絵里奈の願い
「パパ!ママ!」
「絵里奈ちゃん、ダメ!」
「絵里奈ちゃんが行ったら、悪霊たちに狙われます。行ってはいけません!」
「やぁだ、やぁだ!」
連れ去られた幹夫と華々美達を追いかけようと、南波地区へ駈け込もうとする絵里奈を、小夏と柚羽が抑えていた。
「とりあえず、あの魔法陣の所へ行きましょう」
「私が車を運転しますので、柚羽ちゃんは絵里奈ちゃんをお願いします」
霊滅版の力を発動さる時間も近づき、あまりじっとしていられない彼女たちは、泣きわめく絵里奈を抱えて連勇高校のグラウンドまで車を走らせた。30分ほどで到着し、魔法陣を発動させる時間まであと5分に迫った。
「はなして!パパとママが!」
「パパ達には涼さん達がいます!この現象を終わらせられれば皆助けられます!柚羽ちゃん!」
「わたくしだけでは自信がありません。本来なら涼さん達と一緒に発動させる予定でしたが、わたくし一人では流石に自信がありません」
「やっぱりそうですよね・・・・」
力の発現だけでもかなりの念力を消耗することが予想でき、6人全員で念力を注いで行う予定でいたが、柚羽以外の陰陽師全員がゴースト団地に引き込まれてしまった。その為、柚羽一人だけで行うには負担があまりにも大きすぎた。
連勇高校のグラウンドでは、笠島鷹志と仲崎道明と仲崎茅音、戸村亜衣と柴川仁美と西園寺咲良、神崎姫香と市原アリアと佐藤宗一と比良坂佳苗の10人が待機していた。状況を察したのか、全員が柚羽と小夏と絵里奈の3人しか戻ってきていないことに不安を感じ、表情を曇らせていた。
「小夏さん、柚羽ちゃん・・・・」
「大丈夫です。先程は弱音を吐いてしまいましたが、わたくし一人でもやって見せます。今日やらないと、もう二度とチャンスは訪れません。無理をしてでも何とかやってみます」
みんなの期待と苦労を無駄にするわけにもいかず、柚羽が覚悟を決めて車から降りると、小夏の制止を振り切って駆け下りた絵里奈にしがみ付いた。
「ねぇ!パパとママをむかえにいって!ねぇえ!」
「ですが、今日という日を逃すわけにもいきません。今夜発動させませんと」
「やぁだ!やぁだあ!」
やだやだと叫んだ後、絵里奈は大きな声を上げて泣き出した。「パパ!ママ!」と叫びながら。
「絵里奈ちゃん、落ち着いて」
「やぁだ!やぁだあ!」
「絵里奈ちゃん」
泣き叫ぶ絵里奈に困る一行。
そんな時―――
『泣かないで。君のパパとママたちは私が助けてあげる』
「え?」
「何処から声が!?」
「絵里奈ちゃんに語り掛けているのですか?」
『これからすべきことを君の頭の中に送り込む。その通りにやって』
この場に何時全員が謎の声に戸惑っている中、その声の主は絵里奈の頭の中に情報を送り込んでいるのか、絵里奈は眼を大きく見開いてその場に立ち尽くしていた。
しばらくして、絵里奈はハッとしてすぐに走り出した。が、途中で転んでしまい今にも泣きだしそうな顔になった。
「大丈夫?血は出ていないみたいだけど・・・」
「一体どうしたのですか?」
小夏と柚羽に起こされ、転んだ痛みで泣きそうになった時、またあの声が響き渡った。
『泣くのは後だ。今は君しか、パパとママを救えないんだ。今は我慢して、パパとママの胸の中で思い切り泣きなさい。泣くのは、その時だ』
その言葉を聞いてすぐ、絵里奈は声を押し殺して再び走り出し、宗一の所へ駆け寄ったと思ったらすぐに彼が持っていた紙を取って魔法陣の中へと走っていった。
「絵里奈ちゃん!?ちょっと待って!」
彼が慌てるのも無理はない。何故なら、絵里奈が宗一から取ったのは前の霊滅版から刷った魔法陣が描かれており、これから行われる魔法陣の発動に必要だからだ。それを知っているからなのか、全員が慌てて絵里奈を捕まえようとする。
「待って絵里奈ちゃん!」
「それはとても大事な物なの!返してくれ!」
『彼女に任せてくれ。私が彼女を支える』
宗一と鷹志がそう言って追いかけるも、絵里奈は構わず魔法陣の中へと進んでいき、更に謎の声によって止められてしまい、絵里奈は真ん中に置かれている何も彫られていない新しい霊滅版の前に座った。謎の声によって手順を説明されたのか、絵里奈は紙を裏返して新しい霊滅版の上にのせて、風で飛ばないように両手で抑えた。
『いいぞ。もう少し右に、お箸を持つ手の方に少しだけ動かして・・・・そうだ。これでピッタリだ。あとは、私が合図したら目を閉じて手の方に意識を集中させるのだ。やり方は、さっき頭の中に送り込んだ通りに』
謎の声が、絵里奈に何をさせようとしているのか誰も分からず困惑していると、発動開始を告げるアラームが全員のスマホからなった。
それと同時に、絵里奈は眼を閉じて意識を集中し始めた。
すると、絵里奈の体が光りだし、新しい霊滅版からも金色の光があふれだした。それと同時に、石やブロックで描いた魔方陣までもが金色に光だし柚羽以外全員が慌てて魔法陣の外へと出た。
「何が起こってるんだ!?」
「おそらくですけど、あの謎の声は絵里奈ちゃんに魔法陣の力を発動させようとしているのだと思います」
鷹志からの質問に、柚羽はそんな予想を立てた。
「しかしそれは、危険はありませんのですか?」
「だからわたくしが行くのですが、力が強すぎて近づけません!強力な念力と霊力を宿して生まれたことは聞いていますが、正直言ってここまで強力だとは思ってもいませんでした!わたくしや涼さん達とは比べ物になりません!」
小夏の心配は尤もだが、絵里奈の念力の強さは柚羽の想像をはるかに超えていた。その為柚羽は、なかなか前に進むことが出来ないでいた。
「でも、早く行って替わらないと!いくら強力な念力を宿していると言っても、まだ2歳の女の子には負担が大きすぎます!」
『だから、私が力を貸してあげているのだ』
「え?」
柚羽が呆けていると、絵里奈の後ろから半透明の大きな白い蛇が姿を現し、絵里奈の周りを囲うようにとぐろを巻き、顔を彼女に近づけていた。
「蛇神、様!?どんな願いも叶えると言われている神様でありながら、その力でたくさんの災いを起こした邪神」
『私は望んで災いを起こしたわけではない!普段は依代に宿っていて、そこから手にした人間の願いを叶えてあげていただけだ!だが、人間どもの野心と邪な心によって私の力は悪用されてしまった!言い訳にも聞こえるかもしれないが、私は望んで災いを起こしてなんていない!だから当時の、物部神社の神主に頼んで封印してもらった!私は決して、災い何て望んでなどいない!』
そんな悲鳴にも似た叫びの後、蛇神様の身体も金色に光だし、2歳の女の子にやさしく寄り添うように顔を寄せた。
『今回私は、この子の守護霊に頼まれてここに来た。パパとママを助けてあげたいという、この子の純粋な願いを叶えてあげたくてここに来た!』
「絵里奈ちゃんの守護霊?」
そんな柚羽の疑問に答えるかのごとく、30代くらいの女性が蛇神様の横に姿を現した。
その女性を見た瞬間、佳苗が突然慌てだして駆け寄ろうとしていた。宗一と茅音によって静止させられたが、佳苗はその女性が誰なのかすぐにわかった。
「ああ・・・・」
『久しぶりです、比良坂さん』
「あい、ざわさん!相沢さん!相沢優菜さん!」
相沢優菜優菜。
かつて佳苗や絵里奈と共に生き延び、悪霊に攫われた絵里奈を救出に行く際に命を落とした絵里奈の本当の母親。
共に過ごした仲間の登場に、佳苗は動揺と歓喜を抑えられずに涙を流しながら叫んだ。
「相沢さん!絵里奈ちゃんは無事に大きく育ちました!幹夫君と華々美ちゃんが、それぞれパパとママになってくれたおかげですくすくと育って!」
『知っています。ずっと絵里奈の近くで見ていましたから。2人だけではない、皆が絵里奈を大切にしてくれたことも知っています。ありがとうございます』
死後は、実の娘である絵里奈の守護霊となり、ずっと傍で娘を守ってくれていた相沢さん。そんな大切な娘を、本当の我が子として、家族としてたくさんの愛情を注いでくれていた幹夫と華々美、そんな2人を助けてくれた佳苗達や、この町の人達に感謝していた。
『今この子は、幹夫君と華々美さん、パパとママを助けたいと強く願った。そんな絵里奈の思いを、願いを叶えてもらうために私が蛇神様の封印を解いたのです』
『私も、あの少年少女たちによって救われた過去がある。だからこそ今度は、この私が神としてこの子の願いを叶えてあげたいと思ったのだ。それに』
一旦言葉を止めた後、蛇神様は絵里奈へと視線を向けた。
『私が本当に叶えてあげたかった願いは、こういう優しい願いだったんだ』
「蛇神様、わたくしは貴方様を誤解していました。申し訳ありません」
『よい。私の力も加えれば、この子にかかる負担をゼロに出来る。この子の念力なら、一人でこの力を発動させることはできる。そこへ私の力も加われば、そして今この時間に発動させることで、守護霊を除く全ての迷える魂と悪しき霊を全て成仏させることが出来る。そうすれば、このデッド・オブ・ザ・ワールド現象に終止符を打つことが出来る。その後は、新たにできた霊滅版を前の霊滅版が元あった場所に戻せば全てが完了する。その後は、誰も霊滅版に触れないようにしなければならない。再びこの現象を起こさせないようにする為に』
そう言うと蛇神様は、再び意識を集中させた。
『ここは絵里奈と蛇神様に任せて、みんなは下がって』
相沢さんの指示に従って、全員が魔法陣から少し離れた。ただ一人を除いては。
「冗談ではありません!」
ただ一人、柚羽だけは絵里奈の下へ駆け寄り、彼女の横にしゃがんで一緒に念力を注ぎ込んだ。
「わたくしとて念力を宿した陰陽師です!みんなを守るためにあるこの力を、今使わないでどうするのですか!わたくしだって、みんなを助けたいです!」
そう言って柚羽は、絵里奈や蛇神様と共に霊滅版に念力を注ぎ込んだ。
『こんなにたくさんの人に愛されて、幹夫君たちのこれまでの行動は全て無駄ではなかった。この町の人達だけではない。岩手の日口さん達も、大阪の津筒さん達も、広島の五反田さん達も、鹿児島の岩崎さん達も、そして幹夫君たちのお陰で無事に成仏出来た岩手と北海道の佐藤宗一さんも、みんなが幹夫君たちに感謝して力になりたいと思っています。その思いの力を、幹夫君の守護霊に集めてもらい、今日という日の為に用意してきました』
そう言って相沢さんは、自身の胸の前に手を持っていきそこから光の玉を出した。
『これを新しい霊滅版に注ぎ、二度と壊れないようにさせます。蛇神様にもこの力を分けてあげて、他の国にある11の霊滅版に注ぎ、二度と壊れないようにさせてもらいました。短時間で世界中を回るのは骨が折れたと仰ってましたけど』
そう茶目っ気を込めてみんなに言う相沢さん。
『ですが今夜、この現象は終わりを迎えます。これで全てが、元通りになります』
最後にそう言って、相沢さんは霊滅版に力を注ぐ絵里奈と柚羽と蛇神様に視線を向けた。その姿はまるで、我が子を慈しむ母そのものであった。
という訳で、2歳の女の子にやらせるのはどうかとも思いましたが、絵里奈ちゃんの中にある力が使われる時がようやく訪れたのです。




