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越冬

 無事に朝戸地区の建物全てを塵に変え、旧下水道を完全に埋めることが出来た俺達は、そのまま帰路に就くために車まで歩いて行った。全て埋めたと言っても、3ヶ所ほど地盤沈下で出来た大きな穴がそのまま残っていた。だが、そこは豚の糞尿を溜める肥溜めとして使うことにした。


「特に思い入れがあるわけじゃねぇけど、自分の住んでいた庭が何もない更地に変わるのを見ると違和感が大きいな」

「最終的には、15件の家屋や小中高の学校が一つずつ、更にアリアが動かしている製鉄所や浄水場や電気施設など、生活に必要な施設しか残していないもんな」


 15件の家屋は、今保護している子供たちが成長して家庭を持った時の為に残し、学校も子供たちの学びの場と交流場所として残した。製鉄所はもちろん、浄水場や工具を売っているお店など、これからの生活に必要な施設や建物も残している。


(野菜を貰っている村の人たちの中には、それ等の施設で働いていたことがある人がいたみたいで本当に助かったし、中には粉ミルクを作っていた人もいたことには驚いたな)


 空道神社に避難している子供たちの中には、率先して世話をしてくれている笠島先輩の恩に報いるためにその人たちから仕事を教わっている人もおり、2年間の間に5人の当時小学生だった子達がその職人さんの所へ行き、養子兼弟子として技術を身に着けようとしている。

 技術を身に着けて、笠島先輩たちの助けになろうという強い意志が感じられた。正直言って、大人たちよりもずっと頼りになる。


「そういえば、武谷君に聞きたいことがありますけど」


 梨乃からの唐突な質問に、俺は思わず面食らったがその内容に俺と咲の空気は一気に氷点下まで下がった。


「出島さんって、そっちに戻っていたりしない?」

「は?」

「クソ女がどうしたって?」

「クソ女って・・・・まぁ良いよ。その出島さんが、ここ1週間姿を見かけないので、そっちに行っていないかどうか聞いてみたの」

「いいや」

「てか、アイツの幹夫に対する執着はハッキリ言って異常だし、そもそも幹夫から嫌われているのにあれはおかしいし、自分に憑いた悪霊を逆に取り込むほどヤバイ女なんだよ」


 あの時、咲も一緒に優希の夢の中に入っていたのでその時のことは咲も良く知っていた。たったあの一度の出来事で、咲の中にある優希の印象は最悪なものへと変わっていったみたいだ。


「まぁ、ヤバい女だってのは笠島先輩から聞いてたけど、悪霊を取り込むなんてマジでヤバかったんだね」

「まぁ、俺もアイツには興味がなかったから気にしていなかったけど、出島が1週間も行方が分かんなくなったって、何か心当たりでも?」

「ないな・・・・」


 梨乃から聞いた話だと、空道神社に引き取られた後優希は、とりあえず笠島先輩の言う通りに働いていたらしいのだが、優希のことはこの町に住んでいる人なら殆どが知っていて、美玲や茅音さん並みにものすごい美人で有名だった。

 だが、そのせいなのか高校生以上の男子たちから優希と性的なことがしたいと言い出す人が出てきた。美玲や茅音さんも、最初はいろんな男子から関係を求められたという。

 美玲は頑なに断ることで、報復として長かった髪は切られてしまったがどうにか回避することが出来た。その髪は今も短いままで、小夏さんにお願いして定期的に手入れをしてもらっている。短い方が手入れが楽とのことで、再び伸ばす予定はないとのこと。

 茅音さんの場合は、恋人である道明君が独り占めしたことと、智明君を産んだことで言い寄る人はいなくなったという。人妻に手を出そうという人が、今のこの町にいなかったのは幸いと言えるのかもしれない。

 けれど、優希は違う。

 最初こそは、笠島先輩に注意されてその時は収まったが、先輩とて完全に監視できているわけではない。

 笠島先輩が子供たちと一緒に寝ている時、男たちは優希を連れ込んで何度も性的な行為を行ってきたのだという。


「そりゃ、鈴原さんや一部の女性達みたいに自分からそういう男子たちの相手になって発散させてあげている人もいるし、あたしもそれに関しては何も言わないようにしている。笠島先輩は違うみたいだけど」

「まぁ、この町で15歳以下の子供を除けばいまだに誰とも夜の営みを行っていない男子は笠島先輩だけだもんな」

「幹夫も、華々美や涼や美玲に誘われてヤったんだもんな」

「うっせぇ」


 断っておくが、自分から手を出したことは・・・・いや、一度だけ華々美に自分から手を出したことがあった。

 そんな感じで、優希は自分の意思とは無関係にたくさんの男子たちと行為を行ってきた。とり憑いた悪霊を退治した後、優希は心をなくした状態になりほぼイエスマン状態となっている。

 そんな優希に、彼等の要求を断ることなんて出来る訳もなく、惰性的に行為を行ってきたのだという。一応、鈴原さん達が身代わりになることで回数はそれほど多くはなかったという。

 そんな状態が2年以上も続き、先週誰にも言わずに突然姿を消したのだという。


「それで、一応心配になって声をかけたんだ。最初は、近場を探しても見つからなかったし」

「そうか」


 今のあの女が、自分の力で生きていけるとはとても思えなかった。


「どこかの空き家に行ったとしても、食料も電気もないしな」

「涼達のお陰で死霊達は入れなくなったが、何もない家で暮らせるわけがねぇわな」

「そこにいるのならまだいいけど、もしもゴースト団地に行ってたら」

「ゴースト団地」


 この町全てを更地にしたと言ったが、実は1ヶ所だけどうしても出来なかった場所があった。それが、先ほど梨乃が言っていたゴースト団地とその周りの土地であった。

 その理由は、あの団地に新しく別の悪霊がたくさん住み着いてしまったらしく、ゴースト団地とその周辺が悪霊たちの手によって魔界になってしまったのだ。

 その為、迂闊に近づくことが出来ないということでゴースト団地のある南波地区には手を出していないのだ。

 もしそんな所に足を運んでいたら、間違いなく命の保証はない。あんな女でも、勝手に死なれては困る。


「とはいえ、ここまでやって見つからないってのも気になるわな」

「放っておけばいいじゃね。あんな女がどうなろうとあたし等の知ったことじゃねぇし、幹夫と会わせるのもかなり面倒だからな。そもそもの話、幹夫には今娘がいるじゃん。絵里奈ちゃんを不安にさせちゃダメだ」

「ううぅん・・・・・」


 咲にそこまで言われるともう何も言い返せないし、確かにあまり絵里奈を不安にさせるのも良くない。ただでさえ、霊滅版探しで何十日も家を空ける日もあるのだから、ここにいる間だけでも不安にさせてはいけない。


「本田さんの言い分も分かるし、出島さんの捜索は引き続きあたしたちに任せて。ただ、そっちに来ていないかどうかを聞きたかっただけだから」

「だそうだ。ってなわけであたし等は普通に生活すればいいだけだ」

「まぁな」


 霊滅版を買った佐藤宗一の居所が分かったら、すぐに出発できるように準備も進めていこうと思いながら、俺達は帰路に着いた。




 と思ったのだが、しばらく出発が出来ない事態が発生した。その一番の理由は、12月に入ってからこの町では珍しい大雪に見舞われたからだ。

 俺達の住んでいるこの町は、確かに雪は降るし積もることもあるものの別に豪雪地帯という訳でもない。なので、この町ではとても珍しい大雪によって車が出せない状態にあった。そもそもの話、今付けているタイヤで凍結した路面を走るのは危険なため、里美と由乃さんに強く止められたという訳だ。


「まさか、冬の間ずっとここから出られないとはな」

「いいじゃないの。ここまで高く積もるのはこの町ではすごく珍しいし、ろくな装備もなしに出発するのはやはり危険だ」

「そうですね。豚と鶏のお世話の為に外に出ることはありますけど、農作業もまともにできませんし」

「そうだな」


 一応、今植えている野菜は冬に収穫するものなのだが、それでもここまでの雪は誰も経験がなかったためどうすればいいのか分からないでいた。


「というか、降りすぎだろ・・・・」


 庭に目をやると初めて見る雪に絵里奈が、小夏さんと里美に見守られながら一緒に大はしゃぎで遊んでいた。しかも、その積雪量がとんでもなくて、ここは大丈夫だけど農道や車道は2歳の絵里奈とほぼ同じくらいの高さの雪が積もっていた。


「確かに積もりすぎだ。今年の夏はあんなに暑かったのに、冬はここまで寒くなるなんて極端すぎるぞ」


 身も蓋もない文句を言う華々美だが、それが日本の気候というものなのだから仕方がない。夏はとんでもなく暑く、冬はとんでもなく寒い、四季によって寒暖差が激しいのが日本の特徴なのだから。


「けれど、この積雪量は俺も初めてだ。朝香の地元は雪が多かったらしいが、ここまで積もることはなかったって言ってたな」

「あの、涼さん。もしかしてこれも悪霊の仕業だったり?」

「んな訳ないでしょ。いくら悪霊でも自然を操ることはできないし、そもそもこの現象が起こる以前から世界規模で異常気象が多かったでしょ。気象に文句言っても仕方ないわ」

「そうですね」


 まぁ、美玲の言うように悪霊の影響を疑うレベルの積雪量だが、流石にこれは自然であるためどうすることも出来ない。


「なんにせよ、冬が終わるまでは霊滅版探しにいけないみたいだな」

「冬が終わるまでって言うが、それ以前にまだ件の佐藤宗一の出身地が分かっていないんだから行っても仕方がない」

「華々美の仰る通りです・・・・・」


 一応、佐藤さんと敦子さんの2人が渋井沢の領収書から霊滅版を買った佐藤宗一の所在を探っているが、未だに進展はなかった。コンピューターが使えず、アナログな方法での解析である為かなり時間がかかってしまっている。


「それよりも、そろそろ夕食の準備をしましょう。今日は12月24日、クリスマスイブの日でもあり、柚羽ちゃんの15歳の誕生日でもあるからね」

「そうだな」


 気付けばもう、クリスマスの時期に入っていた。来週には大晦日に入り、その翌日には正月が始まる。

 去年と一昨年は、とにかく生きることと霊滅版探しのための準備でそれどころではなかった。なんて言い訳にも聞こえるかもしれないが、本当に日々を生きるのに必死だったのでそんな暇はなかったのだ。

 しかし今は、笠島先輩主導のもと養豚と養鶏、農作業などに着手したお陰で安定した食糧供給が以前より出来るようになった。村と牧場との連携も、以前にも増して良くなったというのもあるし、建築や浄水場の運営、粉ミルクの生産などを学んだ子供たちのお陰で俺達の生活は以前よりも良くなってきた。


「他所が大変な思いをしている中、俺達はこんな満たされた生活をしてもいいのかと今でも思う時もあるな」

「何言ってんだ。良いに決まってんじゃん」

「そうですよ。全ては、幹夫さんと笠島先輩のお陰なのです」

「俺はともかく、笠島先輩は本当にすごいよ」

「幹夫だってすごいわ。だって、あなたが率先してたくさんの人と関わりを持ってきたから今の私達があるんだよ。それに、私達が明るい雰囲気を出していれば悪い霊がこの町に近づくことも減ってくるんだから」

「・・・・・・」


 華々美と涼と美玲に言われ、俺はなんだかむず痒く感じて無言でリビングを出て、庭で遊んでいる絵里奈を迎えに行った。

 俺の姿を見かけると、絵里奈は嬉しそうに飛びついてきた。そんな絵里奈を、里美と小夏さんは微笑ましそうに見つめていた。


(ま、しばらくここで冬ごもりをするのも悪くないだろうし、ちょうどいい息抜きにもなるだろう)


 そんなことを考えながら、俺は絵里奈を抱っこしながら里美と小夏さんと一緒に屋敷へと入っていった。抱っこの際、嬉しそうに俺に頬ずりをする絵里奈が滅茶苦茶可愛かった。


「あぁ、パパのほっぺで暖を取ってるわね」

「しかも、ずっと温かいリビングにいたから湯たんぽ代わりにちょうど良かったのですね」

「・・・・・・」


 そんな悲しい現実を言わないでほしいです。確かに、絵里奈のほっぺと手は冷たかったし、しれっと冷たい手で俺の首筋に触ってぬくぬくしているけど・・・・・。

 それから俺は、絵里奈と一緒にお風呂に入ってから夕食を食べつつ、クリスマスと柚羽ちゃんの誕生日を同時に祝った。

 その後も、雪の影響でしばらく遠出はできなかったが、皆と楽しい冬ごもり生活を送ることが出来た。




 そして、月日は流れて気温が上がって温かくなり、雪が解けきった2月下旬、佐藤さんと敦子さんから住所の特定が出来たという連絡が来たのであった。





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