準備
霊滅版を回収した翌日の朝、眠っている俺の上に絵里奈が乗って寝息を立てていた。
「前にも似たようなことがあったな」
「まぁ、パパ嫌いなんて言われなかっただけでも良かったじゃない」
「そうだけど、昨夜は大変だったな」
俺の隣で寝ている華々美が、俺の上に乗っている絵里奈の頭を愛おしそうにしながら撫でながら言った。
「柚羽ちゃんのお陰で、死霊達がこの町に入ることはなかったけど、帰りの道中は暗くなった途端に何処からともなく湧いて出てきて不気味だったな」
涼が車に術を掛けてくれたおかげで、死霊達は車の中に入ることはできないけど、それでも執拗に迫ってくる為正直言って怖いと思った。
「随分と絵里奈には寂しい思いをさせてしまったもんな」
「ああ。だけどもう、そんな思いはさせない。霊滅版は昨日無事に回収しなんだし、発動場所もちょうどここだし、もう遠くに行くこともなくなったな」
「そうだね。もう、この子に寂しい思いをさせずに済む。今はわたし達がこの子の親なんだからな」
「そうだな・・・・」
そう言われるとなんだか照れるが、絵里奈からすれば俺と華々美が自分の親なのだから、そんな絵里奈と他の子供たちの未来を明るいものにするために俺達はこれまで頑張ってきたんだ。そのせいで、絵里奈には散々寂しい思いをさせてしまったので、これからはしっかり傍にいて安心させてあげたいなと思った。
そう思いながら、俺と華々美は寝息を立てる愛しい我が娘の頭と背中をそれぞれ撫でるのであった。
それから30分後に全員目を覚まし、俺達は朝の作業を終えた後で空道神社へと赴いた。笠島先輩に、無事に霊滅版を回収したことを報告しに行った。現物も持って。
「これが、霊滅版」
「あたしも初めて見ました。それ以前に、本当にあるなんて思いもしませんでした」
「あたしも、正直言って半信半疑でした。こうして実物を見るまでは」
笠島先輩も空道も梨乃も、存在するとは思ってもいなかった霊滅版を見て少し驚いていた様子であったが、同時に嬉しそうにもしていた。
「これを、指定された日時と場所で魔方陣を描き、その魔方陣の中心にこれを置けば全て元に戻るんだな」
「そうですね。祖父の残した手記と、宗一さんの分析によれば、蓮勇高校のグラウンドで行えばいいはずです」
「ああ。確か、6月23日の午前0時だったな。準備を進めないと」
涼のお爺さんの手記に描かれた魔方陣は、物凄く複雑な上に僅かでも間違えると霊滅版の力を発動させることが出来ない為、描くときはとにかく慎重に行わないといけない。
更に、その中心に霊滅版も置かないといけない為、魔法陣はグラウンドいっぱいに描くほど大きくないといけない。これは、霊滅版自体が想像よりもかなり大きかったから、生半可な大きさでは魔方陣の中心には収まらないからだ。
「そうなると、上から指示を出す人と、描く人をそれぞれ用意する必要があるな」
「はい。渋井沢のホームページ写真からでも、霊滅版が大きい物だということは分かっていましたが、実際に持ってみると想像よりも大きかったのでびっくりしました」
「その上この厚みだ」
切られた霊滅版の片方を顔の位置までもっていき、笠島先輩はそれを横から見ていた。
「目測ではあるが、20センチくらいの厚さはあるな」
「なのに、持ってみると意外と軽いんです」
石板なので、触った感じは間違いなく石なのだがこれがまたあまり重くなかったのだ。
(20センチでもそれなりにずっしりとくるのに、直径が50センチもあるこれはそこまで重く感じないんだよな)
そして、一番の問題はその魔法陣を何で描くかだ。白線に使われる石灰の粉を使うという手もあるが、それだと誰かが踏んだ時点ですぐにダメになってしまうし、ロープで描くにしてもビスで打ち込まないと風で飛んでしまう。
もしかしたら、それが一番重要なのかもしれない。
「なぁ、そもそもの疑問なんだけど、どうして霊滅版の版って『板』や円盤の『盤』という字ではなく、版画の『版』って書くんだ?」
「あっ!?」
笠島先輩からの指摘に、俺達は改めてその疑問に気付いた。
「言われてみれば、何でお爺ちゃんは『板』や円盤の『盤』ではなく版画の『版』って書いたのかしら?」
「ただの書き間違い、ではないよな」
「何か意味があります。きっと、魔法陣を描く以外にも何か必要な手順があるのだと思います」
涼と朝香と柚羽ちゃんも、「板」や「盤」ではなく「版」を使ったのには何か理由があるのだと思い思案した。
華々美と由乃さんと美玲も同じことを思ったみたいで、3人とも顎に手を当てて考えた。
「言われてみて初めて気付いた。俺達はずっと、霊滅版を探す事ばかりを考えていたから、どうして霊滅版の版は『板』という字でも、円盤の『盤』でもなく『版』なのかも考えたこともなかった」
「無事に回収して、実物を目にして改めて疑問に思ったんです。瀧倉のお爺さんは、どうして版画の『版』って記載したんだって」
ここに来て新たな疑問が浮上した。
俺も涼のお爺さんのノートは読んだことがあるが、確かに霊滅版の版は『板』や『盤』ではなく『版』と確かに書いてあった。
「普通なら、円形の石板だから円盤の『盤』の方を書くよな」
「お爺ちゃんも決して漢字に弱い訳でもないし、こんな簡単な書き間違いをするとはとても思えないわ。あの時の私も、幹夫と同じで見つけ出すことだけ考えていたから、どうして版画の『版』なのかも考えていなかった」
涼は実の祖父のことを良く知っているため、そんな書き間違いをするとはとても考えられないと断言していた。
「考えてみても分からないし、すぐに帰って宗一さんに相談したい」
「ええ。こういうのは私や由乃さんよりも、学者の宗一さんに相談した方が良いと思うわ」
「ボクはこういうのは全然分かんなかったから、そういうもんだと思ってた」
「わたくしも同じです。それ以前に、この現象が起こる2ヶ月前まで小学生だったわたくしにはそういう疑問は抱きませんでした」
若干脳筋気味の朝香と、ついこの前まで中学生でこの現象が起こるちょっと前は小学生だった柚羽ちゃんに関しては、指摘されるまで疑問にすら感じなかったみたいであった。
俺達はすぐに霊滅版を持って、自分たちの屋敷に戻って宗一さんの所へと駆け込んだ。
「ああぁ、やっと気付いたんですね」
「その様子だと、宗一さんは初めから疑問に思っていたんですね」
「瀧倉さんのノートを見て、円盤の『盤』ではなく版画の『版』という字を使っていることに疑問を抱きました。けれど、それをあのタイミングで告げて動揺させてはいけないと思いました。何より、それを考えるよりも先ずは見つけないといけないのだから」
だから宗一さんは、あえて指摘しないで俺達を見守っていたのか。
「けど、だからと言ってそのままスルーしているわけではありません。霊滅版を買った奴の居所を調べるのと並行して、何故円盤の『盤』ではなく版画の『版』と記載されているのか、そうしてその漢字を使っているのか。霊滅版の発動条件が分かったときにも言おうかなと思ったけど、水を差したくなかったので理由を付けて流すことにしたのです」
「それで、今は何か分かったのですか?」
「ごめん、それはまだです。普通に考えると、石盤ではなく実は版板だったって考えられるんですけど」
「版板って、もしかして他の霊滅版が必要ってことですか?」
「いや、それはない」
そう言って宗一さんは、ノートに挟まれていた12枚の写真を俺達に見せた。それは、それぞれの霊滅版であった。よく見ると、1枚1枚それぞれ違う魔方陣が描かれていたし、大きさも、形も、それぞれ違っていた。厚さはどれもかなり分厚かったし、それも非常に硬そうな石で出来ていた。
「当時は木の板がなかったから、石の版板を作ったってことですか?」
「それも考えられますけど、この霊滅版もそうだけどすごく硬いから当時の人達の技術で正確に綺麗に掘るのは不可能なんだ。だからどうして、石盤を使っているのか」
「この石、そんなに硬いのですか?」
「そうですね、彫れなくはないけどここまで綺麗に彫るなんて出来ません。そもそもの話、そんな硬い石盤の表面をあまり傷つけずに綺麗に切断するにしても、特別な機械と技術がないと出来ません。そんな硬い石に、当時の技術で模様を綺麗に彫るなんて無理です。現に、この霊滅版や、写真で見た他の霊滅版だってよく見たら表面はザラザラで、魔方陣が描かれているこの面も凸凹しています。にも拘らず、何で魔法陣だけはこんなにも綺麗で正確に彫られているのでしょうか?彫るにしてもかなりの技術がいりますし」
宗一さんの言う通りであった。
当時の人達は、一体どうやってこんなにも綺麗に複雑な魔法陣を彫ることが出来たのだろうか?この霊滅版を見る限り、石材の加工方法がそんなに優れていたとはとても思えなかった。
当時の人達は、一体どうやってこの霊滅版を作り、どうやって模様を綺麗に正確に彫ったのか?
「とにかく、霊滅版の力を発動させるには魔法陣を描く必要がありますし、武谷君たちはそっちを優先してください。僕と敦子は、引き続き霊滅版について調べます。資料はたくさんありますし、現物もありますし、時間も限られていますが2日前の6月20日までに何とか解明してみます。もちろん、手に入れた霊滅版は傷つけませんので」
「あまり無理はしないでください」
「いえ、時間もありませんので多少無理をしてでも間に合わせてみます。なに、全てが解決した後で思い切り休めばいいです。それまでの辛抱です」
「・・・・お願いします」
とりあえず、俺は霊滅版を宗一さんに預けて俺達は一旦リビングに集まってからどうやって魔法陣を描くのかを話し合った。
出来る事なら、雨風にも耐えられるようにしたいということで石やブロックを並べて作ることにした。加工が少し大変だけど、あと1ヶ月ちょっとしかない為急いで作業に取り掛かることにした。
ちなみに石やブロックは、連宮動物園からブロックや壊した建物や獣舎の破片を使い、石材は馬場さんの村から無償で譲ってもらった。馬場さん達も、この現象が早く終わることを願ってくれているみたいですごく協力的であった。牧場の人達も、余ったブロックや石材を貸し出してくれた。
そうして材料が揃ったところで、俺達は早速作業に取り掛かった。
俺の母校である高校、連勇高校のグラウンドいっぱいに白線を描き、その上に集めた石やブロックを置いて魔方陣を描いていく作業だ。
とはいえ、これが想像以上に手間と時間がかかる作業であった。
最初の白線を引く作業は、3~4人が学校の窓から拡声器を使って指示を出し、寸分の誤差も許されることも無い為指示を出す人の口調も自然と強くなってしまう。
白線で下絵を描く側も、ちょっとでも線が歪んだりズレたりしないように神経を張っていた。その上、他の人が書いた線を踏んでしまうと滅茶苦茶怒られてしまうため一切気が抜けない。それに、書いた白線が消えないようにシートを被せる作業もあり、そのシートで線が消えないようにする為にこれまた神経が磨り減る作業の為、これでも指示を出す方の口調がかなり強くなってしまう。
それと並行して、手に入れた石材やブロックの加工も行った。とはいえ、石材の加工に関しては全員が素人で、右も左も分からずどの道具を使えばいいのかも分からないまま手探りで加工を行っていた。
それでも、誰も作業を止めようとせず、1週間後には白線を書き終えて、その翌日には加工した石材とブロックを白線の上に置いて改めて魔法陣を描いた。
石材の加工も並行して行われるので、魔法陣を描く作業は思いのほか時間がかかったが、誰一人として作業を止めることなく加工と設置を進めてくれた。
石材とブロックの設置に取り掛かって2週間がたった頃、その時にはおよそ半分が出来上がっていたというタイミングで、宗一さんが集めた石材の中で一番硬そうな石を持っていき、それを綺麗な円盤形に加工するための作業を行った。
持っていった石材をどうするのかまだ分からないまま、俺達は設置作業を続けた。
途中で雨が降って作業が何日も出来ない時もあったが、設置作業自体は順調に進んで・・・・・いきませんでした。
雨のせいでせっかく描いた白線が消えてしまい、複雑な模様を優先的に済ませたのだが、それでも雨のせいでせっかくの模様が消えてしまうのを見るたびに心が折れそうになった
しかし、それらの苦労の甲斐あって魔方陣は9割方完成し、残すは中心の五芒星を残すのみまで来た。
6月22日、午前7時。
天気は快晴。
ついにこの時が来たのであった。




