旧下水道崩壊 2
準備を終えた俺は、咲と柚羽ちゃんと空道と梨乃の4人と一緒に朝戸地区へと向かって行った。時刻は現在午前8時で、タイムリミットは午後4時。
空道神社から朝戸地区までは、自動車でおよそ10分弱なのであまり時間は掛らずに、美玲や小夏さん達が最初に過ごしていた協会があった所に着いたのだ。とはいえ、あまり時間が無いのは確かなので早く進めたほうがいい。
着いて早々、地盤沈下の影響で全壊した協会の残骸が目に入った。
「酷いな・・・・」
「あたしもこの教会は知ってたけど、瓦礫の山と化したこれを見るとなんだか寂しさを感じるな」
朝戸地区出身の咲は、当然のことながらこの教会のことは知っていたみたいで、それがなくなったことに少なからず寂しさを感じていたようだ。そしてその瓦礫の隙間からは、俺達を睨む旧下水道の悪霊の顔が見えた。
「武谷さん、あまり見てはいけません」
「ワリィ」
柚羽ちゃんに注意されて、俺はパッと視線を外した。
すぐに空道が瓦礫を塵に変えて、旧下水道へと流し込んだ。代わりに大きな穴が残ったが、そこは空道が周りの家屋を塵に変えて旧下水道に流し込んで何とか埋めた。また、コンクリートやアスファルトも塵に変えていった。
「不思議なものね。塵に変えたんだから、もっとふわふわなんかと思ったけど、意外としっかりしているんだね」
「塵なんて言っているけど、実際は土と何も変わりません。握ってみたら、意外にもしっかりしています」
梨乃の疑問に、柚羽ちゃんが塵を握って確かめてから答えてくれた。
「触って大丈夫なのか?」
「平気。霊にとっては危険な塵でも、生きた人間にとってはただの土でしかない。それにこれ、塵というにはしっかりしているから8割がた土」
興味本位で塵を握ってみたら、確かに塵というよりも土に近い感触であった。もっとサラサラしているのかと思ったが、意外に硬くてしっかりしていた。
「塵で間違いありません。ですが、1年後にはただの土に還ります。ただ、この量を密集させるのはあたしも初めてなので本当に1年後に土に還るのか自信を持って言えません。表面の土も、農作業に支障がない程度に柔らかくさせました」
術者である空道は、少し落ち込み気味に話してくれた。
今回の空道は、巫女装束に大きな筆を背負い、頭に椿の髪飾りを付けるという格好をしていた。空道曰く、これは空道家の女が霊と対峙する際の正装なのだとのこと。言われてみれば、ゴースト団地に乗り込んだ時もこの格好をしていた。
「同情はできませんが、とても落ち込んでいますね」
「無理もないさ。あの後準備する前に、大勢の人からたくさん糾弾された上に、女性達からは子供を危険な目に遭わせるなと激しく責められて、その上全員から一発ずつ平手打ちを食らったからな」
そのせいなのか、空道の両頬は真っ赤に腫れ上がっていて、鼻血も出たのか鼻栓もするという酷い顔であった。
本当なら平手打ち程度では済まされないのだが、そこは笠島先輩が止めてくれたおかげで事なきを得たが、それでも笠島先輩以外の全員から平手打ちを受ける罰を受けた。特に、華々美と涼と由乃さんの平手打ちが物凄く痛そうであった。もちろん、俺と咲と柚羽ちゃんも今回ばかりは許すことはできず皆と一緒に空道の頬を叩いた。
「あれでも彼女のお父さんよりマシです。青美さんのお父さんやお爺さんは、輪をかけてかなり酷かったです。自分の意地と理想を実現させるためなら、どんな手段もいとわないような人でしたので、青美さんみたいに人の話に耳を傾けるような人ではありませんでした」
「そういえば、空道神社に初めて来たときも笠島先輩が追放したって言ってたな」
厳造さんをはじめとした岩崎家の面々も、あまりこちらの話を聞いてくれるような人ではなかったが、あの人たちは理想ではなく現実を語るような人だったと思うのである程度筋は通っている。価値観が100年以上前に廃れたもので、現在では法に触れるような古い価値観を持っていたけど。
(それを考えると、確かに柚羽ちゃんはとても柔軟で人の話にはよく耳を傾けるな)
そんなことを考えている間に、朝戸地区全体の半分が更地になり、空道は現在念力を回復させる陣の中に入って休んでいた。
「なんだか妙な感じがするな。自分が住んでいた地区が更地になるのを見ると・・・・」
「まぁ、仕方ないさ。それよりも咲、お前は自分の家から持って帰りたい物とかないのか?」
「それなら粗方持って行ってあるし、今更どうってこともない。そもそも、あんな家に何の未練もないし、父さんも母さんもあたしのことなんて見向きもしなかったからな。優等生の姉ばっかり優遇して、あたしのことなんて家の汚点としか見ていないようなクズだったから」
「さいで」
「ま、3人とも死霊達によってお亡くなりになったがな」
そんな両親に育てられて、グレるなと言うのが無理な話だよな。
「それに幹夫、お前も知っていると思うけどここの治安は最悪で、良い子ちゃんでいる奴はもちろん大人しくしている奴等は悪さしている連中の虐めのターゲットにされるんだ。あたしや瑠奈もそうだけど、あの刑務所に収監されている受刑者がなんだか格好よく見えて憧れてしまってね、それがきっかけでヤンキーになる奴が滅茶苦茶多かったんだ」
「死刑判決を受けるような悪党に憧れるなんて、ここにいる連中は一体何を考えてたんだ」
「悪=カッコいいってイメージが強かったんだから、仕方ねぇんだよ」
「あ、そう」
「まんま反抗期の子供の発想」
「なっ!?」
4歳も年下の中学生に子供と言われ、咲は胸を押さえながら数秒苦しそうにした。柚羽ちゃんだってまだ子供で、しかも年齢的に反抗期真っ只中の子に言わるとキツよな。
「そりゃ、わたくしだってまだ子供ですし、背も低いロリータ体系ですけど、だからと言ってそんな目で見るのはやめてください。3年後には、彩羽姉様みたいなボンキュッボンなナイスバディになって見せます」
「せめて感情込めて表情も変えていってくれ。表情は完全に無だし、喋り方なんて大根役者の棒読みセリフみたいだぞ。あと、何で彩羽さん基準なんだ」
「慣れたと思ってたけど、やっぱ聞き苦しいな」
俺と咲と柚羽ちゃんでそんなやり取りをしていると、念力が回復した空道が再び建物を塵に変える為に作業を再開した。時刻は午前10時半で、タイムリミットまで6時間を切っていた。あまり時間も無い為、俺達は改めて急ピッチで作業を再開した。
と言っても、俺と咲は空道がしっかり作業を行っているかを監視することと、何か予想外の襲撃を受けた際の対処として同行しているのだけど。
それから更に5時間間かけて、空道は事前に笠島先輩から指定されたアリアの鉄工所と発電施設を残し、実質、朝戸刑務所以外の全ての建物とアスファルトを塵に変えた。言うまでもなく、空道はヘトヘトであった。
「疲れた・・・・」
「頑張って青美ちゃん、あとあの刑務所だけなんだから」
「朝戸地区って、何気にマンションやアパートや高層ビルが多いのよ・・・・しかも、それだけで十分に旧下水道は完全に埋めることが出来たのにあれまで」
「文句ある?」
「・・・・やるわよ」
渋々と言った感じであったが、空道は最後の建物である朝戸刑務所を塵に変える為の準備に入った。
だが、その時山の影が不自然にこちらに向かってきて、あっという間に俺達のいる所は日陰に覆われた。その瞬間、刑務所の中にいた悪霊達が一斉に外に出てきて俺達に襲い掛かってきた。
「こんな事ってあるか?」
「いいえ。おそらく、旧下水道にいた悪霊たちがわたくし達を攻撃するために、自分たちのテリトリーを作っているんだと思います」
「まぁ、今のあたし等思い切りアイツ等のテリトリーをぶっ壊してんから、怒るのも無理ないわな」
「そうだね・・・・ここで活躍しないと、全部青美ちゃんやお姉ちゃんに持ってかれてるし、何気にあたしの存在感が危ぶまれている中松北さんの錫杖まで手に入って益々あたしの存在感が薄くなっているから、ここで活躍しないと!」
確かに、姉の由乃さんに比べると影が薄くなりつつある妹の梨乃。ここで活躍しておきたいと思い、気合を入れてカバンから水晶を取り出してそれを飛ばした。それまで由乃さんのついでみたいな存在になっていた為、ここで活躍して目立っておきたいと躍起になる梨乃であった。
少々気合が入っているのか、目の前にいる悪霊を次々に倒していった。
「お次は新技!」
そう言って梨乃は、五鈷杵を手に持ってそれに念力を注いで強い光を発した。
「新技っていうけど・・・・」
「あれ、由乃さんも使えたな・・・・」
「由乃さん、とても優秀で強いですから」
だが、俺達にとっては見たことがある技であるためそれ程凄いとは思えなかった。由乃さんの場合は、それを錫杖で更に広い範囲に聖なる光を広げるからな。
(やはり妹弟子は姉弟子には勝てないのか・・・・)
梨乃にとっては新たに習得した技を見せたかったのだが、俺にとっては由乃さんも使う術であるため特に目新しさは感じなかった。しかし、そのお陰で悪霊の殆どが梨乃一人の手によって倒していった。
だが、刑務所から出てきた大柄の悪霊が何人も出てきて、流石にソイツ等が相手では未熟者の梨乃では歯が立たなかった。
「うえぇん!お姉ちゃんだったら一瞬で消滅させられるのに、何でなのよ!?」
「あなたでは力不足だからです。下がってください」
淡々とした口調で一歩前に出た柚羽ちゃんは、無表情のまま昨夜も使ったグレネードランチャーを構えた。
「おい待てチビ!それは!」
俺の制止も虚しく、柚羽ちゃんは真ん中の悪霊に向けてグレネードランチャーを撃った。ものすごい爆発音と共に、撃った柚羽ちゃん自身も反動で背中から倒れてしまった。寸での所で俺がキャッチしたため、柚羽ちゃんは倒れずに済んだ。
「だから待てって言ったんだ。柚羽ちゃん、それを撃った時の反動に耐えられないだろ」
「お気に入りなんですけど残念です。あと武谷さん、チビはあんまりです。確かにチビでロリータな小学生体系ですけど、これでも来年には高校に入るような歳です」
「それは、ワリィ。何気に背が低いことを気にしてたのか」
「つか、もう少し表情に出せよ。無表情で言うとかえって不気味だし、それ以前におめぇは大根役者か。しかも、喋り方まで抑揚のない棒読みセリフみたいで感情が全然伝わんねぇぞ」
咲の早口の指摘に、流石の柚羽ちゃんも不貞腐れたのかプイっと顔を逸らした。そこはせめて眉尻を上げるか、頬を膨らませるか何かしてくれないと何を考えているのか分かんないぞ。
「もう!3人とも下がってください!」
痺れを切らした空道が、得意の鬼火を使って大柄の悪霊を一瞬で葬っていった。
(まぁ、梨乃は空道以上に未熟だし、柚羽ちゃんはチビだから銃火器使う度に反動で転びそうになるし、これでは流石の空道もしびれを切らすわな)
とはいえ、空道一人にこれだけの数の悪霊を任せるのは酷なので、梨乃と柚羽ちゃんは気を取り直して攻撃を再開した。
梨乃は、持っている方具を使って応戦していった。どれも、由乃さんが使う術の劣化版なのが少々残念ではあるが、それでも着実に悪霊を倒していっていた。
柚羽ちゃんも、反動を受けてもあまり転ばない拳銃に切り替えたことでスムーズに攻撃が出来ていた。それでも、反動で撃つ度に転びそうになっていた。
(そんな反動の凄い武器を、華々美はよく反動を受けずに連射できるな)
昨夜華々美から聞いたが、柚羽ちゃんが使っている拳銃は、グロックやベレッタが主なのだという。正直言って、違いが分かりません。
だが、流石の3人も1人の大きな悪霊を前になかなか倒せないでいた。
「何よアイツ!?」
「たぶん、あれが昨夜捕らえた悪霊が言っていた物凄く強い悪霊なんだと思う」
「つまり、地下の悪霊たちの親玉」
驚く梨乃をよそに、空道と柚羽ちゃんは落ち着いていた。
というか、あの男見たことがあった。
「秋宮幸児。高齢者ばかりを狙った殺人の常習犯で、未成年でありながら死刑判決を受けた超極悪人で、あたしが一時期憧れていた悪人だ」
「そういえばそんな名前だったな・・・・罪状が擁護できるものではなかったということで死刑判決を受け、2~3年前に刑が執行されたんだったな」
当時、アイツは少年法があるから裁かれることはないと叫んでいたが、実際にはそんなことはなかった。そもそも、少年法に未成年の犯罪を免除する力なんてないし、その辺を勘違いして悪さするバカが思いのほか多いんだよな。
おそらく、生来の負けん気の強さと凶暴さからあっという間に旧下水道の頂点に君臨したんだろう。
「でも、どんなに力が強くてもわたくしの敵ではありません」
そう言った後、柚羽ちゃんは再びグレネードランチャーを構えた。
「武谷さん、わたくしの体を支えてください」
「支えてくださいって、お前な!」
俺の言い分も聞かず、柚羽ちゃんは最後の悪霊に向けてグレネードランチャーを撃った。流石に一発では倒せなかったが、弱った所を梨乃が五鈷杵を使って放った光と、空道の放った鬼火によって完全に消滅させることが出来た。
危険な筈なのに、アッサリと彼女たちに倒されていく地下の悪霊達。
「呆気なかったな。おそらく、青美さんの塵に触れて弱っていたのだと思います。通常であればこうはいきません」
「そうか」
やっぱりあの危険な旧下水道は、空道の意見なんて無視して早急に埋めさせるべきだった。あの時妥協案で、朝戸地区の範囲だけ残すんではなかったと後悔した。
その後、空道の力で朝戸刑務所は跡形もなくなり、朝戸地区はアリアの製鉄所と電気施設以外全てを塵にして地下に流し込み、地表は完全な更地のなったのであった。




