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物部神社

 物部神社に手掛かりがあると知り、俺達は物部神社へとワゴンを走らせていた。とはいえ、物部神社があるのは隣の市にあって車で片道1時間もかかり、彼女の供養が終わったのが正午15分前。向こうで調べる時間も含めると、今日中に帰るのが難しくなると思った。


「そんな訳で、今日は帰れそうにないんです」


《分かりました。皆に伝えておきます。ただ、優希さんが納得いかないと思います》


「だろうな」


 今日は帰れないことを伝える為、現在俺は小夏さんに電話をかけていた。小夏さんや他の人達はすぐに納得してくれると思うが、小夏さんの言う通り優希だけは納得してくれないだろうな。


《まぁ、私も説得してみます。騒がれると思いますけど》


「最近の優希って、かなり情緒不安定気味ですから」


 そんな優希であっても、今はまだ見捨てるわけにはいかない。これ以上問題を起こしたら追放するが、まだそこまで酷くなっていない為そこまで至っていない。それ以前に、あんな危険な悪霊にとり憑かれた優希を野放しにして、こちらにも危害が及ぶこともある為どの道祓わないという選択肢はない。

 小夏さんにそのことを伝えた後、俺はすぐに物部神社について改めて調べた。


(物部神社がある市は海が近くにあり、海水浴客が多く訪れる市だったな。俺も小学校の頃に何度も言ってたな。親は優希ばかり構っていたから、俺は泳がずにずっと車の中でエアコンをかけて寝てたな)


 それ以来俺は、海に行くことはなかったし、優希と一緒に出掛けるのが嫌になって何かと理由をつけてすっぽかしていた。そんな優希を助けようだなんて、俺もつくづくお人好しだなと思った。


(そんな事よりも、物部神社について調べないと。こんな時でもまだスマホが使えるのは助かる)


 調べると、物部神社は地元では初詣に大勢の人が訪れるらしいけど、同時にあの神社には不気味な異名が付けられている。

 物部神社は他所からこう呼ばれている。



 呪いの神社



 もちろん、物部神社が呪いを行っている訳ではないし、宮司さんはとても親切で人当たりの良い人だ。

 ならなぜ、物部神社が「呪いの神社」何で呼ばれているのか?

 それは、あの神社には夜になると周囲の森からカンカンと釘を打つ音が聞こえるからだ。それも、時刻は夜中の2時から3時、丑三つ時に聞こえる。

 そして翌朝には、釘の刺さった藁人形が木に打ち込まれているのが見つかった。それも、一つ二つではなくたくさん。


「それにしても、その男が物部神社を訪れていたという事は」

「華々美の予想通りだと思う。笠島はおそらく、優希の傍にいる俺が気に入らずに物部神社へ行き、丑三つ時に藁人形と五寸釘と金槌を持って森に入ったんだろう。丑の刻参りをする為に」



 丑の刻参り。

 日本で古くから存在する呪いの一種で、草木も眠る丑三つ時に藁人形を五寸釘で打ち付ける事で相手に呪いをかけるという物。主に女性が行うイメージが強いが、男性だって行わないわけではない。



 物部神社の森では、たくさんの人が森に入っては丑の刻参りを行って誰かを呪っていることから、何時しか物部神社は呪いの神社と呼ばれるようになってしまったのだ。

 宮司さんはよく、藁人形の供養と呪いのお祓いもやってくれているとてもありがたい人なのだが、そういう人が多いせいでそういう不名誉な異名がついてしまうなんて。


「なぁ涼。涼も、丑の刻参りの呪いを解くことってできるか?」


 流石に自分も呪いをかけられているかもしれないと思うと、不安を感じずにはいられない為涼に尋ねてみたら、涼からはあっけらかんとした感じで返された。


「呪いにかからない方法だろ。なら簡単だ」

「どうすればいいんだ?」

「気にしない事」

「「・・・・・はぁ!?」」


 予想外の回答に、俺だけでなく華々美までもが驚いて声を上げた。

 いやだって、呪いにかからない方法が、呪いをかけられたという事を気にしないことだなんて!


「そもそも何で、丑の刻参りが神社などで行われていると思う?」

「それは・・・・」


 言われてみれば、何故神社などで行われているのかが分からないし、考えたことも無かった。


「理由はいたって単純。人目に付きやすいから」

「でも、丑の刻参りは見られるとかけた人に呪いが跳ね返るって聞いた事があるぞ」

「わたしもそれは聞いた事がある。それで、跳ね返らないようにするにはその目撃した人を殺さないといけないことも聞いた」

「そういう風に不安に感じると、物事というのはどんどん悪い方へと向いて注意力が散漫になるんだ。真面目な話、丑の刻参りに呪いとしての効果は殆どないんだ」


 涼の口から聞いた衝撃の事実に、俺も華々美も言葉を失った。対する里美は、うんうんといった感じで頷いていた。

 その後の涼の説明によると、釘を打たれた名前入りの藁人形を見せる事で、相手の不安を煽って悪い方向へと自己暗示させるものなのだという。


「ただの自己暗示なのかよ・・・・」

「でも、だからと言って馬鹿に出来るものでもない。思い込みの力ってとても恐ろしいのだ」

「華々美の言う通りだ。ただ気にしなければいいなんて言ったが、人間の思い込みの力は時に因果を歪ませることだってできるんだ。一応、後でお祓いはしてあげるけど、一番の対処法は幹夫自身がその事を気にしない事、意識しない事なんだ」


 呪いの正体がただの自己暗示だなんて、気にした自分がなんだか馬鹿らしく感じてしまった。

 一応涼が祓ってくれるらしいが、そもそも俺に認知されなかったら何の意味もないし、気にしなければ呪われる心配もないという。

 物部神社や丑の刻参りについて知ったところで、ワゴンは目的地の物部神社へと到着した。


「神社に行く前に幹夫と華々美と里美に術を施すわ。呪いとしての効力はなくても、あの森には丑の刻参りを行った人達の思念が残っているから、それから守るようにするわ。ついでに、幹夫のお祓いもしてあげる」


 神社に入る前に、森に残る思念から俺達を守る為に涼が術を施してくれた。それに、日中といえども森にはたくさんの死霊がいると思うから、それから守る意味も込められていると思う。


「それにしても、あまり気味の良い光景でもないな」

「呪いとしての効力はなくても、怨念はその場に残り続けるって事かしら?」


 里美も気にしているそれは、森の木の一本一本にそれぞれ白装束の死霊たちが藁人形を木に打ち付ける光景であった。涼が言うには、あれは死霊ではなく怨念が具現化したものなのだという。死霊よりも危険である為、極力近づかないのが良いのだという。


「しかし、こんな事をしている暇があるんなら呪いたい相手を見返せるように努力できないもんかね」

「華々美にはそれが出来るかもしれないけど、大抵の人間は感情的になると何をするのか分からないものなんだ」


 頭の中ではそれが一番だという事は分かっていても、一度恨みを抱いてしまうと止まらなくなってしまうのが人間というものだ。たとえそれが的外れな物であっても、一方的な逆恨みであっても、怒りや恨みに捕らわれ過ぎるとそればかりを考えるようになり、通常なら良くない事だと分かっている行動も平気で取ってしまう。そしてそれが、大きな犯罪や損失に繋がる事がある。

 強すぎる怒りと憎しみは、正常な判断を鈍らせて犯罪行為に及んでしまう。そもそも、私有地の森に無断で侵入してその木を傷つける行為自体が犯罪なのだ。正常な判断が出来れば、それくらい分かって当然の筈なのに。

 そんな無数の怨念を眺めながら石階段を上っていくと、涼が不意に立ち止まり、怨念たちがひしめき合う森の中へと入っていき、1本の木の前に立ち止まった。


「涼!」

「皆はそこで待ってろ」


 駆け寄ろうとする俺達を制止させ、涼はその木の前で釘を打っている怨念を宝刀で斬り、その怨念を無理矢理消滅させた。その後すぐ、宝刀を収めてから木に刺さっていた藁人形を無理やり引き抜いて戻ってきた。


「涼。その藁人形がもしかして」

「ええ。蛇神に取り込まれたあの男、笠島隼人が打ち込んだ藁人形で間違いない。あの怨念から、笠島の気配を感じたからもしやと思ったわ」

「やっぱり」


 つまり笠島も、あの現象が起こる前日、正確には起こったその日の丑三つ時にここに来て、優希の近くにいた俺を呪う為にその藁人形を打ち付けていたのか。

 だが、その藁人形を見た涼の表情がより一層険しくなっていた。


「涼?」

「どうしたんだ?」

「何か気になる事でもあったの?」


 俺達の問いかけに、涼は重苦しい表情で藁人形の表側?を俺達に向けて見せてくれた。藁人形の胴の部分に、名前の書かれた紙が貼られていた。そこに書かれた名前を見て、俺達は言葉を失った。

 その紙に書かれた名前はこの人であった。




 出島優希




「まさか!?」

「あの男が恨んでいた相手は、幹夫ではなく優希だったというのか!?」


 笠島が呪っていた意外な人物に、俺と華々美は驚愕した。まさか笠島が、ずっと付き纏いをしていた優希を恨んでいただなんて思ってもいなかった。

 俺と華々美が驚愕している中、里美だけは何処か納得いったといった感じで頷いていた。


「なるほどね。物欲に近い感じで優希に好意を寄せている一方で、一向に自分に靡こうとしない優希に対して次第に苛立ちを募らせていって、それが恨みへと変わっていったことで彼女の名前の張られた藁人形を持って、ここに来て丑の刻参りをしたという訳か。略奪できない苛立ちと、自分と付き合おうとしない優希への恨みが彼をここに導いたのね」


 里美の話を聞いて、俺は溜飲が下がった感じがした。

 言われてみれば確かに、笠島は別に優希の事が好きでも何でもなかったと思える。笠島が優希と付き合いたがっていたのは、自分自身のステータスを上げる為だった。勉強もスポーツも得意で、アイドル顔負けのイケメンを自称していた為、そんな自分の恋人には町の三大美女の一人の優希が相応しいと思っていた節があった。


「確かに、クラスでカースト上位に君臨していると自惚れていて、大半の女子が笠島から距離を取って煙たがっていた。なのに、本人は女子にモテていると思い込んでいて、自分こそがクラスの中心だと勘違いしている痛い男だったから、自分に靡かない優希を恨んでいても不思議ではない」

「そんな男にキャーキャー言う女どもの神経が知れないな」

「とてもあの笠島先輩の弟とは思えないくらいに屑だね。家族からも疎まれるのも分かる気がする」


 笠島が打った藁人形を眺めながら、俺と華々美は呆れかえり、涼は自分の学校で生徒会長を務めていたお兄さんとは似ても似つかない性格に頭を抱えていた。

 そんな人格者な兄がいて、何で弟はこんなに拗ねてしまったんだと、会ったこともないその先輩に同情していた。

 あの女性も、笠島の外面に騙されたことを後悔していたみたいだし、ここまで来ると救いようがないな。

 俺達が呆れている中、里美は俺の腕を引いて階段を昇るように催促した。


「3人とも。こんな所で立ち止まっている場合ではないわ。こんなバカな事をするような奴の事なんてどうでもいいでしょ。DQNの考えていることなんて、私達には一生理解できないんだから」

「里美よ、その言葉は蔑称になるから口にしない方が良いぞ」

「今更どうでもいいでしょ。それよりも、蛇神の封印を見に行くんでしょ。暗くなる前に済ませるわよ」


 里美に促されるがまま、俺達は再び石階段を上った。高齢者や足に障害がある人にはキツイ階段を登りきると、荒れ放題に荒れた敷地と、クマかイノシシかは定かではないが動物によって荒らされた本殿、その本殿の前で宮司の着物を着た白骨死体が転がっていた。本殿のすぐ近くには、住居用の建物もあったが人がいる形跡がなかった為無人と思われる。


「酷いな」


 あの現象が起こった後も、誰も足を踏み入れていないのが見て分かった。まぁ、森の中にはあんなにたくさんの怨念があって、昼夜問わず藁人形に釘を打っているのだから、気味が悪くて誰も近づこうとしないよな。そしてそれは、この神社の住民も同じなのだろう、すぐにここから離れていったのが容易に想像つく。

 そして、本殿の左手の森の近くに倒れた石の祠があり、その祠の下だった所に蓋の空いた釜が埋まってあった。嫌な予感がした俺達は、すぐにその倒れた祠の所へと走っていった。


「なぁ涼」

「ええ。間違いない。この祠に蛇神が封印されていたんだ」


 その言葉を聞いて俺はやっぱりと思った。その証拠に、倒れた石の祠に誰かが蹴ったと思われる靴跡がまだ僅かに残っていた。3ヶ月経っても残るくらいだから、相当な怨念が宿っているのだろうと思った。


「ここで一体何が・・・・・っ!?」


 不意に俺が祠に手を触れた瞬間、頭の中に誰かの記憶が流れ込んできた。




『チキショウ!何で俺のものにならないんだ!俺以上に出島さんに相応しい男なんて、この世界には存在しないというのに!許さない!許さない!許さない!』


 許さないと連呼しながら、白装束を身に纏った笠島が優希の名前が書かれた藁人形を木に打ち付けていた。一向に自分に靡かず、その苛立ちと怒りから好意が憎しみへと変わっていき、ひたすら優希への憎しみを叫ぶ笠島。その姿はあまりにもおぞましく、目を覆いたくなるほどであった。

 しばらく打ち続けると、笠島は何かに引き寄せられるかの如く階段を上っていき、本殿の左側の石の祠へと足を運んだ。


『へへっ!こいつは丁度いい!』


 醜く笑いながら笠島は、勢いよくその祠を蹴り倒し、その下に埋まっていた釜の蓋を開けて、その中に入っていた石で出来た小さな蛇の像を取り出した。



 やめろ!私に触れるな!私の力を悪用するな!



 その蛇の像を手にした瞬間、笠島のものではない誰かの声が聞こえた。


『はっはあぁ!こいつは良い!俺に力を与える為に神様がここに呼び寄せてくれたんだ!』



 ちがう!ここに来るなと言ったのだ!やめろ!私の眠りの邪魔をするな!元に戻せ!



 そんな誰の声と分からない叫びを無視し、笠島はその蛇の像を懐に入れ、それを目撃した宮司を手に持っていた金槌で殺害し、逃げるようにその場を立ち去った。その間に、声はひたすら『やめろ』『元に戻せ』と叫び続けていた。

 そして、完全に狂ってしまった笠島は、帰ってきてすぐに居候している女性の家に戻り、彼女と彼女のご両親を包丁で殺害していき、笠島自身も何を思い立ったのか自ら命を絶った。

 その直後に、例の現象が起こった。

 その後、俺の目の前に白色の大きな蛇が現れて、俺にある事実を伝えてくれた。




「幹夫!しっかりしろ!」

「あっ!」


 華々美の呼びかけによって、俺の意識は現実に引き戻された。気付いたら俺は、里美に膝枕をされて仰向けに寝転がっていた。


「どうしたっていうんだ!?急に黙り込んだと思ったらいきなり倒れて、いくらゆすっても目を覚まさないから心配したんだぞ!」

「私が術を使って助けようとすると、里美が何かを察したみたいに制止させて、倒れた幹夫を膝枕させたんだ」

「すまない」


 涙を浮かべながら倒れた俺を心配する2人に謝った後、俺は里美の方へと顔視線を向けた。大きな胸で顔は良く見えなかったが、柔らかい笑みを浮かべているのが分かった。


「うなされている訳ではなかったし、身体も暖かかったから無事なのはすぐに分かったわ。きっと、蛇神様が幹夫に何かを伝えたかったのだと思ったわ」

「蛇神様?・・・・・あっ!」


 そこまで聞いて俺は、あの映像が誰によって見せられたもので、笠島以外に聞こえたもう一人の声が誰のものなのかをすぐに理解した。

 俺はすぐに起き上がり、先ほど見た物を華々美と涼と里美にも伝えた。俺の話を聞いた3人と一緒に、俺達は大急ぎで屋敷へと帰ることにした。

 ワゴンに乗った頃には周りはすっかり暗くなり、大勢の死霊が一斉に襲い掛かってきたが、涼の術が施されているワゴンの中に入る事が出来ずにいた。

 そんな死霊たちに構わず、里美はワゴンを走らせた。

 早く何とかしないと、笠島は益々強大になって周囲にいる人たちに危険が及んでしまう。





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