死神・グリムス
休憩を終えてすぐ、俺は華々美と涼からプランを聞いた。
長椅子を撤去出来たお陰で、外側の五芒星はかなり大きめに描く事が出来、内側の五芒星も大きめにできた。
「まぁそれでもグリムスとの距離は近いから、何かあったらすぐに逃げた方が良いわ」
「それに、掘った後の土も近くに盛られているからロウソクを置く時と近づく時も気を付けた方が良い」
「ああ、気を付ける」
棺に閉じ込めた後なら大丈夫だけど、まだ閉じ込める前に立てていたロウソクを倒して消すと封印が失敗する。また、火が消えても効果がなくなってしまうので、動くときは慎重にしないといけない。
「最悪外側の五芒星の火は消えても、内側の五芒星が上手くいけば封印は出来るけど、その代り危険度は大幅に跳ね上がるし逃げられる可能性もある」
「対策はあるか?」
「あるにはあるけど、正直言って上手くいく保証はない。自分でどうにかするしかないと考えた方が良い」
「自分でどうにかするしかないって!」
「青美。あんたは黙りなさい」
反論しようとしていた空道さんを、涼は厳しい口調で黙らせた。空道さんも、涼の剣幕に押されてそれ以上は何も言えなかった。
その後、俺達はグリムス封印のプランを涼から聞いた。
それから15分後に、水と食料の調達をしに行ったメンバーが戻ってきて改めて涼からプランを聞いた。
そして話し合いの結果、外側の結界を笠島先輩と空道さんと鈴原さん、仲崎君と幸城さんの5人が担当することが決まった。内側の結界には、俺と涼と咲と、里美と美玲の5人が担当することになった。
そうして時間は過ぎていき、19時過ぎにはすっかり外は真っ暗になった。
「それにしても、こんなに真っ暗で静寂な町は初めてだな」
「今までは、街灯やコンビニの灯りなどで照らされていたけど、発電所が爆発した今は何処も電気が使えない状況だからな。ここだけじゃなく、世界中で起こっている」
「そうね。自家発電やソーラー発電はまだ大丈夫だけど、そんな建物や施設なんて限られているし、そういう所に限ってたくさんの死霊たちが占拠しているのよね。うちや空道神社の様に、自家発電している神社や教会は圧倒的に少ないでしょう」
真っ暗な街を眺めながら、俺と華々美と涼は未だにこの事態が信じられずにいた。
「つい最近までは、こんなに静寂で暗い夜は想像もしていなかった。懐中電灯やロウソクがなかったら何も見えなかっただろうな」
皮肉なことに、街に明かりがないお陰で夜空が綺麗に見え、月と星もハッキリと見る事が出来た。
「スマホが使えるのが不幸中の幸いだけど、それだっていつまでも使える訳でもないし、電池だって無限にある訳ではない」
「そうだな。ソーラーバッテリーのタイプのもあるが、機械というのは使い続ければいずれダメになるし、新しいアプリやゲームが更新されなかったら絶対に飽きが来る」
「そう、だな」
華々美の飽きが来るという話を聞き、俺は思わずワゴンの中で聞いた鈴原さんと空道さんの話を聞いた。
(俺が彼女達に手を出さずに済んでいるのは、衣食住が完備しているのに加えて、毎日何かしらの行動を起こしてそんなことを考える暇がなかったお陰なのかもしれない。そのお陰で俺は彼女達の信頼を勝ち取る事が出来たけど、俺だって男だからそういう事を考えないわけではないんだよな)
けれど、そんな彼女達の信頼にこたえる為にも、俺も彼女達に手を出すわけにはいかない。向こうが望めばその限りではないが、それでも今まで積み上げてきたものが崩れるのは確実。
(俺に出来るのだろうか。笠島先輩みたいに、禁欲に生きて皆の模範となるようなリーダーが俺に務まるのだろうか)
俺の両隣にいる華々美と涼に視線を向けながら、自分は果たして皆のリーダーが務まっているのかと考えるのであった。
そんな時、左隣にいた涼が急に表情を険しくさせて教会の中へと入っていき、俺と華々美もその後に続いた。
「涼?」
「来た!アイツが近くにいる!」
「なっ!?」
「遂に来たか」
頼もしそうに言う華々美だが、声は思い切り震えていた。皆の前だから弱みを見せないようにしているが、やはり本心ではかなり怖いのだろう。
「奴が来た!全員配置に着け!」
俺の指示で全員が一斉にロウソクとチャッカマンを持って、指定された場所に付き、華々美だけが穴の近くで待機していた。
全員が配置についてすぐに、全身を黒のローブに身を包んだいかにも怪しく、それでいて恐怖感を煽られるような何かが、なんてことも無いと言った感じで教会の中に入ってきた。
(アイツが、グリムス!生きた人間の魂を食らう、異端の死神!)
不気味な笑い声をあげるグリムスは、ゆっくりとした足取りで華々美に近づいて行った。
もう少ししたら笠島先輩に指示を出そうとしたその時、グリムスは急に黙り込んだと思ったらその場に立ち止まり、ゆっくりと周囲へと視線を向けた。フードの中に隠れた顔は、輪郭があやふやな靄の掛かったようなもので、だけど唇だけは真っ黒だけどハッキリと分かるくらいにしっかりしていた。
「どうしたってんだ?」
「まさか青美の奴!」
急に何かを察した涼だったが、気付いた時にはロウソクを置いた空道さんがグリムスの前に駆け出していた。
「やっぱり誰かが危険を負うような作戦には賛同できない!」
「あのバカが!」
涼が駆け出す前に空道さんは、既にグリムスの前に立っていた。そのすぐ後に空道さんは、何や素早く両手で印を結んでいた。結び終えた直後、彼女の周りに無数の火の玉が漂い出し、それがグリムス目掛けて飛んでいった。
「まだまだ!」
また別の印を結んだあと、今度は床のタイルが剥がれて宙を舞い、それがグリムスに向かって飛んでいった。
「あれが空道さんの力なのか?」
「空道家は印を結ぶことで、火を噴いたり物体を浮かして攻撃させると言った妖術を得意としているんだ!」
「涼とは違う戦い方をするんだな」
瀧倉家の陰陽術は、武器やお札をフルに使った術を得意としていて、時には自分の血も使った術も行う等、とにかく武器や道具をたくさん使う事がある。それゆえに、肉弾戦もかなり得意。
対して空道家の陰陽術は、印を結ぶことで自分の中にある念力という力を炎に変えて放ったり、物を浮かせてコントロールする等といった、自身の念力をフルに使った術を得意としているみたいだ。体術も一応は行えるみたいだ。
だが、それらの術の全てがグリムスには通じていない様子で、それどころかいきなり攻撃してきた空道さんの首を両手で締め上げてきた。
「あああ・・・・」
『小娘が!ちゃちな術を使って、俺様の邪魔をするな!』
怒り狂ったグリムスは、更に力を入れて空道さんの首を締めあげてきた。
「ったく!幹夫や皆はそこから動かないで!」
見かねた涼が、駆け付けようとした俺を制止させ、腰に差してあった宝刀を抜いてグリムスに向けて走った。
「やああああ!」
大きく声を上げながら、空道さんの首を締めあげている両手を斬り落とし、素早くグリムスの腹にお札を貼って左手で思い切り突き飛ばした。
涼によって斬り落とされた両腕は、空道さんの首から離れてぼとっと床に落ちた。
「ケホッケホッ!」
「この大バカ女!計画を台無しにして!」
「・・・・・だって、あたしにはどうしてもできなくて!」
「相手がどんな奴なのかを分かっておきながら、まだそんなことを言うのか!」
怒りを爆発させる涼に、先程吹っ飛ばされたグリムスがいつの間にか2人の前に立ち、身体から衝撃波を放って涼を祭壇の前まで吹っ飛ばした。
「涼ちゃん!もう!」
『邪魔だ!』
空道さんが印を結ぶ前にグリムスは、彼女を宙に浮かせると扉付近まで吹っ飛ばした。
「クソ!」
丸腰になった華々美は、拳銃をグリムスに向けて発砲したが全く効果がなく、弾が無くなったときには既にグリムスは彼女の目の前まで来ていた。
そんな華々美を守る為に俺は無我夢中で走り、グリムスが華々美の魂を抜こうとする前に彼女の腕を引いて、効くかどうかも分からないのにグリムスに蹴りを入れてから涼の所まで走った。
「幹夫!」
「俺から離れるな!」
『おやおや、女の子を守るナイト気取りかね?』
「「なっ!?」」
いつの間にか目の前に現れたグリムスに驚きつつも、俺はとっさに華々美を庇うように背中に隠してグリムスを睨みつけた。
『どけ小僧。さもないと、お前の魂も食うぞ』
「よく言うぜ。最初から俺達の魂も食う気満々のくせに!」
『分かっているみたいだな。だがまずは、その女の魂を食わせろ。その女は人を銃で撃つことに何の躊躇いもない悪であり、最も芳醇で美味しい魂をしているのだ』
「クズだな!」
コイツに何を言っても無駄だ。魂を食う事に執着し、死神としての本来の役目を放棄して生きている人間を襲う。ならば尚更、こんな悪魔なんかに華々美を渡すわけにはいかない。
そんな俺と華々美の横を、ソフトボールサイズの火の玉が通り抜け、それがグリムスに命中した。命中と同時に火の玉は爆発していった。扉の前から空道さんが、陰陽術で火球を飛ばしてグリムスを攻撃してきた。しかし、グリムスには全く効いていなかった。
『小娘が、邪魔だ!』
怒ったグリムスが、もの凄い速さで空道さんの前まで移動し再び浮かして吹っ飛ばそうとした時に、起き上がった涼がグリムスの所まで駆け出し、持ってきたお札全てを飛ばし、グリムスの全身に張り付けて動きを封じさせた。
「『天の神、地の神、戦の神よ、邪悪なる魔を払いたまえ』」
呪文のようなものを唱えて右の掌をグリムスに向けた直後、お札から火花が散って爆発した。通常の悪霊ならそれでイチコロだろうが、相手は死神・グリムス。ローブと身体はボロボロになっているが、あまりダメージを受けている様子は見られなかった。
だが、涼の狙いは他にあった。
「美玲!咲!里美!」
涼の掛け声と共に、美玲と咲と里美の3人は手に持っていた何かを教会の外に向けて思い切り投げた。
それが投げられた瞬間、グリムスはまるで惹きつけられるかのように投げられたそれに向かった。それを見届けた涼が、宝刀を一旦鞘に納めて、右の親指を噛み切ってそこから出た血を左手にかけてから両手をパンッと叩いた。
そして、3人の所に着くと窓から身を乗り出すように両手をグリムスへと向けた。術を食らったグリムスは、ものすごい勢いで遠くへと吹っ飛ばされていった。
『くそおおおお!』
その叫び声の後、グリムスはそのまま姿を現さなかった。
「華々美!」
「ああ、大丈夫だ」
大丈夫何て言っているが、声も体も震えていた。
そんな華々美を落ち着かせようと肩に手をのせた瞬間、扉の方からパンッと大きな音が聞こえたので俺達はそっちの方へと目を向けた。そこには、涼に引っ叩かれて倒れこむ空道さんの姿があった。
「なぜ勝手なことをした!グリムスの動きを封じる為の術式まで仕込んで、一体どういうつもりだ!」
涼のもの凄い怒声を浴びる空道さんは、叩かれた頬を抑えながらゆっくり立ち上がり、涙を流しながら訳を話した。
「どうしても、あたしには出来なかったから・・・・彼女や他の皆が危ない目に遭いながら、グリムスと対峙させるのがどうしても納得がいかなかったから。あたしの術をたくさんぶつければきっと倒せる、封印も出来ると思うって」
つまり、皆をどうしても危険な目に合わせたくなくて、自分の術を全力でぶつければ必ず勝てるという思い込みが、彼女の暴走を引き起こしたというのか。
「死神がどういう存在なのかはきちんと理解しているけど、それでも全力で術をぶつければ必ず勝てると思った!だからあたしは!」
あまりにも身勝手すぎる発言に、涼だけでなく俺までもはらわたが煮えくり返りそうなほどの怒りが沸き上がり、俺は空道さんの所まで早足で行き、涼の前に立つと反対側の頬に思いきり平手打ちをした。その反動で空道さんは、再び倒れてしまった。
「武谷、先輩・・・・・」
今にも泣き叫びそうな顔で俺の顔を見るが、俺は構わず怒りをぶつけた。
「お前のせいで皆が危険に晒されたんだぞ!お前は皆を守る為にやったことでも、実際にはこの場にいる全員をお前のせいで死ぬことになっていたんだぞ!涼の機転が無かったら、全員確実に死んでいたんだぞ!」
「ああ・・・・・」
「そもそも何故、自分の力を全力でぶつければ勝てると思い込んだんだ!勝てるわけがないのに、何で勝てると思ったんだ」
「そ、そんなの、やってみないと・・・・」
「実際に効いていなかったじゃねぇか!テメェのその無責任な行動のせいで、どれだけ多くの人の命が失われるのかも分からないのか!お前は華々美や皆を殺すつもりだったのか!」
「そんなこと!」
「お前が思っていなくても、お前の行動そのものがそう言う結果を招くことになるんだ!これ以上テメェのワガママで、大勢の人の命を危険に晒すな!」
全部俺達の為だというこの女は、その結果どれだけ多くの人を危険に晒すのかも考えずに突っ走り、実現できるかどうかも分からない理想で行動する。
(改めて分かった!何故涼が、この女の事を嫌っているのかを!空道神社に行くことをずっと先延ばしにしたのかを!この女と住職の自分勝手とワガママに嫌気がさしたからなんだな!何よりも、こんな大失態を犯しておきながら謝罪の一つも出来ないんだから自分が悪いなんて欠片も思っていない!)
理想主義を通り越して、独り善がりでワガママで能天気だ。こんな奴に命を預けないといけないなんて、笠島先輩たちが気の毒でならない。
怒りをぶちまける俺の肩を、笠島先輩そっと手を置いて俺を制した。
「青美の愚行には、グループを代表して俺が謝罪する。それに、そんな青美さんの暴走を止められなかった俺にも責任がある。だから、彼女1人だけのせいじゃない。藤波さんが襲われている間、俺達は何もせずにジッとしていたんだ。いくら動くなと言われたからって、何もしなくてもいい理由にはならないさ」
そう言った後、笠島先輩は一歩下がって深々と俺に頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。俺が付いていながら、青美の暴走を止める事が出来ませんでした」
数秒頭を下げた後、笠島先輩は乱暴に大バカ女の腕を引っ張ってその場を後にし、祭壇の隣にある扉に手をかけて控室へと入っていった。その後、ここからでも分かるほどの大きな怒声が聞こえた。
「涼、お前が空道神社に行きたがらなかった理由が今ハッキリわかったよ」
「青美や住職一家の度を越えた過信とワガママのせいで、私達がどれだけ苦労し、迷惑を被ってきた事か。私達だけじゃなく、地域住民との関係も最悪だから、この地区の大多数の人達は初詣の時も空道神社にではなくうちの神社にお参りに行っていたくらいなんだ」
「相当な嫌われ者だな」
今は笠島先輩に逆らってはダメという条件でいさせてもらっているが、そうじゃなかったらあの女も父親と同じ末路を辿っていたに違いない。
それから30分後に控室から笠島先輩と空道が出てきて、目を真っ赤に泣き腫らした空道は笠島先輩に連れられてワゴンの中に1人入れられた。悪さをした子供を、押し入れに入れて反省させるというあれであろう。
その日はグリムスが再び現れる事はなく、俺達は夜明けを迎えたのであった。




