幼稚な悪
鬼塚とその取り巻きたちを撃退した後、俺達は彼等をバスの所まで連れて行き、バーベキューで猪肉と鹿肉と野菜を焼いて食べさせてあげた。飲み物もたくさん用意してきたけど、あっという間に半分以上が無くなってしまった。
「皆すごい勢いだな・・・・・・」
「仕方ありません。皆さん、鬼塚達のせいでろくに何も食べられなかったのです。城ヶ崎さんに関しては、鬼塚の夜の相手を断ったこともあって、その腹いせとして彼女の長かった髪を切ってしまったのです」
横原さんの補足情報のお陰で、何故城ヶ崎さんの髪が短くなって知るのかを知る事が出来た。やはり城ヶ崎さんみたいな美人を、鬼塚が放っておくはずもなかったみたいで最初は執拗に声をかけ、やたらとボディータッチを行ってきたみたいだ。
けれど、城ヶ崎さんがそれを拒んだことで鬼塚が腹を立て、見せしめとして彼女の長い髪を衆人環視の中で切ったのだ。
翌日には、横原さんが切られた後の城ヶ崎さんの髪を綺麗に整えてあげたそうだ。
「1か月間よく耐えたな」
「武谷先輩たちが来てくれて、本当に助かりました。改めてお礼を言わせてください。ありがとうございます」
「私からもお礼を言わせてください。ありがとう、武谷君」
城ヶ崎さんと横原さんの2人に頭を下げられ、俺はまた背筋がむず痒くなるような感覚に襲われ、思わず2人から視線をそらしてしまった。視線の先には、華々美と涼が肉と野菜を焼いて皆に振る舞っていた。
「それにしても、ここに来る途中に何体かあの化け物を倒してくださったのですね」
「涼が見つけたんだ。あの子の家は陰陽師の家系だから、あぁいう化け物退治が得意なんだ。その際に、棚に積まれたペンキが全部落ちてきてしまって」
「それで3人とも、服がペンキで汚れていたのですね」
城ヶ崎さんとそんな話している間に、全員お肉と野菜を食べ終わったみいだ。余るくらい持ってきたからもっと食べてもいいけど、華々美曰く一気にたくさん食べると胃に負担がかかるのでよくないそうだ。城ヶ崎さんと横原さんも、よほどお腹を空かせていたのか2人ともたくさん食べていた。
「もうすぐ夕方になるな。急がないとな」
「急ぐって、何をですか?」
「ああ。君たちを毎晩襲いに来ている化け物、吸血鬼退治の準備をしないとな」
「「ええぇ!?」」
俺が吸血鬼退治をすると言った瞬間、城ヶ崎さんと横原さんは持っていた割り箸と紙皿を落として絶句した。
「あの、正気ですか!?あの化け物と戦おうとおっしゃるのですか!?」
「はい。このまま皆を別の所は避難させても、アイツ等は犬並みの嗅覚を使って探し出す。ここで全滅させないと、何処へ隠れても執拗に追いかけてくる」
これも涼から聞いたことだけど、あの吸血鬼たちは映画や小説、伝承で伝わっている吸血鬼とは全然違う。あの吸血鬼は、一度狙った人間は確実に仕留めて吸血するまで執念深く狙い続ける。どんなに数が多くても、ここで全滅させないと本当の意味での解決にはならない。
無論、俺だって何の考えもなしに吸血鬼退治を提案したわけではない。涼からその特性と危険性、更には対処法や倒したまで事細かに聞いた上に、涼ともたくさん相談して必要な武器と道具を準備してからここに来たのだ。
全て、涼がいてくれたからこその事だ。
「その為の準備はしてきた。あとは俺達に任せて、皆は教会でしっかり休んで」
「い、いえ、私も協力します!」
「私も協力します。助けてもらっておいて、化け物退治までまかせきりというのも申し訳ないので」
なんと、城ヶ崎さんと横原さんまでも吸血鬼退治に名乗りを上げてきた。
「いや、無理しなくても」
「きょ、協力させてください!協力したいのです!」
「武谷君、言ってたでしょ。あの化け物共はとても執念深いって、だったらここで仕留めないとまた狙われることになります。皆にも聞いて、他に協力してくれる人がいないか聞いてきます」
俺が何か言う前に横原さんは、後片付けをしている皆の元へと駆け寄っていった。
「アグレッシブな人だな」
「責任感の強い人なのです。生きることに絶望している皆を見捨てず、ずっと面倒を見てくださった人なのです」
「そうか」
結果を言うと、俺と華々美と涼に協力してくれることになったのは全部で4人であった。言い出しっぺの城ヶ崎さんと横原さんの他に2人、俺達と一緒に戦うと言ってくれた。
一人は、少し吊り上がった猫目が特徴的で、肩甲骨まで伸びた黒髪をツーサイドアップに結んだ同い年の女の子、神崎姫香。咲と同じ青林高校出身で、今時珍しいセーラーの制服を着ていた。
そしてもう一人が、銀髪のショートにエメラルドグリーンの瞳が特徴的で、母親がスペイン人のハーフで線が細いながらも発育の良い女の子、市原アリア。俺よりも2つ年下の中学生で、朝戸中学出身だそうだ。
「横原さんから聞きました。全部退治しないと、執拗に追いかけてくるって」
「怖いですけど、もう怯えた夜を過ごしたくありません」
そう言って神崎さんと市原さんは、俺達に協力すると言ってくれた。他の人達は、毎晩襲いに来る吸血鬼に怯え切ってしまい、教会で大人しくしているという。
「まぁ、嫌がる相手を無理矢理率いても統率が乱れるだけだし、わたし達だけで何とかするか」
「そうだね。万が一逃げられた時の為の対策もさっき思いついたし」
華々美と涼も納得してくれたし、俺もそれ以上は何も言わないようにしていたのだが、そこに横槍を入れてきた連中が現れた。
「おいおい!そんな甘いこと言っていいのかよ!」
声の方へと振り向くと、そこには鬼塚の取り巻き7人が高圧的な態度でグラウンドに立っていた。肝心の鬼塚本人の姿が見えないが、そこは今問題ではない。おそらく、重傷の鬼塚は捨ててきてしまったのだろう。
「何しに来たんだ?」
「何って、そんなの決まってんだろ」
癇に障る気色の悪い笑みを浮かべながら、7人を代表して20代前半くらいの男が両手をズボンのポケットに入れながら近づいてきた。
そんな男の圧に怯えそうになるが、それを悟られないように俺も相手を睨み返し、怯えている素振りを一切見せないでいた。
「ここにいる奴隷たちを返してもらい、オメェ等にはお帰り願いにきた」
「はぁ?」
この男の頭には脳味噌が詰まっていないのではないか、そんな風に思ってしまう発言に俺だけでなく華々美と涼も呆れていた。
「テメェこそ、自分達が置かれている状況が何も分かってねぇんじゃねぇのか」
「はん!目上の人間に対して何て口の利き方なんだ。ちと躾が必要のようだな」
そう言って男が俺に手を伸ばそうとしてきたが、俺は奴が触れてくる前に手に持っていた木刀で男の急所を思いきり殴った。
「っ!?・・・・・・」
殴られた男は、顔を真っ青にさせながら自身の股間を両手で押さえながら悶え、その場に倒れた。
「代案もなくただ相手を貶すだけなら引っ込んでろ」
「ケッ!それがオメェの本性みたいだな。いや、あの女の悪影響をもろに受けてるみたいだな」
「あぁ?」
コイツの考えていることも分からず、俺が思わずそんな声を上げていると男は他の6人は勝ち誇ったと言わんばかりの顔でのっそりと立ち上がった。股間は押さえたままだが。
「オメェ等に聞くぜ。そこにいる女、藤波華々美は鬼塚と違って本物の藤波組の人間だ!そんな連中について行っても、鬼塚以上に酷い扱いを受けることになる!」
「なっ!?テメェ!」
この男の考えが読めた。華々美を使って俺達を陥れて、彼等を自分達の側に引き戻そうと企んでいるのだ。藤波組はこの町で一番恐れられていて、組長の娘である華々美も鬼と呼ばれるくらいに怖がられている。今はもういないが、俺達に友好的に接してくれたグループも華々美がいるからという理由で、俺達のグループに入る事を拒んだくらいだ。
男はそれを分かった上で、大きな声であんなことを言って来たのだ。それを聞いた華々美が、悔しそうに歯を食いしばって俺の服の裾を強く握ってきた。
「華々美が藤波組の人間だからなんだっていうんだ。彼女は、鬼塚がやってきたようなことはしない。腹を割って話せば分かり合えるし、話の通じない相手ではない」
「幹夫」
「華々美を何も分かっていないのに、彼女を貶すようなことを言うな!」
怒気を含んだ俺の声に、男だけでなく他の6人までも怯えて2~3歩後ろに下がった。
そんな俺に続いて、城ヶ崎さんと横原さんも前に出て反論してくれた。
「藤波先輩の事を悪く言わないでください!確かに、怖い人が集まる組の人かもしれないけど、男以上にカッコ良くて凛々しくて素敵な人なのです!そんな藤波先輩に酷い事を言わないでください!」
「確かに、しょっちゅう喧嘩はしているし彼女自身も血の気が多い所があるし、問題行動ばかり起こしている問題児かもしれない。でも、怯えている相手や弱い相手に喧嘩を吹っ掛けるようなことはしないし、アンタ等みたいに恐怖で支配するなんてこともしない。良くも悪くも真っ直ぐで、人情のある人なんだ」
同じ学校に通っているだけあって、2人とも華々美が噂の様な悪い人間ではないことをよく理解していた。鬼塚や入れ墨の男を執拗に攻撃し、重傷を負わせることはあるが自分の手で命を奪うような真似はしなかった。そもそもの話、2人とも藤波組の名を語って悪さをしていたから、華々美はそれに腹を立てただけだ。それ以前に、そんな事をしても殺してくださいと声高に叫んでいるのと同じである為、俺達にそれを止める資格も、咎める権利もない。
俺だけでなく、城ヶ崎さんと横原さんも華々美を庇ってくれたお陰で、他の人達も俺達の側について誰も男たちの側には付かなかった。それを見て計画が狂ってしまったのか、男は悔しそうな顔をして俺に怒りをぶつけてきた。
「小僧が大人に歯向かってんじゃねぇ!ガキは黙って大人様の言う事だけに従って、奴隷のように働かないといけねぇんだよ!」
「マジで屑だな。自分の思い通りに行かないと当たり散らし、大人だからって偉くなったと勘違いして、まるでデカイ子供だな」
そうだ。悪ぶっている奴なんて、本当の悪をよく知らないで模倣していい気になっているだけのただの子供。華々美の言う通り、こんな奴等の幼稚な悪に怖がる所なんて何もない。
自分達の不利を悟った男は、それ以上反論出来ずに取り巻きたちの所まで下がっていった。
「ああ、そうかよ!だったらあの協会から出ていけよ!あそこは俺らの縄張りなんだよ!」
「はぁ?出ていくのはお前らの方だよ」
『え?』
俺の発言を聞いた7人は、呆けた顔で声を上げた。
「当然だろ。お前等みたいな奴がいたらチームの輪が乱れるし、こんな危険な今の世界でそんな独裁制を強いて人を使い潰すような真似をしたら、いずれそのグループは崩壊して最後は全滅する。そんな奴をチームに置いておくわけがないだろ」
あの協会は、この町で一番大きいから今後増える可能性のある生存者達の為にも、コイツ等みたいな人間は早急に追い出さなければいけない。それに、自分の気持ちを押し殺してまで俺達と一緒にいて欲しいとは言わない為、あの協会に残りたいという人の為にもコイツ等は追い出さなければならない。
「ッザケンナ!俺達を殺す気か!」
「違う教会に行けばいいだろ。ここから西側に行けば、小さいながらも無人の教会があるからそこへ行けばいいだろ」
「冗談じゃねぇぞ!なんで俺達が!」
「嫌ならこのままここに残って吸血鬼どもの餌食になるなり、死霊に命を奪われるなり好きにすればいい。とにかく、お前たちをあの協会に入れるわけにはいかない」
「ふざけんな!もういい!あんな協会なんてこっちから願い下げだ!」
「おい!」
完全に頭に血が上った男は、取り巻きたちを連れて俺が言った協会を目指して走り去っていった。だが、アイツ等が走っていったのは西ではなく北であった。その先には教会も神社もないため、このままいっても死霊たちに襲われて死ぬだけだ。
俺の制止も聞かず、7人は北へと走り去っていった。
「行ってしまった。あっちに行っても何もないのに」
「放っておけ。もうすぐ日が暮れるから、わたし達には準備しなくてはならないことがあるだろ」
「冷たいようだけど、あんな連中に手を差し伸べる必要なんてない」
華々美と涼にも言われ、俺達はさっさと吸血鬼退治の準備に取り掛かった。
涼は皆を連れて教会の方へと向かい、ある準備を進めていた。
俺と華々美は、城ヶ崎さんも連れて最初に吸血鬼と対峙したあのホームセンターへと行って必要な物を調達した。
横原さんと神崎さんと市原さんには、教会の周囲にニンニクを吊るして吸血鬼たちが入って来られないようにしていた。ニンニクは俺達が持ってきた物を使っている。これで他の皆は、今夜は安眠できる。
そうして全ての準備を終えた俺達は、教会の前で日が暮れるのを待った。




