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第5記 −悪は悪を呼ぶ(2)−

 エミとラキの2人は、美術館から支給された軽食を手に、最上階の3階へ来ていた。適当な所に腰掛けて早めの食事を摂っている。

 食べている途中、エミは宝石がある部屋での出来事が気になり、ふとラキに聞いた。


「ラキ、あの宝石って何なの?」


「ぁん?悪い噂が絶えないイワクツキの宝石、ってピヨッコがゆってた」


「そ、そうじゃなくて…館長さんも私を止めるとこだったって言ってたから…」


「ん、そのことか。ありゃ邪視ってヤツだよ」


 聞き慣れない言葉に、エミは不思議な表情を浮かべた。


「ジャシ?何それ?」


「簡単にゆーと、悪意を込めた視線で相手を色々アレしちゃう技術…つーか呪いだね」


「い、色々…アレしちゃう…」


 言い回しは少々アレだが、間違ってはいない。

 邪視とは、悪意をもって目を向けるだけで対象に災いが訪れたり、異変を起こしたりする呪われた眼力の事だ。先天的なものなので、訓練などで身に付ける事は出来ない。


「ちなみにオイラもできる」


「ひぃやあ〜っ!!」


 エミは叫びながら大事な部分を隠して縮こまった。その様子を完全に無視し、ラキは話を続ける。


「お前は宝石から邪視を受けて、目ぇ離せなくなってたんだよ」


 確かにエミは宝石から目を離せなかった。エミ自身は綺麗だから見ていたいと思っていたのだ。しかし、それこそが邪視の影響だったとしたら納得がいく。

 考えてみれば、宝石の中の“何か”に恐ろしいと感じたはずだ。あのまま見続けていたら、自分の身に取り返しのつかない事が起きていたかもしれない…という事はない。そういった危険を防ぐ為に、館長があの場で常に気を配っているのだ。

 もしも見続けていたらどうなっていたのか。そんな仮定の話が気になってしまうのは、人としての性だろう。


「あ、あの……止められなかったら私…どうなってたの…?」


「さぁなァ。魂引きずり込まれて色々アレされちゃったり、色々アレなカンジになっちゃって死んだりじゃねェか?」


 怖がりながらも好奇心で聞いたエミに、ラキはへらへらと無粋で物騒な事を言い放つ。


「う…色々アレはもういぃよ〜……あ、ラキの邪視も?」


 ラキも邪視が使えると言った話をその場では流したが、エミは好奇心に任せて聞いた。するとラキは、ニヤリと悪どく笑いながら答えた。


「…試してみるかァい?」


「ひっ…や、やめときます…」


 2人は一通り話を終えた後、食事を済ませた。

 他の階と比べ3階は警備が薄かったので、腹ごなしも兼ねて見回る事にした。

 宝石の謎の一部は分かったが、だからこそ何故そんな危険な物を怪盗ムーンは盗もうというのか、盗んでどうするのかが分からない。怪盗ムーンの目的が気になるなら捕まえれば良いのだ。エミに少しだけ闘志が湧いた。

 適当に話しながら歩いていると、突然ラキの雰囲気が変わる。そして、口元を歪めて静かに笑った。


「ヒハハッ…美味しそーな気配」


 ラキは音も無く走り出した。

 エミは怪盗ムーンが現れたのだと悟り、ラキを追いかける。いつでも魔法を使えるように走りながら魔力を集めるが、今のエミにそんな技術はない。魔力はすぐに霧散した。

 格好が付かない自分にほんの少し落胆してから気持ちを切り替えて走る。だが、すでにラキの姿が消えていた。

 エミは走りを緩めて辺りを見回す。ラキが消えたと思われる所で、壁に付いた傷跡に目が止まる。近付いてよく見てみると、上向きの矢印のような形をしている。

 これはラキのメッセージだ。つまり、上に行けとエミに伝えているのだろう。しかしここは最上階。ここより上は屋根しかない。そして、屋根に上がる為の階段も梯子もない。矢印の近くには窓がある。


「ま、窓からかぁ…」


 そういう事だった。エミはため息をつきながら窓を開け、下を見る。1階と2階の天井が高い造りなので、3階から見る地上は程遠かった。怖じ気づきそうになる高さだ。

 エミは意を決して窓枠に足をかけ、恐る恐る登っていく。幸いにも壁には凹凸が多々あるので、何とか登れそうだ。


「こ、この依頼が、終わったら…魔導器買うんだぁ〜…」


 慎重に凹凸を探し、少しずつ確実に登る。エミは自分の願望を思い浮かべ、必死に恐怖心を抑えている。

 魔導器とは魔法士が持つ武器の事で、主に魔力を増幅したり効率を上げるための触媒に使われる。形も効果も色々あり、代表的なものは杖のような棒状の魔導器だろう。他にも指輪や腕輪などといった装飾品のようなものまである。

 エミは魔法士の必需品とも言える魔導器を持っていない。資金面でもそうだが、魔導器がなくても魔法は使えるので今まで持たなかったのだ。しかし内心ではずっと欲しいと思っていた。

 この依頼の成功報酬で良質な魔導器を買うため、エミは震えながらも着々と屋根へ登っていく。


「う…むぎぎ……つ、着いたぁ〜…」


 やっとの思いで屋根へ這い上がり、エミは恐怖から解放された。だが、近くに怪盗ムーンがいるかもしれない。達成感に浸る余裕もなく、すぐに態勢を整える。

 改めて魔力を練り、周囲を警戒しながらゆっくりと足を進める。今のエミには警戒しながら魔力を集める技術がない。魔力は霧散した。

 ざっと見た限りではラキの姿はない。どこへ行ったのだろうか。

 緊張の面持ちで探索していると、不意に声が聞こえた。


「随分と可愛らしい警備員だねぇ」


 エミははっとして辺りを窺い、声がした方向を見る。目を向けた少し高い位置には、1人の女が佇んでいた。全く気付く事ができなかった。

 ギリギリ結える程度の短い黒髪に、黒のジャケットとズボン。顔の下半分をスカーフで隠し、鮮やかな金色の瞳がこちらを見ている。

 月を背景に見下ろす姿は、怪しい美しさを放っていた。


「怪盗ムーン…」


 エミの言葉に女は目を細める。笑ったのだろう。


「屋根の警備はアナタ1人かな?」


 そう言って怪盗ムーンは軽い音を立てて飛び降り、エミと向かい合う。エミは何も答えず身構えている。しかし、なかなか動けない。隙が無い。

 戦闘に関して素人のエミでも、対峙した瞬間に分かった。賞金首は伊達ではない。

 エミを格下だと見極めているのか、怪盗ムーンからは笑い声が聞こえてきそうなほどに余裕が感じられる。ラキが居れば勝負は一瞬で決まるのだろうが、エミはその考えを振り払った。


(大丈夫!できるっ…!)


 自分しかいないなら自分がやるしかない。それに新魔法もある。隙さえ見つけられれば何とか出来るはずだ。エミはそう意気込み、静かに精神を研ぎ澄ませる。

 汗が引いていくのを感じ、魔力が一部に集中する。


「…魔力の流れを隠す、魔力隠術か。子供にしてはスゴイな」


 怪盗ムーンの言葉に、エミは驚いていた。

 魔力を集める時や魔法を発動する時などに、体から湯気のように光が出る。それを抑えるのが“魔力隠術(まりょくいんじゅつ)”という技術だ。これには高い魔力制御能力が必要で、一朝一夕で身に付く技術ではない。

 本で読んだ事はあったが、エミはラキの行動を参考に自分で編み出したのだ。自分の考えた技術が魔力隠術だと分かり、エミの意志はさらに高まった。


「でも、その程度じゃアタシには勝てないよ。勝てない理由がありすぎて説明が面倒ってくらい。つまり論外なの」


 怪盗ムーンの言葉を完全に聞き流し、返事の代わりに口元だけで微笑んだ。ラキならばこうすると思ったのだ。

 魔法を発動すれば絶対に勝てる。心の中でそう言い聞かせ、自信もあった。


「ヤル気みたいだね」


 怪盗ムーンが呟くと、空気が一変した。急に気温が下がったように寒くなり、鳥肌が立つ。闘いに慣れていないエミには、初めて肌で感じる闘いの空気だ。

 気圧されないように気を強く持ち、逃げ出したくなる衝動を必死に抑える。その時、美術館から大きな音が鳴り響いた。非常事態を知らせる警報だ。

 誰かが怪盗ムーンの侵入に感付いたのか、別の問題が起きたのか。理由は定かではないが、そのおかげで怪盗ムーンの気が一瞬逸れた。


(今だっ…!!)


 この好機を逃してはならない。エミは呪文を唱え、発動した。

 エミの自信作である新魔法は、発動と同時に光で出来たナイフが対象の体の一部に刺さった状態で現れる。これは相手に向けて放つ魔法ではなく、場所を指定して発動する魔法のようだ。

 光のナイフに殺傷力は無いが、発動した場所で一時的に留まり、貫いた部分の動きを封じる事が出来る。

 魔力隠術も応用しているので、光のナイフが現れるまでどんな魔法か分からないだろう。気付いた時には拘束されているという訳だ。そして、そうなるはずだった。


「ほらね」


 光のナイフは何もない空間に虚しく留まっていた。

 怪盗ムーンはエミの横で蹴りを放つところで、その脚からは強い魔力が感じられた。


「ぐぅっ…!」


 咄嗟に腕を戻して防いだが、この一瞬で魔力を防御に使えるほど有能ではない。エミは右腕ごと脇腹を蹴り抜かれた。

 怪盗ムーンの脚が当たった時、不思議な衝撃音が聞こえた。小規模だが、爆発音だ。エミはその音とともに、爆風を受けたように勢いよく飛ばされてしまった。

 転がり、滑り、止まる。痛みと息苦しさに耐えながら体を起こすが、立ち上がる事はできない。おそらくエミが魔力で防御していたとしても、たとえ全力の結界を貼る時間があったとしても、今の攻撃は防ぎ切れなかっただろう。それほどの差がある。

 エミの様子を見ながら、怪盗ムーンはゆっくりと近付いてくる。


「なんで警報が鳴ったのかは分かんないけど、アタシそろそろ仕事に戻るねぇ。良い子はもう寝ようか」


「こ、これから盗むの…?絶対…無理だよ…」


 警報が鳴ってから、慌ただしい声や音が屋根まで聞こえてくる。すでに厳戒態勢に入っているため、今から宝石を盗むのは至難の業だ。

 怪盗ムーンは、その程度の事など全く関係ないというように歩みを進める。エミは焦りながらも思考を巡らせ、少しでも時間を稼ごうとする。


「わ、私の仲間は強いよ!すぐ近くに…あなたの後ろにいるかもっ…」


「おやコワイ。でも気配がないなぁ。オトモダチは幽霊?」


 怪盗ムーンは子供の戯言に付き合うような口調で答えるが、その目は冷ややかにエミを捉えている。殺す事を躊躇わない、慣れている者の目だ。


「え、えっと…怪盗だよ!あなたより…す、優れた怪盗…」


「…ふーん。どんな怪盗なのかなぁ」


 エミの出任せに少しは興味を示したものの、怪盗ムーンの足は止まらない。


「怪盗……怪盗…あっ、アサシン!命を盗まれるよ!」


 怪盗ムーンはふっと笑いを漏らしながら小さく首を振り、もうエミのハッタリを聞き入れていなかった。しかしその後、怪盗ムーンの足は止まっていた。エミが不思議に思っていると、怪盗ムーンの首にナイフを当てている影が見えた。いつものように、口元だけを歪ませたラキだ。

 残虐な冷たい笑みを浮かべるラキに恐怖心を抑えきれないが、それでもエミは安堵のため息と共に表情を緩ませた。

 いつからそこにいたのか。自分はいったいいつから首にナイフを突き付けられ、命を握られていたのか。今の今まで気配は微塵も感じなかった。むしろ今でも曖昧なくらいだ。こんな事は有り得ない。まさか本当に幽霊だとでも言うのか。

 怪盗ムーンは自身に起きた現実が信じられず、額には汗が浮かんでいる。背後から感じる慈悲も救いも無い、負の気配。だが、怪盗ムーンも数々の修羅場をくぐり抜けてきた自信からか、すぐに冷静さを取り戻して口を開いた。


「これでアタシを止めたつもり?」


 ラキの気配に圧倒される事なく、機を見出だす為に気丈に言ってのける。それに対し、ラキは何も答えずにナイフを少し動かした。


「ッ…!」


 怪盗ムーンの首から一筋の血が流れ、身を強ばらせた。下手な言葉は埒が明かないと悟り、今度は解決の為に口を開いた。


「…何が望み?」


「何だと思うの?」


 怪盗ムーンが初めて聞いたラキの声は、人ならざる気配とは裏腹に重さが感じられなかった。そのおかげで緊張は少しほぐれたが、依然として嫌な予感や気配は拭えない。


「……命か。アタシを殺しても無駄だけどね」


「だから館長殺した」


 近くで様子を見ているエミは、ラキが何を言っているのか理解できなかった。だが、ラキの一言で怪盗ムーンが見るからに動揺した事は分かった。


「………殺したから…何なの…?」


「何だと思うの?」


「ッ…この…!!」


 怒りや焦り、苛立ちなど、怪盗ムーンは平静を装いながらも負の感情を抑え切れていない。

 ラキは美味しい物を食べた後のように満足げに笑い、楽しそうに言った。


「ヒハハハ!殺してねェよ。気絶してるけど、近くにいるから安心しなって」


 怪盗ムーンは呆然としていた。そして冷静になり、自分が冷静でなかった事に気付く。それを見て、エミも何となく状況を把握した。

 怪盗ムーンと館長は仲間だったのだ。少なくとも、殺されたと聞いて感情を抑え切れなくなり、生きていると知って感情の波が治まる程度には親しい間柄なのだと分かった。

 怪盗ムーンはため息をつきながら両手を挙げた。


「はぁ〜…してやられたみたいだねぇ」


「うむ、終わりだな」


 ラキはそう言ってナイフを納めた。張り詰めていた空気が緩み、エミもほっと息をついた。


「………」


エミは怪盗ムーンが薄く笑った表情を、はっきり見えた気がした。


「アナタがね」

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