クッキー姫2
クッキー食ってるかい?
むせかえるような香水と微かなの薬剤の匂いが混ざり合う薄暗い部屋の中、鏡に向かって煽情的なポーズを決める艶めかしい美女。
「鏡よ鏡、鏡さん。世界で一番美しいのはどこのどいつだぁい?」
側から見ればはただのイタいご婦人だが、それは目の前の鑑が凡百の鑑と同じものであればの話であった。
「それはあなた様でございます。」
それまで平らだった鏡面が突如波打ち、人の顔のような形に変化して目の前の女性の質問に答えた。
「フン、当然さね・・・。はぁーあ、飽きたなこの遊び。」
「そんな!あなたに飽きられたらまたあっしは倉庫の中で悠久の時を過ごすことになるじゃないですか!あっそうだ!刺激を求めるご主人に耳寄りな情報あるんすよ!」
「なんだい、つまらなかったらあんたに明日は来ないよ。」
「大丈夫!!大丈夫ですよ!!でね?そのネタってやつなんですけどね?ご主人最近あっしから美しいって褒められても大して何も感じなくなってきてるでしょ?」
ギラギラと光を反射させながら表情豊かに女性へ語り掛ける鏡。
「ああ、正直最初の1週間くらいでもうそんな感じだったよ。」
「そんなことは知りたくなかった・・・。でね?近頃そんなご主人のライバルともなりうる小娘を発見いたしましてね?」
女性の眉がピクンと上がる。
「へぇ、それで?」
鏡が想像していたより薄めのリアクションを返してくる。
「あれ?あんまり興味ないかんじですか?」
「いやまあそりゃ私より美しい女なんて未来永劫現れないって確信してるし別に私の美点は顔以外にもいっぱいあるしもし万が一その小娘が私より美人だったとしても『だってそっちのほうが若いじゃん』で完全論破だし・・・」
「めっちゃ気になってるんじゃないすか。」
「いいから続けな。」
「はい。その小娘ってのが王都のはずれの森に一人で住んでるマロってやつなんですが、いっつも一人で友達といえそうなのが森の精霊と動物くらい。寂しいやつですね。」
「寂しいやつだねぇ。」
「でもその美貌たるや森一番!いや世界一・・・いやだなぁご主人を除けばですよ割らないでお願いします。えー、ゲフンゲフン!そんでもって謙虚で優しい!自宅に度々訪れる精霊や動物たちに食べ物を配ってるんですってよ!いやぁ~どっかの強欲魔女とは大違い・・・待って!!嘘!嘘ですから割らないで!ご主人は世界で一番清い心の持ち主でございます!!」
「フン、そうかい。まあ確かに興味深い話ではあったねぇ。よかったね鏡。寿命が延びたよ。」
「ははぁ!ありがたき幸せ!」
鏡から一通りの情報を得た女性は羽織っていたローブのフードを深くかぶり、荷物の準備を始めた。
そして最後に先ほどから自分に語りかけてくる鏡の頭部をむんずと掴むと何やら意識を集中し始めた。
「場所は・・・なるほど。ちょいと私は出かけるよ。」
「えーっと、どちらまで・・・ってもう聞かなくてもわかりますがね。」
手には真っ赤なリンゴの入ったカゴ、肩から提げているカバンからは目に悪そうなピンク色の薬品が入ったビンがはみ出ている。
「お夕飯は?」
「帰ってくるよ。」
「かしこまりぃー。お気をつけて。」
軽い挨拶を済ませたあと魔女は部屋から出て行った。
「さて、私も仕事に取り掛かりますかね。」
鏡が一言呟くと、先ほどまで鏡面から顔だけを出していた状態だったのが、徐々に首、肩、胴体という風に姿を現し、とうとう鏡から完全に抜け出してしまった。
引き締まった彼の肉体はギラギラと暑苦しいほどに光を反射して輝いている。
「今日のおかずはぁ〜なんじゃろなぁ〜・・・あ、もう煮干しがねぇや。」
テキパキとした動作でエプロンを身に纏い、引き出しの中を物色し始めた。
「あっ!そうだ今日は月曜じゃないですかぁ〜!カレー作らなきゃカレー!」
村人から恐れられる魔女のお宅では月曜がカレー曜日であるということを未だ世間の人々は知らない。
「いやぁ〜、ご主人が自分より美しい女性を認めないタイプだったらどうすっかなぁ〜。殺しちゃうかなぁ。いや流石の私もそれはちょっと引くなぁ。でもそんなこと口にしようもんなら速攻で倉庫行きなんだよなぁ〜。ま、いっかぁ〜。今は愛しきご主人のために美味しいカレーを作りましょ。」
そしてこれからその恐ろしい魔女と出会うであろう少女への心配や帰ってきた魔女のご機嫌とりをしなければならない憂鬱もスパイスの香りに溶けて窓の外へ流れていってしまうのであった。
☆☆☆☆☆☆
「やっぱりマロの作ったお菓子は美味しいね!」
「庭の香草がいい感じに育って来てたから入れてみたよ。」
「こーそー?なにそれ。まあいいや!」
「森の精霊・・・なんだよね?」
「森の精霊だけど植物の担当じゃあないんだなこれが。」
ここは私ことマロの自宅。
住み始めた頃はただの掘建て小屋だったけど、庭の手入れや屋内の掃除を毎日しているうちにだんだん人が住む家に見えてきた今日この頃。
今私と言葉を交わしていたのは羽の生えた人形サイズの男の子。彼や他の精霊曰く土の精霊らしい。
「あんたマロがどんだけ工夫しても『美味しい!』しか言わないじゃない!今日は香草入りなのよ?植物の精霊である私を差し置いて食い散らかしてんじゃないわよ!」
もう一人は先ほどの男の子と同サイズのこれまた羽の生えた女の子。植物の茎でくくった髪はほのかに緑の光を帯びている。
「いっぱいあるから喧嘩しないで。」
今日来ている精霊さん達は2人。いつもはもうちょっと大勢で賑やかだけど、一見自由な彼らにも事情というものがあるそうな。
「みんなもしばらくしたら来るかもよ?」
土の精霊がクッキーをモゴモゴ咀嚼しながら言う。
「あんたそう言うならみんなの分も残しときなさいよ。」
とこちらは植物の精霊。
「いいじゃん早いもん勝ちだよこういうのは。」
「今出してる分とは別にあるから大丈夫だよ。」
喧嘩する2人をなだめながら柔和な表情で彼らを眺めた。
私のクッキーを美味しそうに食べてくれる人(?)がいるっていうのはやっぱり嬉しい。
あの件以来他人に自分のクッキーをあげることは極力避けて来たけど、精霊さんたちは食べてもただ美味しいと感じるだけでどうにもならないようだ。
一瞬思考にふけっていたそのとき、玄関のドアがノックされた。
「邪魔するよ。マロという娘はここにいないかい?」
ドアの向こうからは女性の声でそんな言葉が聞こえた。
精霊さんたちはいつも窓から入ってくるので、ドアから来るお客さんは久しぶりだ。
「はい、マロは私です。」
ガチャっと立て付けの悪いドアを開けると、そこには女性が立っていた。
全体的に暗い色のローブで覆われているがその下から覗かせる人間離れした程のきめ細やかで美しい肌、僅かに吊り上がった凛々しい瞳、すっきりとした鼻筋、それらのパーツが完璧な形で組み上げられたような、宝石のような女性だった。
そんな姿に私がが見とれていると、彼女がおもむろに何かを呟いた。
「へぇ、あんたが・・・何というか、私が美しい系の頂点だとしたらあんたは可愛い系だね。」
「へ?」
どうしよう。初対面の美女に開口一番で容姿を褒められてしまった。
「ああ、いや気にしないでおくれよ。ごめんね急に。」
「はぁ。」
向こうも流石に失敗したと思っているらしく、慌てて取り繕う。
よかった。ヤバイ人かと思った。このままのペースで進められたらそっとドアを閉じてしまうところだった。
「私はしがない農家の娘でね。売り上げ促進のためにめぼしいところを営業して回ってるのさ。」
なんとこの美しさで農家の方!
王様の目に止まれば速攻で皇室に招待されそうなものなのに。
それと「めぼしいところ」という条件で滅多に人が訪れない私の小屋が選ばれる所やその他諸々おかしな点はあったが、少し動揺していたこの時の私は気がついていなかった。
「あ、農家の営業さんですか。お疲れ様です。私お菓子をよく作るんですけど、りんごを使ったものはまだ作ったこと無くて、良かったら中でお話し聞かせてもらえませんか?」
第一印象のインパクトは強烈だったものの、丁度果物入りのお菓子の構想を練っていた私は彼女を部屋に招き入れて話を聞くことにした。
「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうよ。」
そう言って農家の女性は私に案内され中に入った。
農家の営業さんかぁ。初めてだなぁ。というか人間の来客が久しぶりでなんだか嬉しいような怖いような・・・。しかもちょっと変わった人っぽいし。
そんなことをぼんやりと考えていた私だったけど、状況を一変させたのは精霊さんたちだった。
「あ、魔女だ。」
「え?」
土の精霊さんが唐突にそんなことを言いはじめるもんだからお客さんに失礼だとおもって謝罪のために振り向くと、
「あ〜、こいつの家精霊が入り浸っていること忘れてた・・・。」
頭を抑えてそんなことを呟き始めた。
え?なにその反応。本物?
実物の魔女は見たことがないけど人々から恐れられる存在であるというような話はやんわりと聞いている。
とりあえず私は恐る恐る話しかけてみた。
「あ、あの・・・本当に魔女さんなんですか?」
「違うよ。」
「!?」
「違うよ。」
背景に「ドン!」っていうSEがつきそうなほどの力強い否定!
「でもさっき精霊さんに指摘されて動揺して・・・。」
「気のせいだよ。」
ドン!
あ、もう彼女の背景に活字で見える。
「あぅ・・・そうですか。すみません疑っちゃって。」
こんなにも堂々と否定されると自分がおかしかったのではないかと思わざるを得ない。
「マロあんた押しに弱すぎでしょ!?どう考えてもおかしいじゃない!?」
私たちのやりとりを見て呆れた植物の精霊さんが割って入る。
「あのねぇ、私たち妖精には魔女とそうでない人間くらいははっきり分かるの。人間にしては魔力量が明らかに多いのよその女は!」
精霊さんたち、なんだかとっても頼もしい!
日頃土の精霊さんを見て「なんだかプチ愚かな感じで可愛らしいな」とか思ってごめんなさい。
「ほら、とっとと白状しちゃいなさいな。魔女なんでしょあんた。」
「違うよ。」
「本当に?」
「違うよ。」
「本当は?」
「そうだよ。」
流石に勢いで誤魔化しきれなくなった魔女はとうとう観念した。
「はぁ、そうだよ。魔女だよ私は!悪かったね怖がらせちまって。別にとって食おうってわけじゃないし、目的もあらかた済んだから私は帰るよ。邪魔したね!」
素性を隠す必要が無くなった彼女はローブをばっさりと脱ぎ去り、豪快に肩にかける。
「目的?」
「私を差し置いて世界一の美女たりえるあんたがどんな奴か見定めに来たのさ。」
私が世界一の美貌を持っているかはさておき、なるほどこのお姉さんが出会い頭に呟いていたのはこのことか。
「えぇ、世界一の美女だなんてそんな・・・。えーっと、それでは農家さんだという話は嘘だったんですか?」
「嘘さね。農家ではないよ。でも趣味でリンゴは育ててる。」
悪びれずに力強く答える魔女のお姉さん。堂々としすぎて問い詰めているはずのこっちが押されている。
「あ、そうなんですか・・・。」
私たちの問答を見かねた精霊さんが割って入る。
「マロ、あんた対人能力弱すぎじゃない。とりあえずあんたはただマロのことを見に来ただけであって害意はないのね?」
「ああ。そうだよ。その娘がいけすかない奴だったらどうだったかわからないけどね。」
お母様、私の情操教育を適切に行ってくれてありがとう。お陰で私は命の危機を免れたようです。
「そう。じゃあもう用は済んだでしょ?マロも怖がってるし今日のところは帰れば?」
精霊さんには及ばないながらも、やはり魔女はただの人間にとって脅威的な存在。先ほどまでのおどおどした私を気遣ってか、植物の精霊さんは突き放すように、魔女のお姉さんに帰るように促す。
その時、魔女のお姉さんが一瞬寂しそうな顔で俯いたように見えた。
「はじめからそう言ってるだろう?今度こそ私はおいとまするよ。」
そう言ってまた先ほどのサバサバとした様子に戻り、扉を閉めて出て行こうとするが、さっきお姉さんの表情が一瞬曇ったのを見てしまった私は、なんだかモヤモヤしてたまらない気持ちになった。
「待ってください!」
「マロ!?」
普段のおっとりした私しか知らない植物の精霊さんは、この時の私の勢いに少し目を丸くしていた。
「せ、せっかく私を訪ねて来てくれたお客さんをこんな形で帰すわけにはいきません!良かったら少しお茶でも飲んで行きませんか?」
この発言は誰もが予想していなかった。なんたって私自身もすこしびっくりしたくらいだから。
「マロ!?あんた本気?ただでさえ人間からすれば恐怖の象徴である魔女を前に対人強度ゼロのあんたが耐え切れるの!?」
植物の精霊さん手厳しいなぁ。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。私はその人とお話ししてみたいの。」
「でも・・・。」
植物の精霊さんが考えあぐねていると、意外な方面から声がかかる。
「マロがそう言ってるんだから大丈夫なんじゃない?精霊の僕らが付いていれば危険もないしね。」
さっきまで我関せずとクッキーを頬張っていた土の精霊さんが肯定的な意見を送る。
「人間の命は短いんだ。心配なのは分かるけど僕らがマロたちの行動を制限することはよくないと思うな。」
先ほどまでの何も考えてない子供のような様子から一変。実は人間の上位種であったりする精霊としての見解を述べる土の精霊さん。
「美味しいクッキーを食べたら知能指数が上がりました。」
「あなたたちけっこうデタラメな体の作りしてるよね。」
一通り言い終えた土の精霊さんはまたもしゃもしゃとクッキーを咀嚼し始めた。
「ちょっとあんたそれ何枚目よ!?頭良くなったんだったら他者への思いやりとかも目覚めないわけ!?」
「食物の前には全てが原始に帰るのさ。」
知能指数が上がってもやっぱり土の精霊さんは変わらなかったようだ。植物の精霊さんが彼をたしなめるがどこ吹く風である。
「はぁ、」
なんだか自分だけが真剣に悩んでいるように思えてバカバカしくなって来たのか、植物の精霊さんが諦めのため息をついた。
「まぁ、あんたの言うことにも一理あるわ。ほら、マロも良いって言ってるし突っ立ってないで中に入ったら?」
妖精さんたちと私がやりとりしている間はなんだかあっけにとられたようだった魔女のお姉さんは、植物の精霊さんの言葉で我に帰った。
「あ、ああ。良いのかい?今更あれだけど私魔女だよ?」
「せっかく私を訪ねて来てくれたお客さんなんですもの。魔女も一般人もありませんよ。」
まだ戸惑った顔のお姉さんは僅かに目を細めて笑ったように見えた。
「あんたみたいな人間もいるもんなんだね。」
彼女は私が案内すると小屋の中へ入って来た。
この時の魔女のお姉さんは知らなかった。私が過去に抱え込む闇と、今現在進化し続ける危険性を。
クッキー☆じゃない。クッキーだ。




