クッキー少女
理性を失って奇行に走る人を目の前で見るのって他の何より怖いですよね。
〜母の日記より〜
私があの子にクッキーの作り方を教えたのは、今から1年ほど前のことだった。
あの子というのは私たちの自慢の娘。
肩までかかる白くふわふわした髪。奥ゆかしさすら感じさせるようなおっとり系の瞳。整った輪郭。雪のような肌!そして完璧な美貌を持ちながらも奢らないその謙虚さ!
全てにおいて完ぺ・・・何よ。親バカだなんてもう耳にタコが出来るほど言われたわよ。
・・・ 話が逸れたわ。その愛しい娘が10歳になる頃に、「これで趣味がお菓子作りとかもう女子力高すぎて国王から求婚されるんじゃなかろうか。」
ふと、そんなことを思ってクッキーの作り方を教えたの。
彼女が最初に作ったクッキーは、少し硬めのいかにも子供が作りましたって感じの出来だったわ。
でも私にはそれが宮殿のどんな高級料理よりも美味しくて、尊くて、そんなことをしみじみと感じながら親子2人で楽しくクッキー作りを続けたわ。そしてやはり流石は私の娘。驚くべき速度でそのクッキー作りのうでは成長し、私を追い抜くにそう時間はかからなかったわ。
そして家族が崩壊したのはそれから半年ほど経った頃だった。
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「あっ、いたいた!マロー!今日はクッキーないのー?」
「あっ!アンタ昨日も来てたじゃないの!今日は私たちの番!」
「そーだ!」
「ホラ、ケンカしないで精霊さんたち。みんなの分も用意してあるから仲良くたべよ?」
「「「はぁい!」」」
私の名前はマロ。
今年で14になります。
好きなことはお菓子を作ること。
あとはお昼寝と動物や精霊さんたちと戯れること。
今はいろいろあって森の中の小屋でひっそりと一人暮らしをしています。
お菓子の中でもとりわけクッキーを作るのが得意です。作ったお菓子は一人で食べるか、時々庭に遊びに来る動物たちや精霊さんたちに全部あげてしまいます。
本当は同じ人間のお友達を作ってお茶会なんてできたら素敵だなぁとは思うけど、あんなことがあったから・・・。
まさか私の作ったクッキーであんなことになるとは・・・。
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あれは今から3年前。私がお菓子を作りはじめてから5日目のある日。
「お母さん、食べて。」
「あら、この前作ったのより随分綺麗に焼けたじゃない。」
「えへ。」
「ふむ、味もなかなか・・・。さすがは私の子ね。溢れんばかりの才覚だわぁ!」
「えへへ!」
お菓子を作りはじめてから2週間程。
「お父さん、食べて。」
「おお!またクッキー焼いたのかぁ!おっ上手に焼けてるじゃないか。こいつは将来お菓子やさんかぁ?」
「えへへ。」
「んじゃ、いっただっきまーす・・・!美味い!!すごいぞマロ!これはお菓子屋さんになるのも夢じゃないんじゃないか?」
「えへへ!」
お菓子を作り始めてから一ヶ月程。
「お父さん、お母さん、食べて。」
「母さん・・・。」ゴクリ
「ええ、あなた・・・。」ゴクリ
「「いただきます。」」
「どうぞ。」
いつものように喜んでくれるかと思いきや、クッキーを食べたお父さんとお母さんは一瞬目を見開き神妙な面持ちになった。
「!?・・・なんだこれ・・・こんなの今まで食べたことがないぞ。俺が今までに食ってきたクッキーは何だったんだ・・・。」
「おかしい・・・おかしいわ。家にある材料で何をどうしたらここまで・・・。」
「どう?」
「あ、ああっすっごい美味いぞ!やっぱりお前は天才だ!」
「そ、そうねっ!さすがは私の娘だわぁっ!」
「えへへへへへ!」
両親が褒めてくれるのが嬉しくて、私はクッキーを作り続けた。
しかしそのうち、父と母は私のクッキーを食べてくれなくなった。
「お母さん、食べて。」
「っ!あら、ごめんなさい。お母さん今虫歯で・・・。」
「むぅ。」
「お父さん、食べて。」
「っ!ああ、ごめんなぁ、父さん今酒飲んじゃったからお菓子は・・・。」
「むむぅ。」
私の作ったクッキーがあまり美味しくないのかと思ってそれまで以上に工夫して作ったが何かと理由をつけて食べてくれない。飽きちゃったのかな。
そして、お父さんとお母さんが私のクッキーを避けるようになった理由は、後に衝撃的な形で知ることとなった。
それはある夜唐突に訪れた。
お父さんが変なおじさん達を家に連れてきた。
「うぃーす。お邪魔しますよぉ〜。」
最初に入ってきたのは、鋭いつり目にヘラヘラとした笑みが印象的な骨ばった小男だった。それに続いてガタイの良い大男2人組が玄関から入る。
「お父さん、この人たち誰?」
「ああ・・・父さんの・・・仕事先の人たちだ。」
「そぉだよ〜?おじさん達はお仕事の関係でお父さんの会社にちょこぉ〜っとだけお金をかしてるんだけどさぁ〜、それをいつまでたっても返してくれないからお家まで来ちゃったってわけなのよぉ〜。」
気味が悪い間延びした話し方で小柄な男が話す。
お父さんを出迎えたお母さんも事情は知っていたようで、顔を青くして黙っている。
震えるお母さんを初めて見た。
「こんなところではなんですし、中へお入りください。」
ろくに動けないお父さんとお母さんに代わって、おじさん達をリビングのテーブルに案内した。
「お?気がきくねぇ嬢ちゃん。そうだダンナ。このお嬢ちゃんにウチでちょっと働いてもらうだけで俺らから借りた金の数百分の一くらいなら返せそうなもんなんだがねぇ?どうですぅ?」
「っ!娘だけは!勘弁してください!俺が代わりに何でもします!」
いつも堂々と振る舞っている父が、地に頭をつけて謝り倒している。
「お願いします!私もできることならなんでもします!」
母も父に続いて額を床につける。
私にとってはあまりに現実離れした壮絶な光景だったが、男は普段からこんな光景は見慣れているのだろう。
「あっはっはぁ!まぁまぁそう焦りなさんな。今日は話し合いに来たんだから。今すぐ奥さんと娘さんひん剥いたりはしないからさぁ、今すぐはねぇ?まぁ、とりあえず今後についてゆっくり話し合いましょうや。で?この家は来客にお茶の一つも出ないわけ?」
小さな身体に似合わず男の態度は徐々に大きくなっていく。
「っ!すみません。気が利きませんで!すぐご用意します。」
お母さんは急いで台所に向かった。私もその後を追いかける。
男達から見えない台所までたどり着いたお母さんは、両手で顔を覆い震えながらうずくまってしまった。
「どうしよぉ・・・。どおしよう。ごめんね。ダメなお母さんとお父さんで。もうマロのことを育ててあげられない!一緒にいてあげられないよぉ!」
ついにお母さんは泣き出してしまった。
「お母さん!?何があったの?あのおじさん達は本当にお父さんの知り合いなの?私に出来ることがあれば手伝うから!何があったのか教えて!」
お母さんいわく、お父さんの務めていた貿易会社が破綻、多額の負債を負った社長は家族と共に消息を絶ってしまい、会社のナンバー2であったお父さんにその負債が引き継がれたという、なんだかどこかで聞いたことがあるようなお話。まさかそんなことが我が身に起こるとは。
父も社長のように夜逃げをすれば助かったのかもしれないが、社長が逃げ出した時点で取り立ての目が厳しくなり、気づいた頃にはもう逃げ出せるような状況ではなかったのだとか。
「ごめんなさいマロ。もうこればかりはどうしようもないの。お父さんもお母さんも知り合い中を巡ってお金を借りようとしたわ・・・でもそんなことじゃとても足りる額じゃないのよぉ。」
「そんな・・・。」
「おい!まだか?」
リビングからお父さんの呼ぶ声が聞こえた。
「お母さんは落ち着くまでじっとしてて。私が行ってくるから。」
「ごめんね。ごめんねぇ。」
震えるお母さんをキッチンの脇にある椅子に座らせ、私はおじさん達3人のお茶と、
自分が焼いたクッキーを用意した。
「ごめんなさい。お待たせしました。」
「あぁ嬢ちゃん!悪いねぇ。いやしかし奥さんといい娘さんといいべっぴんさんだねぇ〜。ウチで働くことも本当に考えといてよ。悪いようにはしないからさ。」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら私に話しかける男。
助けを求めて達の方を見た。さしたら何故かお父さんは私も、相手の顔も眼中に無かった。
お父さんはこれまで以上に焦った顔で私が持ってきたお盆の上を見つめていた。
「ま、待てマロ!それはいけない!すみません。代わりのものを用意させますのでもう少しお待ちください!」
「ええ!?」
なぜかお父さんは私がお茶とクッキーを出すのを必死で止めた。
だが男はそれを遮り、
「はっ!こんな状況で茶菓子を出し渋るなよお父さんよぉ!へぇ〜コレお嬢ちゃんが焼いたのぉ?よくできてんねぇ!」
ここでこの男が父の言う通り少しだけ待っていれば、運命は変わっていたかもしれない。
「んじゃ、いただきますよっと。」
食べてしまった。突然のお父さんの奇行に驚く私と、何故か諦めたような顔のお父さん。
お父さんが私を止めた理由はこの後すぐに分かった。
クッキーを口に放り込み数回咀嚼した男は、顔面に張り付いたようなニヤニヤした笑みを消し動きを止めた。
「ど、どうしました?アニキ。」
「お、」
「お?」
心配になった部下と思しき2人組がその顔を覗き込む。
「おぼおおおおおおおぉおおおお!んぶぁい!!うみゃい!!美味ぃぃいいひぃぃ!!んぉおおほぉぉお゛おおおぉ!」
クッキーを口にした男は狂い始めた。
「な、何だ!?」
「アニキ!?」
「んおぼぉぉぉおおおおおおおおぉお゛お!もう他のクッキーたべりぇなひぃいい゛いぃぃ!もっとぉ!!もっとぉぉ!ほぢぃのぉぉおぉおおおおおぉお!!」
男は私が持ってきた残りのクッキーを両手で鷲掴みにし、口の中に押し込み始めた。いや、顔面に押し付け始めたと言った方が正しいかもしれない。
私を含めた周りの人間はその光景をただただ眺めていることしか出来なかった。
皆が驚愕に目を見開いている中、お父さんだけが沈痛な面持ちで俯いている。
「おぼっ!ぼぁ!ぼぃひぃ!おいひぃ!おごぉ!ぼっ!おぼぉ!おぼぼご・・・ごあっ!・・・・。」
男はとうとう動かなくなった。
両手を握りしめていた力が抜けバラバラとクッキーが足元に落ちる。
数回ビクビクと痙攣した後、完全に動かなくなった。
口には大量のクッキーが詰め込まれたまま。
「お・・・おい・・・アニキ・・・!?」
ようやく動き出した男の部下が恐る恐る近づく。
「嘘だろ・・・?オイ!アニキ!?・・・ダメだ・・・。死んでる!!」
「なんだと!?」
部下の大男2人組が慌てふためく。上司である小男をさすったりゆすったりするがもう彼の魂はこの世にいない。
「オイ・・・お前ら何してくれてんだよマジお前ら・・・!」
「もう借金どころじゃなくなっちまったじゃねぇかよ!?どうすんだよ!?クッキーにナニ入れたらああなんだよ!?」
大男二人が私とお父さんに向かってまくし立てる。
「あっ・・・あう・・・っ」
私は恐怖で声を出すことが出来なかった。
私のクッキーで人が死んだ?
いや、そんな、ありえない。クッキーを食べ過ぎて窒息死とか聞いたことがない。
「オイ!聞いてんのか!?」
大男の1人が私に掴みかかろうと腕を振り上げた。
「や・・・やめっ・・・!」
止めようにも声が出ないし、例え発声が出来たとして今この男を止めることはできないだろう。
もうダメだと思ったその時、男の背後からお父さんの手が伸びた。
「マロ!すまん!!」
助かった!
そう思った。
でも謝罪?なんで?
その理由はすぐに分かった。
背後から回されたお父さんの手に握られていたのは先ほどのクッキーだった。
「何しやがムグぅ!」
大男の口にクッキーがねじ込まれた。
「ん・・・」
「オイ・・・まさか!?」
「んおぼぉぉぉおおおおおおおおぉぉ!!おいぢぃのぉぉおぉぉお!」
「お前まで!?オイ!!しっかりしろ!!ソイツはヤバい!今すぐ吐き出せ!!」
「もっとぉぉぉおおおおぉぉおぉお!もっとたべりゅぅおおおおおおぉん!!」
男の制止を振り切り、先ほど上司の小男が落としたクッキーを手当たり次第拾って口に詰め始めた。
「オイ!やめろよ!!死んじまうムゴォ!」
さらにお父さんは、仲間を羽交い締めにして制止を試みるもう一人の男の口にもクッキーをねじ込んだ。
後の展開は早かった。拘束が解かれた男は再びクッキーを口に詰め込んだ後に動かなくなり、もう一人の男は先の二人と同じように絶叫した後、失禁しながら意識を失った。さながら地獄絵図である。
そしてそれら全てを目の当たりにした私の精神も耐えきれずに、男たちが倒れた少し後に意識を手放してしまった。
「すまないマロ・・・。俺は父親失格だ。」
最後に聞こえたのはお父さんのそんな声・・・。
まだまだ続きます。
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