偽物の末路
ここから新キャラと新ヒロインが登場します。
ペンキ落としに1時間も費やし、俺達はようやく目的の教会に向けて歩き始めた。体と髪の毛に付いたペンキは落とせても、服や靴についてしまったペンキはもう諦めるしかなかった。服というか制服なのだけど、暑くなってブレザーを脱いできたおかげでそれは汚れずに済んだ。
「その、すまない。わざとじゃなくて」
「分かってる。一緒に入ろうと提案したのはわたしだし、もういいわよ。そりゃ、見られたのは恥ずかしかったけど、幹夫と気まずい雰囲気になるのは嫌だし、普段通りに接してよ」
「お、おう」
意外にも華々美はあっさりと俺を許してくれて、普段通りに接するように言ってきた。口調はいつもと違ってしおらしかったけど。
それよりも問題は涼であった。
「あわわわわわ!見られた!全部!それも男子に!」
お風呂を借りた家を出てから涼は、ずっとあんな感じで顔を真っ赤に染め、頬を両手で押さえながらあわあわした感じで俺と華々美の後ろを歩いていた。涼からも許してもらえたものの、出発してからずっとあんな感じであった。
普段は凛としてカッコイイ少女なのだけど、やはり彼女も俺や華々美と同い年の女の子で、繊細な部分もあるのだ。
「まぁ、涼はあんな感じだけどちゃんと幹夫の事は許しているんだし、幹夫も引っ叩いたかれた事は許してやって」
「別に引っ叩かれたのは仕方ないと思っているし、女子なら裸を見られたら誰だってあんな行動を取るよ」
むしろ、故意ではないとはいえ裸を見てしまった俺の方が100パーセント悪いのだ。
だから、俺のせいで涼との関係が悪くなってしまうのは本意ではない。なので、俺がとるべき行動は決まっている。
俺はすぐに涼の方を向き、深々と頭を下げた。
「ごめん!裸を見てしまって本当に申し訳ない!」
例え故意ではないと言っても、ここは俺が謝るべきだと思い俺は改めて涼に謝罪をした。
「ひゃぇ!?そそ、そんな気にしぇんれも!」
「それじゃ余計に気にしちゃうだろ。そもそも、3人一緒に入ろうなんて提案したのはわたしなんだし、非があるのはわたしの方だ。いつまでもそんな感じでは幹夫も気にしてしまうし、これから吸血鬼どもと戦わないといけないんだ。気を引き締めて欲しい」
「・・・・・そうね。私の方こそ、ごめん幹夫。それと、引っ叩いてしまってごめん。痛かったでしょ」
「いいって。俺も悪かったから」
何とか涼からも許してもらえたことで、俺達は再び気を引き締めながら目的の教会に向けて歩いて行った。途中で何度か住居に入り、そこで眠っている吸血鬼を倒していった。
その為、俺達が目的の境界付近に付いたのは、朝戸中を出発してから1時間後であった。
そこには、30度近い気温の中アスファルトの上で横になっている歳の近い男女がたくさんいた。
「酷いな」
全員が衰弱しきっており、中には具合が悪そうにしている人もいた。その人の肌は真っ赤になり、見るからに熱そうな身体からは汗は殆ど出ていないことから熱中症になっているのは間違いなかった。
そんな中、比較的しっかりとした足取りで俺達に近づいてくる女子高生がいた。黒髪ショートで中性的な顔立ちをした、麗宮女学園の制服を着た女子であった。
「藤波さん?」
「お久しぶりです、横原先輩」
華々美の姿を見つけると、横原さんという女子は小走りで俺達の元へと駆け寄った。
「華々美からあなたの話を聞いて、遅くなってしまいましたが駆け付けました」
「駆け付けたって、あのドローンは君たちが?」
「はい」
俺達があのドローンを飛ばしたと知り、横原さんは俺の手を握って握手をしてきた。その手はとても熱く、彼女の顔も蒸気していて熱中症になる一歩手前の状態であった。
「来てくれて、ありがとうございます。藤波さんと同じ麗宮女学園に通っていた、横原小夏です」
「存じています。華々美からあなたの事は聞きました。武谷幹夫と言います。連優高校の2年です」
「瀧倉涼です。由比ヶ浜の2年生です」
軽く自己紹介を終えた後、俺達が大丈夫な人達だと判断した人たちが大勢集まってきて、それぞれが自己紹介を始めた。華々美の名前を聞いたときは最初ビックリしていたが、横原さんのお陰で完全とは言い切れないが彼女が危なくない人だと理解してもらえた。
そして、そんな皆の中にこの町の優希に並ぶ超有名人までもいた。
「あの、最後は私ですね。城ヶ崎美玲です。15歳です。麗宮女学園の1年生です」
「まさか城ヶ崎までも来ていたなんてね。髪をバッサリ切っていたから最初は分からなかったよ」
「藤波先輩も、相変わらずお綺麗ですね」
「何を言っている。お前だってこんな状況下でも綺麗なままじゃない」
後輩と軽く話をする華々美を見て、彼女もちゃんと後輩に慕われているのだと知り安堵した。
城ヶ崎美玲。
東京に本社を構える城ケ崎グループの会長の孫で、小中も祖父の地元であるこの町の学校に通っている生粋のお嬢様。
短くなってしまったが長く艶やかな明るい茶髪と、大きな青色の瞳をした凛とした美しい容姿と、抜群のスタイルをしたこの町で一二を争う美少女。
性格は大人しく謙虚で、家柄を鼻にかけることもしないことから他校の男子からもとても人気が高い。
そんな城ヶ崎さんまでもが、あの藤波組の幹部を名乗る偽物が牛耳る教会に避難していたのか。
「あの、武谷先輩」
「お、おう!?」
声をかけられると思っていなかった為、突然城ヶ崎さんに名前を呼ばれて面食らってしまった。
「あの、助けに来てくださったって本当ですか?」
「おう。横原さんがSOSを出してくれたお陰で」
「何を言っているのです。武谷君がここに来て、ドローンで私たちみたいな生存者がいないか調査しに来てくれたお陰です。あなたが私たちを探しに来てくれたお陰です」
横原さんにまで感謝され、俺は何だか背筋がむず痒くなるような感覚に襲われ、少々照れ臭かった。
「それよりも、皆に圧政を強いている鬼塚とその取り巻きの所まで案内してほしい」
鬼塚の名前を出した途端、華々美の表情が一気に険しくなった。俺達がここに来た目的の一つに、その鬼塚と会って懲らしめる為でもあるのだ。特に、藤波組の名を勝手に使って悪用された華々美の怒りは計り知れないだろうし、最悪その男の命がないものと考えた方が良いだろう。
「そうですね。藤波さんが来てくれて本当に助かります。組長の娘であるあなたが説得してくれると、鬼塚も少しは大人しくなると思いますので」
流石に鬼塚相手に丁寧語は使いたくないみたいで、あからさまに嫌な顔をしながら横原さんは、俺達を鬼塚とその取り巻きの所まで案内してくれた。
その間も華々美は、今にも爆発しそうであった。
「落ち着け。ここで皆を怖がらせては意味がない。キレるのは鬼塚の前だけにしろ」
「分かってる。でも、あの男に続いてまた!」
確かに、あの入れ墨の男もそうだけど藤波組の名を出せば多くの人は怖がると分かっているから、その名を語って傍若無人支配しようと企む輩は不特定多数いるだろう。
だがそれは、藤波組の娘である華々美からすれば父の名を汚す行為である為、どうしても許す事が出来ない蛮行だ。
そんな爆発寸前の華々美を宥めながら歩くと、俺達は目的の教会の前まで来ていた。
皆が戻ってくると、品のない白いスーツを着たいかにもチンピラという感じの男を先頭に8人の男女が出てきた。
「おいテメェ等!飯と酒はどうした?テメェ等がこうして生きてんのは、この俺様の温情のお陰だってのを忘れるんじゃねぇ!」
全員が手ぶらで戻ってきたと分かると、先頭に立っていた男はスーツの懐からナイフを取り出して、皆の前でちらつかせた。
「城ケ崎さん」
「あの、はい。あの人が、鬼塚です」
隣にいた城ヶ崎さんに確認したところ、先頭にいるあの男が鬼塚で間違いなかった。年齢は、20代後半から30代前半といったところか。髪を金髪に染め上げ、シャツの隙間から入れ墨も見えた。
(確かに、入れ墨があればそっちの世界の人だと勘違いするわな。そこに漬け込んで、自分は藤波組の幹部だと嘘をついたのか)
その後も鬼塚という男は俺達に罵声を浴びせていて、それを聞いた他の皆が恐怖のあまり縮み上がり、中には泣いている人までもいた。そんな様子を、鬼塚とその取り巻きたちは気分よさそうにしていた。
「虫唾が走るな」
「ああん!?」
思わず口に出てしまい、それを聞いた鬼塚が皆をかき分けて俺に近づいてきた。
「おいそこの汚い新入り、この俺様に楯突いてただで済むと思ってんのか?ああん!?」
逆上した鬼塚が俺にナイフを向けてきたが、その前に華々美が刀を抜いて鬼塚の首に刃を向けた。
そんな華々美に、鬼塚はもちろん俺と涼以外の全員が短い悲鳴を上げて離れた。刀を向けられた鬼塚は、一瞬ビビっていたがすぐに眉間に皺を寄せて華々美に怒鳴ってきた。
「おい小娘!この俺に刀を向けていいと思ってんのか?この、藤波組の幹部の鬼塚様に向かって!」
「貴様なんて知らん。勝手に父の組の名を語るな!」
あまりの傍若無人な態度に、とうとう華々美の怒りが爆発してこれまで聞いたことがない程の大きな声で怒鳴った。
「父の組の名って、まさか・・・・・・」
「もし本当に幹部なら、このわたしの顔を知らないわけがないだろ、この外道!」
怒り狂った華々美は、一旦刀を引いて今度は勢いよく鬼塚に向けて振ってきた。
「ひいぃ!?」
斬られる前に尻餅をつき、何とか直撃は免れたみたいだが、今のは本気で殺すつもりであった。
「うう、嘘だろ!?まさか、本物の藤波組!?」
「そうだよ。華々美の事も知らねぇのか?」
「華々美って、あの鬼の華々美!?」
まさかの本物の登場に、鬼塚とその取り巻きたちの顔から血の気が引いていた。この時点で、コイツ等の化けの皮が剝がれたも同然であった。
「あばばばばば」
「勝手に藤波組語るなんて、よっぽど殺してほしいみたいだな」
「まま、待ってください!おお、俺達は!」
「うるさい!」
鬼塚の言い訳に耳を貸さず、華々美は左手で拳銃を取って鬼塚の左手の小指をズドンと撃ち抜いた。
「あああああああああああ!」
小指を撃たれた鬼塚は、涙を浮かべながら悲鳴を上げて転げ回った。それでも華々美の攻撃は止まらず、今度は右耳、左人差し指、左足、右中指等を撃ち抜いていき、最終的に鬼塚は両手の指は全て失うことになった。それでも華々美の怒りは収まらず、今度は刀で両腕と背中を斬った。
気付くと鬼塚は、全身傷だらけになって倒れていた。
「ごめん・・・・なさい・・・・・・」
「うちの組の名を語って好き勝手しておいて、わたしからすれば殺してくださいと懇願しているようなものだ!」
怒りに満ちた華々美の顔に圧倒され、取り巻きたちが鬼塚を抱えて走り去っていった。その様子を華々美は、肩を大きく上下させるほどの大きな呼吸をして見送っていた。
(最初から殺すつもりなんてないくせに)
粛清するつもりではあっても、殺すつもりはなかった。これ以上死霊が増えるのは、華々美にとっても本意ではないからだ。
怒りを爆発させた華々美は、刀と銃を収めた後俺に抱き着いてきて、顔を俺の胸に埋めてきた。
「気は済んだか?」
「すまない。もう少しこのままで」
「気が済むまで付き合ってやる」
声に出さないようにしているが、華々美は泣いていた。父親の名を汚されたことを、その父の組を悪用しようとする輩がいる事を、そしてそれを許せないという気持ちも強かった。
が、同時に彼女も年相応の女の子で繊細な部分もある。
前回もそうだが、報復を終えると父親の名と組みを汚されたことに対する怒りと同時に、悪用されることの悲しさが一気に押し寄せてきてこのように泣くことがある。怒りと同時に、穢されたことに対する悲しみもあるのだ。
だから俺は、そんな華々美の怒りと悲しみが両方収まるまでこうして慰めてあげる。
この先同じようなことをするバカな輩がたくさん出るし、そんなバカに華々美が負ける事は絶対にないだろうが、報復が終わる度に華々美はこうして俺に泣きついてくる。そういう時俺は、何も言わずに華々美を抱きしめてあげるだけでいい。
余計な言葉は必要ない。
ただそっと、彼女を抱きしめてあげるだけでいいのだから。
15分ほど泣いた後、華々美はようやく落ち着きを取り戻し、鬼塚達を追い出した俺達は彼らに感謝された。




