蛇神
翌朝。
出かける前に俺は、頭が少し冷えた優希に危険な悪霊が憑依されていることを告げた。
しかし優希は、なかなか信じようとはしなかった。というよりは、信じたくないといった感じであった。しかも、しばらく皆から距離を置くように言った時は激昂し、俺から離れたくないと大きな声で叫んできたが、華々美と涼が反対し、更に里美までもが我慢するように言ったことで渋々引き下がるようにした。
そして俺は、華々美と涼と里美の3人を連れてワゴンで一昨日訪れたモールがある地区へと向かった。
「それにしても、なんで優希が狙われたんだ?涼はどう思う」
「考えられる可能性として、あの悪霊の基となった人間は優希に想いを寄せていた可能性がある。優希の事が好きで、どんな手を使ってでも自分のものにしたいという強い執念が悪霊となってさまよい、手当たり次第に魂を集めて力を増して、あんな危険な悪霊となったんだと思うわ」
「幹夫、この地区に住んでいて、優希に好意を持っていた男に心当たりはないか?」
「そうだなぁ・・・・・」
華々美の質問に、俺は思い切り頭を悩ませた。
(優希に好意を寄せる男なんて、両手どころか両足の指を含めても数えきれないくらい居たな)
ただ、この地区に住んでいる男子生徒に限定されているのなら思い当たる人物はいる。他校の生徒も含めたらたくさんいたが、俺と優希が通っていた高校に限定するのなら1人だけいた。
「ここにいる奴だったら、笠島かな・・・・・」
「笠島・・・・・あ、もしかして笠島隼人という名前か?」
「ああ。確かに、俺の知っている笠島の下の名前は隼人だけど、何で涼が知っているんだ?」
「私の通っていた高校に、笠島鷹志という3年の先輩がいて、レベルの高い高校に入ったはいいが性格に問題がある弟がいると聞いたことがあるわ。確か、名前は隼人だって」
「ああ・・・・・・」
問題があると聞いて、俺はすぐにその弟が俺の知る笠島隼人であると確信した。
笠島隼人という男は、学年で5位以内に入るほど成績が良くスポーツも万能でバスケ部のエースを自称していた。容姿も良く、女子の人気もとても高かった。
その反面、性格は屑と言っていい程歪んでいて、女子に対しては爽やか系王子様キャラを作り、男子に対して特に俺みたいにパッとしない男子に対しては傲慢な態度を取り、陰で陰湿ないじめを繰り返していた。バスケ部エースを自称しているが、実際はサボりの常習犯でエースどころか補欠にも入れてもらえない鼻つまみ者。
対して、兄の鷹志は偏差値の高い高校にこそ入らなかったが由比ヶ浜高校では成績トップで、生徒会長を務める程人望も厚く、謙虚で誠実な性格をしているという。そして、問題児の弟には両親とともにいつも悩まされているのだという。
涼も生徒会に入っていたから、涼も含めて他の生徒会役員に時々愚痴を言っていて、その特徴を言って関わらないようにと言われた事があるそうだ。
「成績は確かに良かったが、典型的な王様気質の屑野郎でそのくせ女子の人気が高いから益々天狗になっている奴なんだよな」
「あはは・・・・笠島先輩から聞いていた通りの人だね。先輩が言うには弟は、確かに勉強は出来るが性格はかなりの屑で、兄である先輩はもちろん両親からも疎まれているって」
「確かに、アイツは家族からも嫌われているって人伝で聞いたことがあった」
「そんな屑にキャーキャー言うなんて、顔さえ良ければ何でもいいなんて思っているのか、どちらにせよ見る目が無さすぎる」
華々美から辛辣な言葉が出たが、思い返せば確かに笠島みたいな男を好きになる女って問題児ばかりだった。優希もそうだが、まともな女子は笠島を敬遠して関わろうとしなかった。
「話はそれてしまったが、この地区に住んでいて優希に惚れている男といったらその笠島くらいしか思い浮かばないな」
噂でしか聞いたことがないが、問題行動ばかりを起こして家族からも疎まれている笠島は、毎夜街に出ては気の弱そうな人に目をつけて因縁をつけて、金を巻き上げるなどといった事をしているという。
(あくまで噂でしかないから、真相はどうなのかは分からないし、噂程度でその人の印象を決めるのは良くないと思っている。が、笠島の場合は普段の素行が悪いから俺も含めて皆本当だと思っているんだもんな)
そのくらい笠島の素行は悪く、華々美が言うように顔さえ良ければ何でもいいという女子以外の評判は最悪。それでいて、優希に執拗に交際を迫っていたから、その執念深さから死後も悪霊化してもおかしくない。
しかし、あの日笠島は教室にいなかった。アイツとは同じクラスだから、学校に来ていればすぐに分かる筈なんだ。笠島は素行が悪いが、学校をさぼるような奴ではなかった筈。
じゃあ、なんであの日笠島は学校に来ていなかったんだ?
(そういえば笠島は、あまりにも素行が悪すぎるせいで家を追い出されて、同じ地区に住んでいる女子大生の家に居候しているって本人の口から聞いた事があった。確か・・・・・・)
「諸君。一昨日のモールに到着したわよ。この後どうするの?」
そうこうしている内に、俺達は一昨日訪れたショッピングモールの駐車場に到着した。
ついて早々俺は、ドアを開けてすぐにワゴンを降りてモールの近くにある一軒家に向かって走った。そんな俺達の後を、華々美と涼と里美が慌てて付いて走ってきた。
「ちょっ!?幹夫!?」
「そっちに何があるの!?」
「ちょっと幹夫!」
突然走り出した俺に驚きつつも、華々美も涼も里美も付いて走ってきた。
そして、とある一軒家の前で立ち止まった。
「幹夫。この家に何があるんだ?」
「この現象が起こる1週間前に笠島が、家を追い出されてしばらくして偶然仲良くなった女子大生の家に転がり込んでいるって、本人が何故か自慢げに話していた。その時の内容は、その女が笠島に入れ込んでいて離さないから、彼女の家にお世話になっているって言ってたけど、クラスメイトは誰も信じていなかった」
「まぁ、入れ込んでいたというのは本当かもしれないけど。でも、何で幹夫がその女子大生の家の場所を知っているんだ?」
「見たことがあるからだ」
華々美の疑問に、俺はハッキリと答えた。
「家族と優希と一緒に買い物に来ていた時に偶然見たんだ。芝居がかかった態度の笠島が、大人っぽい女性に腕を引かれてこの家に入っていく姿を」
「そういえば、先輩が頭を抱えながら言っていたわ。もう何を言っても全く反省しないし、それどころか自分の行動を正当化するようなことを言ってくるから、ぶちギレした父親に勘当されたって言ってたね。弟が全く反省しないって言って頭を抱えていたわ」
「ああぁ、笠島ならあり得るな」
それで、その女子大生にあることない事吹き込んで同情を誘い、その人の家に寄生しているんだろうな。
「だけど、この現象が起こった当日笠島は学校に来ていなかったんだ。屑な奴だけど、学校をさぼるような奴ではなかったんだから、ここに着く前にその事を思い出して気になったんだ」
何となく嫌な予感がした俺は、恐る恐るその家のドアを開けた。鍵がかかっていないのも気になった。
おまけに、いつもならこういう一軒家にはたくさんの死霊がギュウギュウに入っているのだが、この家に関しては死霊が1人も入っていなかった。
「死霊どもは確かにいないが、暗くてジメジメしていて悪霊がいかにも好みそうな環境だな。その上、事故物件特有の死臭も酷いからこの家に何かあったのは間違いない」
家に入ってすぐに、涼が何かを感じたみたいで険しい表情を浮かべながら周囲を見渡していた。
「事故物件って、ここには元々幽霊が住み着いているのか?」
「いや。でも、それと同じ気配を感じる・・・・・・」
階段の前に立つと、その上に白のワンピースを着た青白い肌をした若い女性が立っていて、悲しそうな表情を浮かべて俺達を見下ろしていた。一目見てすぐに分かった、彼女は既に死んでいて幽霊になっている。
「下がってろ。3人とも、私から離れないで」
涼が俺達を守るように前に出て、いつでも宝刀を抜ける態勢に入った。
俺達の姿を見かけた女性の霊は、ゆっくり俺達に近づき、目の前に迫ったところで立ち止まった。
『私は彼を招き入れた。なのに彼は、あんな酷いことを・・・・』
その言葉の後、女性の霊はゆっくりと階段を上っていき、俺達を誘導していった。涼を先頭に、俺達もその女性の霊の後について階段を上ってある部屋の前で止まった。
(中に入れって言っているのか?)
その通りなのか、涼は部屋の扉を開けて中を確認した。
「うっ!?」
「これは!?」
「酷い!」
部屋の中を見た瞬間、俺と華々美と里美は顔を顰めて絶句した。声に出していないが、涼も驚いた様子であった。
その部屋の真ん中の床の上に、仰向けに倒れて亡くなっている男の遺体があった。腐敗していたが殆ど原形を留めていて、その遺体が誰のものなのかすぐに分かった。
「笠島・・・・・こんな所で」
その遺体は笠島で、あれから3ヶ月が経とうとしているのに見てすぐに分かるほど原形が整っていた。
「コイツも吸血鬼に?」
「いや、この遺体には魂は戻っていない・・・・」
状態を見る為に遺体に近づいた涼は、遺体に触れる寸前にバッと離れて口元を抑えた。
「涼?」
「この遺体、とんでもない怨念が宿っている!こんなに強烈な怨念は、今まで経験がない!下水道の悪霊どもに匹敵するレベルだ!」
「そんなにすごいのか?」
「ええ。この遺体の腐敗が遅れているのも、おそらくそのせいだ!」
そんなにすごい怨念を宿すなんて、一体何が笠島をそこまでさせたのだ?涼が思わず引いてしまう程なんて、そんなにも笠島は優希の事が好きだったのだろうか?
本当にそうか?
「幹夫、この男はここまでの怨念を宿すほど優希の事を愛していたのか?」
「考えられない」
華々美からの質問に俺は、即答で答えた。
笠島が優希に対して、これほど強い想いを抱く程愛していたとは考えられない。
「そもそも笠島の女癖は最悪で、優希に言い寄るのも自分を上げる為のアクセサリーとしか考えていないくらいだから。ここまで執着する理由が分かんないんだ」
「しかし」
華々美の言いたいことは分かるが、俺にはどうしても笠島が優希を本気で愛していたとも思えないし、そこまでの怨念を抱くなんて一体何があったというのだ?
そんな俺と華々美の疑問に、涼が答えてくれた。
「確かに笠島の怨念もあるけど、この程度の怨念であそこまでの悪霊になる事はない。でも、それ以上に強力な悪霊がとり憑いたせいで危険な悪霊になったんだ」
「強力な悪霊?」
「この男以上に危険な悪霊がいるというのか?」
「ええ。しかもこれはかなり厄介だ。蛇神だ」
「「「蛇神?」」」
聞き慣れない言葉を聞き、俺達は思わず聞き返してしまった。
「蛇神なんて言っているけど、神様の仲間ではなく危険で執念深い悪霊だよ。通常は隣市の物部神社の石碑に封印されているんだけど、物凄く強力で危険な悪霊だ。何故蛇神と呼ばれているのか分からないくらいに」
「そんなに危険な悪霊なのかよ」
優希がそんな厄介な悪霊に憑依されてしまい、俺達までも危機に瀕していると知って驚いた。
涼の話を聞いた後、それまで黙っていた女性の霊が重い口を開いて全て話してくれた。
『隼人を信じて、私は両親を説得して彼を家に泊めてあげたのに、隼人は物部神社から戻ってきた後まるで人が変わったみたいに凶悪になり、私の両親を包丁で刺し殺したのです。私も隼人に刺されて命を落としました。
その後で知ったのですが、隼人が危険な蛇の悪霊にとり憑かれていて、私の両親の魂を取り込んでどんどん大きくなっていったのです。私は何とか逃れる事が出来ましたが、隼人自身も自ら命を絶って蛇の悪霊と一体になってしまった。そのすぐ後に、たくさんの霊の姿が見えるようになってしまいました』
だからあの日、笠島は学校に来ていなかったのか。あの現象が起こる前に、笠島は蛇神に唆されて自ら命を絶って悪霊となってしまったのか。その上、現象が起こってからその力もますます強くなってしまったのだろう。
「それで、あなたはこれからどうしたい?」
俺の質問に、女性の霊は真っ直ぐ俺達を見つめて答えた。
『供養してほしいです。このまま他の死霊たちと一緒に残るのは嫌です。きちんと供養してください。そうすればもう心残りはありません。成仏させてください』
これ以上この世を彷徨いたくないみたいで、彼女は俺達に供養してほしいと懇願してきた。女性の遺体もきちんと葬ってあげる為、殆ど骨の遺体を丁寧に外に出し、きちんと火葬した後涼がいつも持ち歩いている道具から供養に必要な道具を持っていき、女性の霊の供養を行った。
涼に供養してもらった女性は、満足そうな表情を浮かべながら天に昇って行った。火葬した女性の遺灰は一旦袋に入れて、屋敷に戻ってから改めて葬ることにした。
最後に、あのまま怨念の籠った遺体をそのままにすることは出来ず、華々美の提案で家ごと燃やすことにした。供養する前に女性の霊に聞いたら、『あんな危険な遺体を残すわけにはいきませんのでお願いします』と言って了承してくれた。
炎に包まれる女性の家を見届けた後、俺達は女性の遺灰をもってワゴンに乗った。
「屋敷に戻る前に、物部神社に行きたいんだけど、どうだ?」
「わたしも賛成だ。あの男が物部神社で何をしていたのか気になるし、それであの悪霊を退治する手掛かりが見つかるかもしれない」
「そうね。私としても、その方がやりやすいわ」
「そうか。里美」
「あいよ。物部神社に行くわよ」
笠島が物部神社で何をしていたのかを調べる為、俺達はすぐに物部神社へと向けてワゴンを走らせた。




