農村の危機
涼の祖父が残してくれた本とノートを見つけ、持ち帰って調べた日から3日が経ち、俺達は車中泊が出来るように大きなキャンピングカーを調達した。更に、予備の布団や飲み水の確保、インスタント食品やお鍋やフライパンや紙皿なども用意した。
「肉と魚も大丈夫だけど、野菜がそろそろ少なくなっているな」
「これからあの村に行くから、その時にたくさんもらっておこう。向こうで子供が何人か生まれたみたいだし、肉や魚の他にも紙おむつや粉ミルクも持っていこうか。ついでに、粉ミルクが無くなったときの代用も教えておこうか」
「確か、砂糖水だったな。200ccのお湯に大匙一杯の砂糖だったな」
ちなみにこの情報は、幸城さんのお母さんで女医の智恵美さんから教わった。向こうは赤ちゃんが多いので、万が一粉ミルクな無くなったときの為の知識として覚えているのだと笠島先輩から聞いた。
華々美とそんな他愛のない話をしている間に、俺と華々美はいつもお世話になっている農村に向かう為にワゴンに乗った。他にも、涼と里美と咲の3人、計5人で行くことになった。
「全員揃った?それじゃ、行くわよ」
運転席に座った里美が、車に乗っているメンバーが全員乗っていることを確認し、全員の返事を聞いた事で里美はエンジンをかけた。
「「「「いってらっしゃーい」」」」
留守番している人達に見送られながら、俺達は野菜やお米や卵を貰っている村に向けてワゴンを走らせた。
「しかし、こんなにたくさん魚が獲れるなんて思わなかったわ」
「わたしに感謝するんだな。私の仕掛けた罠に想像以上の魚が獲れたんだから」
「調子に乗んな!あたしだってこんなデカイ魚を釣ったじゃん!」
「咲、声がでかすぎだ」
後ろの席で口喧嘩をする華々美と咲の声を、俺は助手席から聞いていた。黙っていたかったが、咲の声があまりにも大きかったので思わずツッコミを入れてしまった。
だけど、涼の言うように俺もまさかこんなにたくさん魚が獲れるなんて思ってもみなかった。大漁っていう程たくさんではないが、お世話になっている農村や牧場にお裾分けするくらいは獲れた。たくさん獲れたと言っても、半数は手のひらサイズの小さい魚ばかりだったのだけど、それでも美味しくいただきました。
「やはり沖の方に行かないとデカイのは獲れないのかな?」
「生き残った漁師さんを見つければ船は出せるけど、それだと死霊たちに襲われるリスクがかなり高くなるわよ。前に涼が言っていたけど、水のある所にはたくさんの死霊が集まるんだから。特に海には、数えきれないくらいたくさんの人が死んでいっただろうから、その浮かばれない魂が今も海の中をさまよっているかもしれないのよ」
「分かっているけど・・・・」
それでもやはり、一度魚の味を思い出してしまった以上止まる事が出来ない。今現象が起こった後の死霊たちは、最初こそは人間以外の動物を襲う事もあるが、時間が経つと徐々にその頻度を減らしていき、現在では人間以外の生き物は襲われる事はなくなった。今では、人間をメインに狙っているみたいだ。
俺達が魚を食べられるのも、海にいる死霊たちが近づいてきた人間を狙って待ち伏せているからであった。
「まぁ、涼が言うには出来なくはないけど、死霊に襲われるリスクが高くなる以前に、今日まで知り合った人の中に漁船を操縦できる人がいないからそもそも船が出せないのよね」
「やっぱりそこか・・・・・」
当たり前だが、船を操縦できなければ沖に行く事も出来ない為、死霊を遠ざける方法を考える前に漁船を操縦できる人を見つけないと話にならない。
「まぁ、まだまだ不便はあるけど、それも危険を冒してまでやる必要なんてないわ。そういうのは、この現象が解決した後でも遅くはないわ。それまでは、小さい魚で我慢しなさい。川の上流に行けば、アユやマス、あわよくばイワナが釣れるかもしれないけど、そんな所に行くまでが大変だからね」
「そうだな」
これも涼から聞いたが、川の上流の方の澄んだ水辺には死霊たちは寄り付かない為、大物を狙うのならそこが一番良いというのだが、知識も経験もなしに川の上流を目指すのは危険である為却下された。理由はシンプルで、遭難するからである。
これも不思議な事だが、人の手がない自然豊かな山の中にも死霊は寄り付かないことが動画をアップした人たちによって分かった。ただし、その人たちは山に対する知識も経験も豊富だった為、遭難することなく行き来する事が出来、動画にアップする事が出来たのである。世の中そんなに甘くはなかった。
そんな話をしている間に、俺達は目的地の村へと到着した。四方を山に囲まれた自然豊かな場所で、たくさんの人が避難している為田舎とは思えないくらいに人は多かった。幸いなことに、ここに避難して住み着いている人は全員が農作業に対して協力的で、村人たちも親切な人ばかりであった。
「この村の人たちが優しい人ばかりだったから良かったけど、大抵は他所から来た人を受け入れられずに村八分されて酷い仕打ちを受けているみたいね」
「ま、そんなことをすると自ら死霊や悪霊どもを招き入れる結果になって大惨事になるけど」
里美の言葉に、涼が辛辣交じりで答えた。
涼曰く、現象が起こる前から問題になっている村八分を行うと、その人から発せられる負のオーラが遠くにいる死霊や悪霊を呼び寄せてしまうのだという。その上、その土地を守っている土地神様の力までも弱めてしまう為バンバン入ってしまうのだという。
本当に幸せなことに、俺達がお世話になっているこの村にいる人達が優しい人ばかりで良かった。
俺達がいつも通り役所の駐車場にワゴンを停めると、村の人たちが一斉に集まってきた。それ自体はいつもの事だし、野菜やお米を持ってきてくれるのもいつも通りだし、こちらは持ってきたお肉と乳製品と粉ミルクや紙おむつを渡すだけだ。
だが、今回だけは何だか皆の雰囲気や表情が違っていた。どこかどんよりしていて、表情も切羽詰まった感じであった。
何か良くない事でも起こっているのか想い、俺は皆と一緒に車を降りて、この村の村長の所へと歩み寄った。その時も気になる事があったが、今は気にしている場合ではない。
「先週ぶりです、馬場村長」
「武谷君も、元気そうで何よりです」
俺に挨拶をしてくれた男性の名は馬場利宗さん、60歳でこの村の村長を務めている人で、この村に来るたびにいつもお世話になっている人だ。よそ者の筈の俺達にも親切にしてくれる、この村で最も信頼の厚い人だ。
「して、今回も肉と乳製品を持ってこられたのですか?」
「それもありますが、今回は海で魚を取る機会が出来ましたのでそちらも持ってきましたし、あとそちらの村で赤ちゃんが何人か生まれたとお伺いしましたので粉ミルクと紙おむつも持ってきました」
「おお!それはありがたい。ありがとうございます。では、こちらも米と野菜をたくさん与えましょう」
「ありがとうございます」
いつも通り物々交換を終えて握手を交わすと、俺は早速この村に来て気になったことを馬場村長に尋ねた。
「あの、何か困ったことでも起こったのですか?」
「あ・・・・あははは、やはり気付かれましたか」
「はい。村人たちに表情も暗いですし、雰囲気もどんよりしていると言いますか。それに、咲が来るときはいつも彼女が咲に飛びついてはしゃぐ筈なのに」
「・・・・・」
村人たちの雰囲気だけでなく、俺がここに来た時に気になったもう一つの事を聞くと、咲は勢い良く俺の前に出て馬場村長に尋ねた。
「なぁ!瑠奈はどうしてるんだ!?体調でも崩して今寝込んでいるのか!?どうなんだ!?」
「咲ちゃん・・・・」
咲が必死になるのも無理もない。
彼女が言っていた瑠奈とは、咲の友人であり咲が率いるレディースのメンバーでもある友坂瑠奈だ。実は彼女、この現象が起こってすぐにこの村に住んでいる祖父母が心配になってバイクで駆けつけていき、以降村人と共に農作業を手伝いながらこの村に住んでいるのだ。
そんな友坂と咲は大の仲良しで、咲がこの村に来る度に駆けつけてくるくらいで、咲の言うように体調でも崩していない限りは必ず会いに来る筈であった。そんな友坂が、俺達が来ているというのに駆けつけてこないなんて不自然であった。風邪をひいているというのならともかく。
そんな咲を見て、馬場村長はゆっくり深呼吸をした後で話してくれた。
「瑠奈ちゃんは、この村の子供を狙う悪霊を追い払うと言って豊海トンネルの方へと行ったっきり帰って来ないんだ」
「なっ!?」
「悪霊って、この村に悪霊が入り込んでいるのですか!?」
まさか、この村でも誰かが村八分行っているというのか!?そうでなかったら、悪霊がこの村に入って来られるはずがない。俺が周囲の村人たちを睨むと、全員が慌てた様子で首を横に振った。
「村八分なんてするか!」
「瑠奈ちゃんは本当にいい子なんだぞ!」
「確かに、見た目は派手だし口調も乱暴だが悪い子ではない!」
「村ぐるみで虐めるわけがないだろ!」
全員が無実を主張して収拾がつかなくなると、馬場村長が両手を上げてゆっくりと下ろした。すると、さっきまで騒いでいた皆が声を上げるのをやめて黙った。
「正確には、村の近くの森から子供たちを惑わして村から連れ出そうとするのです。入ってくるわけではありません」
「村の外から?」
そんなことがあり得るのだろうかと思っていると、涼が顎に手を添えながら語り始めた。
「おそらく、活きのいい生命力を持った人間を狙ってその生気を奪う為に誘い出しているのだわ。子供は生命エネルギーに満ち溢れているから特に狙われる」
「危険なのか?」
「ええ。このタイプの悪霊はかなり危険だ。丸腰でそんな悪霊と戦おうだなんて、無謀以外の何物でもない。完全な自殺行為だ」
かなり危険だという涼の言葉に、村の人たちがどよめきだし、高齢の人達は子供を庇うように囲みだした。
「ただ、そんな危険な悪霊であっても通常ならこの村に入るどころか近づく事も出来ない為、馬場村長や他の村人たちが言うように近くの森まで来て人を攫うなんて出来ない筈だ。それが何で?」
これは後で分かったことなのだが、この村を守護する土地神の力はかなり強く、たとえこの現象で通常よりも強くなろうとも近づく事が出来ない。この村に初めて訪れた時に、何度か訪れる度に涼がいろいろ調べて先々週分かったことだ。
その理由についていろいろ思考している時に、農作業に勤しんでいた中年の男性が息を切らしてこちらに駆けつけてきた。
「大変です村長!またアイツが!」
「何!?すぐに子供や若者を避難させろ!」
「待って!それだと逆に引き寄せてしまいます!あえて明るく振る舞ってください!そういう悪霊は明るい雰囲気を嫌います!」
「駄目なんです!アイツ等はそれでもお構いなしに攫おうとするのです!」
「そんなバカな!」
村長の話を聞き、涼は慌ててその人から悪霊のいる場所を教えてもらい、その場所へと走っていった。俺と華々美と里美と咲も、涼の後に続いて走った。
すると、用水路のすぐそばの森から真っ赤なワンピースを着た長い髪の女の悪霊が、真っ白な手を伸ばして近くにいる人を老若男女問わずに誘っていた。惑わされたと思わしき人たちは、虚ろな顔になりながらその悪霊の所へとゆっくりと歩み寄って行き、それを辛うじて理性を保っている人が必死に止めていた。
「涼!」
「皆はそこで待ってて!」
事態を把握した涼は、すぐに上着の内ポケットからお札を1枚取り出し、それを赤い服の悪霊に向けて飛ばした。お札は吸い寄せられるように悪霊の額に張り付き、悪霊は途端に悲鳴を上げて苦しみだした。
「成敗!」
悪霊が苦しんでいる間に、涼は素早く宝刀を抜いてその悪霊を一刀両断に斬った。斬られた悪霊は、ぱぁっと弾けるように消滅した。
だが、悪霊はあれだけではなかった。よく見ると、同じ方向からたくさんの霊がのっそりとこちらへと近づいてきていた。
「クソ!やっぱり1人だけじゃないか!アイツ等のいる方角からして、間違いない!そういう事か!」
何かわかったのか、涼はすぐに宝刀を鞘に納めて、右手の親指の先を噛み切り、そこから出た血を左の掌に付けるとパンと両手を合わせた。
「悪霊退散!」
直後に両手を前に出し、その瞬間にたくさんいた悪霊が一斉ぱぁっと弾けるように消滅した。以前優希の夢の中で見せた、対象の霊を消滅させる術で、これを食らった霊は存在そのものが消滅する為成仏する事はもちろん、転生する事もなくなって完全な無となる。力が強い反面、1日に何発も使えない為滅多に使わない。涼も、いつもは最後の手段で使うのだと言っていた。
そんな強力な術を食らった悪霊たちは、たった一発で1人も残らず消滅していった。
「ふぅ・・・・・」
一息ついた後涼は、ゆっくりと俺達の所へと歩いて戻ってきた。
「涼」
「一応この近くに来ていた悪霊どもは全て消滅させたが、これで終わりではない。明日以降もまた別の悪霊どもがこの町に来るだろう」
「でも何で?」
「理由はおそらく、豊海トンネルだろう。あそこにたくさんの悪霊が住み着いたんだと思う。そのせいで、力の弱い霊は住処を追われ、生気を求めて危険を冒してここまで来たんだろう。かなりまずい状況だ」
「マジか・・・・」
いつもお世話になっている村で、そんな危機的状況になっていたなんて思ってもいなかった。早急に手を打たないといけない。
その後俺達は、役場に戻って馬場村長を始めとした村人に今回の状況について軽く説明をした。
そして、俺は屋敷に残っている小夏さんに電話をして村の状況を説明してから、村に宿泊する事と今回の出来事の解決をしてから帰る事を伝えた。




