第4記 −始めの一歩(2)−
ポカタ国、サテュールン。
芸術の街と呼ばれるこの街には、世界中から価値が計れない程の貴重な品が集まる。それらは美術館に展示されたり、競売に出され力ある富豪の屋敷に飾られたりと様々だ。街の中も華やかな美術品で彩られており、通りを歩くだけで芸術の世界に浸れる。
街に到着した2人は、まず宿を確保するために案内板の地図を見ていた。
「ホテルゾーンとか書いてあるから、この辺り行きゃ見つかるだろ」
ラキが位置と方向を確認し、2人でホテルゾーンと書かれている場所へ向かう。
「疲れた眠い、足が痛い〜…」
へろへろと歩くエミに、足音も立てず颯爽と歩いているラキが振り向いて言った。
「軟弱」
「うぐ…」
馬車を降りてから約3日。ここへ辿り着くまでに何度も休憩を挟んだが、休憩を休憩としていたのはラキだけだ。エミは水分も食事もあまり摂らず、体を休めるのも中途半端だった。
旅に慣れていないエミは、休む事がいかに大事か身に染みて分かっただろう。
エミは年頃の女の子だ。同行者が男となれば、色々と苦労するのはラキも分かっている。しかし、相手が自分と旅をすると決めた以上、気を遣うつもりも遣われるつもりもラキには無い。
旅に慣れ、ラキに慣れれば、エミの苦労も和らいでいくだろう。
「置いてっちゃうよー」
「ラキは全然元気だね〜…」
「まぁ、豆モヤシよりはな」
「もやし……ひ〜ん…」
ラキの悪口に言い返す事もできず、エミはふらふらと歩く。そのまま2人は、時間をかけてホテルゾーンへ向かっていった。
ラキの世界では街の中を移動するだけで乗り物を使うらしいが、それはこの世界も同じだ。その理由も同様だった。つまり、街が広い。徒歩での移動だけでは、ホテルゾーンへ向かうだけでも時間がかかるのだ。
2人は40分ほどかけて宿が多く建ち並ぶ区画に入り、間もなく良さげな宿を見付けた。
料金はこの辺りでは1番安く、1部屋軽食1回付きで800モネルという良心的な宿だ。ラキとエミはさっそく宿帳に登録し、軽食も頼む。食事が来るまでは、汗を流してさっぱりしようという話になった。
部屋は3階。窓からは他の建物と路地裏しか見えない。小ぢんまりとした部屋だが、風呂もトイレも付いていて手入れも行き届いているので、充分割に合う。
「わぁ〜ベッドだ〜ぁ!」
エミは叫びながらベッドに飛び込み、うつ伏せで大の字になったまま動かなくなった。相当疲れていたのだろう。
「次からは休める時にちゃんと休むこったな」
「ふぁい〜…」
奇妙な呻き声の後、エミは少しだけ意識が飛び、食事が来るのを思い出してはっと顔を上げた。眠そうな顔をラキに向けると、腰から釵のホルダーを外して息をついている後ろ姿が見えた。
「眠れ」
視線に気付いていたラキは、顔も向けずにエミにそう言った。その言葉を聞いたエミは不思議な気持ちになり、そのまま眠りに落ちた。
………………
目を開けて最初に思ったのは、まだ楽しい事は終わらないという高揚だった。修学旅行2日目の朝に感じるような、楽しみが今日も明日も続く期待と躍動。
エミは今までにないほど長く眠っていた。馴れない事が続いたせいで、かなり眠りが深かったようだ。まだ半分寝ているエミの頭の中は、最近の出来事の整理をしていた。
ハティーと出逢い、ラキと出逢い、図書館に忍び込み、学園に休学届けを提出し、世話になったおばさん達やフリンに別れを告げ、慣れ親しんだ家を飛び出して旅に出て、いきなり密入国をした。
たった数日で目まぐるしいほど色々な事が起きた。急な展開が続いたが、自分なりに考えて決めた事だ。後悔はしていない。
この世界では、早い者で10歳から旅に出る。もちろん保護者などの同行者が必要だが、それぞれ目的や理由があって旅に出るのだ。エミにも目的がある。
ラキと旅をする事で何か得られるものがあるとハティーは言っていた。ハティーの言葉だけでなく、エミ自身もそう感じている。
「夕方、かな…」
エミはまどろみの中で考えを整理し終え、旅は始まったばかりだと思考を途切れさせる。
気付けばしっかり布団をかけて寝ていて、帽子とマントが外されていた。ラキがやってくれたのだろうか…ありがたいが少し恥ずかしい。
睡眠も充分に取り、旅の期待で心身共に好調。エミは良い気分のまま、寝返りをうって体を横に向けると、枕にナイフが刺さっていた。
「ひょわあっ!」
驚いて飛び起きるエミ。確実にラキの物だろうが、しかし前に見たナイフより小さく鉄色で、グリップが加工されていない金属のみのナイフだ。これは投擲用のナイフだろうか。
冷や汗をかき、小さく息をついたところで、薄明かりを通していた窓が静かに音を立てた。カーテンが揺れ、寝起きに心地よい風が部屋に入ってくる。それと同時にラキも入ってきた。
「起きたか。ずいぶん寝たなー」
エミを視界に収め、軽く挨拶をするラキ。エミも挨拶を返し、枕から投げナイフを抜いて渡した。
「ま、枕に刺さってました…」
「投げの訓練してたからな」
「枕を的にしないでよ〜…」
「違うよ、少し外れたの」
「ひぃ〜…!」
爽やかな寝覚めの挨拶を終え、ラキは手に持っていた茶色の紙袋をエミのベッドに置いた。
紙袋にはラキの直筆で“ピヨッコのエサ”と書かれている。エミは複雑な表情を見せた。
「まずはシャワー浴びてこい、汚物くん」
「お、汚物じゃないや〜いっ!」
叫びながらも、エミは風呂場へと駆けていった。
………………
シャワーを浴びて汚物から物に進化したエミは、ラキが買ってきてくれたものを食べていた。
紙袋の中身は、生サーモンの切り身と少量のスライスオニオン、サニーレタスが挟まれたサンドイッチ、それとまだ温かいココアだった。風味豊かなソースが香るサンドイッチは、寝起きの胃にも優しく美味しかった。
「お前が寝てる間に、あんな所やそんな所を調べといたよ」
「−−んむぐっ!?」
ラキの言葉に、エミは驚いて喉を詰まらせる。その様子を見てラキは楽しそうに続ける。
「ヒハハハ!調べたのはデカイ建物と、お偉いさん達の家だよ」
エミはココアで飲み下しながら、少し複雑な気持ちになった。
「…ぷは……た、建物って美術館とか…?」
「そ。コペッカ録の情報はサッパリだけど、調べてる途中で別の気になることができた」
「なになに?」
ラキは悪どい笑みを浮かべながら声を抑えて言った。
「警備が厳重過ぎる」
「…え、でもこの街はいつも厳重だよ…?」
ポカタ国はエルフが治めている国だ。
エルフが統治する国は、他の国と比べて厳重な警備体制を敷いている事が多い。特にこの街には貴重な品が集まるため、警察隊や警備隊だけでなく“機動隊・リック”という軍事組織までもが目を光らせている。
「それがな、デカイ建物の周りにカタギじゃねェ奴がかなりいてさ。裏のプロだよ」
「プロって……殺し屋、とか…?」
「まぁほとんどがそーだろーな。そんじゃさ、裏プロが集まる理由って何だ?この街で」
「この街…えっと……美術品…を、殺す!?」
「15点だ、ゴクツブシ。お前にゃ早すぎたな」
落第して唸るエミを尻目に、ラキは出かける準備をする。
「ま、行って見てみよー。ちなみにカネがすっからかんだから、ついでに依頼も探しちゃうよん」
おどけて言うラキに、エミは軽く笑いながら応える。
「もう無くなっちゃったの?私はまだ7千モネルくらい残ってるよ〜」
ラキはネウピエスで、他人の財布から生活費を工面していた。そして、旅に出る前の残りは1千モネルほどだった。
この街に着いてすぐ宿に向かったため、買い物などはしていない。この宿の宿泊代は先払いで800モネル。疲労困憊のエミに代わり、ラキが支払っていた。
エミは旅の準備で出費がかさんだが、まだまだ旅を続けられる資金は残っているのだ。
「あぁ、追加であと1日分の宿代払って投げナイフとSポーチ買ったんだよ。お前のサイフから」
ラキの言葉に、エミは笑顔のまま固まった。
冒険者を続けられない者の理由は大きく別けて2つある。1つは過酷な環境や強いモンスター、人などに心身を折られてしまう事。もう1つは支出が多い事。危険が伴い安定した稼ぎがなく、旅や武具に必要な資金は一般人と比べて多いのだ。
ちなみにラキの言ったSポーチとは、別の空間に物を収納できる魔法の入れ物の事だ。正式名称はポーチの場合“超次元ポーチ”という。外見は腰に取り付けるただのポーチだが、空間を歪曲させる魔法を応用して作られているため、外見とは比べものにならないほどの許容量がある。
Sポーチは許容量が1番少ないもので、他にもMやLなどの許容量がある。外見の大きさや形状にも色々あり、エミが持っている2つの小さな革袋は超次元袋Sだ。Sなら丸の刻印、Mなら三角、Lは四角の刻印が付けられている。
超次元シリーズSは安くても1万モネルほどだが、ラキは値引き交渉をして破格の値段で手に入れたらしい。
「寝て起きたら…も、文無し…?」
「うむ。その食事代は300モネルで、オイラたちスカンピン」
エミはがっくりとうなだれた。ラキは特に気にもせず、エミに支度をさせる。
「ひ、ひどいよラキ〜!わ〜ん!」
泣き叫びながらもエミは支度をしている。ラキはその様子を、へらへらと楽しそうに見ていた。
出かける準備が整い、エミは涙と鼻水でふやけた顔のまま、2人は例のごとく窓から外へ出た。3階から、くしゃくしゃ顔の少女を抱えて跳ぶ悪どい笑みを浮かべた男の姿は、まるで誘拐犯のようだった。
………………
通報される事もなく、無事に美術館前の広場に到着した2人。
落ち着きを取り戻したエミは、ラキが話していた裏プロとやらを探している。しかし全く見分けがつかず、すぐに諦めた。
「全然わかんないよ」
「ハッ。悪人見極めるのは期末テストでな。ふむ…さっきより少ねェわ」
ラキはエミの背中を押し、少し早足で冒険ギルドまで足を進める。
冒険ギルドに入った時、エミは違和感を覚えた。職員以外のほとんどの人がいないのだ。冒険者が2名、併設されている食堂で酒を飲んでいる。こんなに人の少ない冒険ギルドは初めてだった。
不思議に思いながらも、仕事を探すため依頼掲示板へと移動する。
「依頼も少ねェなァ。つまりオイラの考えは〜……ほーぅら、やっぱりあった♪」
ラキはぎらりと目を光らせ、口元を歪ませる。
エミも視線を追って掲示板の貼り紙を見てみると、美術館からの依頼だった。紙にはこう書かれている。
高報酬!急募!!
〜館内の見回りと警備〜
腕に自信のある方、戦闘経験豊富な方、優遇。
報酬は金貨30枚!
手当含め最高金貨40枚!
※詳細は後ほど説明。
「すげぇ報酬」
依頼内容がほとんど記されていない上に多額の報酬。日付を見ると、募集は今日からのようだ。
「余程のことなのかな…」
「ま、行ってみりゃわかるさ」
ラキは貼り紙を1枚取り、不安そうな表情のエミと受付へ向かった。
「お二人ですね?ギルドカードの提示と、こちらにサインを。契約金はお二人で200モネルですが、よろしいでしょうか?」
「け、契約金…?200…?」
何度も依頼を請けた経験のあるエミでも未経験の事だった。
契約金は依頼を達成させれば報酬と一緒に戻ってくるが、途中で放棄したり失敗した場合は当然没収となる。
冒険ギルドは依頼者から、提示する報酬額の1割を仲介料として得ているので、利益が目的ではない。安易に契約金で縛ってしまえば、無理をした冒険者が死ぬ危険性が高まる。そんな事は冒険ギルドが望むところではない。つまり、これはエミの不安通り“余程の事”なのだ。
冒険ギルドはこの依頼に関して、投げ出さずにやり遂げる者を求めている。言い替えれば、報酬額のみに釣られてきた者を遠ざけようとしている。
どのみち資金不足で依頼は請けられないのだが、エミが断ろうとした横から、ラキが2枚の銀貨を出した。素寒貧だと言っていたのに何故なのかと、それを見て不思議な表情になり口を開きかけるが、ラキに両頬を鷲掴みにされた。
多少の手持ちはあったのか、それとも…エミはあまり考えない事にした。
「はい、確かに。では、このチケットを持って美術館の受付へ」
エミは2枚の紙切れを渡された。見た目は普通の美術館の入場券だが、裏面の中央に大きな星型の印が付けられている。
2人はそのチケットを貰い、美術館へ戻っていった。




