地獄の始まり
「完全に地獄だ」
朝起きた時はいつもと変わらない日常だったのに、一時間目の授業が始まる直前に事態は一変した。教師の前に現れた男の子の幽霊から始まり、外に出たらとんでもない数の幽霊たちによって埋め尽くされていた。その様はさながら地獄であった。
「救いがあるとしたら、空に浮かんでいる死霊たちは傍観しているだけで、俺達に襲い掛かってくる様子はないことだな」
他にも、幽霊たちの大半は建物の中や木陰から出てこれないという事だ。おそらく、太陽の光を嫌っているのだろう。事実、生きている人達を追って太陽の光を浴びた死霊たちは、悲鳴を上げながら全身から煙を上げて消滅した。
そして、黒い人影は幽霊だけを狙っていて生きている人達には手を出さないというところも救いだろうが、それでも気味の良い光景ではない。
「ねぇ、これからどうする?」
「どうするって、日陰を避けて広い場所に逃げるしかないだろ」
「でも、それも何時までも続かないでしょ。夜になったら逃げ場なんてないわ」
「そうだな」
確かに、夜になったら幽霊たちはより活発になるし、日の光が存在しなくなる為行動範囲も広くなる。どちらにしろ、逃げ切る事が出来ない。
でも、だからこそ日が出ているうちに安全な場所を探してそこに避難したい。本当にあるかどうかは分からないが、それでも無駄に走り回って体力を消耗するよりはずっとマシだ。
そんな中、突然校門を1台の車が強引に突破してこちらに向かってきて、すぐ近くで急ブレーキを掛けた。
停めてすぐに運転席から同年代の女子が、プラチナブランドの長い髪をなびかせながら木刀を3本持ってこちらに近づいて来た。
「なに、あの女?」
「分からん。着ている制服から、うちの高校の生徒じゃないだろう」
「麗宮女学園の古い制服に似ているけど・・・・・」
「ああ」
車を運転できるという事は、少なくても一つ上の3年生だと思う。今は5月の中頃だから、おそらく4月に18歳になってつい最近免許を取得したのだろう。
なんてどうでも良いことを考えている間に、その女子生徒は俺達の目の前まで来ていた。
そんな彼女を警戒してか、優希は俺の腕にしがみついて離れようとしなかった。
「なんだ?」
「いや。ただ、生存者を見つけたから急いで駆け付けただけ」
「生存者って・・・・・・」
他にもいるだろうと思ったが、周りをよく見ると俺達がいるグラウンドには死霊以外に生きている人間は俺と優希以外に誰もいなかった。他の皆はとっくに学校を出て、他に安全な所がないか探し回っているのだろう。流石にモタモタしすぎたと反省した。
「まったく。状況の観察をしている間に、他の生徒たちは既にほかの所に逃げて行った、といったところかしら」
「だと思う」
話しかけてきた女子生徒をよく見ると、綺麗がしっくりくるほどの美人で、大きく盛り上がった胸元に思わず視線がいきそうになったが、こんな状況では視線を向ける余裕はない。
「まぁ良いわ。私は長谷川里美。西宮高校に通う3年生よ」
「長谷川・・・里美?」
あれ、何処かで聞いたことがある名前だ。
でも、俺の知り合いにそんな名前の人なんていないし、父方の祖母の親族が確か長谷川だったが、祖母が無くなって以来一度も会っていないしそこの娘にも会ったことがあるが、それは彼女ではない。
それなのに、何なのだこの懐かしい感じは?
「どうしたの?」
「ああ、ごめん。俺は武谷幹夫。連優高校の2年だ」
「出島優希よ。幹夫の幼馴染で、連優高校の2年よ」
「よろしく。早速だけど行くわよ」
自己紹介を終えるすぐ、長谷川さんは俺の手を引いて走り出した。長谷川さんが俺の手を引いたのが気に入らなかったのか、怒った優希も頬を膨らませながら俺達の後を追った。
「おい!」
「あんな所でジッとしても死ぬだけよ!夕方以降になると死霊共がより活発になるし」
「死霊?」
「人を死に追いやるんだから、私はそう呼んでいる。話を戻すけど、暗くなると死霊共の行動範囲も広くなってしまう!もうお昼過ぎなのよ!」
「ええぇ!?昼過ぎって!?」
そんなに長い時間、グラウンドのど真ん中でボォーと突っ立っていたというのか!?確かに、呑気に状況分析をしていたけど、知らない間に4~5時間も経っていたのか!幽霊たちのせいで外に出るのに苦労したというのもあるが、それにしてはボォーとしている時間が長すぎるぞ!
「まったく、状況確認も大事だけど日が落ちてしまってはもう手遅れなのよ」
「すまない。でも、俺と優希を何処に連れて行く気なんだ?」
「如月公園。あそこなら小さいけどお堂があるから少しはマシだと思うわ」
「だったら神社や教会やお寺に行けばいいでしょ」
「出島さんだっけ。悪いけどそこには行かない方が良いわ。避難しに来た人でごった返していると思うし、全員避難する前に夜になって死霊たちに命を奪われてしまうわ」
「なるほど!」
確かに、俺達と同じ考えをしている人なんてたくさんいるだろうし、それによって大勢の人が集まるのは容易に想像がつく。そんなことになると今度は、人間同士の争いが起こってしまう。寺と教会だともっと敷地面積が狭いだろうから、余計にそういう事態になっているだろう。
その間に夜になって死霊たちの行動範囲が広がってしまう。
「だったら、効くかどうか分からないけどお堂がある如月公園に行った方が良いわ!そこが駄目だったら、最悪瀧倉神社に行きましょう」
「ああ」
確かに、瀧倉神社なら如月公園の近くにあるし、あそこはこの町で一番敷地面積が広いからギリギリ避難できるだろう。と言っても、7割以上があまり人の手が付けられていない山であるため、状況は他の神社や教会と同じだろう。
瀧倉神社に行くのは、本当にどうしようもなくなった時にしよう。今はまず、お堂のある如月公園に向かって走ることにした。
その道中、俺達は建物の中で生きている人を狙っている死霊たちを目にしたが、お日様のおかげで何とかなっているが見ているだけで気分が悪くなる。罰当たりな発言だが、全員がおどろおどろしい雰囲気を発していて、顔からは生気がなく真っ白でさながらゾンビみたいで不気味で合った。
日陰を避けながら走る事15分、俺達は目的の如月公園に着いたが、そこにはすでに先客集団がいて、その先客集団以外に人は誰もいなかった。
というよりも、その先客集団を恐れて誰も来ていなかったというのが正しいだろう。
「来たはいいけど・・・・・・」
「ごめんなさい。まさかあの人たちが来ていたなんて」
「あいつ等確か、藤波組だよね。あの子って確か、藤波組の組長の娘の」
「ああ」
そう。俺達が今いる如月公園には、このあたりで最大勢力を持つ反社組織の藤波組の人達が来ていたのだ。何故すぐに藤波組だと分かったかというと、厳つい男性たちが一人の女子高生を囲うようにして守っていて、その女子高生がその藤波組の組長の愛娘としてこの町ではとても有名だからだ。
「噂では聞いていたが、本物の藤波華々美を見たのは初めてだ」
藤波華々美。
容姿端麗でスタイル抜群、腰まである長い黒髪と吊り上がった目をしたこの町で一番の美少女で、優希や城ヶ崎美鈴や幸城茅音といったこの町の三大美女が霞んでしまうほどの美貌を持つ。
だが、その反面気性が荒く、成人男性を圧倒してしまう程喧嘩も強く、何かと問題行動ばかりが目立つ要注意人物で、そこからついた渾名が「鬼の華々美」だ。
更に言うとあの子、腰に堂々と日本刀を提げてあった。こんな状況でなかったら普通に警察案件だぞ。
「あまりじろじろ見ない方が良いわ。因縁をつけていると思われるわ」
「分かってる」
「なんて言っている間に、その藤波華々美がこっちに近づいているわよ」
「「え?」」
優希に指摘されて長谷川さんと同じタイミングで視線を向けると、確かに件の藤波華々美が不敵な笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。ご丁寧に、護衛の男たちも一緒に。
「な、なんでしょうか?」
「いや。何となくお前に興味があっただけ」
「何となくって・・・・・・」
「うちのお嬢は人を見る目があるんだ。あんたに何かしらの価値があると思ってお声をかけているんだ、光栄に思うんだな」
「ええぇ・・・・・・」
そんな根拠のない理由で目を付けられるなんて、善良な一般人としては物凄く迷惑だ。
「お前ら。あまり威圧するな」
『申し訳ございません』
いや、部下だけじゃなくあなた自身もかなり怖いですよ。笑顔はとても綺麗なのに、雰囲気だけで殺されてしまいそうなくらい重苦しい。
そんな彼女に一渇された男たちは、俺達を囲うように移動していき、俺だけでなく優希と長谷川さんまでもが委縮されていた。
「わたしは藤波華々美。名門私立、麗宮女学園の2年だ」
「ご丁寧にどうも。連優高2年の、武谷幹夫だ」
こういう場合は、怯える素振りを見せてはだめだ。気の強かった死んだ俺の婆ちゃんがよく言っていた。
「武谷幹夫か。覚えておこう。連れの女2人は、お前の女か?」
「違う。優希はただの幼馴染だし、長谷川さんは俺達をここまで連れて来てくれた恩人だ」
「そうか」
なんだかとりとめのない会話ばかりをしていたが、話してみると意外に普通の女子高生なのだなと思った。若干上から目線なのが気になるが。
「オメェ等あぶねぇぞ!」
『あっ!?』
突然女の子の声が響き、俺達はとっさにその声の方へと視線を向けた。視線の先には、藍色の長い髪をツインテールに結んだ今どき珍しいセーラー服を着た女の子がいた。その手には金属バットが持たれていた。
「ボォーとすんな!ヘリが落ちるぞ!」
「なっ!?」
「ヘリだと!?」
ヘリと聞いてすぐに上を見ると、黒煙を上げたヘリがこっちに向かって墜落してきているのが見えた。
「おいおい冗談だろ!みんな公園から離れるぞ!」
「なっ!?」
「おい!」
「ちょっ!幹夫!」
「お前たちも早くこっちに!」
すぐに状況を理解した俺は、藤波華々美の手を引いて大急ぎで公園の外に出ていき、その後に優希や長谷川さん、更に護衛の男たちまでもが慌てて道路の方へと走っていった。もちろん、俺達に声をかけた女の子の手も引いてひたすら走った。
瀧倉神社の方角に向けてどのくらい走ったのか、数百メートル後方で大きな爆発音が響いた。どうやら墜落したようだ。
爆発音が聞こえたタイミングで俺は足を止め、そんな俺につられて他の皆も足を止めた。
「あぶねぇ・・・・よく見たら、ここだけじゃねぇし」
冷静に周りを見ると、如月公園だけではなかった。ここから離れた住宅地や山の中、更にはこれから向かおうと思っていた瀧倉神社にも墜落していた。瀧倉神社にいたっては飛行機が墜落していた。
「おい。止まったんなら手を放せよ」
「ワリィ」
冷静になったからこそ、自分が今藤波さんと危険を知らせてくれた女子の手を握っていたことに気付き、セーラーの女子に指摘されて慌てて手を離した。努めて冷静を装って。
「タクッ!この町の暴れん坊将軍と呼ばれているこのあたし、本田咲の手を握るたぁいい度胸してんじゃねぇかあぁん!」
いきなり手を握ってきた俺に対してドスの効いた声で掴みかかり、鋭い眼光で睨みつけてくるセーラーの女子こと本田咲。
本田咲といえば、青林高校に通う2年生で地元の不良達の間ではかなり恐れられているレディースの総長だ。見た目の可愛らしさとは裏腹に、かなり短気で喧嘩っ早い性格をしている。
(やべぇぞ・・・・・・ヤクザの娘の藤波さんに、バリバリの暴走族の本田の手を握ってしまった!)
終わた。俺の17年の短い人生が。
その証拠に、本田だけじゃなく藤波さんの護衛の男達からも殺気の籠った目で睨まれている。
そんな俺を心配した優希と長谷川さんが、慌てた様子で俺の傍に駆け寄ったがもう遅い。顔も覚えられてしまった以上、逃げても地獄の果てまで追いかけてくるだろう。
そんな中藤波さんは、俺に握られた手を数秒見つめた後、何を思ったのかニヤリと口の端を上げた後大きな声を上げて笑い出した。
「お嬢?」
そんな藤波さんに護衛の一人が声をかけた直後、俺の目の前まで歩み寄り、制服のネクタイを引いて強引に息がかかるくらい顔を近づけさせた。
彼女から良い香り、はせず物が焦げるよう嫌な臭いがした。これはもしや硝煙の臭いというやつなのか。ヤバイぞこの女、刀だけじゃなく拳銃まで持っているのか!?
「とっさにあんな指示が出せるだけでなく、わたしやそこのアバズレの手を引いて逃げるだけでなく、止まってすぐに周りの状況を冷静に観察するなんて、幹夫って意外と見所があるじゃない」
「おいテメェ!アバズレってあたしの事か!」
本田の講義をスルーして、藤波さんは俺から視線を外すことなく言い続けた。
「なるほど。益々気に入った」
(俺はあなたに気に入られてもちっとも嬉しくないんだけど)
「わたしは幹夫、お前に付いていこうじゃないか」
「そ、そうか」
何でそんなことになったのか訳が分からず、俺は情報が追い付かず頭の中はパンク寸前の状態になった。
だがここで動揺している様子を見せるわけにはいかない!
その瞬間に隙が生まれてしまい、藤波さんだけでなく護衛の男たちや本田に侮られてしまう。
(弱みを見せるな!動揺を悟られるな!平静を装え!)
「まぁ、藤波さんの協力を得られるのは俺としては大助かりだ」
「なら決まりだ。お前ら、わたし達は幹夫についていくぞ。手を出したらこのわたしが許さないぞ」
『はい』
なんて清々しい程の手のひら返し。それだけのカリスマ性がこの女、藤波華々美にはあるというのか。
「すご・・・藤波組に認めらるなんて」
「こら出島さん。声を抑えて」
優希からは、褒められているのか呆れられているのか、どちらとも取れない反応が返り、そんな優希を窘める長谷川さんだったが、さっきから無視されている本田さんが今にも爆発しそうになっていた。
「テメェ等!このあたしを無視するなんて、リンチされる覚悟あんのか!?」
「馬鹿の意見なんて聞いていない。その頭には脳味噌が入っていないのかしら?」
「んだとゴラァ!」
「そんなことより」
「テメェ!」
ついに逆上した本田が、怒りに任せて藤波さんに金属バットを振り下ろそうとするが、その前に藤波さんがブレザーから素早く拳銃を取り出して本田の顔スレスレの所を撃った。
「ああ・・・・・・」
拳銃を持っているとは思っていなかったのか、バットを振り上げた状態のまま固まる本田。そりゃ、いくら何でも拳銃を持っている奴に喧嘩を売るなんて出来ないわな。というか、やっぱり拳銃所持していたのか。
「さて、馬鹿も黙ったことだし、これからどうする?」
何事もなかったかのように拳銃をしまい、俺に問いかけてくる藤波さん。それと同時に、俺のネクタイから手も放してくれた。
「とりあえず瀧倉神社方面に向かう」
「ちょっと幹夫!瀧倉神社にはさっき飛行機が!」
「優希に言いたいことは分かるが、神社に行くんじゃない。瀧倉神社が所有している山に向かうんだ」
「なるほど。瀧倉神社が所有している山は、神や仏が住まうありがたい山と言われているから、そこに行けば死霊たちの進行を止められるという訳か」
察しの良い長谷川さんのお陰で説明が省けた。
「ただし、本当に死霊たちを退けられるかどうかは賭けだが、それでも行く価値はある」
「そうね。迷っている暇はない。時期に日が暮れる」
「皆もそれでいいか?」
俺の問いかけに対して藤波さんはもちろん、優希も、長谷川さんも、護衛の男たちも反対しなかった。本田に関しては、未だに放心状態だったが特に反対はしていなかった。
「さて、そうと決まったら早くいくぞ!藤波さんの言うように、もうすぐ日が暮れる!」
「ええ。お前たち、幹夫や彼女達をしっかり護衛しろ」
『はい』
全員の意見が固まったところで、俺達はすぐに瀧倉神社が所有している山の方へと走っていった。日陰を避けながら。




