異端の死神
あの5人が感情任せに出ていったことを、俺はすぐに笠島先輩の所に行って謝罪をした。
「すみませんでした。やり過ぎてしまいました」
「気にしないでください。そもそもあの5人は、物資の調達でさえ嫌そうな顔をしていたし、頼んでもいないのに酒やたばこをたくさん取ってくるし、特にたばこに関しては赤ちゃんが近くにいるにも拘らず吸おうとしていましたので本当に困っていました。幸い、未遂で終わりましたけど」
「最悪ですね・・・・・」
赤ちゃんの近くでたばこを吸おうとするなんて、あの5人には常識というものが存在しないのだろうか。あの5人にとっては、過去の栄光以上に大切な物が存在しないのだろうか?
「まぁ、たばこに関しては人目に付かない所で風向きを気にしながらなら吸っても構わないし、お酒も飲んではいけない訳でもありません。智恵美さんだってたまにビールを飲みますので」
「まぁ、大人ならお酒を飲みたくなる時だってあるだろうし、たばこを吸うのが悪い事だなんて思っていない」
「そうですね。そういう息抜きも必要なのはわかっているのですが、せめて子供のいない所でして欲しいです」
笠島先輩の言うように、小さい子供がたくさんいるここでは特に気を付けて欲しい。医者をしている智恵美さんのお陰で、必要な薬や予防接種に必要なワクチンも確保できたし、智恵美さんの友人が薬やワクチン関係の仕事をしていて、その人も今この神社に避難している。
ただ、それでも小さい子供の前でたばこの煙を吸わせるという危険な真似を容認させるわけにもいかず、あの5人が出て行ってしまったことに関しては笠島先輩から特に何も咎められなかった。
「けど、今から外に出るのは悪手だと思う。もうすぐ暗くなるから、アイツに襲われてしまったら目も当てられない」
「アイツ?」
「はい。最近この辺り一帯に出没するようになったんだけど」
笠島先輩から「アイツ」の話を聞いて、俺は背筋が凍りつくような不安を感じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
~涼side~
幼馴染であり、陰陽師仲間の青美と一緒に外に出て神社の周辺を歩いていた。
「そうか。パパ、死んだんだ」
「うん。どの道あの状態では助からないし、そんな経緯で追放されていたなんて」
「笠島先輩が居なかったら、あたしもパパと同じ運命を辿っていたのかもしれない」
感傷に浸るように青美は、傾きかけている空を眺めていた。
「それにしても、本当に死霊たちの姿が見えないわね」
「うん。アイツがいると死霊たちは逃げるし、それ以降ここには近づかないのよね」
「確かに、ゼロではないけどこの程度の数なら全力で逃げればどうにかなる」
「うん」
確かに、チラチラ死霊の姿は見えるけどあまりこちらに襲い掛かってくる様子はなかった。というより、怯えている感じであった。
「まぁ、あんなのがいたんじゃ死霊たちが逃げるのは当たり前か」
「うん」
そんな姿を現した死霊たちの背後に、全身真っ黒の人型の「アイツ」が虎視眈々と死霊を狙っていた。
呑気にその様子を眺めていると、「アイツ」は死霊を捕まえて何処かに行き、死霊は悲鳴を上げながら連れ去られていった。
「あの悲鳴を聞く度に可愛そうだなって思う」
「でも仕方ないよ。この世に長く留めると悪霊化してしまうから、あれはむしろ正しい事なんだよ。そうやって、この世を彷徨う魂を減らす」
「それがアイツ、死神の仕事なんだから」
そう。真っ黒の人型の「アイツ」の正体は、死神であった。
一般的に死を連想する不吉の象徴の様な存在だが、実際には生きている人間を襲う事は全くなく、死んだ人間の魂を回収して死後の世界に連れて行くのが仕事。
「ここには、霊界の入口となる門があるもんね。確か、青美の神社裏手にある森の中だったわね」
「うん。その森の奥にある洞窟がそう。生きている人間が入っても何の変哲もない洞窟。でも、成仏したくない霊にとっては絶対に近寄りたくない洞窟、霊界に通じる門となっているの」
霊界に通じる門は世界中に存在していて、空道神社の裏手の森にも存在する。と言っても、それは森のかなり奥にある洞窟の中にある為普通の人はなかなかお目にかかれないし、到達して中に入っても生きている人間にはただの洞窟でしかない。
死神たちは、その洞窟から出てきてこの世に留まっている魂、死霊や浮遊霊たちを回収しに来たのだ。
死神たちが働いてくれているおかげで、この地区には死霊たちの数が他の何処よりも少なかった。それこそ、夜中に出歩いても死霊になかなか遭遇しないくらいに。
(まぁ、死神から逃げる為に他所に移っているだけなんだろうけど、現世に対する執着が強い幽霊が多すぎでしょ。しかも、この現象のせいで通常よりも凶暴で強力になっているから、死神たちも回収には苦労しているんだろう)
だが、それもこの地区だけというごく狭い地域だけの事で、町全体、ひいては世界規模で考えると生存者よりも圧倒的に多い死霊たちが居るのは事実で、死神たちの手が足りていないのが状況であった。
「でも、彼等のお陰でこの地区一帯の死霊たちの数は少なくなっているから感謝しているわ」
「そんな感情は、たとえ思っていても口に出してはダメだ。生きた人間には無害な死神だけど、だからと言って関わりを持っていい連中ではない。見えたとしても無視するに限る」
生きている人間には無害といっても、その人の死が目前に迫っているのならその限りではない。私達がこうして襲われずに済んでいるのは、今の所死期がまだまだ何十年先だというだけだ。なので、関わって良い存在ではない。見かけても無視するのが一番だ。
「分かっているけど、彼等のお陰でここ辺りの死霊たちの数も減っているんだし、あたしは・・・・・」
「余計なことを考えるな」
たまたまこの近くに霊界の門があったから、死神たちは総動員で死霊たちの対処に回っているのだけど全然追いついておらず、私達が避難している地区では5月以来全然見かけないくらいだ。いや、正確にはいるのだけど追いついておらず、数も少ないだけなのだ。
(死霊どもが、何百年も前からこの世に留まっているのも含めると100億人はおるだろう。この町だけでも100万人弱いるだろうし、それに対して死神の数は1000居るかどうかというレベル。今の世界の総人口も、10数億人いるのかどうかも怪しい。幹夫は早くこの現象の原因を調べたがっているし、こんな所で油を売っている場合でもない。視察と状況確認も済んだし、早く帰って調べたい所だ。それに、この地区にはアイツが封印されている教会がある。この現象が起こったことで、アイツまで復活している可能性だってある。今後の為にそれも調べないと・・・・・)
気になる事を考えると、背筋が凍りつくような気配が突如襲い、私はとっさに青美の腕を引いて建物の陰に隠れた。
「どうしたの?」
「しっ!静かに」
建物の陰から私は青美と共に、息を切らせながら走ってきていた5人の男達を見ていた。うち一人は、足から血を流していた。
「あの人たちは」
「少し黙れ。見つかるでしょ」
「でも、死霊が少ないからと言っても夜はやっぱり危険だし、下水道の悪霊たちに狙われたら」
「地下から手を伸ばすなんて滅多に起こらないし、ここでそれは起こらない」
改めて、初日に幹夫たちが地下の悪霊たちに何故襲われたのかを調べると、どうやら華々美の護衛の人が悪い人というだけでなく、あの辺りの地盤が少し緩んでいることも分かった。今はまだ陥没するほどではなかったけど、何時地盤沈下が起こっても不思議ではない為安全のために幹夫たちにはあそこには近づかないように釘を刺した。
それと同時に、あの辺り一帯に結界を張り、万が一地盤沈下が起こっても地下の悪霊たちが外に出てこられないようにした。その結界が、あの危険な悪霊たちに通じるかどうかは疑問だが、それでもやらないよりはマシだろう。
そういった条件が揃わない限り、地下の悪霊たちが手を伸ばして襲い掛かってくるとこはない。
「でも、マンホールの上に立ったら」
「あの下水道は、平成に入る前に使われなくなって、その下に新しい下水道がつくられた。悪霊の巣窟となっている下水道に通じるマンホールは、殆どが埋められている」
「でも、全てじゃないでしょ。今でも通じているマンホールはあるし、それが何処にあるのかも分からないんでしょ」
「お生憎様。私はその場所を全部知っているよ。少なくとも、私や青美が避難している地区にはないよ」
「でも」
「いい加減に黙れ。無闇に手を出すと返り討ちに合う。アイツは悪霊でも魔物でもないんだから、私やあんたの術は通じない」
「アイツって、まさか・・・・!」
これ以上言い聞かせても聞きそうになかったので、私は青美の口を押さえて動けないようにさせた。
「理想を掲げるのは結構だけど、周りを巻き込むな」
その直後、5人の男たちの目の前に真っ黒のローブにフードを被ったアイツが現れた。アイツの姿を見た瞬間、5人の男たちは悲鳴を上げて逃げ出そうとしたが、アイツは目にも止まらない速さで男たちの前に移動し、一人、また一人と男たちの魂を吸い取っていった。
(食われた。アイツに魂を食われてしまった。死神でありながら、生きた人間を襲って無理矢理魂を奪うだけに飽き足らず、食ってしまうという死神が絶対にやってはいけない禁忌を犯したはみ出し者の死神。名前は確か・・・・)
『グリムスと言います』
「「っ!?」」
モザイクがかかったような声に話しかけられ、そっちの方へ向くと真っ黒い靄のような人型がその場に立っており、唇だけは人間のそれに似ていた。まごう事無き、死神であった。
『警戒しないでください。私はあなた方に何もいたしませんし、我々に関わろうとしない限り私達もあなた方に何もしません。今回はアイツ、グリムスについて私の知りうる限りの情報をあなた方に与える為に参りました。復唱は不要です。あなた方の頭に直接送らせていただきます。そのまま黙ってください』
そのすぐ後、死神は私と青美の頭に手を添えてきた。その瞬間、私の頭の中に異端の死神・グリムスについての情報が流れてきた。
そして、グリムスの倒し方とその後の対処法まで詳しく送り込んできた。
『私の知りうる情報は全て与えました。生きている人間にこんな事を頼むのは、誠に遺憾ではありますが、とても強い力持ったあなた方を信じて情報を与えました。私としても、あの異端児を野放しにするわけにもいきません。力は貸せませんが、どうかお願いします。また、くれぐれもご無理だけはなさらないように。我々とて、これ以上現世に留まる魂を野放しにするわけにもいきません。けれど、我々の数に対して魂の数が多すぎて手が回らないのも事実。である為、これ以上無駄に亡者たちを増やさない為にも、あなた方の力は必要なのです。それでは』
そう言った後、死神はすぅと何処かへと消えていった。
その直後、バタンと倒れる音が聞こえたのでそっちに目を向けると、最後の一人が丁度グリムスに魂を食われて倒れた後であった。
その最後の一人の魂を食べた後、グリムスは不気味な笑い声を発しながら何かを呟いた。
『鬼と呼ばれるほど恐れられている女か。それはまた、美味しそうな魂だな。よし、次はその女を狙うとしよう』
そう呟いた後、グリムスはゆっくりとその場を後にした。
その言葉を聞いて私は、該当する女が誰の事なのかすぐに分かった。それを確かめる為に私は、倒れている5人の男達の所へと行ってその遺体を調べた。特に、足から血を流していた男を。
「この傷は銃で撃たれた跡。この辺りで銃を持っているのは華々美だけ。・・・・・華々美が危ない!」
その場を去る前に、5人の遺体を火葬してすぐに戻ろうとした時に青美が駆け寄ってきた。
「どうして止めたのよ!あの時止めなかったらこの人たちを助けられたはずなのに!」
「理想ばかり語るな。さっきも言ったように、死神は幽霊でも妖の類でもない。あれでもれっきとした神様なんだ。私と青美が共闘しても、万に一つでも敵う相手ではない」
「戦ってもいないのにどうしてそんなことが!」
「いい加減にしろ!」
理想ばかりを語る青美に苛立った私は、彼女の長い銀髪を掴み上げて塀に叩きつけた。
「あんたのその根拠のないご都合主義的理想には前からうんざりしてたんだよ!全員で力を合わせれば何とかなるだぁ、諦めずに治療すれば助からない命はないだぁ、ふざけるな!あんたのその理想の為に、あの神社に避難している人全員を飢え死にさせる気か!」
「なんでそんなこと言うの!みんなで協力し合えば」
「そんなの、気持ちと心にゆとりのある人間にしか出来ない事で、あの神社で窮屈な避難生活を強いられ、その上娯楽もなければ好きな食べ物も好きなだけ食べられない!こんな生活をして、あんなにたくさんの人たちが腹の底で不満を抱かないと本気で思い込んでいるのなら、お前な本当におめでたい奴だよ!あんたの理想に付き合っていれば、いずれ暴動が起こってグループは崩壊し、せっかくの生存者を全員死なせることになる!」
「じゃあ、あのままこの人たちを見捨てろって言うの!?涼ちゃんはいつからそんな臆病者に」
「勝ち目のない相手と戦うのは勇気じゃない!それに、グリムスはとても執念深い死神だから、一度目を着けられたら何処までも追いかけてくる!そうなったら、あの神社に避難している人全員の命が危なくなるんだぞ!何故それが分からないんだ!お前は、お前の父親が犯した過ち以上の過ちを犯す気か!」
「あっ・・・・・」
その後青美は涙を流しながら俯いた。
(あの人たちを助けたい気持ちは分かるけど、そのせいで神社に避難している人達を危険に晒すわけにはいかない。あの神社には、小さい子供がたくさんいる。特に、生まれたばかりの赤ちゃんは一番狙われやすい)
だけど、それ以上に狙われやすいのは極悪人。極悪人かどうかは分からないが、ヤクザの組長の娘で自身もかつて問題行動を起こしていた華々美がいる。
「そんな事よりも、早く戻るわよ」
「でも、今神社にはグリムスをはじめとした死神が入れないようにする為の術を施しているから、そう簡単には」
「そんな術なんて何の意味もない。さっきも言ったけど、死神は神様なんだから私達の術なんて効かないし、神社や教会にも難なく入り込められる。本気で守りたいと思っているのなら何をすべきか分かってるだろ」
「ううぅ・・・・」
それ以上何も言えなくなった青美は、私に手を引かれながら一緒に空道神社に向けた走った。
(大前提として、アイツを空道神社の中に入れるわけにはいかない!華々美を狙っているのなら、何処でもいいからこの近くにある教会にでも寝泊まりしてアイツを迎え撃つしかない!他の死神も、アイツにはうんざりしているみたいだし早く何とかしないと!)
そうして夕暮れ時に空道神社へと戻り、私は幹夫に事の顛末を伝えた。




