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第4記 −始めの一歩(1)−

 夜。エミとハティーはネウピエスの街を歩いていた。

 繁華街と比べ、賑わいの落ち着いている裏通り。2人は今、ラキが宿泊している宿へ向かっている。


「き、緊張してきた…大丈夫かな〜…」


「大丈夫。私もフォローするし、ラキさんだって、この世界の人が同行してくれるなら無下にはしないわよ」


「でも怖いなぁ……殺されちゃうかも…うぅ…」


「ラキさんはエミの命を救ってくれたのよ?白馬の王子様みたいじゃない」


「ケルベロスに乗った鬼だと思う」


「ぷっ…違和感ないわね」


「あははっ!だよね!あははは!」


 談笑しながら歩いていると、いつの間にか宿の前だった。エミの緊張も多少ほぐれたようで、そのまま宿に入る。

 食堂も兼ねているロビーには誰もおらず、行き届いていない手入れから、聞いた通りの安宿だという事が分かった。

 カウンターの中にいた店主にラキが泊まっている部屋を聞くと、愛想なく階段を指差して1番奥だと答えた。

 2人は軽く会釈して2階に上がる。2階の通路は狭いので、ハティーが先頭を歩きエミが付いていく。心踊る冒険も無く、2人は1番奥の部屋の前にたどり着いた。

 ハティーがドアをノックしようと手を挙げるが、ノックをする直前に部屋のドアノブがガチャリと下がった。


「ひゃっ…」


 ハティーの後ろでエミが驚いて後退り、硬直している。そのまますぐにドアノブが上がったので、ハティーはノックをせずにドアを開けた。


「こんばんは、ラキさん」


「こ…こんばんわ…」


 2人が部屋に入ると、ベッドに横になっているラキがこちらを見る。


「バンワっすー」


 ラキは口だけを微笑ませ、片手を挙げながら陽気に挨拶をした。

 エミは自分が抱いていたイメージとのギャップに少し呆気に取られた。もっと悪人然とした人物だと思っていたが、とても軽い。


「遠慮なく座って」


 ラキは2人を椅子へ促す。同時にラキも起き上がり、右膝を上げて座った。腰掛けた2人は、ラキの右側を見る位置になる。


「そのココア、飲んでいーよ」


 2人がラキの目線を追うと、くたびれたテーブルの上に紙パックのココアが4つ置いてあった。手に取ったココアは、しっかり冷えていた。


「ありがと。いただくわね」


「ありがとうございます…」


 2人がココアを一口飲んだところで、ラキが口を開いた。


「そのうち顔出すとはゆってたけど、ずいぶん早ぇな。急ぎの用?」


 ラキは2人の目を見ず、視界に捉えたまま話す。エミが視線を追ってみると…床、もしくはハティーの脚を見ている。

 ハティーがチラリとエミに目をやり、早速本題を切り出した。


「ラキさんの旅に、エミが同行したいって言うから連れて来たの。ね、エミ」


「…へっ?えっと、あの…したいっていうか…まぁ、同行…えっと〜…」


 エミがもじもじと言葉に詰まっていると、ラキが鋭い目付きで少し目を右に向ける。目が動いた瞬間、エミの緊張感は跳ね上がった。


「ぅひゅっ…いえ、あう、むぐぐ…」


 ラキは目を合わせようとはしないが、エミを視ているのは分かる。エミの声はどんどん小さくなり、すっかり畏縮してしまった。


「怖がってもいーから、言いてぇことはちゃんと言え」


「は、はいぃっ…!」


 ラキの言葉は厳しく口調も悪いが、声色に重さは感じられない。口元は笑っているし、軽口のように言葉を発している。それでもエミは目をぴしゃりと閉じ、背筋を伸ばしながら反応する。ハティーは横で苦笑していた。

 自分の反応に情けなさを感じながら、エミは一息ついて腹に力を込める。その様子を視界に捉え、ラキはふっと笑いを漏らして話を続けた。


「旅したいの?」


「し、したいですっ!」


「ツラいよ?」


「大丈夫ですっ!」


「危ねェよ?」


「がが頑張ります〜…!」


「死ぬよ…?」


「ひひゃぃッ…!!」


 最後の言葉は、ハティーも思わず冷や汗をかいてしまうほどの気配を感じた。

 エミが縮こまって怖がると、ラキが紙のような軽さで言った。


「んじゃ一緒に旅しよー。案内は任せた」


「…い、いぃんですか…?」


 いつの間にかラキの雰囲気から負の気配は消えていた。エミはゆっくりと体を元に戻し、恐る恐る聞き返す。


「いーよォ。そっちがケルベロスに乗った鬼でもイィってゆーならな」


「え…なんで…あ、いえ…それは、あの〜……うぅ…」


 先程とは違う理由で縮こまってしまったエミ。ハティーは驚きながらもくすくすと笑っている。

 ラキはココアを買った帰りに2人を見かけ、そのまま尾行していたらしい。

 宿に着いたら窓から部屋に戻った。部屋への出入りは窓しか使わないため、店主はラキが部屋に閉じこもりきりだと思っているだろう。


「とりあえず、これでオイラ達は相棒だ。さっそく今後の話でもしとくか」


「は、はいっ…」


 ラキはあぐらをかいて頬杖を付きながら言う。それにエミが応えると、ハティーが立ち上がり2人に言った。


「私も旅の準備があるから、そろそろ帰るわね。またどこかで会いましょう」


「あ、そっか……うん、またね!ありがと、ハティーちゃん!」


「旅を楽しむのよ、エミ。ラキさん、エミのこと宜しくね」


 エミとハティーは挨拶もそこそこに別れた。

 本来ならハティーの予定は詰まっているのだが、エミのために時間を割いてくれたのだ。エミは心の中でもう1度感謝する。

 ハティーが去り、エミも一息ついたところでラキが話を再開した。


「オイラの目的は元の世界に戻る事だけど、別に急ぎじゃねェし、やっぱ旅は楽しまなきゃな。どこ行く?」


「えっと…この本を調べてみる…とか…」


 そう言ってエミはコペッカ録と書かれた本を見せる。


「ふむ」


「ハティーちゃんも調べるって言ってたので…」


「ほほぉ」


「その、だから…えっと〜…」


「んん?」


「うぅ〜…」


 エミが黙ると、ラキは仰向けに体を倒してしまった。

 ラキは特に辛く当たっている訳でもないのだが、何を考えているか分からない反応に、エミの声はどんどん小さくなっていく。ラキに対しての恐怖心が、まだ深く残っているのかもしれない。

 ラキはそんなエミの様子を鼻で笑い、質問を繰り返した。


「ハッ……本を調べる為に、どこに行くの?」


 そこでエミは、自分がまだ質問に答えていない事に気付き、申し訳なさそうに答えた。恐怖感や気遣いで頭が回っていなかったのだろう。


「ここから東にある芸術の街…サテュールンです…」


 エミの言葉を聞いたラキは頷き、エミはほっと息を吐いた。その直後、突然ラキが勢いよく起き上がった。


「うひゃっ!」


 エミは驚いて体をびくりとさせた。そしてラキがゆっくりと口を開く。


「芸術の街ってことは…高価で貴重な物が集まったりする?」


「は、はい。歴史的に有名な彫刻家が彫った純金像とか、珍しい素材を使った陶器とか…いっぱいあるみたいです」


 その言葉を聞いたラキは、悪どい笑みを浮かべて立ち上がった。


「そんじゃ、さっさと行くか。善も悪も急がねェとな。ヒハハハ!」


 恐ろしい高笑いをするラキに、エミは不安を抱きながら席を立つ。


「これから、よろしく頼むよ。旅を楽しもーぜぇ」


 陽気に言って、ラキは手を差し出す。エミは少し躊躇ってから、にっこりと笑い、手を握った。

 サテュールンまで長い旅になるという事で、2人は旅の準備のために窓から外へ出ていった。




………………




「ほ〜ぉ…そりゃおもしれぇ」


 エミとラキの2人は旅に必要な物を買い込み、格安の馬車でサテュールンへ向かっていた。

 乗り合いではないので馬車に乗っているのは2人だけだが、ラキはエミの横に少し間を空けて座っている。どうやらラキは人と目を合わせたくないらしく、歩いている時も話す時も相手の喉元や足元を見ていたり、顔を視界に入れるだけでほとんど目を見ない。

 エミは何となく理由が分かるのか、横に座るラキに疑問をぶつける事もなかった。


「それに近い魔法はできるかもしれないけどね。ラキさんのは、この世界にはない力だと思う」


 ネウピエスからサテュールンへ行ってくれる馬車がなかったので、適当な所で降り、そこからは徒歩での移動となる。

 2人は馬車の中で、この世界の事やお互いの事を話していた。エミは少しずつ落ち着いてきたようで、ラキへの態度も普通になってきている。


「はっはっはー。この世のあらゆる現象を起こせる魔法でも、自分の存在を消すのはムリだわなァ」


 気配を抑えるラキの行動は、気配が完全に消え、姿さえも見えなくなるとエミは言った。奇妙な能力ではあるが、ラキからはこの世界に存在する全てのものと同様に魔力も感じるという。

 ラキ自身に人並み外れた力があり、この世界の力と合わさる事で起きている現象なのではないか…2人はそう結論付けた。というより、今はそれ以外に考えられなかった。


「あとはそれに名前を付けて、詠唱も唱えればもっとすごい能力になるよ〜」


「…何だそりゃ。この世界じゃ大事なのか?」


「えっと、初等部の頃の教えなんだけど…魔法はペットと同じで、名前を付けて遊んであげることで自分を好きになっていくんです。素直で可愛いポチ〜って呼んであげると、喜んで飼い主の言う事を聞くのです♪」


 エミがにこにこと子供に教えるように説明している横で、ラキは微妙な表情になっている。


「…つまり、技が強くなったり成長したりするってか?」


「うん。難しく言うと……詠唱は魔法を綺麗に磨き、より明確な姿にする儀式。意志をしっかり持って魔法を洗練するの。呪文は魔法に対しての想いで、重要な鍵でもあるんだよ。これで初めて魔法が完成する訳ですね」


「そっちのが分かりやすいわガキー」


「あぅ…」


 自慢気に説明を終え、ラキに一蹴されるエミ。

 マハートフクスに存在するものには全て魔力が宿っている。想いを言葉として発すれば、それは力となるのだ。強い思想を持つ者は、言葉を発さずとも力を引き出せるという。


「詠唱は面倒だけど、まぁ名前くらいは付けとこーかな」


「うんうん、それがいぃよ!付けたら教えてね」


「不在の新月」


「早いねっ!」


 ラキに対して恐怖心しかなかったエミだが、大分慣れてきたようだ。誰に対してもすぐに殺意を向けるが、これが彼の普通なのだろうと考えられるようになってきている。

 エミの説明にはあまり興味を示さなかったが、区別するためにとりあえずと、完全に気配を消し不可視になる能力を『不在の新月(ふざいのしんげつ)』と名付けた。


「まだまだ面白い技ができそーだなァ、この世界。ヒハハ!」


ラキはそう言うと、エミの向かい側に移動して横になった。


「あ、寝るの?」


「ヒマだから少しね。ヒヨッコもピヨピヨうるせぇしさ」


 へらへらと言いながら、左腰のホルスターに納められている2本の釵をずらし、寝る位置を調整する。

 ラキに言われてエミはいつもの自信なさげな、不安げな表情になって言い返す。


「う……そ、それは知らない世界のことだから、ちゃんと説明しといたほうがいぃと思ったんだよ…私は普段、口数多いほうじゃないんです。友達といる時だって話題を振るのはほとんど友達からで…」


「おォい、ものっそい喋ってるよー。口がパクパク、ピラニアか。そりゃパンツも魚柄だよ」


「ひゃわふっ…!」


 顔を真っ赤にしてパンツを隠すエミを無視し、ラキは目を閉じた。

 3時間後、通過点に到着した2人は馬車を降り、サテュールンへ向かい歩き出した。

 ラキが寝ている間、エミはこの世界で扱われている通貨の説明を、分かりやすく紙に書いてくれたようだ。すでにラキは通貨を使っているが、知識は無いに等しい。ありがたくエミの厚意を受け取り、歩きながら読む事にした。



単位はモネル!

金貨〇枚と表す事もある!


鉄貨…1モネル!

少し大きい!


銅貨…10モネル!

縁がギザギザ!


銀貨…100モネル!

全部のとくちょうがない!


白銀貨…1000モネル!

少し大きめ!

真ん中に星型の穴☆!


金貨…1万モネル!

裏と表の刻印が違う!


白金貨…10万モネル!

長方形!



※1ヶ月の生活費!


成人男性のしっそな一人暮らしで1万5千モネルくらい!


冒険者の平均は、なんと3万モネル!!


私は毎月親から振り込まれる1万モネルで何とか!!!!



(…何コイツ。何でこんなにビックリしてんの?記号の後にもビックリしてんだけど。すげぇ鬱陶しいわ)


 感想は批判だったが、それを口に出さないのは本当に不毛で鬱陶しい話になるからだろう。記号は完全に無視した。


「なるほどね。目が見えなくても分かるよーにって事か。…ふむふむ、1ヶ月約15万円って事だな。オイラは月50万円だったから、こっちでは5万モネルね」


 ラキは元居た世界との共通点を探し、馴染みやすいように知識を吸収していった。

 エミは月5万モネルと聞いて絶望を感じた。この旅がどんな冒険になるのか、早くも先が不安になるエミであった。

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