戻った安らかな闇
ようやく大魔物を倒したのも束の間、魔界を作った魔物が滅んだことでそれを維持することが出来ずに崩壊しかかっていた。
「涼、これは?」
「マズイわね。天城の奴、最後の悪あがきをしたみたいだね。崩壊と同時に、中にいる私たちまで巻き添えに殺そうとしているわ」
「マジかよ」
天城の最悪な悪あがきに頭を抱えていると―――
「開いたぞ!」
「あ!?」
南京錠を壊していた咲から、扉を開けられたと報告を受けてすぐに咲の所へと駆け寄った。時間が無い為、落とした武器や道具は諦めた。捨てたのは、俺と美玲の金の刀、華々美の拳銃、咲の金属バット、由乃さんと梨乃の水晶であった。
幸いなことにそんなに距離は離れていなかったので、俺達はすぐに光のリングがある木の下に着いた。
「この中に入れば」
「ええ。この魔界から出ることが出来るわ。ただし、念の為に皆手を繋いだ方が良いでしょう」
涼の指示で、全員が手を繋いで目の前の光のリングを見た。左から、俺、華々美、涼、美玲、咲、由乃さん、梨乃、空道、朝香という順番で手を繋いだ。
そんな俺達の後ろで、里美だけは何故か手を繋ごうとしなかった。
「里美!」
「行きなさい」
「行きなさいって、里美を置いては!」
「大丈夫よ。私は自力で出られるから」
「訳分からんこと言ってないで、早く!」
里美の言っている意味が理解できず、俺はすぐに里美の手を取ろうと手を伸ばした。
ところが、俺の手は里美の手どころか身体に触れる事なくすり抜けていった。
「ああ・・・・・」
里美に触れられない事実に驚いてゆっくり離れる俺だが、他の皆も驚いて言葉を失っていた。
「私はもう、幹夫たちとは一緒にいられない」
「里美、お前も幽霊だったのか!?」
「今まで黙っていてごめんね。でもね、私は災いを呼ばない。ずっとみんなを、幹夫を守っていたわ」
「俺を?」
「ええ。私はずっと、あなたを愛しているから」
愛している、里美から聞いたその言葉の後、俺達は何かに引っ張られるかのように光のリングの中へと入った。残った里美は、リングの前で涙を浮かべながら俺達を見送っていた。
「生きなさい。生きてその命を繋いでいきなさい。とにかく生きなさい。それ以外に何も望まないから」
「里美!」
「私だってずっと後悔していた。あんなくだらないケンカを最後に、あんたと最後のお別れになってしまって。こんな状況だったから、若い頃の姿であなた達の前に姿を現したの。不謹慎かも知れないけど、とても楽しかったわ」
「・・・・・まさか!?」
「・・・・・・」
「さようなら、馬鹿孫」
「あ!?」
俺のことを「馬鹿孫」と呼ぶのは、この世界でただ一人だけであった。
その直後、里美の姿が若い姿から一気に老婆の姿へと変わっていき、服も白い着物へと変わっていった。
その姿には見覚えがあった。両親が出島ばかり可愛がる中、ずっと俺の味方になってくれた一番の理解者。
そうだよ。何でずっと忘れていたんだ。
旧姓、長谷川里美。
嫁入り後の名前は、武谷里美。
「婆ちゃあぁん!」
家族で一番大好きだった、よく俺の遊び相手もしてくれたパワフルで流行に敏感な俺の婆ちゃん。
涙を浮かべながら俺達を見送る姿を最後に、婆ちゃんは光となって消えていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
一方、霊滅版が発動されたことで、世界中で生者に襲い掛かっていた悪霊たちが一斉に成仏していき、その内にあった怨念が黒い靄となって何かに吸い込まれていった。
その様子に、魔法陣の外でずっと見守っていた鷹志達は驚きのあまり声も出ないでいた。
「すごい力だ。柚羽ちゃんもすごいけど、絵里奈ちゃんがあんなにすごい力を持っていたなんて驚きだ」
「だからこそ、たくさんの悪霊に狙われていたのです。幹夫君たちのお陰で助けられて、涼さんに目晦ましの術を掛けてもらいました。その後は、この村に留めて悪霊たちに目を付けられないようにしてきました」
事情を知っている佳苗だが、実際に絵里奈の中にある力の強さを見て驚きを隠せないでいた。
「でも、本当に大丈夫なんでしょうか?」
「確かに、いくら強力な念力があると言ってもまだ2歳です」
蛇神様の助けがあっても、不安を隠しきれない仲崎夫妻。実際、絵里奈と一緒に念力を注いでいる柚羽は既に限界寸前と言った様子であった。
だけど、それでも強大な力を前に動きたくても動けないでいたのであった。
「くっ!思った以上にたくさん念力を持って行かれます!けれど、ここで引くわけにはいきません!」
『大丈夫です。絵里奈には私と蛇神様が付いていますので、この子にかかる負担は全てゼロにしています』
「ですけど!」
『それに、助けに来た守護霊は私だけではありません』
相沢さんのその言葉の直後、たくさんの女性の霊が一斉に絵里奈と柚羽の周りに集まってきた。その女性の霊たちは、全員が鷹志に視線を向けていた。
「あの・・・・」
『彼女たちは、あなたが育ててくれた子供たちの母親たちです』
「あ!?」
鷹志が育てている子供達、それはデッド・オブ・ザ・ワールド現象が起こったときに救出された赤ちゃんや幼児たちの事を言っていて、集まってきた女性の霊は皆その子たちの母親だったのだ。
『私たちの子を、見捨てることなく今も責任持って育ててくださって、ありがとうございます』
『私があの子と過ごした時間は無きに等しいけど、あなたが私の代わりに愛情を注いで育ててくださった』
『感謝してもしきれません。なので、そのお礼としてあなたが心と身体を壊さないように尽力させていただきました』
「え!?」
驚愕の事実に、鷹志本人はもちろん、この場にいた全員が言葉を失った。
「確かに、たった一人でも世話をするのが大変な赤ちゃんを、殆ど一人で40人も育ててきているわよね」
「助力はあったかもしれないけど・・・・やっぱり全員を育て上げるなんて・・・・」
「普通なら、とっくに心が壊れて育児ノイローゼになってもおかしくないのに、それでも折れずに全員を平等に愛して育てていますもの」
10代にして自分の子を持つ亜衣と仁美と咲良の3人は、妙に納得した感じであった。
確かに、子育て経験のある人であっても一度に40人もの赤ちゃんを、それも生まれて間もない新生児を育て上げるなんて不可能であった。
しかし、鷹志はそれを見事にやり遂げてきた。だからこそ皆から慕われ、この町のトップに選ばれたのだ。
でもそれは、鷹志一人の力では決してなしえなかった。周りに助けてくれる人がたくさんいたのはもちろん、助け出された赤ちゃんの母親の霊が彼の助けになって支えてくれていたのだ。
「そういう事なら、俺はあなた達に感謝しないといけません。俺一人だけでは、全員を生きて育て上げるなんてきっとできませんでした。情けない話です」
『そんな事はありません』
『あなたが守ろうとしてくださったからこそ、私達一同はあなたが壊れないように助けてきたのです』
『お礼が言いたいのは、私達の方です。ありがとうございました』
子供達の母親一同から感謝の言葉を貰い、それまで張り詰めていた感情が解放されたのか、嗚咽を漏らしながら泣き崩れる鷹志。
そんな鷹志を、近くにいた姫香とアリアがそっと寄り添ってきた。
「笠島先輩」
「大丈夫ですか?」
「時々思っていたんだ。なんで俺ばかりが、こんなに大変な思いをしなくちゃいけないんだって思って、一度は全てを投げ出したいと思ったことも何度もあった。でも、俺以上に小さくて弱いあの子たちが、必死で生きようとしている姿を見ていると逃げる訳にはいかないと思って何とか踏みとどまった。助けてくれる人はたくさんいるけど、誰も俺の苦労を分かってくれないんだと勝手に思っていた。でも、道明君や茅音さん達、武谷達だけじゃなくこんなにたくさんの人達に支えられてたんだと知って・・・・・」
生きた人間だろうと、守護霊だろうと関係ない。たくさんの人に助けられてきたのだと知り、感極まって涙が止まらない鷹志であった。
その間にも柚羽と絵里奈は、蛇神様とたくさんの守護霊たちの力を借りながらも新しい霊滅版に念力を注ぎ続けていた。
数秒後に、この世に留まっていた怨念が黒い渦となって上空に集まり、それらが一つになって霊滅版へと吸い込まれていった。
「すごい怨念!?日本だけでもこんなに濃厚で強力なのが!?」
吸い込まれていく怨念の強さに驚きつつも、その怨念が全て霊滅版に吸い込まれて浄化していっているのが分かった柚羽。
それから僅か10秒後、集まった怨念は全て霊滅版へと吸い込まれ、守護霊を除くこの世に留まっていた全ての霊が成仏していったのが分かった。それと同時に、魔法陣の光が霊滅版の方へと集まって消えた。
「あっ!」
全ての怨念が浄化され、霊滅版の力が収まる直前に限界を迎えた柚羽は、プツンと糸が切れたようにその場に倒れて気を失った。
絵里奈の方は、ゆっくりと目を開けて近くにいた蛇神様と相澤さんに視線を向けた。
『よく頑張った。これで、全てが元通りになった。君のパパとママたちは、私のお家にいる。朝になったら、迎えに行ってあげてね』
「ヘビさんの、おうち・・・・」
絵里奈にパパとママの居場所を伝えて、蛇神様はゆっくりと天へと昇って行った。
去っていく蛇神様を見届けた後、相澤さんが絵里奈を、実の娘をそっと抱きしめた。
『大きくなったわね。パパとママから、たくさん愛情を貰って育っているのが伝わる』
「・・・・・」
『私がこうしてあなたに触れられるのは、今日で最後かもしれない。それでも、私はずっとあなたの傍にいてずっと見守ってあげる。あなたは私の夢であり、かけがえのない大切な宝物。私はずっとあなたを愛しているわ。そしてこれからは、パパとママの言うことをしっかり聞くのよ』
「・・・・・まま・・・・」
『っ!?ありがとう。そして、さようなら。愛しい私の娘』
本当の母親の記憶はない筈なのに、相澤さんに抱きしめられて自然と「まま」という言葉がこぼれた絵里奈。そんな絵里奈の頬を撫でながら、実の母である相澤優菜は他の守護霊たちと共に光となって消えていったのであった。
そのすぐ後に、霊滅版の光が収まった。
それと同時に、疲れたのか絵里奈もすぐ近くで気を失っていた柚羽に寄り添うようにして眠りに就いたのであった。
そして、風で紙が捲れた新しい霊滅版に魔法陣が彫られていた。




