大人の町
村にいた子供たちにちゃんとしたご飯を上げた後、俺は涼と由乃さんと一緒に弘馬君の話を詳しく聞くことにした。
その間に他の皆には、子供たちのメンタルケアと赤ちゃんのお世話をしてもらっていた。
話を聞く前に俺は、笠島先輩からここにいる子供たちを保護できないか相談してみた。そしたら笠島先輩は、二つ返事で承諾してくれた。
その時、偶然村から畑作の指導に来てくれたおじさんが聞いていたみたいで、ここの子供たちは全員村で引き取ると言ってくれた。理由は、これ以上笠島先輩に負担を掛けたくなかったからであった。
村長の馬場さんにも話してみたら、快く引き取って育てることを承諾してくれた。
幸いにも、俺達がお世話になっているあの村の人たちの中に子供の声がうるさいと騒ぐ人はおらず、事実あの村で生まれ育った子供は皆のびのびと育っている。
さて、それよりも今はこの子たちのことと、捨てて追い出した大人たちの所在や状況を聞く必要があった。
弘馬君が歳の割にしっかりしているおかげで、詳しく話を聞くことが出来た。
「僕達の住んでいた町は、そんなに大きな所ではありませんでしたが、とても豊かで幸いなことにあの幽霊たちがあまりたくさん入ってくることがありませんでした。ところが、この現象が起こった2か月後に葛間が怒鳴ってきたのです。子供の騒ぐ声がうるさくてものすごく不快だと言って、町にいた子供は全員追い出すように命令してきたのです」
「葛間って、何者なんだ?」
「分かりません。本人曰く、この町で一番偉い人間だからと言ってました」
町の役所の人か何かなのだろうか、当時10歳だった弘馬君が詳しく知っている訳がなかった。
「元々過疎化で子供が少なかったというのもありましたし、僕が通っていた小学校でも一クラスしかなく人数も20人に満たなかったけど、それでもかなりの人数でしたし、中には赤ちゃんもいました。葛間、そんな赤ちゃんの泣き声もうるさいからと言って無理やり」
「泣き声や騒ぐ声がうるさいからって・・・・」
「実際、それで騒ぐようなバカな大人はいます。私の勤めていた保育園にも、泣き声や騒ぎ声がうるさいと言って怒鳴り込んできた非常識極まりない人が居ました」
思い出して今にも爆発しそうな由乃さんが、当時のことを話してくれた。
なんでもその人は、子供たちの声がうるさいと言ってほぼ毎日のように保育園に怒鳴り込んできたという。堪え性がよほどないのか、最終的には園の閉鎖と子供をこの地域から追い出せと騒いだくらいであった。
尤も、その時は子供を預けていた親に激しく責められた上に、騒いでいたのもその人だけだった為全員が聞き流していたという。
しかし、あまりにもしつこく怒鳴り込んで来る為、激怒した由乃さんによって容赦なく警察に突き出された。
それによってこの一件は、一度は収まったという。ただ、捕まったものの厳重注意程度に留まり起訴されることも、前科が付くこともなくあっさりと解放されたという。
「その後も懲りずに怒鳴り込んできたもんだから、最終的にその人の怒鳴り声が騒音として近所の人達から被害届が出て、そこでようやく逮捕起訴されたという訳です。皮肉なもんです、子供の声を騒音として騒いでいた自分自身が、騒音の加害者として逮捕された上に前科が付いてしまったんだから」
「近所にその人の味方はいなかったという訳か」
正確にはいたかもしれないが、その人みたいに騒ぐことはなかったというだけだろう。
おそらくその葛間という奴も、その人と同類の人間なのだろう。
「ちなみにその葛間という奴は男性ですか?年齢はどのくらいですか?」
「えっと・・・・男の人で、歳は60過ぎくらいでした」
「やっぱり」
弘馬君から葛間の年齢を聞いた由乃さんは、大きく溜息を吐きながら天を仰いだ。
「やっぱりってことは、60過ぎの、定年退職を迎えた男性にその傾向があるのですか?」
「幹夫君、それは流石に偏見が過ぎます」
「失礼しました」
「ま、実際に男女問わずに60過ぎの、主に定年退職をした高齢者がそういうクレーム、もといワガママを言う人が多いみたいですけど。憶測ですが、その葛間も定年退職をしてその後は静かに過ごしたいと思っていたのだと思います」
「弘馬君の話だと、その町は私達がお世話になっているあの村やここと同じ護りの力があったと思うわ。でも、葛間みたいな人がたまに騒いでいたせいで力を弱まっていたのでしょう。でなきゃ、死霊達に襲われることなんてないわ」
それでも、護りの力があったからこそ数を抑えることが出来たのだろう。実際に見てみないことには何とも言えないが、涼の憶測通りだと俺も思う。
「弘馬君たちの親たちは、誰も葛間に意見しようとしなかったのか?」
「多くの親は、葛間の言うことに反発して、追い出された自分の子供達と一緒に町を捨てて出て行き、その後何処に行ったのかは分かりません。でも、僕やこの村に来た子の親たちは、そういった人たちが出て行った後から葛間や他の大人たちに従っていき、その後も去年と一昨年で合わせて6人もの赤ちゃんが捨てられました。全員僕達が助けて、この村に連れてきました。殆どが今も、パパとママに会いたくてあの町の近くまで来ることがあります。入ることはできませんけど」
「最低だ」
子供が嫌いなのかもしれないが、だからと言って生まれたばかりの赤ちゃんまで捨てるなんて許せない。弘馬君たちが保護しなかったら、その6人は死んでいたんだぞ。
「なので、あの町にはもう子供はおらず、大人しか住んでいません。向こうは電気も使いたい放題で、食料に困っていない状況でした。対して、この村には電気は通っていませんし、水も井戸から汲んでいますし、防寒対策も布団と毛布で包む以外に方法もありません。そして何より、僕たちを助けてくれたお爺さんとお婆さんももういない」
自分たちを育ててくれたお爺さんとお婆さんを思い出したのか、弘馬君は再び涙を流しながら泣き出した。
(こんなにも小さな子供を捨てるなんて、あの子たちの親は一体何を考えているんだ!)
葛間やその町でのうのうと過ごしている大人たちに、俺は今にも暴れてしまいそうなほどの激しい怒りを感じた。そんな親は少数派で、その町にいた9割もの親が子供と一緒に町を出て行ったことも理解しているが、それでも許すことが出来なかった。
「これ以上聞きだすのも可哀そうだな」
「そうですね。他にも聞きたいことはありますけど、ここまでにして殴り込みは明日にしましょう」
「殴り込みって、由乃さん・・・・」
表現はともかく、文句を言うためにその町に行くのは間違いない。捨てられた赤ちゃんを保護できたということは、その町はここからそんなに遠くない所になることは想像できる。
その後は、由乃さんが泣いてあまり話も出来ない弘馬君を連れてその場を後にした。
「なぁ涼、一つ聞いてもいいか?」
「奇遇ね、私も幹夫と同じことを疑問に思ったわ」
「やっぱりな。発電所が爆発した中、今も電気が普通に使えると思うか?」
「ソーラーパネルを使った自家発電ならともかく、高速道路から確認した限りではそれらしい建物は見当たらなかったわ」
「まぁ、電気なら最悪ソーラーパネルでどうにかできるけど、食料はどうしているんだ?スーパーやコンビニにあるものでは限界があるし、家庭菜園でも限界がある。一体どうやって生活しているんだ?」
考えすぎだと言われればその通りだし、大人ならある程度生きる術を身に着けているだろうから、食料と水と電気の確保もその気になればできなくもないだろう。
大人たちには、子供にはない幅広い知識と経験があり、年配の人程その知識量も半端ない。その豊富な知識と経験から、子供がいなくなった後で町を維持していても不思議ではない。
「やはり実際に見に行った方が早いな」
「ええ。弘馬君も、当時10歳で町の電気設備も食料事情も把握していたとは思えない。こればかりは、自分たちの目で確かめた方が良いわ」
杞憂だと思うが、それでも気になってしまった以上確認しないと気が済まない。
明日、俺と華々美と朝香と由乃さんで町の様子を見に行くことに決め、今日はこの村に泊まることにした。涼の予想通りで、この村には護りの力が宿っているみたいで夜でも死霊達の姿は見られなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、俺は華々美と朝香と由乃さんを連れて葛間が独裁支配している町へと歩いて向かった。弘馬君の話を聞いて思っていたが、やはりあの村からそんなに離れていなかった。俺達でも、歩いて20分前後で着くことが出来た。
しかも、周りを囲う森にも守護の力が宿っているのか幽霊一人見当たらなかった。だから子供達も、安全に行き来できたのだ。
「確かにそんなに遠くなかったけど、それでも子供の足で30分は掛るぞ」
「高速道路に入る道以外に道はなかったし、殆ど一本道だから迷うことなく行けたんだろうな」
それに、親に会いたいという思いから30分掛けてでもここまで来たんだろう。お爺さんとお婆さんが育ててくれたみたいだけど、それでもやはり自分の親に会いたいのだろう。
例え、自分を捨てた親であっても。
いざ町の中に入ってみると、現象前と全く変わらない街の風景が広がっていて、店頭に並べられていた食べ物やお菓子も現象前と何にも変わっていなかった。
「不自然すぎる」
「ああ。畑はおろか、家庭菜園をしている所なんて何処にも見当たらないし、この町では絶対に作れないような酒や、海外で輸入しないと手に入らないような物までたくさんある。この豚肉なんてカナダ産だ。一体どうやって輸入したって言うんだ?」
華々美の指摘通り、この町は不自然なまでにあの頃と何も変わっていない。
お酒にしたって、この町では作られていない種類がたくさんあるし、醬油や砂糖などの調味料もここでは製造されているとは思えない物ばかりであった。
また、畑も家庭菜園もないのに棚いっぱいに野菜が陳列されていた。それも、かなり種類が豊富で鮮度もすごく良かった。
こんなことはあり得なかった。
それだけでもあり得なかったのに、肉屋で売られている肉の値段が信じられないくらいに安かった。
「和牛ステーキがワンコインで買えるなんてあり得ない」
「物価高のこのご時世で、高級黒毛和牛がこんな安値で買えるわけがない。安い鶏肉にしても、100円未満だなんて考えられない」
「そうだな。大人しかおらず、子供が一人もいないのも不自然だが、不気味なくらいに静かだし、死霊に襲われたという割には人が多すぎる」
俺と華々美がそんなやり取りをしていると、朝香と由乃さんが不思議そうに首をかしげていた。
「2人とも、何言ってんの?」
「おそらく、普通の人にはそう見えるのでしょう。涼ちゃんから護符を持たせてもらって正解でしたね」
朝香と由乃さんがそんなことを言っていたが、俺と華々美には何のことなのかさっぱり分からなかった。
「どういうことだ?」
「あとで教えます。ここで術を使って変に勘繰られたくありませんし」
「あとでネタバラシをするから、しばらくは知らないフリをしよう。それと、この町にある物はどれも触らない方が良いぞ」
「「・・・・・・」」
朝香と由乃さんがそう言うのだから、俺達はこの町にある食べ物や道具などには一切手を触れないことにした。
「それにしても・・・・」
「一見平和に見えるけど、全然賑わっているとは思えない」
「無理もないさ」
「3人とも、少し気を引き締めてください」
町の異様さに不信感を抱いている俺と華々美と朝香に、由乃さんが険しい表情である一点を指さした。
その先には、物凄い大きな声で一人の男性を怒鳴りつける60代くらいの強面の男がいた。というよりも、凶悪犯のような厳つい顔をしていた。
「アイツは!」
「どうした、華々美?」
「あの男には見覚えがある!この町に来て、自分が王様になったつもりでいるのか!?」
どうやら、怒鳴っているあの男は華々美の顔見知りだったみたいで、その男を見た瞬間に華々美の顔が怒りに満ちた。
俺達はその男にゆっくりと近づいて行き、華々美は俺の背中に隠れて顔を見せないようにしながら近づいて行った。
近づけば近づくほど、あの男が怒っている理由の理不尽さを感じていた。
「テメェ!バイクの音をブンブンと鳴らしやがって!俺様が静かに優雅に朝食を食っている最中に、うるせぇんだよ!」
「うるさいって言っても・・・・」
「テメェのバイク音のせいで、俺様の平穏なモーニングタイムは台無しにされた!どう落とし前を付けてくれるんだ!」
「不可抗力です」
「言い訳するのか!この俺様、葛間勝則様に向かって口答えする気なのか!うるさいガキがこの町から一人残さず追い出し、この町に理想の平和をもたらしてやった王様であるこの俺様に!」
「すす、すみません!」
バイクの音がうるさいから、そんなどうすることも出来ない理由であんな剣幕で怒って怒鳴りつけるなんて、いい年をした大人がすることとは思えない。見ていてとってもみっともなかった。
あの凶悪犯のような顔をした男こそが、この町を支配して、うるさいという訳の分からない理由で年端もいかない子供たちを追い出した葛間という男なのか。
そのあまりにも理不尽すぎる怒りに、我慢の限界を迎えた華々美が拳銃を手に持ち、そんな彼女を背中に隠して近づいて行った。
「故意に出しているのならともかく、そうでもないのならどうすることも出来ない。ここは道路だから」
「何なんだよ!王であるこの俺様に口答えをして許されると思ってんのか!」
「テメェは王ではない、ただの犯罪者だ」
「小娘が偉そうなこと言ってんじゃねぇ!」
怒りが頂点に達したのか、葛間は隠し持っていたナイフで華々美に切りかかろうとしたが、その前に華々美が隠していた拳銃で葛間の肩を撃ち抜いた。
「あああぁ・・・・・」
「模範囚として早く出所したと聞いたが、その様子だと全然反省していないみたいだな。針山勝則」
「うっ!?な、何を言って、俺様は葛間勝則だ!」
「老けても、貴様のその面と凶悪な目つきは忘れる訳がない。貴様がわたしを最後に見たのは、わたしが小学生の時だから覚えていないのも無理ないかもしれんが、わたしは貴様のことをよく覚えている」
「俺様の本当の名前を知っているってことは!?」
華々美の顔を見て何か思い出したのか、葛間という男は恐怖に震えながらその場から逃げようとするが、華々美が葛間の両足を撃ったことで動けなくさせた。
「華々美!いったいどうしたって言うんだ!?」
「華々美って、やっぱりアンタ・・・・お嬢!?」
「久しぶりだな。わたしは出来る事なら二度と会いたくなかったがな」
華々美の名前を聞いた瞬間、葛間、もとい針山という男は華々美の素性に気付いて震え上がったであった。




