ!
その後も涼は、特別な石を何個も投げながら道なりに道路を走っていき、40分後には目的のトンネルが姿を現した。
「見えた!あれが豊海トンネルだ!」
着いてすぐに涼は、鞄から首にかけるタイプのカンテラを首に下げ、グリムスの時に使った霊封じの墨が塗られたロープも取り出して、トンネル近くの木に縛ってからロープを握った。これでちゃんと帰って来られるようにしているのだろう。
そんな作業を終えた所で、俺と華々美が息を切らせながらも到着し、数秒遅れて咲も息を切らせて到着した。
ついて早々俺達は、持ってきた500mlの水を半分飲み、その後で涼の説明を聞いた。
「3人とも、トンネル内にいる間は互いに手を繋いで絶対に離さない事。私のすぐ後ろを歩く人は、私の姿を見失わず、かつロープを離さない事。護符は落とさない事。これらの約束事を守るように。じゃないとこのトンネルから二度と出られなくなる」
「マジかよ!?」
「何なら、手を繋いでおくついでに常に話しかけておかないとな」
「そんなにヤベェとこなのかよ!?」
二度と出られないと聞いて最初怖気付くが、友坂を助ける為なのだから仕方がないと思って割り切った。
「よし、行くわよ。さっき言った事は何があっても絶対に破るなよ」
「フラグみたいに聞こえるからもう言わないでくれ」
涼からの忠告を受けた後、俺達は涼と先頭にしてトンネルの中へと入っていった。




