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悩み

 寂野椎......か。向こうは俺のことを知っているわけだし、後輩のはずなんだけど、まったく思い当たる人物が出てこない。


 中学にあんな奴いたっけ? ギャルっぽい見た目の後輩なんて。似たようなやつはいた気がするんだけど......


 それにまた天智先輩か。なんで俺に限っていつもあの人の話が出てくるんだ。いい加減忘れさせてくれよ。


 はぁ、考えただけでため息が出る。


「勝手に人の家に来ておいてため息なんかつくな」


 そう悪態つくのは、ここの家主の鬼寺先生だ。


 先生の言う通り、俺は勝手にここへ訪れ、夜までゲームをするという行為を毎日繰り返していた。


 ついでに勉強も教えてもらえるし。


「すみません。でも、少し考えていることがありまして......」


 そう言いながら先生の方をちらっと見ると、悪くない顔をしている先生がいた。


 先生はいつも俺の相談を聞いてくれていた、あのキャプテンイタリアンさんの顔も持っているからな。きっと話を聞いてくれるだろう。


「......しょうがないな。話してみろ」

「実は――」


 俺は身に覚えのない後輩、それと苦手な先輩を紹介しなければいけないことを話した。


「中学の後輩か」

「はい。なんとなく、見たことがあるような顔をしているんですけどね。名前を言われても思い出せないんですよ」

「そうか......そもそも、うちに知り合いや家族がいない限り用もない人間は入れないはずなんだがな」

「うちの学校に寂野の兄弟がいるかもしれないってことですか?」

「かもしれないな」


 あいつの兄か姉かわからないが、そいつに入れてもらって中に?


 でも、俺のことは亮介から聞いたっていっていたし......二人はもともと知り合いだったのか?


「紹介する話はどうすればいいですか?」

「そんなもの無視すればいいだろ」

「ふぇ?」


 そんな元も子もないことを。


「そいつの恋愛事に手伝う義理もないし、後輩なんだろ? 年下なんだから無視しとけ」

「それでいったら、年下の俺のことを無視しない氷代子さんはとてもやさしい人なんですね」

「ば、っばか! お前!」


 めっちゃ照れてる......


 やっぱり俺のことが好きっていうことは本当なのか......?


 意識すると俺も顔が、


「そ、それに! ただの善意だけじゃなくて......寂野からは何か、弱みを握られているような、不気味な感じがするんです」

「不気味な感じ?」

「はい。一方的に知られているからか、分からないですけど。まるで絶対に俺が言うことを聞く、みたいな自信が寂野から感じられたような気が」

「......そうか」


 これは冗談でも何でもない。霊的な話もしているわけじゃない。


 ただ、寂野の笑顔の裏にはそんな思いが隠されている気がしたんだ。


「じゃあ、もう適当にやっちまえばいいんじゃないか? 彼女と天野たちと五人でどっかに行けば」


 確かに周りを人数で埋めてあまり寂野に近づかないようにすれば。


「どっかって、どこですか?」

「明日学校休みだろ? 明後日のために服でも買いに行けよ」


 明後日、俺達は校外学習がある。内容は登山してキャンプで一泊をするというものなんだが。


「一泊といっても、山の上だから確かお風呂にも入れないんですよね? 買うものなんて―」

「ああ、もう! 別に服以外にもなんか買うもんあるだろ! それを口実にしろって言っているんだよ!」

「なるほど」


 深いこと考えなくても口実になればいいのか。


「それにデートができてちょうどいいじゃないか」

「デートですか......」


 俺は最近、三尹とは喧嘩したことや漫画のこともあって、少し心に距離を置いてしまっている。だから、毎日ここに来ているんだけど。


「どうした? 彼女と何かあったのか?」

「実は彼女とは、椎名とはこの間喧嘩したばかりなんです」


 ちゃっかり椎名が彼女ってことをばらしてしまったけど、大丈夫だよな? 同じ生徒なわけなんだし。


「それは俺が悪かったんですけど、その時に椎名が結構機嫌を悪くして」

「なるほど、あいつはメンヘラなんだな」

「メンヘラではないですけど!」


 さらっと自分の生徒をそんな風に言わないで!


「他にも付き合う前から俺を主人公にした漫画を描いていたことを知って......」

「なるほど、メンヘラじゃなくてヤンデレタイプか」

「もしかして、氷代子さん。結構読んでいます?」

「気のせいだ。忘れてくれ」


 今度、家から漫画持ってこよう。


「そんなことはどうでもよくて! それで椎名のことを嫌いになったわけでも、何でもないんですけど、少し気持ちに――」

「ギャップか」

「ギャップ......かもしれないです」


 その言葉を聞き、妙に納得してしまうのが自分でもわかった。


 ギャップ。すきま、へだたりなんて意味だ。つまり、俺と三尹の気持ちの間に差を感じるわけだ。


「そうか。でも、そんなもんじゃないか? 付き合ったばかりなんだし、次第にその差は埋まっていくだろう。そんな心配するな」

「......そうですよね」


 本当にそうだ。


 ギャップ。俺と先生にだって言えることだった。


 先生は俺のことが好きなのに。


 俺はそれを知っていながら相談なんかして。


「ギャップか」



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