第5記 −悪は悪を呼ぶ(1)−
「では依頼内容のご説明と面接を行いますので、こちらでお待ち下さい」
2人は美術館の受付にチケットを提出すると、係員に別室へ案内された。同時に応募者番号の書かれた紙も渡され、ラキの紙には149。エミの紙には150と書いてある。これで募集は締め切ったらしい。
案内された部屋は、宮廷の大広間と言えるほど広く、その中には武装した大勢の者がいた。番号通りの人数なら、ラキ達の他に148人いるという事だろう。ラキが街で見かけた裏プロも何人かが参加している。
これだけの人数がいながら誰もが口を閉ざし、広間は静寂に包まれている。
「……み、見られてるよ〜ぉ…」
エミ達が部屋に入った途端、この部屋にいるほとんどの者がこちらに目を向けたのだ。
エミはラキに助けを求めるように唸るが、受付では横にいたはずのラキが居ない。しかし目を凝らすと、姿が薄く透けて見えた。
「あぁ、大丈夫。オイラは見られてねェから」
ラキは憎たらしいほどに他人事だった。すでに隠密状態だ。
注視すれば見えるという事は『不在の新月』は発動していない。しかし周りの者達からは、部屋に入ってきたのは少女1人に見えているはず。ただ気配を抑えるだけでこれなのだ。さぞかし気楽だろう。
エミは重い視線に耐えきれず、帽子を深くかぶって俯いてしまった。ラキはそんな様子を見て、しゃがんでエミの顔を見上げ、じっと見つめる。
ラキの目をちゃんと見たのは初めてだった。その目に邪悪な輝きはなく、励ましてくれているような気がした。
「……だせぇ。ぷすー」
所詮、気がしただけ。これが現実なのだ。
ラキは一言呟き、空気の抜けるような笑いを言葉として漏らす。馬鹿にするという意志が顔を見た瞬間に分かった。
「ずるい〜…!」
エミが声を抑えて嘆いていると、ラキ達がいる反対側のドアから関係者らしき人物が現れた。これから説明を兼ねた面接をするようだ。大声でそれだけを伝え、間もなく選定が始まった。かなりの急ぎ足である。
応募者や関係者が入ってきたドアの他にも3つのドアがあり、番号を呼ばれた者が1人、また1人と別々のドアの向こうへ消えていく。戻ってくる者がいないので、その部屋も館内のどこかに繋がっているのだろう。
「審査って何するんだろ…緊張するなぁ〜…」
自分の番が近付くにつれ、エミは落ち着きがなくなっていく。
「単純に考えりゃ、闘いの審査だわな。ま、ドカーンと魔法見せてやれ」
「魔法苦手…」
「えっ」
「えっ」
2人が妙なやり取りをしている間にも次々と人が減っていく。時間はまちまちだが、早い時は1分程度で次の者が呼ばれた。
「新魔法だ。それしかねェ」
「そ、そんな急に…むりだよ〜…」
「ハッ。やってもムリなら、ムリなんだろーな」
そしてついに、ラキとエミの番号が呼ばれる。ラキは姿を現してすいすいと、エミは唸りながらドアの先に入っていった。
ラキが部屋へ入ると、そこには4人の男が立っていた。4人のうち2人はスーツ姿で、この美術館の関係者だと思われる。後の2人は武装していて、佇まいや服装から見ておそらくは軍の関係者だ。
ラキが4人と向き合うと、挨拶や紹介も無いままスーツ姿の男が質問を始めた。
「早速ですが審査を始めます。まず、お名前は?」
「キーラー」
ラキは自分の名前を偽って即答した。
冒険ギルドに登録している以上、嘘は無意味なのだが、相手側には身分を確認するつもりは無いさそうだ。審査員が疑う事もなく質問が続いた。
「では、種族は?」
「人間ってイィな」
「…冒険者以外の職業は?」
「ニンジャー」
「……戦闘経験は?」
「Yes♪」
「…どの程度?」
「いっぱい」
「…では、主な戦闘対象は?」
「ウンコクズ」
「……ごほん…闘う原因や理由、目的などは?」
「気分」
「…では、得意な事は?」
「かくれんぼ」
「……戦闘関連の特技は?」
「おにごっこ」
「………魔法や魔闘などは?」
「No♪」
無駄な言動や会話は一切なく、淡々とした質問の受け答えが交わされた。そして4人の男は、ラキの返答に小さくため息を漏らしていた。
「…では最後に、特技を見せて下さい。こちらの2人が審査します」
そう言ってスーツ姿の男が下がり、武装した男2人が前に出た。そして、そのうちの1人が言った。
「壁や床や天井、私達にでも構わない。防御策は万全なので、全力でやってくれ」
口ではそう言っているが、内心では早く終わらせたがっているだろう。そんな男に、ラキは一言だけ言った。男の背後から。
「ドロンパ」
男の首にナイフがひたと付けられ、その後ろにはラキがいる。いつの間にかその光景が映っていたのだ。
4人は目を見開いて固まっていた。言葉では言い表せない、非現実に遭遇した生き物に起きる普通の反応だ。
「……さ、採用です…」
しばらくの沈黙の後、スーツ姿の男がラキに言う。
ラキは鼻で笑ってナイフを納めると、依頼内容の説明を急かした。男はたった今の非現実を拭いきれないまま、1つ深呼吸してから話し始めた。
「…最近、美術館のある品を盗むという予告状が届いたんです。予告状の主は、賞金首の泥棒でして…人々からは怪盗ムーンと呼ばれています」
怪盗ムーンは数年前から世界各地に出没し、予告状を出された品は全て盗まれているらしい。
現在の懸賞額は55万モネル。かなりの大物だ。
「…で、殺すの?」
「いえ、捕獲です。無事盗まれなければ全員に金貨3枚。見事捕獲した方には30枚です」
生死を問わない賞金首でも、相手が泥棒ならば生かして捕らえ、盗んだ物を返してもらうのが当然だろう。その後で然るべき裁きをくだすのだ。
ラキはため息をついて仕方なく了承した。
「…ま、手っ取り早く儲かる仕事だしな…」
「では、引き受けてくれるんですね…?」
男達はラキの凄まじさを体験したため、心強い味方になると思っているのだろう。ラキが了承すると、喜んで歓迎してくれた。
不採用者や説明を聞いて辞退した者が多く、最終的に参加が決まったのは150人もの人数から20人程度だという。
男達はラキに、館内を案内しながら警備にあたっての注意事項や詳しい説明をすると言ったが、いつの間にかラキの姿は消えていた。
………………
時を少しさかのぼり、エミは男達を前に質問を受けていた。
「お名前は?」
「エ、エ、エミアトーヌ・コーデンソンですっ!皆からはエミって呼ばれてますっ」
エミは物凄く緊張していた。人見知りで気弱なエミにとって、面接は弱点のようなものだろう。
「はい、エミさんですね。では、種族は?」
「人間です!純人間です!」
「冒険者を除外した場合の職業は?」
「マジェーラロアンの学生ですが、まだ初級魔法士です!今は休学して旅をしてます!」
「ほう、マジェーラロアン…では、戦闘経験は?」
「えっとまだ…あ、あんまり…」
「ふむ…得意な事は?」
「素材…の採集…とか…」
「……戦闘関連で得意な事は?」
「う……」
「質問を変えましょう。得意な魔法などは?」
「…あ、灯りの魔法…です…夜に採集することが多いので…」
質問は終わった。
ラキの場合とは違う意味で男達がため息をついた。そして、武装した男2人が前に出る。
「できれば攻撃魔法が良いけど、とりあえず自分の得意な魔法を見せてくれ。全力でね」
「は、はいぃっ…!」
ついに来てしまったと、エミは思った。審査員が軍の関係者という事は格好を見て分かった。中途半端な魔法や形だけの魔法を見せても、すぐに見抜かれてしまうだろう。しかし、エミはどこにでもいる初級魔法士だ。トップクラスの学園の生徒と言っても、学んだのはまだ魔法の基礎のみ。高度な魔法を使った経験は無い。
(やったことない…)
エミはラキの言葉を思い出した。やってもいないのに、不可能だとは言い切れない。もしかしたら、出来るかもしれない。
(やってみようっ…)
強大な魔法を作り出すには高い魔力と強靭な精神力が必要となる。加えて、魔力の源である“魔心”が豊富でなければ危険なのだ。
通常は自分の意思で魔心を削り取り、それが魔力に変わる。魔心が勝手に減るという事はないのだが、身の丈に合わない強い魔法を発すれば、急激に魔心が失われたり魔心自体が傷を負う。その負担により精神が崩壊してしまう場合もある。精神が傷付けば肉体にも影響が出る。逆も然りだ。
今の自分に出来る事を考えながら、両手を胸の前に持っていく。魔力を練る時の基本動作として、胸の辺りを上下に挟むように構える事を、魔法士を目指す者なら誰もが教わる。
エミは新しい魔法のイメージをしている中で、ラキの動きとナイフを思い浮かべた。
(よぉ〜し…)
心を決め、精神を集中する。
完全に初の試みでぶっつけ本番だが、エミは何となくできる気がしていた。自然と新しい魔法に合った良い呪文も思いつき、エミは魔法を発動した。
………………
エミとラキは、美術館の中を見回っている。芸術の事などまるで分からないが、何となく素晴らしいと感じてしまう。
エミも見事に採用となり、ラキが聞かなかった警備の規約や新魔法の事を嬉しそうに話した。興味なさげに聞いていたラキだったが、怪盗ムーンが今回盗もうとしている物には食い付いた。
「…なぬ?鬼の瞳?」
「うん。ものすごく悪い魔物の力が宿ってる宝石なんだって。まだ一般公開はしてないみたい」
鬼に分類される魔物が確立されたのは、さほど昔の事ではない。そして“鬼”という生き物は、おとぎ話の中だけの存在でもない。
遥か昔に実在した、神と呼ばれた力ある者達の記録にも残っている。その古い文献には、肉を刻み、血に笑みを浮かべ、心を喰らい、存在を殺す悪魔と記されている。鬼はこの世の全ての生物にとって絶対悪なのだと。
現代では、元々鬼という魔物は存在せず、人の心に巣食う邪悪なものだとも言われている。
「面白そーじゃん。見に行こーよ」
「…ふっふっふ〜。呪われてるって噂なんだよ〜」
エミはお化けを真似た恐ろしげな雰囲気で言うが、全く怖くない。ラキはすでに先に進んでいる。慌てて追いかけ、2人は宝石が保管されている場所へと向かう。
館内の所々に設置されている地図を頼りに、地下まで移動した。地下と言っても陰湿な様子はなく、美術館全体の落ち着いた雰囲気を保っている。
この階に保管されている品は公開予定のもののようで、階自体が関係者以外立ち入り禁止になっていた。貴重な美術品が並ぶひときわ広い部屋に出た2人は、部屋の中央に置かれた物へ近付いていく。
部屋のあちこちでスーツ姿の関係者や軍人が何かを話し合っている。先程採用された者達もいて、色々な所を細かく調べて回っているようだ。
エミ達を見て、関係者の1人が深くお辞儀をしながら話しかけてきた。エルフの中年男性だ。
背筋は真っ直ぐで、歩き方や立ち居振舞いは堂々と、それでいて慎ましさも感じられる。規則正しく生えている白髪や整えられた髭には、高貴な品格が漂っていた。
「本日は急な御依頼をお引き受けいただき、ありがとうございます。私、当美術館の館長を勤めさせていただいております、カラルドと申します。何かご要望などがございましたら、私かスタッフにお申し付け下さい」
頭が痛くなるほど丁寧な挨拶をされたエミは、焦りながらぎこちなく挨拶を返す。
ラキは完全に無視して横を通り抜け、例の宝石の前へ向かっていた。エミは申し訳なさそうな表情を見せるが、館長は微笑みながら宝石の場所へ案内してくれた。
「わぁ〜…これが鬼の瞳…」
エミは宝石が乗っている台座に張り付き、食い入るように見つめている。
拳ほどもある大きさで綺麗にカットされた宝石は、赤とも青とも言える不思議な輝きを放っていた。その輝きは、物の価値が分からない阿呆でも虜になる美しさだ。
ふとエミは気になった。宝石の中をよく見てみると、煙のような靄が何かを覆うように波打っている。“何か”が何なのかは確認できないが、感覚で分かる。それが鬼の力の一欠片なのだろう。見ていると自分がそちらへ吸い込まれてしまいそうになる。
深い奈落の底から睨まれているような、禍々しい輝きが宝石の中にあった。美しくも恐ろしい。
「…なんか生きてるみたいだね〜…」
エミは瞬きも忘れ、見入ったまま呟いた。するとラキが、エミの帽子を下げて視線をふさいだ。
「わっ…な、何するの〜…」
「ハッ」
エミの抗議もむなしく、鼻で笑って流されてしまう。
「もうじゅーぶん見ただろ。仕事に戻るんだよ」
そう言って、ラキはひょうひょうと来た道を戻っていく。
エミはもっと宝石を見ていたかったが、仕方なくラキを追いかける。そこで、近くにいた館長がエミを引き止めた。
「彼が止めなくても、私が止めていましたよ。彼の方が気付くのが早かった…」
エミは館長の言う事の意味が分からず、頭上に疑問符を浮かべていた。聞こうとしたが、館長は深くお辞儀をして離れてしまった。
エミは言葉の意味を考えながら、ラキを追いかけた。




