霊滅版
「ついにこの時が来た」
「ああ。3年と1ヶ月半、長かった」
「地獄に変貌した中、私達は本当によく生きてこれたわ」
「はい。他の人達が今日を生きるのも大変な中、私達は本当に恵まれた環境で過ごされたと思います」
俺と華々美と涼と美玲は、完成間近の魔法陣を眺めながらこれまでの3年間のことを思い返していた。
残るは、真ん中の五芒星に石材を設置して描けば完成する。最後に、五芒星の真ん中に霊滅版を設置すればいいだけなのだが、今はそれにも疑問がある。
「幹夫、宗一さんからまだ何か聞いていないか?」
「まだ何も聞いていない。一応何か掴んでいるみたいだが」
まだ確証を得ていないというのもあるが、学者である宗一さんが幽霊関連や魔術関連なんて分かる訳がなく、そのことで確証を得るのはかなり難しいのだろう。
幸いなことに、霊滅版に関する資料は涼のお爺さんが残してくれた為研究に困らなかったみたいであった。
そもそもの話、何で涼のお爺さんは霊滅版の『版』を版画の『版』と書いて、円盤の『盤』と書かなかったのか?俺達は今まで、霊滅版を見つけることだけに注力していた為、そのことに関して全く気にもしていなかった。
しかし、先月改めて指摘されてようやくおかしいと思いだしたくらいだ。
「難しく考えなかったら、石盤ではなく版板だったってことだけど」
「華々美の言う通りかもしれないけど、現代人の俺達にとってはそんなに簡単に考えることが出来ないんだよな」
「私の術を見てもそんなことが言えるのかしら?」
「確かに、涼さんだけでなく、青美さんや朝香さんや由乃さん達の力を見ると、化学が何の役にも立たないものなんだなと思ってしまいます」
「そうだな。いっそのこと異世界転移しました、って言われた方がまだしっくりくるな」
「確かに、幹夫の言うように漫画やラノベでよく見る異世界転移ならこの現象にも納得いくし、諦めがつくってものだ。涼の術だって、傍から見れば魔法みたいなもんだもんな」
「魔法って言われるのも、何だか心外だわ」
「まぁ、普通に考えると魔法みたいなものです。涼さんは武術がメインですけど、青美さんの妖術も、朝香さんの火柱も、由乃さんの水晶を飛ばす術も、柚羽ちゃんの強力な結界も、普通にファンタジーです」
そんなことを話しながら俺達は、大分様になってきた畑を眺めながら自分たちの屋敷へと帰っていった。
今日の夜、日付が変わる午前0時に霊滅版の力を引き出すことでようやくこの現象を終わらせることが出来る。宗一さんの分析によって、力は5分ほど発動されることも分かった。
ただ、霊滅版を置くだけでいいのかどうかも分からなくなってしまった。
(宗一さんのお陰で、本当にどうしたらいいのかを知ることが出来るけど・・・・)
そもそもなぜ、涼のお爺さんはわざわざ円盤の『盤』ではなく『版』を使ったのか、ただの書き間違いならそれでよかったのだが、宗一さん曰くわざとそう書いていると言うのだ。
(未来を予知できる涼のお爺さんのことだから、もしかしたら宗一さんのことも予知していて、彼なら答えを見つけてくれると信じてわざとそう書いたのかもしれないな)
おそらく、涼のお爺さん自身も霊滅版の力を100パーセント引き出す術を詳しく知ることが出来なかったのだろう。
だから、自分の憶測や調べて分かった範囲だけを記し、あとのことは宗一さんに任せる為にそう書いた可能性すらある。霊や術について詳しくても、歴史学や民俗学などについてはそこまで学者ではないので詳しくないから、わざと書き間違えさせることで宗一さんに調べさせるように誘導したのだと俺は推測している。
実際、宗一さんは霊滅版についてたくさん調べて、いろいろと知ることが出来た。宗一さんが来てくれて本当に良かった。
屋敷に戻ると、小夏さん達と一緒に遊んでいた絵里奈が駆け足で俺達の方へと走ってきた。
「パパ!ママ!」
「ただいま、絵里奈」
「良い子にしてたか、絵里奈?」
「うん♪」
嬉しそうに抱き着いてくる娘に、俺も華々美も思わず頬を緩ませてしまう。
絵里奈だけでなく、歩けるようになった戸村さん達の子供達も、そんな我が子を笑顔で呼ぶ彼女たちを見て、俺はようやく今日までの苦労が報われるのだなと思った。
(この子たちの未来の為に、俺達はずっと霊滅版を探してきたんだ。幽霊たちは、本来目に見えない存在であり、やたら無闇に襲いに来るようなものでもない)
この現象のせいで、7割以上もの幽霊たちが凶暴化して人を襲う死霊となってしまい、空を覆うほどたくさんいた浮遊霊たちも今ではすっかり疎らになってしまった。しかもそれは、成仏したのではなく死霊になってしまったからなのだ。
それを終わらせるために、俺達は今日まで頑張ってきたんだ。
「決行までまだ時間があるけど、どうするか?」
「時間があると言っても、およそ18時間しかないんだ。数字の上ではたっぷりあっても、今日の午前0時、日付が6月23日に変わったタイミングで発動させないといけないんだ」
「華々美の言う通り。決して時間があるわけではない。むしろ時間は残されていないわ」
「そうだな」
その為に1ヶ月、雨風に妨害されて出来なかった日もあったが、何とか準備を進めることが出来た。
後は、宗一さんが結論を出すのを待つだけなのだが、華々美と涼の言う通りであと18時間しかないのだ。それまでに何とか、霊滅版の力を発動させる正しい条件を見つけ出さないといけない。
一通り娘と遊んだ後、俺はすぐに屋敷の中に入って本と大量の紙で床が埋め尽くされた部屋へと入り、その奥で一息ついている宗一さんと敦子さんの所へと歩み寄った。
「どうですか?」
「あぁ、武谷君か。かなり苦戦はしたけど、ようやく確証を得られたんです」
「本当ですか!?」
「ああ」
「瀧倉さんのお爺様がたくさん調べてくださったのが良く、お陰で主人も私も霊滅版について知ることが出来ました」
その後俺は、宗一さん夫妻から霊滅版について話を聞いた。
霊滅版は実は、最初に推測していた通り石盤としてではなく版板として作られていたことが分かった。当時の技術では綺麗に表面を削ることが出来ず、僅かに凸凹していたのだ。
しかし、それなのに描かれている魔法陣はとてもきれいなのはなぜなのか?その理由は、事前に紙に書かれた魔法陣を霊滅版の下となる石盤に被せて、念力を込めることでその模様通りに彫らせていたのではないかというのだ。
「まぁ、その当時は植物で出来た紙がまだ無かったから、薄いベニヤ板かヤギや牛の皮を使ったんだと思います」
その証拠と言わんばかりに、他の霊滅版の写真のうち何枚か出して見せてくれた。よく見ると、何枚か墨が付いた痕跡が見えた。長い年月によって大分色は薄れてきているが、それでも墨が付けられた痕跡があった。
「紀元前何千年か何百年前か、正確には分かりませんがおそらくその頃には今回のような現象が数えきれないくらいたくさん起こった可能性があります。その度に、壊れた霊滅版の魔法陣が描かれていた破片を出来る限り集めて、最低限模様になる様にした後で墨を塗り、版画の要領で羊皮紙に移した後新しい霊滅版となる石板に添えて写していたんです」
「お爺さんは、壊れた霊滅版が元に戻ると書いていましたけど、実際は魔法陣の一部が塗られた紙から新しい石盤に転写させて、それを新しい霊滅版にしていたんです。当時はまだその知識を伝えていた人が居たと思いますけど・・・」
「2000年以上という長い年月と、科学と文明の発達によってそれを伝える人はすっかりいなくなってしまい、今では霊滅版の存在自体が忘れ去られてしまったんだと思います。まぁ、2000年以上もこんな現象が起きなかったから、というのも理由の一つだと思います」
「そうだったんですか」
それが3年前に、渋井沢が何も知らずに金目的で盗み出し、これまた金目当てで歴史学者だと偽って麻薬を売ろうとした千葉の佐藤宗一によって買われ、中を空洞にする為に真っ二つにしたことで再びこの現象が起こってしまったのだ。
「先人たちはこの現象のことを、亡者たちが凶暴化して人を襲うこの現象が引き起こした世界のことをこう記していました。亡者が支配した世界、『デッド・オブ・ザ・ワールド現象』と」
「『デッド・オブ・ザ・ワールド現象』・・・・・」
まるで映画のタイトルの様な名前だが、当時もたくさんの亡者たちが世界中を埋め尽くして支配していったのだろう。
だが、今回は前回の力の発動からかなりの年月が経っていて、その間にとんでもない数の人が亡くなり、この世に強い未練を残して彷徨い、結果今回のような未曽有の大災害へと発展してしまったのだ。
「まったく、普通の人間でも倒せて、かつ物理攻撃が通じるゾンビの方がマシに思えてしました」
「そうですね。幽霊となると、瀧倉さんみたいな人でないと対処できず、その上物理攻撃も通用しないし、壁やバリケードもすり抜けるし、触れることも出来ませんし・・・・こうして僕達が無事に生き残れているのが奇跡ですよ。瀧倉さんや影山さん達みたいな人たちと会えて、味方につけることが出来たのですから」
確かに、倒し方も、防ぎ方も全てが限定されているため8割以上もの人が何も出来ずに死霊に襲われて命を落とす中、俺達は本当に運が良かったと思う。
「でも、そんな地獄のような日々がようやく終わりを迎える」
そう呟いた後、宗一さんは机に置かれた真っ二つになった霊滅版を合わせて、魔法陣が描かれている方に墨を塗ってその上に紙を載せて擦り付けた。版画の要領で。
そうして出来た紙を、俺に見せた。
凹凸の部分が少し目立つが、魔方陣が正確に写し出されていた。
「これを伝える為に、瀧倉さんのお爺さんはわざと版画の『版』を使ったんだと思います。普通、こっちの『版』は使いませんから、それに気付いて詳しく調べてもらうために資料をたくさん残してくれたんだと思うんです。あとはこれを、予め用意して加工してもらった新しい石盤に転写させれば大丈夫です」
そう言って宗一さんは、部屋の隅に置かれていた新しい霊滅版となる円盤型の石板に目をやった。他の霊滅版よりも鮮やかで、だけど表面はとても滑らかで、厚みはあるものの綺麗な円盤型の石板が置かれていた。
「加工する人たちには苦労させましたけど、運よく石橋にも使われている石がありましたので、それを頂いて新しい霊滅版にするために加工してもらいました」
「それは分かるのですが、絶対に石じゃないとダメなんですか?鉄を使えばもっと」
「鉄はダメです。あれは酸化で傷んでしまい、人の手入れがないとボロボロになって壊れてしまいます。同じ理由で、コンクリートもダメです。紙や木は論外ですし、石だからこそ何千年、何万年も残り続けることが出来たのです。人の手で生み出してきた物で永遠に残り続ける物って、実はこの世に存在しないのです。人類が滅亡した後でも残り続けるものと言ったら、ピラミッドや万里の長城と言った石で出来たものだけで、それ以外の物は跡形もなくこの世から無くなってしまうんです」
「そうなんですね・・・・」
つまるところ、人類が作り出した物の全ては徹底した管理がないとこの世に残り続けられないのだというのだ。だから、霊滅版は石で出来ていたのだ。
「あの石盤を魔法陣の中心に置いて、前の霊滅版の魔法陣を写したこの紙を貼って念力を注ぎ込めば、デッド・オブ・ザ・ワールド現象も終息することが出来ます。あとは夜を待つだけです」
「はい」
チャンスは今日の午前0時、日付が変わったタイミングでなければいけない。この機会を逃すと次は何時になるのか分からないし、下手をすれば100年後、200年後になる可能性だってある。そのタイミングでやらないと、悪い霊と一緒に守護霊まで成仏させてしまうからだ。
新しく作られた石盤を持って、俺は宗一さんと一緒に魔法陣が描かれている連勇高校のグラウンドへと向かい、それを完成した魔法陣の真ん中に置いた。
そしてあとは、夜を待つのみとなった。




