大人の町 その真相
華々美の名前を聞いた針山は、分かりやすいくらいに怯えきっていて、両足を撃たれていなかったら確実に逃げていたと思う。
「お、お嬢もお久しぶりです・・・お会いするのは12年ぶりですが、随分とお綺麗になられて」
華々美の事をお嬢と呼んでいる時点で、この男が華々美の父親の組に属していたヤクザだった事が分かる。
「貴様にそう言われても何も嬉しくない。わたしの父にあれだけ酷い折檻を受け、その上警察に突き出す形で追放されたにも拘らず、こんな所まで来て傍若無人にふるまって!貴様はこの町の王様にでもなったつもりか!」
「そそ、そんなこと言われましても!俺様は元々この町出身でして、釈放後は地元に帰ってきたのですが、翌日にあんな酷い目に遭って!1週間後にいなくなったと思ったら、指揮する人が居なくなったもんですから代わりに俺様が!」
「うるさいからという理由で、年端も行かない子供をこの町から追い出すような下衆が」
「当然の権利です!俺様は10年前から服役して、模範囚を装って何とか7年で出所することが出来て地元に帰って静かに老後を過ごしたかったんです!俺様ももう60過ぎだから、残りの人生は地元で静かに過ごしたいと思って何が悪いんですか!」
「そういえば貴様、子供が大嫌いだったな。組にいた時代でも、子供を見かけただけで癇癪を起して暴力をふるおうとするくらいに、その度に父や部下に止められていたな」
どうやら、この男は元々子供が大嫌いで、見かけるだけで暴力をふるうようなクズだったみたいだ。子供を追い出したのは、子供が一人もいない自分の理想郷を作る為に取った行動みたいだ。
「だが、それは俺様だけが悪いのですか?この町には俺様と同じように、子供の声でイライラして鬱憤も溜まっているような奴ばかりだったから、俺様が皆の為に子供のいない静かで平和な街を作ってやったんです!それの何が悪いんですか!」
子供が嫌いだからと言ってここまでするのかと、俺達は呆れながら惨めったらしく転げまわる針山を見下ろしていた。
だが、針山の言っていたことは決して嘘という訳ではなかった。
「アンタ達こそ何なんだよ!子供は宝だのなんだのふざけたことぬかす気か!?」
「俺達大人がいるお陰で町が発展するし、子供なんて金がかかるだけのゴミだし、しかもうるさく騒ぐだけだから正直言って存在自体が犯罪者クラスの害悪なんだよ!」
「実際に産んで育ててみると、金は掛って好きなことは全然できないし、欲しかったブランド品もずっとやりたかった趣味も全部諦めなければいけなくなって、本当にもう最悪なんだよ!あんなゴミムシ、産まなければよかったよ!」
「アイツ等のせいで俺達大人の自由はなくなった!俺達だってもっと遊びたかったのに、ガキどものせいで俺達は一切遊べなくなった!俺達にだって自由に遊んで暮らせる人生の権利があったっていいじゃねぇか!」
「子供が10人死のうが、百人死のうが何の問題もないんだよ!というか、この世から子供がいなくなってくれたほうが真に静かで平和な世の中になるのに、お前らは分かんねぇのか!」
どうやら、この町に残っている大人たちは全員が針山と同じ考えを持っていたみたいで、俺達に対して殺意の籠った目で睨みつけていた。
そして、そんな身勝手でワガママな大人たちの発現を聞いた俺達の怒りは爆発したのであった。
何で、こんな大人たちのワガママのせいで子供たちが犠牲にならないといけないんだ?こんな奴等の為に、手を差し伸べるなんて間違っている。
「こんな自分勝手でワガママで自己中の、大人になり切れていないガキばかりが集まる町なんてすぐにでも出て行ってやるよ」
「わたしもだ。こんな老けた子供ばかりが暮らす町なんて、わたしもどうでもいい」
「ボクだって、こんな連中がこの先どうなろうが知ったことじゃないね」
「3人とも放っておきなさい。こんな話の通じない獣同然の虫けらなんて」
俺だけじゃなく、他の3人もこの町の大人たちのことを人として見ておらず、この先どんなことが起こっても手を差し伸べないと言っていた。
そんな俺達の発言に、この町の大人たちは気分を害したみたいで物凄く大きな声で俺達を罵倒し始めた。内容なんて、聞くに堪えない為聞き流す。
(あぁ、うるさい。テメェ等の声の方がよっぽど迷惑だし、悪質極まりない騒音じゃねぇか)
昨日由乃さんから聞いた、保育士時代にクレームを言っていた人の怒鳴り声を騒音だと言っていたご近所さんの気持ちが分かった。こういう人の怒鳴り声は、ただただ不快な思いをするだけの迷惑な騒音でしかなかった。
大人の出す騒音は、子供たちの騒ぎ声と違って100パーセントの悪意が籠っているからだ。
子供はまだ善悪の判断が曖昧で、これ以上騒いだら迷惑がかかるだろうというのが本当に変わらないので、それを叱って正してくれる大人がいるからそれが良くないことなんだと学ぶことが出来るのだ。
けれど、大人が故意に出す騒音というのは出した本人の欲求を満たす為にわざと出しているものであり、酷い場合は周りの迷惑も顧みずに自分達の権利ばかりを大声で主張するのだから始末に負えない。仕事で仕方なく出る大きな音ならまだ納得できるが、そうでない騒ぎ声には悪意しかないので本当の意味で迷惑だ
子供の時と違って、大人になるとごめんなさいでは済まされないのに、何でそれが分からないのだろうか?
これ以上この町にいたくない俺達は、踵を返してさっさと去ることにした。
出て行く前に華々美が、針山の方を向いて最後に一つ疑問を尋ねた。
「そういえば針山、何で貴様は自分の名字を『針山』ではなく『葛間』と偽ったんだ?」
「それは、この町のトップの名字が葛間だったからだ。ソイツが幽霊どもによって殺されるところを偶然見て、これはちょうどいいと思っていたし、町民の殆どが本物の葛間の顔を良く知らないからな」
「そうだったな。貴様はそういう男だったな。人を平気で騙し、気に入らないという理由だけで関係のない人に危害を加える。だから貴様は、父や祖父にも見放されるんだ」
既に亡くなった本物の葛間町長になり切り、この町を自分好みの帝国に変えようと企んでいたみたいだ。実際、ここにいる大人たちは皆針山の正体を知っても態度を変えることなく針山についていくことを決めた。
最後の疑問を聞いた華々美も、俺達と一緒に振り替えることなく自己中で身勝手な大人たちの帝国と化した町を後にした。
「さて、もう町も見えなくなったし、幹夫と華々美はちょっとそこにしゃがんで」
「そうですね。私は幹夫君のお祓いをしますので、朝香ちゃんは華々美ちゃんのお祓いをお願いします」
「ん?」
「お祓いって、何でだ?」
訳が分からず疑問符を浮かべる俺と華々美だが、朝香と由乃さんが真剣な表情で言うのだから、俺と華々美はとりあえず2人からお祓いを受けることにした。
「はぁ、全くあぁいう救いようのない人の相手をするほど無駄なことがないね」
「ええ。それに、町民全員が悪霊の気に取り憑かれていて、全員があんなにげっそりとしていてはもう手遅れです。中には死体も道端に転がっていましたし」
「「え!?」」
2人から聞き捨てならない話を聞いて、俺も華々美もビックリしながら2人の方を向いた。
「念力も霊力も法力も持たない2人には、針山たちと同様の活気に溢れた町に見えたのかもしれないけど、ボクと由乃さんの目にはゴーストタウン顔負けの廃墟になった酷い町だった」
「あの町を支配しているのは、たった1人の危険かつ凶悪な悪霊で、力もかなり強大でもう魔物と言ってもレベルでした。実際、あそこにいる人全員の背中にはその悪霊の気が張り付いていましたし、げっそりと痩せ細っていました。針山なんて、今にも死にそうなくらいに生気がありませんでした」
「「マジで!?」」
「しかも、店に陳列されていた商品も全てが幻だった。高級和牛に限らず肉類なんて全てネズミの死骸だったし、新鮮な野菜も実際には雑草の塊だし、お米なんて泥が入ってた」
「あんな物を知らずに口にするとそう遠くないうちに死にますし、ネズミの死骸に至っては素手で触っただけで感染症のリスクもありますし」
だからあの時、2人はお店の商品を触ってはいけないと言っていたのか。そんなヤバい物だと知らずに、あの町の大人たちはずっと普通に食べていたのか。
「どうしてあんな風に、って聞きたいところだけど何となくわかった」
「わたしもだ。おそらくあの風景は、その悪霊が見せた幻だったんだ。アイツ等の願望と欲望を、そのままの形で見せて」
そりゃ、あの町には針山と他の大人たちの好きなものがギッシリと詰まっているわけだ。だってあれは、その悪霊がアイツ等の願望通りに生み出した幻だったのだから。
悪霊は、大人たちの欲望を叶えてあげる代わりに、大人たちの命を少しずつ奪っていっているのだ。
「ま、知った所で俺達にはもう関係ないからな。それに、悪霊の関与がなくてもどの道あの町に未来なんてないからな」
子供は大切な財産。
人間、若い時間よりも老いていく時間の方が長い。そして、人間が普通に働ける年齢なんてどんなに頑張っても75から80が限度。それ以上の年齢で働いている人もいるかもだけど、人間の平均寿命なんてせいぜい80年。しかも、全員が必ず天寿を全う出来るとも限らない。突然の事故や病気、更には殺人に巻き込まれることもあれば、野生動物に襲われて命を落とす場合だってある。
それなのに、人間という生き物は頭で理解していてもそんな当たり前の生活がいつまでも、永遠に続くものだと勝手に思ってしまう。永遠に続く物なんてこの世には存在しないし、俺達が普段過ごしていた当たり前の日常も、ちょっと突いただけであっという間に崩壊してしまう砂上の楼閣。
当たり前の日常が送れる事、これがどんなに幸せで特別なことなのかを、俺もこの現象が起こって初めて理解したのだ。
なのに、あの町の大人たちはそれを全く理解していない。自分、もしくは近しい人たちが突然いなくなった時のことなんて考えていないし、そもそも培ってきた技術と知識を一体誰に伝えるつもりなのだろうか?
「卑猥だの、女性の権利だのなんだの言って性的な話題を避ける傾向にある世の中ではありますが、『性欲』だって生きる上で絶対に欠かす事の出来ない必要な感情なのです。相手に魅力を感じられなければ性的なことがしたいと感じられませんし、そういった行為がないと子供が生まれることもありません。命を繋げるというのは、本来そういうことなのです。確かに、まだ善悪の判断も曖昧で感情のままに行動する生き物ですが、子供には無限の可能性が、未来が詰まっているのです。だからこそ、子供は大切な宝物なのです。そして、その子供を産むには性欲は欠かせません。だから、食欲や睡眠欲と同等に必要不可欠な欲求として組み込まれているのです。どんなに綺麗事を並べ立てても、人間も動物である以上その事実が覆ることはないのですから」
由乃さんの言っていることは、働いて成果を出したい女性や多様性を訴える人達にとって認められないことであり、不適切な発言なのかもしれない。
しかし、命を繋げるというのは本来そういうことだし、別に由乃さんも働きたい女性の意思を否定するつもりも、多様性を否定するつもりも卑下するつもりも一切ない。
だが、本当に未来を繋げるということがどういうことなのかを、俺達はいま一度考え直さなければいけないのかもしれない。
確かに、先を心配しすぎて今を疎かにするのも良くないが、先のことを考えて行動できるようにならないとその先に待っているのは破滅だけだ。
そんなことを思いながら俺達は、涼や子供たちが待っている村に帰ってこられた。
「で、どうするの?」
涼からの質問に、俺は彼女の周りに群がっている子供たちに視線を送った後で改めて言った。
「この子たちを置いてはいけない。馬場さん達がこの子たちを引き取ると言ってくれているんだし、明日子供たち全員を連れて一度帰って馬場さんと相談する。赤ちゃんもいるんだし、無理して行くわけにもいかない」
「そうね。わたしもその意見に賛成だ。霊滅版の回収も大切だけど、この子たちの保護が最優先だ」
「そんなわけで」
俺は改めて、子供たちの方へと視線を向けて言った。
「君たちは皆、俺達の方で引き取ることになった。生活水準は下がるし、不便を感じることばかりかもしれないけど、それでも衣食住が充実しているから苦しい思いをすることもない」
俺の話を聞いた後、子供たちは全員涙を浮かべながら抱き着いてきた。
「もう大丈夫だ」
一通り泣いた後、全員で夕食を食べた後で俺達は眠りについた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
~里美side~
皆が寝静まった夜、私はすぐ近くで眠っている幹夫の頭を撫でながら思い老けていた。
そんな私を、新たにメンバーに加わった柚羽ちゃんが近づいてきた。
「夜更かししていると、身長が伸びないわよ」
「どうせチビですよ。小4の時から1ミリも身長が伸びなくなったし、おっぱいもまな板のままだし、凹凸も少ないですけど」
「気にしているのなら、ちゃんと毎日牛乳を飲んで、好き嫌いせずに野菜を食べて、規則正しく朝起きて夜はしっかり寝なさい。彩羽さんみたいなナイスバディになりたいのなら」
「大きなお世話です。それよりも、武谷さん達が町に行っている間何処に行かれていたのですか?」
核心に迫った発言に、私は思わず黙り込んでしまった。
「ま、武谷さんの傍を離れる訳にはいかないのかもしれませんが、よくもまぁ、涼ちゃんや朝香ちゃん、更には由乃さんまでも欺いちゃうなんて」
「・・・・・・」
「そもそもの話、その姿だって本当の姿ではないでしょ。何で若い姿で武谷さん達に接近するのですか?」
「警戒されないためだよ。私の本来の姿を見せて、幹夫を警戒させたくないもの。幹夫は、私が既に死んでいることを知っているから」
「ふうぅん」
私が無害であることは認めつつも、こんな状況下でそれを無条件で信じろと言われても無理な話だということは理解している。なので、柚羽ちゃんが私を警戒するのは仕方がない。
「まぁ、あなたがわたくし達に危害を加えないことは確認できましたし、あなたが居なければ4人は何事もなく無事に帰って来られるわけがありませんでした。まるでご都合主義ですね」
「ご都合主義で結構。そのくらいしないと、幹夫たちは今も生きている可能性はかなり低い。あの町の生存者だって、殆ど亡くなってしまっているわ」
「そのようですね。ですが、だからと言ってわたくしはあなたへの警戒を解くことはできません」
「それで結構。気が済むまで調べればいいわ」
その後柚羽ちゃんは、黙ってうなずいた後近くの布団に入って眠りに就いた。
そして私は、老婆のような自身の手を見つめながら幹夫の頭を撫でていた。
「何があっても、幹夫と幹夫の周りの人たちは絶対に守って見せる。私とて、あんなくだらないケンカが最後だなんて嫌だから」
決意を新たに、私は幹夫から手を放して布団に入った。




