憑依
遠方のショッピングモールで物資の調達を終えた翌日、俺は華々美と涼と里美の4人を連れてバスを走らせ、俺達が住んでいる町から1時間ほど走らせたところにある農村に着いた。
そこで俺達は、農家の人達に風邪薬や傷薬などの薬や、包帯やガーゼ等といった物の他に、イノシシ肉や生活必需品などといった物をたくさん与えた。その代りに、向こうから採れたての野菜を貰った。これ以降俺達は、この村の人達と今後も良いお付き合いが出来るような。
次に俺達は、更に山奥に入った牧場へと向かった。そこで俺達は、薬や自分達の畑で採れた野菜や猪肉や鹿肉、更に生活必需品の他に、クマやイノシシの対処法や華々美から猟銃のレクチャーを受けてもらうった。その見返りとして、俺達はたくさんの牛肉と牛乳、チーズやバター等といった乳製品をもらった。もちろん、和牛ではなく乳廃牛である。それでも、牛肉は嬉しかった。
この牧場でも、農村と同様に今後も良いお付き合いが出来るようになった。
たくさんの野菜と牛肉と乳製品をもって、俺達は帰路に就いた。時刻は午後4時半であった。
「向こうも良く、貴重な野菜と肉と乳製品をくれたわね」
「幹夫の読みは的中したな。昨日の物資の調達に、農家との取引の為の物も調達してたなんて」
「正直言って、こんなにたくさんもらえるなんて思ってもいなかったが、向こうには死霊たちが来ないから安心して暮らせるみたいだな」
向こうが今何を欲しがっているのかを予想し、それを与えることで見返りとして向こうの野菜とお肉を貰うというものであった。牧場の人達に関しては、乳製品までくれたのは予想外だが、皆快く分けてくれた。華々美と里美も、その辺はちょっとだけビックリしていた。
「結局のところ、心にゆとりがあるから今回みたいにたくさん貰えたんだろうな」
「それもあるけど、向こうも幹夫がくれた物を喜んで受け取っていたわね。そのお礼もあったと思うわ」
里美はこう言ってくれるけど、放っておいたらそのうち崩壊するだろうと俺は思っていた。
(独自の物流構築の為に行ったけど、今はまだ荒れていなくて助かったな)
今回農村や牧場に向かったのは、新しい物流ルートの確保と、そこに住んでいる人達が荒んでいくのを防ぐ為でもある。
新しい物流ルートの確保というのは、流石に毎日同じ食べ物を食べ続けると流石に飽きが来るし、猪肉と鹿肉ばかりというのも良くない。贅沢を言っているのは承知だが、野菜や肉の確保が難しくなった時の事を考えると物流ルートの確保は必須だ。金銭のやり取りではなく、物々交換になる。
そうして向こうが欲しがりそうな物をあげる事で、こちらは食料の確保が円滑に進み、向こうは新しい食料と欲しい物資が手に入る為、飽きやストレスによる暴走を未然に防ぐ事が出来る。それもまた、彼等と交流を深めるのも目的の一つでもある。
死霊の脅威がない所からすれば、金銭のやり取りがなくなっただけで生活はいつもと何も変わらない。そんな中、物流とライフラインが完全ストップしてしまうと生活が滞ってしまう事もある。
両方ともスーパーもコンビニも無く、必要物資も食料の仕入れの為に町に行けない。そうなると、そこに住んでいる人達の不満は日々膨らみ、それが爆発すると何をしてくるのか分からなくて危険だ。
それを防ぐ為の物流でもある。
「何か複雑なことを考えているけど、それで向こうが欲しがっている物を的確に予想し、それを与えることで相手の不満を解消させるなんて、やるじゃん。でも、いいの?あのまま全員で、どちらかにお引越しって選択肢もあったんじゃない?」
「そうもいかない。うちには農業が向かないお嬢さんがたくさんいるからな」
「そうね、屋敷に残っている面々が特にそうだもんね」
そう。屋敷に残っているお嬢様方は、調理や掃除はしてくれるけど、畑の野菜の世話とイノシシと鹿の解体はあまりやりたがらない。小夏さんはどちらも手伝ってくれるけど、他の子たちは嫌がるから連れて行けない。
「それに、電気も水道も何時ダメになるのか分からないのに、ソーラー発電が出来て、浄水装置のお陰で水に困らない。そんな所を離れる方が愚かというものだ」
「まぁ、電気も水も何時まで使えるのか分かんないんだし、離れたくないのも分かるわな。それこそ愚の骨頂。要は、いつか来るかもしれない電気も水道もなくなった状態で生活するのが嫌だからか、あの屋敷や町から離れないのか」
「正解」
「農業や酪農に向かないわね」
「ペットを飼うのと、家庭菜園とは訳が違うからな。ここでやるのならその限りじゃないが」
里美とそんな話をしながら、俺達は帰路に就くのであった。屋敷に着いた時には、空はオレンジ色に染まっていた。帰って来て早々、優希が不満そうな顔でドスドスと足音を立てるような足並みで俺に近づいてきた。
「もう!何時だと思って!」
問い詰める為に近づく優希に、俺は少しイラっとしたがそれ以上に背筋が凍りつくような感じがして、近づきたくないと思ってしまった。
そしてそれは涼も感じたみたいで、険しい表情をして俺と優希の間に立った。
「ちょっと何よ!」
「遅れたことは謝るから、とりあえず屋敷に戻って」
「なんであんたなんかに!」
「いいから戻れ!涼もこう言っているんだし」
「何よ!そんな女の肩を持つんだ!」
更に機嫌が悪くなった優希は、石ころを山に向けて思いきり蹴飛ばしながら屋敷に戻った。
そんな優希の背中を、涼は鋭い眼光で睨みつけていた。
「涼?」
「どうしたんだ?」
「・・・・ヤバイな」
俺と華々美が涼に尋ねると、涼はただ一言シンプルな言葉を言った。
「優希の奴、ヤバイ悪霊に憑依されている」
「なっ!?」
「悪霊って、この屋敷に死霊どもは入れないんじゃないんか?」
華々美が言うように、瀧倉家が所有する敷地内に死霊が入って来ないと聞いたので、俺達は安心してこの屋敷にいるのだ。
それなのに、何故死霊が敷地内に侵入してきて、しかも優希に憑依していると聞いて驚きが隠せないでいた。さっき優希に会った時に背筋が凍りつくような感じがしたのは、優希にとり憑いた悪霊のせいなのだろう。
「通常はそうだけど、憑依されているのなら話は別だし、何よりもあのレベルの悪霊になると殆ど通じない」
「あのレベルって、そんなに強力な悪霊なのか?」
「若輩の私が言っても説得力がないかもしれないけど、今まで対峙したことがないくらいに強力な悪霊で、この町の下水道に住み着いている悪霊どもに匹敵する」
「そんなに強力な・・・・」
更に涼が言うには、本来ならあのクラスの悪霊であっても入って来にくいのだが、あくまで「入って来にくい」のであってその悪霊の力が強すぎると神社や教会であっても入り込むことがあるという。そういう悪霊が入って来られないように守りを強化しているけど、やはり完全に防ぎきる事が出来ないのだという。
「そんなに強力な悪霊なのか?」
「えぇ。そんな悪霊に憑依されるなんて、優希が危険だ。早く祓わないと、優希だけでなく私達にも魔の手が及ぶ」
「マジかよ」
それならすぐに祓ってほしいと思うけど、力が強いからこそしっかりと準備を整えないと返り討ちに合う事もあるというので、今すぐに祓う事が出来ないと涼は付け加えた。
「出来るだけ早く出来るように準備を進めるし、完全に祓える様にする。本当ならあの手の悪霊は、関わりたくなかったんだけど」
「そういえばそんなことを言っていたな」
力の強い悪霊程手に負えず、お祓いが困難になる為近づかないことが最善という程だ。
この事を優希に話そうとしたのだが、今の優希は涼や華々美はもちろん俺の言葉をまともに聞こうとしなかった。なのでしばらくは、優希と距離を置く事にしたという。優希は不服そうにしていたけど、これ以上の被害を防ぐ為に仕方がなかった。
その日は怒り心頭の優希は夕食を食べてすぐに、風呂に入って布団に入った。いわゆる不貞寝だ。ちなみに、いつも眠っている部屋の隣の部屋に眠ってもらった。
そして、皆が寝静まったころに俺は涼と一緒にリビングに行って、優希に憑依している悪霊について話した。
「優希に憑依している悪霊の姿を、涼は見る事が出来たのか?」
「えぇ。他の人はどうなのか知らないけど、私は憑依している霊が相手の背中にしがみつくような感じで見えるんだよね」
「じゃあ、どんな奴がとり憑いているんだ?」
「それが、サーカスで見るピエロの様な姿をしているんだよな」
「ピエロ?」
「えぇ。体つきから一部女性もいるが殆ど男性だろうけど、あんな感じで姿晦ましされると個人の特定が難しくなる」
「それだと特定は難しいだろうな・・・・・ちょっと待て。殆どって、複数の悪霊に憑依されているのか?」
「初見では個人に見えたけど、私の眼は誤魔化せない。ピエロの姿をしているのは、姿晦ましもあるだろうけど、一番は複数の霊が集まってできた姿だと思う」
「ええぇ!」
そんな厄介な悪霊の集合体に、優希は憑依されてしまったのかよ。
「でも、昨日はそんなことなかったよな」
「いや。もしかしたら昨日、あのモール内のどこかで狙われていた可能性が高い。最初は後ろをついて回るだけだったんだと思う。私の目を欺くくらいだから、かなりの化け物だ。私が外出したタイミングで敷地内に入り込み、改めて優希に憑依したんだと思う」
「俺が涼を連れ出したせいで、優希が悪霊に憑依されて」
「それを言うなら、悪霊の尾行に全く気付かなかった私の責任だ」
俺と涼は、互いにあの悪霊の存在に気付けなかったことを悔やんだ。
「それはそうと、まず何をすればいいんだ?」
「あの悪霊の出所を調べる。正体が分からないままでは祓えないし、そもそも普通のお祓いが通用するような悪霊ではない」
「探れるのか?」
「ええ。あの悪霊の気配は把握したから、出所と何人の悪霊が憑いているのかを把握できるし、準備を整えればお祓いは可能だよ。少々骨が折れるけど」
それでもお祓いが出来るのなら、その手伝いを俺もしたいと思った。
その後、俺と涼は明日からの予定を話し合ってから眠りに就いた。明日には優希の頭も冷えるだろうし、改めて事情説明をしようと思う。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
~涼side~
「まったく、寝つきが良いんだから」
隣の布団で寝息を立てる幹夫を、私は覗き込むように身を乗り出してその寝顔を眺めた。
「いつも私を必要としてくれてうれしいよ」
こんな幹夫の寝顔が見られると思うと、10年間の辛い修行の日々も悪くなかったなと思った。
私の祖父が予知したこの現象に備えて、まだ幼かった私に祖父は厳しい修行を行わせて、当時の私はもう嫌で嫌で仕方がなかった。15歳の誕生日を迎えた年に免許皆伝をしたが、学業があった為なかなか実戦経験が積めないでいた。いや、そんなのは言い訳だ。本心は全然違う。
「やはり、あの悪霊の存在に気付けなかったのは、私の経験不足が原因なのかもしれない」
この現象が起こる前の私だったら、お祓いを祖父と父に丸投げして自分はなるべく関わらないようにしようと考えていただろう。
だけど、実際に優希が憑依されたところを見て私は凄く後悔してしまった。あんなに強力で危険な悪霊の侵入をみすみす許し、更に憑依させてしまったのだ。この失態はかなり大きい。
(こんな事なら、もっと真剣に修行に励むべきだったな)
免許皆伝はしたが、まじめに実践経験を積もうとせず、学業を言い訳に実戦経験を避けてしまっていた。勉強なんて嫌いなくせに、学校の勉強を免罪符に一族の使命を、陰陽師としての務めを放棄しようとしていた。それで困る人間なんて、科学が発達した今のこの世の中では存在しないのだと考えて。
しかし、亡者たちが視認できるようになってから私はこの力を早いうちから使えるようになったことを幸運に思い、それによって助けた人や仲間がたくさん出来たことに自信が付き、いい気になっていたのかもしれない。
その驕りのせいで、危険な悪霊が優希に憑依するというとんでもない失態を犯してしまった。その失態のせいで、優希だけでなくこの屋敷に避難している人全員の命までも危険に晒してしまった。私が不真面目だったせいで。
「でも、幹夫はそんな私でも頼りにしてくれた。必要としてくれた」
今まで、家のしがらみや陰陽師としての使命感で皆を守ろうとしたけど、幹夫と出会ってから徐々にその思いは変わっていった。
この人の為に力になりたい。
この人の役に立ちたい。
そう本気で思うようになり、気付いたら私は幹夫に対して特別な感情を抱くようになった。
「まったく私は、とことん未熟者だな」
自分の想いを自覚し、抑えきれなくなった私は良くないと思いつつも幹夫の顔に自分の顔を近づけ、そっとその唇に自身の唇を重ねた。ほんの数秒程度だが、とても気持ちよく、とても心地よかった。
こんな大失態を犯した私を許し、それでもなお必要としてくれているのがたまらなく嬉しく、これからはより一層気を引き締めてここにいる人全員を守り抜こうと決めた。
決意を新たにした私は、幹夫の唇から自分の唇を離した。
「裸を見られた時はかなり恥ずかしかったけど、本当は見せても良かったんだよ」
何て冗談めかしながら言った後、幹夫の逆隣りで寝ている黒髪の女性に目を向けた。その女性は、綺麗という言葉がしっくりくるほどに美しい容姿をしていた。
「今は華々美の方が一歩リードなのかもしれないが、私だって負けないから」
決意を新たに私は、明日から始まる悪霊祓いに備えて眠りに就いた。




