天野寂
ああ、鬼寺先生が恋しい
うっすらな明かりの中、見上げる高窓。
そこにはかつて、俺が密かに思いを寄せていた初恋の相手、佐倉愛が顔を覗かせていた。
「なんで......なんで佐倉がここに?」
佐倉とは中学三年生の時にクラスが分かれてから、何も......
「青井優、あんたがなかなか私に気が付かないからわかりやすく、このだっさい眼鏡をつけてきてやったのよ」
「気づかない?」
俺の言葉にあからさまにいら立つ佐倉。
いったい何のことを言っているんだ。
「まだわからないの優君。あの子は同じクラスの茅野愛ちゃん。優君が佐倉って呼んでいることは何のことかわからないけど、あのこは寂野椎と名乗っていた茅野ちゃんだよ」
「は? 寂野はだって、中学......!」
その時、あの時に感じた違和感がすべてつながった。
『そもそも、うちに知り合いや家族がいない限り用もない人間は入れないはずなんだがな』
鬼寺先生が言っていたあの言葉。
佐倉は校内で、自分で持ってきた中学の制服に着替えたのか。
そして、どこかで見たことのあるような顔となぜか一方的に知られているような一言では言い尽くせない変な親近感。
すべては寂野の存在は偽りで彼女は佐倉だったから。
「でも、なんで俺は同じクラスの佐倉に気づかなかったんだ」
今だから言えるが、佐倉は初めて仲良くなった異性でそれ以上の関係にはなることはなかったけれど、俺に記憶には深く刻まれているはずだ。
「それ、自分で言う? まぁ、私が色々と変わったからじゃない? 名前も見た目も」
そういう佐倉の見た目は確かにあの頃とかなり変わっており、かけている眼鏡は変わらないが、それがなかったら気づかないかもしれない。
「名前は?」
「離婚したのよ。両親が」
「そうだったのか......じゃあ、これからは―」
「なに、のんきにこれからとか言っているのよ! あんたとこれからなんてあるわけないじゃん!」
「......佐倉」
やっぱり、怒っているよな。
理由はあの時、俺が何も言わずに二人でしていた遊びをしなくなったからだろう。
つまり、この状況は佐倉が作り出したものなんだ。
「私がしていることは復讐よ。復讐。青井優! あんたに向けてね!」
「やめてくれ! 佐倉! あの頃の俺たちは毎日がすごく楽しかったじゃないか!」
「......あの頃はね。でも、私は不幸になった。だけど、あんたは? 女の子たちに囲まれて随分と幸せそうね!」
そう言い残し、佐倉は高窓から姿を消した。
俺達を閉じ込めてどこに?
......まさか!
「二人に何があったかは分からないけど。過去は過去だよ。あっちから邪魔者が消えてくれたわけだし、今は私と楽しもうよ。優君」
こんな事態に陥っても、どうやら天野さんのスイッチは入ったままだった。
「天野さん! こんなことしてる場合じゃないって!」
しかし、天野さんの耳には何も届いてないようだった。
なんなんだよ!
こうなったら!
俺は唯一の光源であるろうそくを倒し、火を消す。
「あ!」
よし! 流石の天野さんでも動きが止まった。
この隙に距離を。
「優君ったらーこんなプレイが好きなの? まったく恥ずかしがり屋さんなんだから。じゃあ、私も」
「え?」
よいしょっと何かの動きをする天野さん。
とにかく時間が作れた今のうちにここを出る方法を。
なるべく音を出さずに慎重に手さぐりで何かを探す。
といっても、なにが見つかればここから出られるんだよ!
! 何か柔らかいものに触れた。
「ん! もう、いきなりそんなところ触るんだから」
......無心だ。無心。無心で何も考えるな。
「優君つぅーかまーぇた!」
結局何も見つからないまま、俺は再び押し倒されてしまう。
「てか、天野さん。足は?」
ひねったんじゃ?
「そんなの嘘に決まってんじゃーん。そんな野暮なこと聞かないで」
何!?
そう言い、二度目のキスをされる。
本当にまずい! だって佐倉の狙いは―
ドアが開く音と共に明かりが入ってくる。
そこにいたのは、今まで見たことないような闇をまとった表情で立ち尽くしている三尹であった。




