大嫌いな幼馴染、再び
それから時間が経ち現在22時半、力の発現まであと1時間半と迫った今、俺達は万全を期すために柚羽ちゃんが張っている結界がちゃんと機能しているのかをチェックしていた。当然だが、結界の外にいる死霊達が結界を叩いて悔しそうにしていた。
「いつ見ても気味が悪いな」
「あまり見ないでください。わたくしは自分の張った結界に自信はありますが、それでもあまり見ていいものではありません」
柚羽ちゃんからそんな頼もしい言葉も聞いて、俺は改めて彼女の張る結界の強さを実感した。
現在俺は、華々美と涼と美玲と咲、影山姉妹と空道と朝香と柚羽ちゃん、里美と小夏さん、そして絵里奈と一緒に来ていた。
なぜまだ2歳の絵里奈が一緒にいるのかというと、先月寝ている間に勝手に出かけてしまった事を根に持っているみたいで、夜は常に一緒にいないと駄々をこねるようになったのだ。そして今日も、まだ寝ない俺と華々美を見た絵里奈が「えりなもねない!」とごねて聞かず、しかも俺と華々美から離れようとしない為現在に至る。
出来る事なら、先日トイレトレーニング始めておむつを卒業したばかりの幼児を連れ出したくなかったのだが、こうなるともう絵里奈はテコでも曲げない。
「気が強くて強情で意志が強い所は、母親の華々美さんに似ましたね」
「子供は親を見て育つって言うけど、やはり華々美に似たか。となると絵里奈ちゃんも、将来は女傑になるのかしら」
「それだけは・・・・・」
それだけは勘弁してくれと言いかけてやめた。何故なら、すぐ近くに母親本人がいたからだ。
確かに、今の絵里奈は由乃さんや涼の言うように育ての母である華々美に似てきた。
「それにしても、どうしてフル装備するように指示したんだ?ボクはいいけど、他の皆にまで」
朝香の指摘通りで、今回みんなフル装備をするように俺が指示を出した。
俺は金の刀と弓矢を、華々美は金の刀と銀の弾丸と拳銃を、涼は宝刀1本と脇差と道具フルセットが入ったカバン等々、とにかく全員がフル装備をしていた。
空道に至っては、巫女装束に椿の花の髪飾りに大きな筆を背負うというスタイルであった。
朝香も、袴姿に刀と笛を腰に差して道具がたくさん入ったカバンを肩に掛けていた。
「虫の知らせかどうかわからないけど、何となく装備をした方が良い気がしたし、何となく結界の見回りをした方が良い気がしたんだ」
「でも武谷さんのそれは、きっと誰かからの警告だと思うのです。武谷さんを護っている何かが、危険を知らせる為に虫の知らせという形で伝えたのだとわたくしは思います」
「・・・・・そうだな」
実は、似たような経験はデッド・オブ・ザ・ワールド現象が起る前日にも感じたことがあった。あの時は何となくそう感じただけだったが、今はそれに従った方が良い気がしてならなかった。
そんな根拠のない事でも、みんな従ってくれた。
みんなといろいろ話をしながら歩いていると、南波地区の前まで来ていた。
涼達が言うには、南波地区は再び悪霊たちの巣窟になった為立ち入りを禁じられた。特にゴースト団地が、今物凄く危険な状態になっているというのだ。
「ゴースト団地はまたとんでもないことになっているらしいな」
「ドローンを飛ばしてみてもはっきりわかるくらいに、ゴースト団地はかなりヤバいことになったわね」
里美の言う通り、ドローンのカメラで見てもそのヤバさがよく分かるくらいであった。由乃さんの予想では、ゴースト団地の地下に何か恐ろしい魔物がいるかもしれないと推測しているが、調べるにしても近づくことが出来なのならどうすることも出来ない為、実際はどうなのかを知ることが出来ない。
そんなことを考えながら見回りをしていると、南波地区近くの結界の外で人影を見かけた。その人物は、ボロボロの服を着ていたが間違いなく顔見知りの女性であった。それも、もう二度と関わりたくないと思った大嫌いなあの女であった。
「幹夫、久しぶり」
「・・・・・」
その女に声を掛けられて、俺は隠すこともなく嫌悪感丸出しで睨みつけた。
その女の名は、出島優希。
3年前に蛇神様の力を悪用した笠島先輩の弟、悪霊化した笠島隼人に憑依されて弱っていたが、激しい嫉妬により笠島隼人を逆に取り込んで俺達に襲い掛かってきた最悪な女。最終的には、涼によって倒されてほぼ廃人状態になり、笠島鷹志先輩のグループに引き取ってもらいそれきりとなっていた。
しかし今年に入り、突然姿を晦ませて行方が分からなくなっていたと聞いた。
そんな出島優希が再び俺達の前に姿を現し、のそっとした足取りでゆっくり俺達に近づいて来た。
「幹夫・・・・」
「それ以上近づくな。どっか行け!」
だが、そんなこの女を受け入れることなんて出来なかった。理由は2つあった。
一つは、この女は俺達が気付く前までたっていた場所があの曰くつきの南波地区で、しかも結界の外に立っていたことであった。柚羽ちゃんの結界は、どんなに強力な悪霊や魔物であっても容易に侵入を防ぐことが出来る反面、生きた人間の出入りは自由にできるという欠点がある。例え、たくさんの悪霊に憑依された状態であっても。
二つ目が、優希の周りには数えきれないほどの無数の悪霊が憑いていて、優希と一緒に結界の中に入ろうとしていたからだ。念力を持たない俺でもハッキリと見えたくらいだから、ものすごい数でしかもかなり力の強い悪霊が今の優希に取り憑いていることになる。
「3年も見ない間に随分と醜くなったな、出島」
「何でそんな呼び方するの?優希って名前で呼んでたじゃない」
「お前なんて、幼馴染でなかったらただの赤の他人でしかないんだし何も間違っちゃいない」
「酷いよ。あたしと幹夫との仲は、幹夫のご両親も公認なのよ。それなのにどうしてそんな・・・・」
更に近づこうとする優希だが、絵里奈を柚羽ちゃんに預けた華々美が俺の前に立って睨みつけた。そんな華々美に、涼と美玲も続いた。
「何よ!」
前に出てきた華々美と涼と美玲を、出島は鋭い眼差しで睨みつけてきた。3人は、そんな優希に臆することなく睨み返した。
「惨めな女だな。外堀を埋める為に幹夫のご両親に取り入ったつもりかもしれんが、肝心の幹夫本人から好かれる努力をしていないみたいで本当に哀れだな」
「うるさいわよ、この泥棒猫!」
「泥棒猫か、実際にそう言われる日が来るなんてな」
相変わらず、相手の神経を逆なでるような態度と口調で話す華々美だが、これは生きた人間を全く恐れていない彼女だからこそできる牽制であり、自分に絶対の自信があるからこその態度だ。
「相変わらずムカつく女ね!あたしから幹夫を奪っただけに飽き足らず、あんな小さな子供まで作って!」
「絵里奈はわたしと幹夫の愛の結晶であり、大切な我が子だ。お前と幹夫との間では一生あり得なかっただろうけど」
「クソ女が!」
俺と華々美との間に子供がいることに腹を立て、更に逆上して近づこうとする出島だが、その前に涼が前に出て塩を掛けた。と言っても、何てこともないただの塩なのだがたくさんの悪霊に取り憑かれた優希には効果絶大で、怯んで2~3歩下がった。
「何するのよ!」
「アンタはもう人間ではないわ。生きたままたくさんの悪霊に取り憑かれ、何日も一緒に居続けた結果魂は穢れてしまいその結果、アンタは生きたまま魔物になってしまった」
「なに!?」
涼の口から発せられた衝撃の事実に、俺や他の皆も絶句していた。陰陽師組を除いて。
「生きたまま魔物になったと言っても、悪鬼になったわけではないですね」
「というより、醜悪な化け物に成り下がったね。今は生前の姿で現れているけど、今の本当の姿は醜い化け物ってとこね」
「それでも、アナタ自身はまだ生きているみたいですからわたくしの結界を突破できるかもしれませんが、わたくし達に見つかったのが運の尽きですね」
由乃さんと朝香と柚羽ちゃんの3人には、今の出島の本当の姿が分かるみたいで、涼も含めて4人は完全に化け物を見る目で出島を睨みつけた。そんな4人に続いて、空道と梨乃までも出島を睨んだ。
「何なのよ!あたしはただ、幹夫と結婚して幸せな家庭を作りたかっただけなのに!」
「そこに俺の意思はあるのか!?俺が仲良くしようと思っていた相手を突き放し、女子と話をしていただけで嫉妬して牽制するせいで俺が学校でどんな思いをしていたのか分かってんのか!」
「幹夫にはあたしだけいればそれで十分だよ!他の人間なんて必要ないし、女なんてもっての外よ!あたしはただ、幹夫から有象無象を遠ざけただけで!」
「何処まで自分勝手なんだ!」
この女の身勝手のせいで、俺は学生時代友達が一人もいない孤独な学校生活を送る羽目になった。ハッキリ言って迷惑であった。
「呆れた。そんな事をして幹夫がテメェに靡くと本気で思い込んでいたのか?」
「本当にバカだね。そんなことをして幹夫のことを愛しているなんて、反吐が出るわね」
「幹夫さんに好かれる努力を怠り、何の疑問も抱くこともなく彼が自分のものになると思い込むなんて、どこまでも幼稚でおめでたい人ですね。あ、もう人ではありませんでしたね」
華々美と涼と美玲の3人は、出島に対して何がいけなかったのかを強い口調ながらも指摘したが、出島は鬼のような形相で睨みつけていた。
「何なのよ!何であたしばかりがこんな目に遭うのよ!」
「この期に及んでお前は!お前の粘着のせいで、俺はどんな目に遭ったと思って!」
「こんな現象が起こらなかったら、幹夫はそのままあたしの物になったはずなのに、こんな現象が起こったせいで!」
「この際だからハッキリ言うけど、俺はお前なんかを好きになった覚えなんてない!お前なんかの物になんてなってたまるか!」
「何でいつも、あたしの気持ちを分かってくれないのよ!」
俺と出島がそんな口喧嘩をしていると、里美が間に割って出島を睨みつけた。
「呆れた女ね。こそに幹夫の意思は存在するのかしら?さっきから自分のことばかり言っていて、幹夫の意思は何処にも存在しないでしょ。幹夫の気持ちも考えず自分の考えばかりを言って、幹夫ではなく幹夫の親を懐柔して外堀を埋めたつもりでも、そんな事をしても幹夫自身までアンタの事を好いてくれると本気で思い込んでいたのかしら?本当におめでたい女だね、アンタは」
そんな里美の言葉に、他の皆も賛同して頷いてくれた。2歳の絵里奈でさえ、出島のことを軽蔑していた。
「なによ!あたしのどこに不満があるって言うのよ!?」
「幹夫の気持ちを何も考えなかった事よ。幹夫が何を望み、何を求めているのかもまるで考えることなく自分の事ばかりを考え、自分の主張や権利だけを通している。そんな人間が誰かに好かれるわけがないでしょ。自分の容姿に絶対の自信があっても、中身が伴っていないんじゃ話にならない」
「あたしは幹夫に好かれる為にたくさん努力を積んで!」
「その努力の方向を間違えてしまったのよ、アンタは。そこに幹夫の意思は存在しない。だからアンタは、幹夫に嫌われているんだ。自分が世界の中心だとでも思ってんの?」
「うるさいうるさいうるさい!アンタ達、邪魔なのよ!」
キレて正気を失った出島は、真っ白になった自身の腕を伸ばしてこちらに掴み掛ってきた。死人のような腕をゴムのように伸ばすという、常人では考えられないよう行動であるはずなのに出島自身がまだ人間として認識されているせいか、柚羽ちゃんの結界を容易く突破してきた。そしてその腕は、里美に掴み掛ろうとしてきた。
「クソ!」
腕が里美に触れる前に俺が前に出たが、その代わりに俺は優希の腕に捕まれてしまった。
「クッ!?」
「ちょうどいいわ」
『幹夫はこっちにおいで』
俺の腕をつかんだ瞬間、優希の顔から一気に生気が無くなり、結界内の腕から稲妻のようなものが発生しだした。どうやら、結界が優希を魔物として認識して追い出そうとしたみたいだ。
だがそれは同時に、優希に掴まれている俺まで結界の外に出されてしまうことを意味している。
「クソ!」
抗うことが出来ず、俺は結界の外まで引きずり込まれそうになった。
みんなが俺を助けようと動く前に、真っ先に体にしがみ付いて引っ張ってきたのは里美であった。
「里美!?」
里美は無言で俺を引っ張り、更に華々美と涼と美玲、咲と由乃さんと朝香、空道と梨乃までもが俺を掴んで引っ張ってくれた。
だが、向こうの力の方が圧倒的に強く、あっという間に俺は頭と右腕以外は完全に結界の外に引きずり込まれてしまい、華々美と里美も半身が外に出ていた。
「パパ!」
「絵里奈ちゃんダメ!」
「武谷さん!」
「来るな!小夏さんと柚羽ちゃんは、絵里奈を連れて逃げて!柚羽ちゃんまでも引き込まれては中にいる人たちが危険だ!俺達に構わず、時間になったら柚羽ちゃんが魔法陣を発動させて!」
「でも、わたくしの念力だけでは!」
「いいからたの・・・・」
最後まで言い切る前に、俺は彼女達と一緒に結界の外へと引きずり込まれてしまった。絵里奈と小夏さんと柚羽ちゃんを残して。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その頃―――
『誰だ?私の眠りを妨げるのは』
『起こしてしまって申し訳ありません。ですが、どうしても貴方様のお力が必要なのです』
『私はもう、誰も傷つけたくなくてこうして眠りに就いているのだ』
『存じております。しかし、貴方様にはどうか私の娘の願いを聞いて欲しいのです。パパとママと助けたいという、あの子の願いを』
『そなたの娘なのに、何故他にママが存在するのだ?』
『私はもう亡くなっていて、あの子を傍で見守ることしかできません。ですが、私の代わりにあの子の親になってくれた子達のピンチを、見過ごすことなんて出来ません』
『そなたの考えが、私の中に・・・・・あ、この子たちは!?』
『ご存じなのですね』
『私を助けてくれた者達だ。では今彼が危ない目に』
『はい』
『分かった。私は彼等に助けられ、再び安らかな眠りに就くことが出来た。ならば今度は、私が彼等を助ける番だ。そなたの娘の願いを叶えると同時に、ゴースト団地内の魔界に引き込まれたあの子たちの救出も同時並行しよう』
『ありがとうございます』
『ついでにこの現象を、デッド・オブ・ザ・ワールド現象も終息させよう。無論、そなた達のような霊を巻き添えに差せないように』
その直後、眠りに就いた「何か」はとある霊によって封印は解かれ、再び外に出たのであった。




