吸血鬼の大群
空がオレンジ色に染まり始めた頃、俺達はそれぞれ武器を手に持って教会の前に立っていた。
「そもそもの話、何でこの辺りにばかり吸血鬼たちが集中してしまったんだ?俺達のいる地区にも吸血鬼がいるはずなのに、それらしい痕跡は見かけない」
「おそらく、吸血鬼になった死体は皆ここに来たんだと思う」
俺のふとした疑問に、涼はしれっとそんなことを言った。つまり、この町にいる全ての吸血鬼はこの地区に皆集中してしまったというのか。
「だって、この地区にはあの刑務所があるんだぞ。重い罪を行って死んだ魂程、吸血鬼になる可能性が通常の3倍に跳ね上がるんだ」
「3倍って・・・・・・」
「つまり、ここで死ぬと華々美は確実に吸血鬼になるだろうね」
「わたしが今死ぬと吸血鬼になるというのかよ・・・・」
涼に指摘されて、華々美はバツが悪そうな顔で明後日の方向を見た。
この地区にある刑務所には、死刑を執行された囚人の強烈な残留思念が漂い、吸血鬼たちはそれに惹かれて一度はここに集まってきた可能性が高いという。そして、ここに獲物を見つけて居付いてしまったのだという。
「それでいて、獲物に対する執着も凄まじいって。本当に面倒な化け物だな」
「まるでクマみたいだな。いや、猟銃でズドンとすれば死ぬだけクマの方がましか」
そんな物騒なことを言う華々美だが、確かに銃が通用するだけクマの方がまだマシなのかもしれないが、俺からすればクマも今回の吸血鬼もどっちも似たり寄ったりな気がする。どちらも、獲物への執着が異様に強い所が共通している為。
「ところで、これで大丈夫なのか?」
「吸血鬼に関してはどうすることも出来ないけど、死霊を近づけさせなくさせる術式を書いた。焼いて魂が出ても、死霊にならずに天に昇るようになる。その代り、焦げ跡や煤があると術が無効になるからそれは最後の手段にとっておいた方が良い」
死霊を除けることは出来ても、吸血鬼の力を弱らせることは出来ないみたい。どうあがいても、肉弾戦で応戦するしかないみたいだ。
「だからこその真水なのですね」
「吸血鬼にとって真水は猛毒だから、動きを封じるには丁度いいし、量が多ければそのまま消滅させることもできる。その代り、術式の外で撒いてもらうことになる」
そう言う城ヶ崎さん達のすぐ傍には、真水の入ったポリタンクがたくさん置かれていた。
その為に真水も用意したが、吸血鬼の数が分からない為用意した分で足りる保証は全くない。ポリタンク20個分は用意しているが、それでも足りないだろう。
「いざとなったらわたしが撃って動きを止める。倒せなくても、動きを数秒止められればそれでいい」
ホルスターから拳銃を取り出してアピールする華々美だが、弾丸にしてもその数には限界がある。
それ以外にある武器は、先程のホームセンターで調達した角材から作った木の杭とノコギリ、それと俺達が持ってきた刀と鉈くらいしかなかった。
だが、それでも十分すぎる。それに、涼が描いた術式も侵入を防げなくても動きを鈍くさせることは出来る。その隙に、刀と鉈とノコギリで首を斬り、木の杭で胸を突く。
そして最後に、夜明けが近づいて逃げられそうになった時の手も考えてある。
「幹夫」
「ん?」
華々美に声をかけられて正面を見ると、ボロボロの服を着た人がのそのそとした足取りでこちらに近づいてきた。街灯がまだ生きている為、暗くなってもその姿をハッキリと捉える事が出来た。
表皮は青白く、目は虚ろになっていて、大きく開かれた口から長い犬歯がバッチリ確認できた。
「何なんだ、あれは」
動きも緩慢で、パターンも単純。あれでは吸血鬼というよりも、ゾンビ映画のゾンビみたいであった。
だが、俺達が驚いたのはその数であった。教会の入り口前はT字路になっていて、左右と正面からこちらに向かってくる吸血鬼の数はとんでもなく、下手をした万を超えているだろう。
「これだけの数の吸血鬼の進行を毎晩、横原さん達の苦労が伺える。よし、横原さんと神崎さんと市原さんは右側を、涼と城ヶ崎さんは左側を、俺と華々美で正面を叩く」
俺の指示通りに皆、それぞれ武器とポリタンク、木の杭をもって配置に付いた。
ポリタンクに入った真水は、ホームセンターの玩具売り場から調達した水鉄砲で攻撃するようにしている。
「近づいてきたな」
「ああ。先ずは水鉄砲で」
水をたくさん含んだ水鉄砲で、まずは正面にいる吸血鬼にかけてみた。すると、真水をかけられた吸血鬼の身体がボロボロと崩れていき、かけた場所が偶然首だったこともあって首がボトッと落ち、そのまま塵となって消滅していった。
「なるほど。例え少量でもかかった場所によって一撃で倒す事が出来るという訳か」
「これならやりようはある」
「ああ。俺が片っ端からかけるから、その隙に華々美が首をはねてくれ」
「分かった」
俺の指示に相槌を打った後、華々美は刀を抜いて前に出て吸血鬼たちの首を次々に撥ねていった。射撃だけでなく、剣術も得意としている本当に末恐ろしい女だ。
「水がかかるかもしれないが、その辺は我慢してくれ」
「幹夫は女を濡れネズミにする趣味でもあるのか?」
「いや、そんなことを言っている場合では」
「冗談だ。わたしにかかってもいいから、幹夫は片っ端から真水をかけてやれ」
「分かった。だが無理はするな。疲れたら遠慮なく下がってくれ。その間に俺が何とかする」
「分かった」
木の杭の持ち手にはタオルが巻き付けられており、これによってささくれが手に刺さる心配はないから思いきり突き刺せる。いざとなったらそれで対処できる。実際に、横原さん達3人は真水と木の杭のコンボで進行を食い止めているみたいだ。
それから20分ほど経つと、少し息が上がった華々美が後ろに下がり、ペットボトルに入っているお茶を飲んで一息ついていた。
(それでいい。6月も後半に入ると、夜中であっても真夏並みに暑くなる。無理して熱中症になったら、元も子もない)
華々美だけでなく、他の皆もその辺は理解しているみたいで、一人ずつ交代で休憩を取っていた。
「ありがとう幹夫。交代だ」
「ああ、すまねぇ」
水鉄砲を華々美に渡し、俺は中央付近まで下がってお茶を飲み、塩飴をなめた。
(倒すこと自体は簡単だが、如何せん数が多すぎる。下手をしたら、犠牲になった町民の半数以上いるかもしれない)
死刑囚たちの残留思念に惹かれてここに集まり、ここの教会に避難した人たちに狙いを定めて執拗に襲い、そして住み着いてしまう。最悪な負の連鎖であった。
(俺達のように、二次災害を防ぐ為に遺体の火葬を行っているグループなんてたかが知れているし、俺達が何十日もかけて処理した遺体の数も300に満たない。他のグループと含めても2000もいかないだろう)
とはいえ、ライフラインと物流がストップしている今、未知の病気にかかっては治す手立てがない。そうならない為にも、遺体の火葬は必須。事実、これまで調査した地区の人達もそれが分かっていたみたいで、所々に火葬された跡があった。
だが、それでもこの町の全住民の半分にも満たないと思う。残りは吸血鬼になったか、地下の死霊たちによって引き込まれ、取り込まれてしまったのだろう。
いずれにせよ、そのくらい数が多かった。
あまり長く休むわけにもいかない為、口の中の塩飴が無くなったところで俺もすぐに華々美と合流した。
「お待たせ」
「もう少し休んでも良いぞ」
「そうもいかねぇだろ」
華々美一人に、この数を任せきりにさせる訳にもいかない為あまり長く休むわけにはいかない。
それに、夜はまだ長い。スマホで時間を確認していると、まだ夜の9時で夜明けまでまだあと8時間以上もある。これは思っていた以上に持久戦になる。
(時間が経つのは思いのほか早いが、正直言ってあまり減った気がしない)
夏が近づいている影響で明るい時間が長くなったが、それでも10時間から11時間は真っ暗な時間がある。
その間に吸血鬼たちを何とかしないと、この町に避難している他の生存者たちにも被害が及ぶ。それだけは、なんとしても防がないといけない。
そんな意志とは裏腹に、俺達の体力はどんどん削られていき、その上夜中でも30度近い熱帯夜のせいで体力だけでなく水分と塩分もどんどん無くなっていく。
なのに、目の前に迫っている吸血鬼たちは一向に数が減らない。なのに時間だけは、2時間、3時間とどんどん減っていく。
(クソ!水鉄砲のお陰でかなりの数を倒すことが出来たが、その前に俺達が先にダウンしてしまう!こうなったらもう残りは全部焼くしかないのか!)
そんなことを考えていると、後ろから教会で休んでいた生存者の男性が3人こちらに近づき、地面に置いてあった鉈と水鉄砲を持って前に出てきた。
「2人とも下がって、ここは俺達に任せて」
「1時間でいいから睡眠もとった方が良い」
「絶対に通さないから、下がって」
「お前等」
彼等の言葉を受けて、俺と華々美は一旦武器を治めて教会の方へと下がっていった。対処法は既に教えていた為、彼等はその通りに対処してくれていた。
更に後ろに下がると、彼等だけでなく他の皆も出てきて俺達に休む様に言ってきた。
彼等によって俺と華々美だけでなく、涼や城ヶ崎さん、横原さん達までも教会の中へと入り、濡れタオルと氷嚢を持った女子達から手厚い介抱を受けた。
「ゆっくり休んで」
「外は男子たちが何とかしてくれているから、武谷君たちはしっかり睡眠を取って」
「この教会には冷蔵庫も水道もあるから、氷と水には困らないわ」
「ありがとう」
お礼を言った後、俺達は濡れタオルを受け取り、それを顔に当てて教会の床に寝転がった。
「お礼を言うのは私たちよ」
「武谷君たちが私達の為に命懸けで戦ってくれているのに、私たちだけが呑気に寝てていいはずがないもの」
「昼間は断ってごめんね。でも、ここからは私達も協力するから」
そんな彼女達の頼もしい言葉を聞きながら、俺はゆっくりと意識を手放して眠りに就いた。
それから3時間ほど経ち、時刻は夜中の3時半を回ったところで俺と華々美と涼が先に目を覚まし、外で戦っている皆と合流した。
彼等の奮闘のお陰で、吸血鬼たちの数も見てハッキリと分かるくらいに減っていた。真水を頭にかければ一発で倒すことが出来るし、頭にかからなくても弱っている隙に鉈やノコギリで首を斬り、若しくは木の杭で胸を刺せばそれで良いのだから。
その上、涼が描いてくれた術式のお陰なのか、術式内に入った吸血鬼たちの動きは更にのろくなり、もっと楽に攻撃する事が出来る。
お陰で火葬をしなくて済みそうだ。
「よし、交代だ」
「ここまで減らす事が出来れば、接近戦で何とか出来る」
そう言って俺と華々美は、刀を抜いて前に出た。丁度用意した真水が無くなってきたので、残りは接近戦で対応することにした。
「これだけの数を相手に、よく一人の犠牲者も出さずに倒せたな」
「まぁ、あれだけ動きがのろければいくら数が多くても対処は可能だ。それに、真水が思いの外効果覿面だった。あとは、怯えずに急所を狙えば楽に倒せる」
簡単だろなんて言いたげな華々美だが、俺はあの数が厄介だと言っているのだ。どんなに弱くても、どんなに動きがのろくても、数の暴力の前ではどんな力も何の意味をなさない。
今回は、避難した人全員の協力のお陰で何とか対処できたが、当初は俺と華々美と涼、城ヶ崎さんと横原さんの5人だけで対処するものだと思っていた。あれだけ怯え切っていた他の人達に、一緒に吸血鬼と戦ってなんてお願い出来る筈もないし、毎夜何十日も続けて襲撃を受ければ恐怖が勝って自分から戦いに行こうなんて言わない。
(神崎さんや市原さんも協力してくれたことも意外だったし、その後全員で対処できたからここまでできた。結局また、幸運に助けられたという事か)
だが今は、その幸運に感謝しなければいけない。お陰で火葬して更に死霊を増やしてしまう、という最悪な決断をしなくて済んだ。
そうして残り20人、10人、5人とどんどん数を減らしていき、ついに俺と華々美が対処している道、教会の正面の道路にいた吸血鬼を全滅させることに成功した。
「だが、まだ終わっていない」
「分かってる」
俺と華々美はすぐに左右に分かれ、そこでまだ残っている吸血鬼の対処に回った。それでもかなり数が減っていて、あと一息というところまで来ていた。
ところが、残った吸血鬼たちは急に血相を変えて走り去ろうとしていた。時間を確認すると、早朝の4時。日が昇る1時間前であった。
逃げようとする吸血鬼たちを、俺と華々美と涼以外の全員が追おうしたが、華々美がそんな彼等を引き留めた。
「追うな!幹夫、涼!」
「ああ!」
「抜かりない!」
華々美に声をかけられ、俺と涼は大急ぎで赤色の液体が入ったバケツを持って、それを吸血鬼たちにかけた。幸い、10にも満たない数だった為全員に赤い液体をかけることに成功した。
「術式の外に出たら死霊たちに襲われる。真水も使い切ってしまったし、これ以上の深追いは危険だ」
これの言葉を聞いて、吸血鬼の対処をしてくれていた男たちが一斉にその場にしゃがみ込んだ。
「それに、この後の事は考えてある。あとは昼までしっかり睡眠を取るぞ」
吸血鬼たちが逃げた後の対策も取った為、俺達は全員を引き連れて教会の中へと入り、体力の回復をする為に全員昼まで睡眠を取ることにした。
その際全員が床で雑魚寝をしていたが、何故か俺の両隣には華々美と涼がピタリと張り付くようにして寝ていた。
(なんで俺の隣なんだよ!)
幸い教会にはエアコンが完備されていて、暑さ対策はバッチリなのだがこれは違う意味で身体の芯から熱くなった。
けれど、やはり疲れが蓄積してあったのかそれからわずか5分後に俺も深い眠りに就いた。




