朝戸刑務所
床で雑魚寝ではあったが、6時間きっちり睡眠をとった俺と華々美と涼は、他の皆がまだ寝静まっている中でバスから持ってきた猪肉を焼いて昼食の準備をしていた。
肉を焼く匂いを嗅いだ皆が一斉に目を覚まし、寝ぼけ眼ながらもコンロの周りに集まってきた。お肉焼く匂いで目を覚ますなんて残念過ぎるが、ずっとろくな物を食べられないでいたのだろう。
たらふく食べ、エアコンの効いた空間で6時間ぐっすり眠れたお陰か、全員の顔に生気が戻っていた。
「にしても、猪肉でもあんなに喜んでくれると持ってきたかいがあるな」
「次は鹿肉やウサギ肉も持っていこう。クマも仕留められたらクマ肉も」
「クマの肉はやめておいた方が良いんじゃない。お爺様から聞いたけど、物凄く獣臭いって言っていたわ」
「ワインで時間をかけて煮れば臭みは取れる。それに香草を加えれば」
「今のこのご時世でワインと香草が手に入ると!?」
華々美と涼がそんな言い争いをしている中、俺は皆と一緒に黙々と猪肉と野菜を食べていた。
(獣臭いと言ったら、鹿やイノシシだって獣臭いんだけど。何なら今食っている猪肉は、下処理も何もしていなかったら筋っぽくて硬いんだけどな)
それでも、物流やライフラインがストップしてしまっている今のこのご時世において貴重な肉だから、贅沢なんて言っていられない。食べられるだけでもありがたいと思わないといけない。
それに、柔らかくする方法も、臭みを取る方法を華々美は知っているみたいだから、今のところは何の不便はない。だが、ワインも香草もなかなか手に入らない。その為、俺達もたまに臭み取りも何もしていない猪肉をそのまま焼いて食べることもある。その度に優希と咲が愚痴を言っているが、慣れてもらわないと生きていくのが厳しくなる。滅菌や寄生虫対策は出来ても、それ以外の事がいつか出来なくなる事も考えないといけない為我慢してもらいたい。
「涼の言いたいことは分かるが、ワインや香草だってこの先ずっと手に入るとは限らないから、臭みや硬さには慣れてもらわないと困るのは自分だぞ」
「だそうだ。諦めろ」
「そんなぁ・・・・・・」
何故か勝ち誇ったと言った顔をする華々美、ガックリと項垂れる涼。まぁ、きちんと血抜きをすれば臭みはそんなに残らないのだけど。
それに、今のところクマは出てきていないし、涼の家が所有している山にも鹿やイノシシはおるがクマはいないと言っていた。が、対策は取っておくに越したことはない。遭遇してしまってからでは遅いのだから。
それに、獣臭かろうが、硬かろうが猪肉も鹿肉も美味しいのだからいいのだ。なので、クマ肉にも興味がある。
「さて、飯も食い終わったところで早速逃がした吸血鬼どもを追うぞ」
「追うって、何処にいるのかも分からないのに?」
横原さんの疑問は尤もだが、その対策はバッチリ取ってある。
俺と華々美と涼を先頭に皆を連れて、昨夜戦った道路まで誘導した。そこには、赤色のペンキが斑点のようにアスファルトに付いていて、それが足跡みたいに等間隔に垂れていた。
「これは何ですか?」
「昨夜吸血鬼たちにかけたペンキだ。これを辿っていけば、吸血鬼どもが何処に潜んでいるのかが分かる」
「そうですか。逃げた吸血鬼たちを追跡する為にペンキを用意したのですね」
「ああ」
そもそも、俺とて全滅なんて出来ないだろうと最初から思っていた。でも、ある程度減らしておいた方が寝込みを襲う時にそんなに時間はかからないし、やっぱり少ない方が楽だ。
ちなみに、ペンキが固まりにくくなり、垂れやすく方法は華々美が知っていたので彼女に作ってもらった。何やら見たこともない薬品を混ぜていたみたいだけど、本人曰く企業秘密だそうだ。
「このペンキを辿っていけば、吸血鬼たちが何処で眠っているのかを突き止める事が出来る。木の杭と鉈を持って、二手に分かれるぞ」
こういうのはあまり大人数で行くと相手に気付かれる為、追うのは最初に吸血鬼に対処したメンバーだけで行くことにして、残りのメンバーには教会に残ってもらうことにした。
左側の道には、涼と横原さん、城ヶ崎さんと市原さんに行ってもらった。
右側の道には、俺と華々美、神崎さんが行った。
「でも、どのペンキも同じ所に向かっている気がするね。もしかして、例の刑務所に向かっていたりして」
ぐっすり眠り、お腹いっぱい食べられたことで心にゆとりが出来たのか、ギャルっぽい雰囲気を出し、口調もギャルっぽくなっている神崎さんが興味津々に地面に垂れたペンキを辿っていた。
「髪黒いから普通の子かと思っていたが、神崎さんって実はギャルだったのかよ」
「咲にしろ、あの子にしろ、青林高校の女子って頭悪い奴ばかりが集まるのか?」
何故女子限定で頭が悪いことになっているのか知らんが、青林高校は決してレベルの低い高校ではない。なのに、華々美の中ではすっかりバカが集まる高校という事にされている。
「ああ!あたしの事バカと思ったかもしれないけど、あたしは決してバカじゃないわよ。友達の中じゃ一番成績良かったんだよ!」
「で、学年順位は?」
「150人中123位だよ。1、2、3、って綺麗に並んでいるんだよ」
「「・・・・・・」」
誇らしげに胸を張っているが、順位は決して威張れるものではない。しかも、それでいていつも一緒にいるグループの中で一番成績が良かったって、それは単に周りがお前よりバカなだけだ。
「ちなみに、みっきーとカーちんの成績は?」
「みっきー!?」
「カーちんって・・・・」
なんかいきなり変な渾名を着けられている!?ギャルってこういうものなのか?っていうか俺につけられた渾名って、とある有名キャラの名前と被っているからやめてほしいぞ!
とりあえず神崎には、俺達のことを渾名で呼ぶのをやめてもらった。普通に下の名前で呼んでもらった。
「158人中68位」
「わたしは122人中5位だ」
「すっごぉ!2人ともチョーユートーセ―じゃん!」
「華々美はともかく、俺はそんな胸を張れるような成績じゃないぞ」
「でも連勇ってすごくレベル高いじゃん!」
「かと言って、麗宮女学園と比べたら月とスッポンだ」
一応、俺の通っていた高校はこの町では3番目にレベルが高いなんて言われているが、麗宮女学園の知名度と学力と比べるととてもレベルが高いなんて言えるようなものではない。世間一般で見れば、何処にでもある普通の高校だ。
だからそんなキラキラした目で見ないでほしい。
神崎さんのテンションとコミュ力を前に、俺も華々美も辟易としている中でもペンキを辿っていった。今のところどのペンキも同じところを歩いているが、その方向には見覚えがあった。
そして―――
「「「あれ?」」」
「「「「え?」」」」
俺達は、反対側の道を進んでいた涼たちと合流した。
しかも、道中で神崎さんが言っていた例の刑務所の前で。
「うわぁ、マジで皆この刑務所から来てたの!?」
「偶然なのかもしれないけど、何で全員なんだ?」
妙な感じはしたが、俺達はその刑務所の中へと入っていった。
例の現象が起こってからまだ1ヶ月しかたっていないのに、中はまるで廃墟の様にボロボロになっていて、床には崩れた壁や天井の破片が散乱していた。遺体がないのは、ここで死んだ人全員が吸血鬼になってしまったからなのだろう。
「ここでようやく分かれたみたいだけど・・・・・・」
その全てが、囚人たちを収監するために用意されたであろう個室に続いていた。流石に全員がここの囚人ではないかもしれないが、何故ここなのだという気持ちが大きかった。これも、死刑になった囚人の残留思念が大きく関係しているのだろうか?
「なんにせよ、眠っている間に済ませよう。3組に分かれよう。グー、チョキ、パーで出していって、同じ手を出した人で組もう」
20人近くいる上に、全員がぐっすり眠っている為わざわざペアを組まなくてもと思うが、万が一の事も考えて単独で行動するのは危険である為、最低でも2人ペアで行動した方が良いだろう。
「じゃ、いくぞ」
「「「「「「「じゃんけんポン!」」」」」」」
お馴染みの掛け声とともに、俺達はそれぞれグー、チョキ、パーを出した。びっくりすることに、なんと一発で決まった。
「むむぅ、なんか納得いかない」
「まぁまぁ、瀧倉先輩」
グーを出したのは、涼と城ヶ崎さんの2人。
「ここでも俺はお前と組むのか」
「あら、わたしは嬉しいぞ」
チョキを出したのは、俺と華々美であった。
「出来れば、武谷君か藤波さんのどちらかと私を交換してほしいです」
「えぇ~!なんでぇ!?」
「せめてワタシが交換されますので、横原先輩はそのまま残ってください」
結果、パーを出したのは横原先輩と神崎さんと市原さんの3人で、横原さんと市原さんは俺と華々美のどちらかと自分をチェンジしてほしいと申し出た。対処法は教えてあるが、やっぱり不安は拭えないみたいだ。そりゃそうか。
「仕方ない。華々美、横原先輩とチェンジだ」
「ええぇ~。せっかく幹夫とペアを組めたのに~」
「文句言わない」
「ちえぇ」
渋々横原先輩とのチェンジに応じる華々美だが、その顔は不満たっぷりであった。こればかりは我慢してほしい。ある程度慣れるまでの辛抱だ。
そんな訳で、俺達はそれぞれ別の階に行って吸血鬼退治に向かった。1階は涼と城ヶ崎さんが、2階は華々美と神崎さんと市原さんが、3階は俺と横原先輩が担当することになった。
逃げていった吸血鬼たちは、全員が個室のベッドの上で仰向けになって眠っていて、俺と横原先輩は刀と鉈でそれぞれ首を斬り落としていった。そして、その倒した吸血鬼たちの中に鬼塚までも混ざっていたことに驚いた。どうやら、あの後すぐに殺されてしまったのだろう。
そんな訳で、寝ている吸血鬼の退治は順調に進んでいった。正直言って、順調すぎて逆に怖すぎるくらいであった。
「にしても、1階から3階まで綺麗に分かれたな」
「それが逆良かったかもしれません。変に偏ったり、全く違う所に行かれるよりは」
「それもそうだな」
「それにしても、武谷君ってとても強い幸運の持ち主なんですね」
「この現象が起こる前はそんなことなかったんだけどな」
いや、よく考えたらこの現象が起こる前日にも、何となく嫌な予感がして仕方がなかった。もしかしたら、この現象が起こる事を俺に警告するための物だったのだろう。
涼の予想では、俺の幸運は俺の守護霊によってもたらされている可能性が高いのだという。それも、姿を見せず、他の皆にも幸運を分け与えるくらいだから相当強い力を持った守護霊ではないかと言っていた。
そんなことを考えながら俺と横原先輩は、最後の一人が眠っている個室へと辿り着いた。そこで眠っていた吸血鬼を見て、俺と横原先輩は戦慄した。
「冗談じゃねぇぞ」
「まさか、ここの刑務所に収監されていたなんて知らなかったよ」
「まさかこの男、刈本哲司がいただなんて」
そこで眠っていた吸血鬼は、全国的に顔と名前が知られている凶悪犯であった。
刈本哲司。
役職についていた人を狙い、人気のない所へと攫って殺害し、金目の物と通帳を盗むという行為を繰り返した凶悪犯。180センチ越えの長身に、ボディービルダー顔前のマッチョな身体は刃物を通さず、この男を恨んで復讐しようとした奴が持っていた日本刀の斬撃を受けても傷一つつかず、逆に相手の日本刀を折って返り討ちにしたという衝撃的なニュースは、当時中学生だった俺の記憶にも深く刻まれた。
しかし、そんなニュースが流れた翌年に警官が発砲した銃に肩を撃たれ、動けなくなったところで逮捕され、去年死刑判決を受けたばかりであった。
「そりゃ、ここには死刑囚が多いが、何でここに収監されたんだ」
文句言っても仕方ないため、俺と横原先輩はゆっくりと刈本に近づき、横原先輩は手に持っていた木の杭を突き立てた。
「くらえ!」
掛け声と共に木の杭を刺そうとしたが、杭は刺さることなく途中でボキリと折れてしまった。
「噓でしょ!?刺さらない!」
「下がって先輩!」
横原先輩が木の杭を打ち込んだ瞬間に、眠っていた刈本が目を覚まして起き上がろうとしていた。その前に横原先輩を下がらせ、俺が前に出て刀で刈本の首を斬ろうと思い切り振った。
だが、刀の刃が刈本の首に食い込むことはなく、甲高い音と共に弾かれてしまった。
(クソ!なんて硬い筋肉なんだ!)
やむを得ず俺は刀を鞘に納め、横原先輩の手を引いて大急ぎで部屋を出た。刈本は、長い犬歯をむき出しにしてそんな俺達を追いかけてきた。
(そうだ、付いてこい!一か八か!)
しつこく俺達を追いかけてくる刈本を、階段前の窓の所まで誘導した。
「先輩は階段を下りて!」
「で、でも!」
「いいから!」
思わず激しい口調になってしまったが、巻き込まれる可能性があった為出来るだけ刈本から離しておきたかった。
言われた通り階段を駆け下りる横原先輩を確認した後、俺はすぐにしゃがみ込み、目の前に迫った刈本の股下に頭を突っ込んで勢いよく立ち上がった。
「うおぉりゃああああ!」
全身筋肉という名の鎧を纏った刈本は非常に重かったが、立ち上がった勢いを利用して刈本を窓から外へと放り投げた。廃墟と化していたお陰で外の鉄格子は剥がれ落ち、窓ガラスも割れていて枠も取れて床に落ちていたお陰で、何の弊害もなく放り投げる事が出来た。
放り投げられた刈本は真っ逆さまに落ちていき、しかも丁度日の光が差し込んでいたお陰で、刈本は苦しみながら全身を焼かれ、塵となって消滅していった。
「ふうぅ・・・・終わった」
これで、3階にいた吸血鬼は全て倒す事が出来た。
だが、直後に横原先輩が勢いよく駆け上がり、俺の前に付くとすぐに胸倉を掴んでグイッと引き寄せてきた。
「なんであんな無茶するのよ!すごく心配したんだから!窓枠や鉄格子が外れていたから何とかなったけど、こっちは心臓が止まるかと思ったんだから!」
「ご、ごめん」
物凄い剣幕に思わず間の抜けた声で謝ってしまったが、逃げている途中であの窓の枠と格子が外れていたことに気付いたからこの方法を取ったのだ。運が良かったのかもしれないけど、そのお陰で何とか刈本を倒す事が出来たのだ。
だけど、横原先輩にすごく心配させてしまったので、俺は何も言い返さずに黙ってお叱りを受けることになった。




