ゴースト団地の大魔物 5
それぞれ魔物を倒した俺達は合流し、陰陽師5人は全員空道が作った念力回復の陣の中に入った。
「流石に手を焼いたわ」
「私なんて、力を使いすぎてクタクタです・・・」
「ボクも・・・・」
「予備の椿があと一つありますけど、ここの大魔物にも通用するのかは涼ちゃんたちの話を聞くと不安になります」
「あたしなんて闇討ちして終わり・・・なんか納得いかない」
5人がそれぞれ、先程の戦いで消耗した念力を回復している間に、俺は華々美と美玲と里美と咲の4人でこの先の話し合いをしていた。
「空道の浄化の塵も、由乃さんの光も、朝香の火柱も、涼の宝刀による斬撃も効かない。ここの大魔物は、絶対にそれ以上の力を持っているだろうが」
「それでも、大人の町の魔物には由乃さんの光と、朝香の音楽による弱体化で何とか倒せたけど、元凶となっている大魔物にも通じるのか」
「それでも、やってみる価値はあると思います。こんな場所では不意打ちも効きません。出島さんのようにこちらに気を引かせることは、おそらく出来ないでしょう」
「そもそも、明治時代からここに居座っているくらいだから煽りなんて右から左でしょうね」
「力と数の暴力でごり押すってのは・・・・ダメだよな」
咲の案は当然却下として、そんな事態にだけはならないようにしないといけない。力と数で押しても向こうの思うつぼだし、そもそもそれが本当に効くのかすら怪しい。
「かといって、何かしらの作戦を立てたとしても本体を見ないことには」
「卑怯な魔物だ。手下の魔物にわたし達の相手をさせて、自分はこそこそ隠れて高みの見物だ」
華々美の言い分は分かるが、元凶となっている魔物は元々何もせずに動かず傍観するだけだった。その為、自分の姿を現すこともなく、こちらに直接手を出すこともない。
その為、そこにいるだけで周りに悪影響を与えてしまうだけの魔物は、関わらずに距離を置くことで今まで対処できた。
だが、今回はそうはいかない。
俺達が霊滅版を回収したことで、ここの魔物が焦りだして千葉の佐藤宗一と大人の町の魔物をこちらに引き寄せて、更に出島までそそのかして無理やり結界の中に入ろうとした。
「あの魔物の極楽に対する執着はかなり異常です。とはいえ、熱心な信者相手に実は極楽なんて存在しませんなんて言っても全く信じてもらえないですし、出島さんを生かして利用するくらいに霊滅版の発動を阻止しようとするくらいですから」
美玲の言うように、あの悪霊は霊滅版を発動させられると極楽にいけないことを理解している。
それまでただ傍観していただけなのに、出島を生きたまま引き込んだり、霊滅版を持って行かれて怒った千葉の佐藤宗一を呼んだり、大人の町で大人たちの命を奪った悪霊を呼び寄せてまでして妨害してきた。
(こんな妨害工作までして、そんなに成仏して転生するのが嫌なのか?)
とはいえ、これも美玲の言うように熱心な宗教信者に何を言っても通じないし、そもそもの話地獄も極楽も存在しませんなんて言っても信じようとしない。
皆で考えていると、里美が急に周りをキョロキョロしだした。
「どうした、里美?・・・・・あ!?」
「わたしも感じた」
「私もです」
「なんか、誰かに呼ばれてる気がするけど、ここでそれに従っていいのか?」
咲の疑問は尤もだし、俺達もその何かに気付いてもすぐに近づくことが出来なかった。里美が感じていた気配は、マンションの近くにある大きな木で、戸村さん達を追ってきた鹿森に攫われた華々美が縛られたあの木でもあった。
そして、その木から不自然な光のリングが浮かんでいた。その光のリングから、何者かが俺達を呼んでいるような気配を感じたのだ。
「霊感のない俺達でさえ感じるくらいだから、余程強力な力を持った霊の仕業なんだろうな」
「霊的な何かの仕業なのは間違いないけど、この気配は悪霊ではないわ」
俺達が警戒していると、念力の回復を終えた涼達が近づき、例の光のリングに視線を向けた。
「涼さんの言う通りです。あの光のリングには悪霊の気配がありません」
「そもそも、悪霊ではあんな神々しい光は発せられない」
由乃さんや朝香からも大丈夫だとお墨付きをもらい、俺達が少しだけその光のリングに興味を示していると、涼が一人その光のリングに近づいて手を添えた。
「この気配・・・・覚えがある。でも、何で?また誰かが封印を解いたのかしら?」
そのリングを作った相手に覚えのある涼は、優しそうな顔でそのリングを撫でた。
そんな時、リングの周りに突然金属の扉が地面から現れて、ドンと大きな音を立てて戸が閉じられた。それと同時に、扉の取っ手にカチャリと大きな南京錠が掛けられた。
突然現れた扉を前に咄嗟にバッと後ろに下がり、光のリングが閉じ込められたことで悔しそうに奥歯を噛み締める涼。
「大丈夫か!?」
「平気よ。それよりも、やられた!あの魔物、蛇神様が作ってくれたせっかくの出口を!」
「蛇神様って、あの光のリングは蛇神様が!?」
「誰が封印を解いたのかは分からないけど、私達を助ける為に道を示してくれたのよ、あの光のリングは。それをあの魔物は!」
せっかく出来た出口を閉じられ、眉間に皴を寄せながら4棟のマンションの方へと視線を向けた。すると、そのマンションから大量のネズミとゴキブリとヘビが出てきて俺達に襲い掛かってきた。
「下がって」
そんなネズミとゴキブリとヘビの大群を、朝香が前に出て口から噴き出した炎で全て灰にした。
だが、魔物の方もあれだけでは終わらなかった。
今度はマンションの出入り口から、信じられない量の水が洪水のように流れてきた。その水は、色は真っ黒で臭かったことから身体に悪い汚水であることは明白であった。
「もう!悪質すぎる嫌がらせです!」
今度は空道が前に出て、素早く印を結ぶと目の前に巨大な土壁を現出させて汚水を塞き止めた。
『邪魔を、するな』
汚水をせき止めた直後、出島たちが出てきたマンションとは違う真ん中あたりのマンションから不気味な声が響いた。声の感じから、壮年の男性であった。
「ついにお出ましですね。こんな嫌がらせをしてまで、そんなに成仏するのが嫌なのですか?答えろ!」
由乃さんの問いかけの数秒後に、空道の作った土壁に穴を開けて姿を現したのは、黒い服を着た50代くらいの男性で、顔からは全く生気が感じられず表情は狂気に満ちていた。
「ようやく姿を現しましたね。霊視でお前のことは知りました」
『ほう。では改めて自己紹介と行きましょう。私は天城吉宗と言います。極楽浄土に行くための宗教団体の教祖を務めていました。尤も、その後に行われた戦争に出兵されることになりましたが、極楽に行きたい私はそれを拒否してこの地で自ら命を絶ちました』
「兵役が嫌で、教団のあったこの地で自害したという訳ですか。愚かですね。そんな死に方をしても、成仏なんて出来る訳がないじゃないですか。私も僧侶としてたくさんの霊を成仏させてきましたが、自殺して良かったと思う霊なんて一人もいませんでしたし、見たこともありません」
つまりこの霊は、自ら命を絶ってしまったせいで成仏することが出来ず、幽霊となった今でもこの世に留まり今なお極楽に対する強い執着を見せていたという訳だ。
更に100年以上も留まったせいでその魂は穢れてしまい、現在のような危険な魔物へと変貌を遂げてしまったという訳だ。
「今回はようやく成仏できるチャンスが巡ってきたというのに、それをこんな形で壊そうとするなんて」
『何を言っているのですか、少年?私が行きたいのは極楽であって、霊界ではありません!ここで成仏してしまっては、私は未来永劫極楽にいけなくなるではないか!そんなの耐えられる訳がないじゃない!私は、極楽に行って永遠の安らぎを得たいのです!』
破綻していると、俺は思った。
宗教を否定するつもりはないのだが、ここまでありもしない極楽に異常なまでの執着を見せるなんて正気ではないと思った。完全に思考が破綻している。
「どうかしているぞ。そもそもの話、仮に極楽があったとしても魔物になったお前が極楽にいける訳がないだろ」
『そんな筈がない!私は常に神に懇願してきた!どうか、極楽に行かせてくださいと!なのにどうして、どうして神は私を極楽に連れて行ってくれないのですか!』
そんなの、極楽なんて最初から存在しないからだ。
なんて言うのは簡単だが、そんな事を言ったってこの魔物には言葉は通じない。極楽も地獄も、どちらも人間の創造が生み出した空想の産物でしかないのに、人間という生き物はそれに縋ってしまう。科学が発達した現代でも、不特定多数の人が死後の世界の存在を信じて疑わない。
これが、人間というものなのだろうか。
「極楽を信じるのは勝手だし、その考えを否定するつもりも、信仰を悪く言うつもりもない。だが、それは他人に迷惑をかけてまですることではないだろ。世間では、アンタみたいな奴は極楽には行けず、地獄に落ちて永遠の苦しみを味わうことになるんだよ」
『ふざけるな!この私が地獄に行くなんてあり得ない!あり得ないんだよ!』
霊界に行って転生するのも嫌だ、地獄に落ちるのも嫌だと我儘にしか聞こえない戯言の後、魔物は物凄い速さでこちらに向かって走ってきた。信じられない速さであった。
そんな魔物に、涼と朝香の2人が素早く反応してそれぞれ刀で受け止めた。
「本当に惨めな魔物ね!」
「ありもしない極楽に執着して、その結果悪霊以上に危険な魔物に成り下がるなんて!」
『小娘どもが!』
「私もいます!」
「今度はあたしも参戦します!」
「あたしだって!」
その後、陰陽師5人と魔物1体の戦いが始まった。
その間に俺は、残りのメンバーに指示を出した。
「咲はあの扉の南京錠を何とかして壊してくれ。美玲と里美は、咲を守ってくれ。華々美は他に悪霊がいないかを確認しつつ、銃か金の刀で応戦しつつ3人を守ってくれ」
「構わないけど、それだと幹夫は?」
「俺はあの魔物と戦う。このまま黙ってみるなんて出来ないし、あんなのを成仏させてはいけない」
例え足手まといにしかならないと分かっていても、このままあの5人に任せきりなんてしたくない。何より、厳造さんにも俺の覚悟を示したんだから曲げたくない。
「無茶するな、と言いたいがそれでもお前は戦うんだろ」
「ああ」
「はあぁ・・・・仕方ない、わたしもその死地に付き合うよ」
「ダメだ。華々美に何かあったら、絵里奈が独りぼっちになってしまうだろ」
「それはお前にも言えることだろ」
「俺は死ぬつもりなんてない。いざとなったら逃げるさ」
「魔物相手にそんな理屈が通ると思っているのか」
「それでも俺は、絵里奈や他の子供たちがこの先幸せに過ごせる未来を作りたいんだ!その為に俺は、この3年間霊滅版を探してきたんだし、悪霊とも戦ってきた!」
それが俺の、曲げられない信念であり、あの子たちをこの命に代えてでも守っていきたいという思いがあるからだ。命に代えてでもといったが、だからと言って死ぬつもりもない。我儘と言われようが、それが俺の信念なんだから。
そんな俺の意思を聞いた華々美が、俺の胸倉を掴んでバッと顔を近づけてきた。
「ならわたしにも背負わせろ!わたしはお前の、武谷幹夫の妻なんだ!夫一人に全てを背負い込ませて何もしないなんて、そんなのわたしが納得しない!わたしにも背負わせろ!それが夫婦というものじゃないのか!わたしにも、武谷華々美にも背負わせろ!」
何時から武谷の姓を名乗るようになったんだと言いたいが、華々美の真っすぐで固い意志を前に俺は何も言えなくなった。
「私にも協力させてください!確かに私は、悪霊と戦う力もありませんけど、それでも私だって夫の力になりたいのです!」
「美玲まで・・・・・」
負けじと叫ぶ美玲の後で、咲と里美は互いに顔を合わせて頷き合った。
「咲の護衛なら、私一人でやるから幹夫は奥さんたちの力も借りて魔物と戦いなさい」
「あたしはあんたの指示通りに扉をこじ開ける。こっちの心配はいらねぇよ」
デッド・オブ・ザ・ワールド現象が起こったとき、自分勝手な言動ばかりして一度グループから追放された臆病な女の子が、今ではこんなにも頼もしい存在になるなんて誰が想像しただろうか。
そんな彼女たちの固い意志を聞いても尚、彼女たちを巻き込みたくないだの言えるわけがなかった。
「分かった、一緒に戦ってくれ。ただし、無茶だけはするな。俺も無茶して死ぬわけにはいかないからな」
「その言葉を待ってた」
「作戦も何もありませんが、足を引っ張らないようにします」
一緒に戦ってくれと言われたのに、華々美も美玲もとても嬉しそうに頷いてくれた。
そして里美は、そんな俺に近づいてそっと両手を握ってきた。その手は妙に暖かく、何処か心地いい感じがした。
「里美?」
「おまじない。ま、気持ちの問題だけど何もしないで見送るよりはいいでしょ」
「ありがとう」
お礼を言った後、里美は俺の手を放して静かに咲の所へと駆けて行った。
咲の方も、手に持っていた金属バットで南京錠を叩いて何とか壊そうとしてくれている。
「よし、俺達も行くぞ!」
「ああ!」
「はい!」
俺と華々美と美玲、それぞれ武器を手に魔物の所へと走っていった。




