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父の願い

 日が完全に沈み切った夕暮れ時に、俺達は戻ってきた涼からとんでもない話を聞いた。


「まさか・・・・・」

「私だって、この目で見るまで信じたくなかったわ。生きた人間を襲う異端の死神、グリムスが復活していただなんて」

「アイツの名前はグリムスって言うんですか」


 一緒に話を聞いていた笠島先輩も、頷きながらもその顔からは恐怖が見えた。

 その死神の事は、あの5人が逃亡した後で笠島先輩から聞いて驚愕していたが、実際に目撃したという涼の話を聞いてグリムスの魔の手がこちらにも迫っていると感じた。


「噂では聞いていたけど、そんな死神が本当にいただなんて」

「その死神が眠っているっていう教会は、あたしも前を通ったことがあるけど、ただの都市伝説だと思ってた」

「私も聞いた事がありますけど、涼さんや笠島さんの話を聞くまでは私もただの噂話だと思っていました」


 華々美も咲も美玲も、グリムスの噂については聞いた事はあったのだが、当然だがそれが本当にいるなんて思ってもいなかった。

 だが、それは問題ではない。問題なのは、そのグリムスが次のターゲットに狙いを定めた相手が誰かであった。


「腹が立ったのは分かるし、あの5人の素行が悪かったのは分かっているが、だからと言って撃つことはないだろ。あの5人は、藤波組の名を語ってなかっただろ」

「すまない。悪い事だと分かっているが、頭に血が上るとどうしても・・・・・」


 涼に窘められて、華々美は何処かバツが悪そうに眼を逸らした。


「まぁ、藤波さんは1年の時からかなり喧嘩っ早くて、しつこく声をかけてきた男子をボコボコにしたり、柄の悪そうな奴から絡まれた道明を助ける為に仲間と共に脅迫したりといろいろやらかしていたものね」

「その節は幸城さんにも悪いと思う」

「まぁ、藤波さんのお陰で私は道明と無事に付き合うことは出来たのだから、その点は感謝しているわ」

「僕も、当時は中学生でもやしだったから、藤波先輩のお陰で誰も僕に突っかかって来なくなりましたけど・・・・今回は流石にやり過ぎたと思います」


 幸城さんと仲崎君は華々美に感謝しているみたいだし、家柄についてもあまり気にしていない様子であった。


「とはいえ、マズイことになったな。グリムスをこの神社に来させないようにする為にも、ここを出て近所の教会に籠ろうと思う」

「それなら、その死神が封印されていた教会に行った方が良いと思うわ」


 それまで黙っていた里美が、腕を組みながら提案した。


「グリムスという死神が封印されていたとはいえ、あそこだって教会だから死霊たちは入って来られない。グリムスを迎え撃つにはうってつけの場所だし、グリムスとて自分が封印された教会には行き辛いと思うから準備も出来ると思うわ」


 どうやら里美は、グリムスを再び封印する為の準備をする為にその協会に行くことを提案した。


「そうね。私に情報をくれた死神も、グリムスは再びあの協会に封印した方が良いと伝えてくれた」


 涼と青美がその死神から貰った情報によると、グリムスはかつてまともに魂を集められなかった落ちこぼれの死神であった。と言っても、当時からグリムスは回収した魂をこっそり食べるという事を繰り返していたみたいで、霊界に連れて行く魂は回収した分の1割だけだったという。

 それに気付いた他の死神たちによって追放され、当時のキリシタンと手を組み、総出でグリムスを封印することに成功した。その10年後に、グリムスが封印されている場所に教会を立てて二度と復活させないようにしたという。

 それから300年もの間、グリムスはずっと封印されていた。


「幸い、封印に必要な物は向こうにあるし、特別な道具もないから私や青美はもちろん、幹夫たちでも出来るわ。準備自体はすぐに出来るけど、その間はグリムスを警戒する必要があるわ。アイツは相当執念深いみたいだから、華々美はしばらく一人で行動しない方が良いわ」

「そうだな。あと、グリムスを近寄らせない方法って何かないか」

「一応、ニンニクを持っておいた方が良いわ」

「ニンニクが効くのか?」

「気休め程度だ。死霊には有効だけど、グリムスを始めとした死神にも効くかどうかは流石に分からないわ。ここの神社の周囲でも、ニンニクを吊るしているみたいだけど、死霊には有効でも真っ当な死神には効かない。気休め何て言ったけど、実際は気休めにもならないでしょうね」


 まぁ、神様相手に魔除けに効くニンニクが通用するわけがないわな。それでも、手ぶらよりはマシだろうし気休め程度に持っておこう。華々美にはしばらく、その協会にいてもらった方が良いだろう。


「だったら俺達は、翌朝にこの神社を出るよ。必要な物を調達しつつ、グリムスが封印されていた教会に向かう」

「俺も協力するよ。ここの皆もアイツに怯えていたし、子供が狙われやすいのなら他人ごとではないだろうし、手伝いをさせて欲しい」

「笠島先輩」


 笠島先輩に続いて、仲崎君や幸城さんや鈴原さんも名乗りを上げた。


「藤波さんにはお世話になったし、僕も協力したいです」

「私も協力するわ。藤波さんとは同じクラスだったし、私は藤波さんの事は友達と思っているから」

「私も行く。私が出来る事は限られているけど、それでも何かしたい」

「けど・・・・」


 笠島先輩たちの提案は嬉しいけど、ここに避難している人達には彼等が必要だから、そんな彼等に何かあっては大変だから出来れば連れて行きたくない。

 俺が返答に困っていると、空道さんが口を開いた。


「協力したいって言っているのだし、厚意には甘えた方が良いですし、あたしも行くから先輩たちの安全は保障します。だから」

「100パーセント保証できないのに、軽々しく口にするな。ここに来る前にも言ったけど、理想ではここにいる人たちを守り抜くことは出来ない。そういうセリフは、きちんと根拠を述べてから言いなさい。じゃないとただの戯言よ」

「でも、あたしが居れば」

「私やあんたが背負っているものは決して軽くないの。協力をお願いするのなら、その危険性もきちんと理解させないといけない」

「で、でも・・・・・」


 それでも理想論ばかりを口にしようとする空道さんを、いつになく厳しい口調で叱る涼。確かに、今回の敵であるグリムスは生きている人間を襲う異端の死神。そんな相手と対峙するのだから、その危険性をしっかりと理解させたうえで協力をお願いしないといけないのに、自分が居れば絶対に大丈夫だと何の根拠もない理想を口にされると俺としても困る。こっちには華々美の命がかかっているのだから。

 そんな涼と空道さんのやり取りを見ていると、笠島先輩が手を上げて言った。


「グリムスと対峙することの危険性は理解しているし、いざとなったら逃げればいい。それでもしつこく追い回すようなら、俺達が神社を出ていけばいいだけの事だ。根本的な解決にはならないけど、それでも何もしないよりはマシだ。仲崎達だって、グリムスの危険性はちゃんと理解している筈だ。そうだろ」


 笠島先輩の問いかけに、仲崎君も幸城さんも鈴原さんもコクッと頷いた。

 そんな4人を見た涼は、軽く頭を抱えながら頷いた。


「分かった。その代り、絶対に無茶しないでください。封印方法は簡単だから、まぁ何とかなると思いますけど、それでも危険な死神を相手にするんだってことも忘れないでください」

「分かってる」

「危険は承知の上です」

「友達のピンチに何もしないなんて嫌ですから」

「あぁ、なんか私だけ仲間外れっぽいけど、私だってここにいる人たちの為に何かしたいです」


 4人の意思も確認したところで、涼はそれ以上何も言わずに奥へと引っ込んでいった。

 その後俺は、一晩中華々美の傍にいる事でグリムスの牽制をした。効果があるのかどうか分からないが、死神は生命エネルギーにあふれた人間を敬遠する傾向があるらしいから、俺か他の誰かが傍にいれば少しは牽制になるだろうと思った。グリムスにも通用するかどうかは疑問だが、それでも何もしないよりはマシであった。


「すまない幹夫。わたしのせいで」


 俺の隣の布団で眠っている華々美が、申し訳なさそうにしながら謝罪をした。現在俺達は、空道の家の客間で眠りに就いていたが、流石に不安になったのか珍しくしおらしい華々美を見て何だか背筋がむず痒くなるような感覚を味わった。


「なんだよ。お前らしくないな」

「だけど、わたしがアイツを撃ってしまったせいで」

「確かに、やり過ぎたと思ったけど、向こうだってあんな物騒なナイフを隠し持ってたんだから、華々美1人だけが悪い訳じゃない」

「けど・・・・・」

「それに、華々美の拳銃だってなんだかんだ言って死霊たちの動きを止めるのに効いてるんだし、何より俺達に向けたことなんて一度もない。だから俺は、安心してお前に銃火器を任せられるんだ。そのお陰でイノシシやシカ、更にクマまでも仕留められるんだから。そのお陰で俺達は肉には困らない」

「前にも言ったけど、その度に父にはこっ酷く叱られたんだって」

「確かに、とんだ不良女に育ってしまったのだから、お父さんも天国で悲しんでいるだろうな」

「・・・・・・」


 数秒黙った後、華々美はゆっくりと俺の布団の中に入ってきて、ピタリと身を寄せてきた。


「お、おい!?」

「父に言われたんだ。わたしが成人した後、組との縁を切らせて普通の女として幸せになって欲しいと。当時のわたしは、わたしは組には必要のない女なのだと言われたみたいで、それに反目するようにたくさんの刀や拳銃を入手しては、スキルを磨いていた」

「華々美」

「でも、今なら分かる。父はただ、わたしには組に縛られることなく自由に、かつ真っ当に生きて欲しかっただけなんだって。なのにわたしは、そんな父の願いを踏みにじってしまい、しまいには危険な死神に目を着けられてしまい、他の皆にも迷惑をかけてしまった。とんだ親不孝者だよ、わたしは!」


 どうやら今回の出来事は、流石の華々美も罪悪感がすごかったみたいで、皆の前では見せなかった弱った姿を俺に見せてくれて、涙も流した。


(娘の将来と幸せを願って真っ当に生きて欲しいと思ったからそこ、華々美が銃を持つことを認めなかったのだろう)


 やはり華々美のお父さんは、死霊化せずにちゃんと成仏したと思う。娘に自分と同じ道を辿ってもらいたくなくて、きちんと足を洗って真っ当な人間としての幸せを掴んで欲しいと思っていたのだから、お父さんは間違いなく娘の華々美の事を愛していた。

 そんな父親が、自分の命を懸けて娘を逃がしたのだ。

 ピタリと密着してきた華々美を抱き締めて、落ち着くまで黙って優しく頭を撫でてあげた。


「死なせない。お前のお父さんが命を懸けて守ったんだ。何が何でも、絶対に守ってみせる」


 封印方法は難しくないと言っているが、それでも人を襲う危険な死神を相手にするのだから、怖くないと言ったら嘘になるが、それでも俺の胸の中で怯えているこの子の事は全力で守ろうと誓いながら、俺達はそのまま眠りに就いた。

 翌朝、俺と華々美が同じ布団で眠っていたことを涼と美玲に厳しく追及され、2人揃って小1時間尋問された。里美は特に気にした様子もなかったが、咲からは冷やかしを受ける羽目になって面倒くさかった。





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