決心
次の日。俺たちは俺用の日用品を買うため、ショッピングモールに訪れていた。
学校から近いため、念のために氷代子さんは変装をして。
「それにしても、氷代子さんがこんな恰好するなんて。あの頃は疑いもしませんでしたよ」
金髪や顔の半分くらいを覆ってしまいそうな大きなサングラスは氷代子さんのイメージとは真逆だ。
なんで俺は気が付かなかったんだろうか? よーく見れば気が付けたはずなのに。
「やめろ掘り返すな。恥ずかしい」
「えーいいじゃないですか。俺のこと騙していたんですから。ねぇ、キャプテンイタリアンさん」
「くっ! お前は! この!」
「わっ! ちょっと!」
捕まえようとする氷代子さんの手を避け、俺は逃げ出す。
「お前はいつもそうやって私をからかって! 今日という今日は少し懲らしめてやる!」
「そ、そんな怒らないでくださいよ!」
「無理! おい、止まれ!」
「大の大人が無理って......止まりませんよ! 捕まったらプロレス技かけてきますよね?」
「当たり前だ!」
「えええ!? 逃げて! 一生懸命逃げて俺!」
「待てぇぇぇぇぇえ!!」
ガチで追い詰めてくる氷代子さんの姿はまさに鬼であった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
二十分くらい鬼ごっこした後、俺は捕獲された。
「ぎゃぁぁぁぁぁああ!!」
―こんなに純粋無垢に外を走り回ったのはいつ以来だろうか?
その後、タオルや歯ブラシ、部屋着などを買ってもらったんだけど......
会計を待ちながら氷代子さんの背中を見ている時にふと思った。
家族でもない人に物を買ってもらって、そんでもってその人の家で生活しているなんてまるでひもじゃないか。
別に俺はお金が目的で氷代子さんと一緒にいるわけではないが、第三者がこれを知った時はたしてどう思うか?
これからもずっと氷代子さんと一緒にいたいと思うなら、
暮らして、生きて、結婚して、その後は?
その時も俺は今のまま?
働かないにしても主夫になるっていう道もあるが......
―俺はこのままでいいのか......?
会計が終わり、笑顔で氷代子さんが振り向いた時、それまでの想いはすべて消え去ってしまった。
―まあ、いいや。
俺達は帰り道、昨日の約束した通り、今日は氷代子さんが夕飯を作るため、そのための食材を買いにスーパーに寄った。
「優、何が食べたい?」
「そうですねー」
俺は棚に並ぶ食材を眺めながら考える。
初めて食べた氷代子さんの料理は生姜焼きだったなぁ。
あれはおいしかったなぁ。
でも、同じものを頼むのも悪いし、せっかくなら作り甲斐がありそうなものを。
「ハンバーグなんてどうですか?」
「ハンバーグか......作ったことはないが、まぁ作れなくはないだろう」
「ちょっと、大丈夫ですか? まぁ、俺は氷代子さんが作るものなら何でもいいですけどね」
すると、氷代子さんは先ほど追いかけてきた時の前と同じように体を震わせる。
「だから、そうやってお前は......!」
「氷代子さん!? こ、今回は別にからかってないですよ?」
「私を喜ばせる」
「ふぇ?」
「何でもない。それじゃあ、まずは牛肉を選びに行くぞ」
「は、はい」
なんだったんだ?
精肉コーナーへ行き、今度は野菜コーナー。
買い物は順調で二人並んであれこれ見るのはまるで新婚の夫婦のようで楽しかった。
が、そこで俺は驚きの人物と会う。
「優君?」
「明莉......ちゃん?」
かつて幼稚園のお迎えをしてあげていた亮介の妹。
明莉ちゃんがどうしてここに? まさか亮介も?
「氷代子さん。少しいいですか?」
「......ああ」
俺の表情で明莉ちゃんと俺に何かがあることを察してくれたのか、氷代子さんは何も言わずに席を外してくれた。
「明莉ちゃんどうしたの? こんなところで」
「パパとママと買い物に来たの」
「そうなのか」
ということは、亮介はここにいないのか。
「優君は?」
「ああ、俺は......彼女と一緒に......」
なんか言うの恥ずかしいな。
「へー明莉は天野さんと付き合うと思ったんだけどな。あの時も、優君の隣にいたし」
「そ、そっか」
あの時というのは俺が明莉ちゃんにもう幼稚園の迎いに行けないと謝りに行った日のことだろう。
明莉ちゃんには悪いことをした。中途半端な気持ちで亮介の頼みを聞いて。その結果、明莉ちゃんを傷つけて、亮介とは仲が悪くなってしまった。
本当に明莉ちゃんには―
「明莉ね! 優君にありがとうが言いたいの!」
「え?」
「優君が明莉にちゃんと話してくれたから、明莉もパパとママに寂しいって、言ってみたの! そしたら、ママはお仕事を早く終わらせて迎えに来てくれるようになったの! パパも! 休みの日でも家で寝てないでお外に連れていってくれるって! だから、明莉は優君にありがとうって言いたいの!」
「......明莉ちゃん」
俺はてっきりずっと恨まれていると。お迎えを途中で放棄して、兄と喧嘩をしている俺のことを嫌っているとばかり。
「お兄ちゃんと仲直りした?」
この口ぶり。俺が不登校になっていることなんて知らないのだろう。つまり、それは亮介から俺の話は出ていない。
だから、俺達が以前のように仲のいい友達の関係ではないことも知っているはずなのに。
「ごめん。まだしていないんだ」
「そっか......でも、お兄ちゃん、優君以外友達いないから。きっと、優君のこと待っていると思う! お兄ちゃんは優君のこと大好きだから!」
俺のことが大好き? あのぶっきらぼうで適当な男の亮介が?
そんなこと......
遠くから明莉ちゃんの母親らしき人の呼び声が聞こえ、明莉ちゃんはバイバイと言ってかけていった。
気が付くと、氷代子さんも隣にいて俺を黙って見守ってくれていたようだ。
「優、大丈夫か?」
「......氷代子さん」
「なんだ?」
「俺、明日学校へ行くよ」
驚いた顔をする氷代子さん。
当然だろう。一週間も引きこもっていた男が急に言うんだから。
でも、驚いた顔はすぐに変わり―
「そうか......なんでも助けてやるからな。心配しないでついてこい」
涙を流して喜びの表情を見せる。
それを見た俺はこの人だけは絶対に悲しませない。ちゃんとすべて解決するんだと胸の中で誓うのであった。
「......はい。頑張ります。だから、泣かないでください」
「馬鹿。頑張るから泣くんだよ」




