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第2記 −不在の影−

 目を開けて理解したのは、見たこともない森の中だという事。

 すぐ近くに小さな湖があり、周りには柔らかい光の球がフワフワと浮かんでいたり、規則性もなく飛び回っている。

 見上げれば木々の隙間から、綺麗な満月が湖を照らしていた。この幻想的な光景に、立ち上がった男は呟いた。


「なんじゃこりゃ」


 着ている物は黒。ジーンズ、ノースリーブ、その上には六部丈に折って固定されている袖のジャケット。黒い短髪は右から左に向けて立てられている。白い肌に細い輪郭、切れ長の鋭い目付き。左耳にはロングピアスが2つ。どちらも2つの丸いターコイズから、金属で出来た羽が下に伸びている。

 左の腰からは三又の武器がホルダーに2本、納まっている。(さい)という武器だ。


「……夢じゃねェな」


 男は周りを見渡しながら考えていたが、すぐに結論を出した。どこに向かうのか、思い留まる様子もなく歩き始めた。




………………




「……むーん…」


 男は宛もなく歩いていた。

 行動に迷いは無いが、どうやら迷子のようだ。それでも迷いなく(?)進み、ふと近くで何かの音を聞きつける。それが川だと気付いた男は、水の音がする方へ進んでいく。

 しばらく進むと綺麗な小川があった。穏やかに流れる水の中に、見た事もない魚が泳いでいる。

 男は水や魚を監察するため、水面に顔を近付けた。


「…マズそ」


 魚のヒレは青く発光していて、流れる川はきらきらと優しい光で輝いている。

 男は少し悩んだが、食料を確保するために腰からナイフを取り出した。光を反射しない、黒い刃のナイフだ。そのナイフを水中に投げ、泳ぐ魚を次々と仕留めていく。そして、あっという間に3匹の魚を手に入れた男は、枯れ木や石などを集め、持っていたオイルライターで火を興した。

 ワタを取ってすすいだ魚を木の枝で貫き、その周りに立てていく。


「死んだ魚の目をした者よ、我が糧となれ」


 男は焚き火の近くでしゃがみ、ご機嫌な様子で魚の焼き加減を見ている。

 問題は山積みだが、ひとまず休憩といった様子。…が、男の顔付きは一瞬で変わる。ギラリと目を流し、口を歪めて笑いながら小さく呟いた。


「ヒハハハ…ドロン」




………………




 ネウピエス領、ミネタス自然区域。

 ネウピエス南街門から馬車で30分ほどの場所にある森。近くに山もあり、魔法薬学や錬金術などに使う素材が採取できる。冒険者や薬剤師なども、よく探索に来ている。

 モンスターも住み着いているが危険指定される程ではなく、比較的安全な場所だ。

 森の深部の方は高魔力危険指定区域とされていて、希少な素材が手に入る事もあるが、獰猛な獣やモンスターなどが多い。魔力の質や濃度が高く、その影響で高い魔力を含んだ素材や生物が育つと言われている。腕の立つ冒険者でも容易に近付かないのが、危険区域という場所なのだ。


「あ、吸血草だ。これで依頼品はオッケー。やったね〜♪」


 森の中をスイスイと進み、使える素材を採取しているのはエミだ。淡く光る小さな魔法の球が近くに浮いている。

 周りには他の一般人や冒険者は見当たらず、森の中は澄んだ静けさに包まれていた。


「今日は採集の依頼もあったし、久々に馬車代に回せる余裕もあるし、ほんとに運がいぃな〜。ヤートゥーポーションもあるんだから、もう少し探そ〜っと」


 各街には冒険者組合が取り締まっている冒険者用の仕事斡旋所(通称、冒険ギルド)があり、老若男女様々な者達からの依頼が寄せられてくる。

 冒険ギルドの登録者が依頼を請け負い、達成した証を渡す事で報酬を得られるのだ。

 エミは素材を集める依頼を請け、たった今、依頼品の採集が終わったようだ。そして、現在エミが居る場所は危険指定されている区域からは離れている。今のところポヤン3体以外のモンスターとは遭遇していない−−倒してはいない−−ので、とても平和な冒険だ。


「…でもポーションはすぐ使えるように、と…」


 そう言って袋の中身を入れ替え、探索場所を変えながら採集を再開した。




………………




「う〜ん……だめだぁ…急に採れなくなっちゃった…」


 採集を再開してから約1時間。少しずつ移動しながら採集を続けていたエミだが、これといった収穫はなかった。


「時間も時間だし、コワイし、そろそろ帰ろうかな…」


 時刻は1時を過ぎた辺り。収穫が見込めないので、今日はここまでにして引き返そうと歩き始めたが…近くで不気味な物音が聞こえた。


「ひっ…」


 エミは灯りの魔法を消し、ヤートゥーポーションを手に持つ。不気味とはいえ音だけだったので、確かめる為に恐る恐る物音がした方へ進む。この辺りのモンスターならエミでも何とか対処できる−−倒せはしない−−のだが、聞いた事のない異様な音だった。

 足音を立てず慎重に進んでいく。長い距離を移動する事なく、少し先に物音の正体を発見した。

 火を見ればそれが火だと分かるように、そこには火を見るより明らかな“異様”があった。それを見て分かりやすく言い表すなら、2足歩行の巨大な青いトカゲだった。

 ワニのような顔に鋭い牙。人間と見間違えるほど柔軟に動く四肢。ガッシリとした体に太い尻尾が生えていて、両手足の指先は爪なのか肉体なのか分からないが、鋭く尖っている。体長は3mをゆうに超えている。


「−−ッ…!!?」


 エミは驚きと恐怖で硬直したが、すぐさま我に返る。いつでも使えるように準備していたポーション。こういう時の準備なのだ。

 エミは動揺で上手く動かない体を叱咤し、ヤートゥーポーションの蓋を開ける。そして、焦る気持ちを抑えて一気に飲み干した。匂いは微かに甘いが、味は苦い。

 効いているかどうかはすぐに実感できた。


(おぉ〜…自分がここに居ないみたい)


 本当に幽霊になったような錯覚を覚え、エミの心は大分落ち着いた。

 エミはすぐに引き返そうとはせず、マントを開いて肩から下げられている鞄から1冊の本を取り出した。表紙には魔物図鑑と書いてある。


(もしかしてあのモンスター…)


 本をめくり、あるページで手が止まった。


(や、やっぱり…!でも何で…)



〜ヘルビトゥス〜


全長3m〜??m

体重300kg〜??kg


高魔力危険指定区域で確認されている。外見は巨大な青い蜥蜴。恐らく夜行性。


身体能力、知能ともに非常に高く、魔法や魔闘を使う可能性も高い。

生きている状態の調査は進んでいないので、生態のほとんどが不明。


洞窟内や草木のある水辺付近に棲息し、ホウロというヒレが青く光る魚を主食としている。また、冒険者を襲って捕食するという情報もあり、極めて危険な肉食魔獣として懸賞金がかけられている。


※補足

冒険ギルドの依頼に出された事もあるが、依頼を達成した者はおらず、犠牲者が増える前に依頼は取り消された。ヤートゥーポーション−−飲んだ者の気配と姿を薄れさせる魔法薬−−の使用で逃げようとしたと思われる冒険者も遺体で発見された。


国へ正式な討伐隊の編成を申請したが、懸賞金をかけるのみに留められた。人里に現れる事もなく、被害的に見て関与しない事になったのだ。


このモンスターを見たら気付かれる前に逃げる事を勧める。



 ヘルビトゥスというモンスターの絵と共にそう書かれていた。エミは本をしまい、物陰に隠れながらヘルビトゥスを監察する。

 存在感を薄れさせるポーションが無駄だと書いてあったが、エミが飲んだのは存在感を消すポーションだ。下手な事をしなければ、効果が切れるまでは大丈夫だと自分に言い聞かせる。


(…何か探してる?)


 ヘルビトゥスは、右や左に首を回して何かを探しているように見える。そして、エミは見た。いや、実際に見たかどうかは分からない。瞼に焼き付いた幻影のように、おそらく見えたのだろうという記憶が残っていたのだ。

 ヘルビトゥスの肩に乗り、首に何かを刺している影を。


(……ん?今のは…に、人間…!?)


 突然現れ、その光景が見えたと思ったら消えていた。

 前兆やその光景になるまでの過程が一切なく、まるで2枚の静止画。そうなる前と、後の2枚。しかし確実に居たのだ。その証拠に、ヘルビトゥスの右の首筋からは赤い血が吹き出ていた。

 ヘルビトゥスは低く呻きながら首を抑える。肩に乗られた事には気付いたようだったが、刺された事には血が吹き出るまで気付かなかったようだ。

 ヘルビトゥスはなおも“何か”の居場所が特定できず、周りをうかがっている。前後左右、上下。どこを見ても誰も居ない。

 ふとヘルビトゥスは何を思ったのか、首を抑えていた手を下ろし、ただの仁王立ちの状態になる。

 1秒の間も置かず、影が現れた。刃物らしき物を左の首筋に刺し、それを右の首筋まで移動させた。


「−−んぐッ…!!」


 人間らしき影から呻き声が聞こえた。

 一瞬の出来事でエミには見えなかったが、2度目の影が現れて首をかき切った時、ヘルビトゥスは影に反撃して絶命した。いや、絶命と同時に反撃したと言った方が正しい。

 ヘルビトゥスの鋭利な手からは強い力を感じた。おそらく、魔力を様々な気に変えて攻撃する魔闘だろう。それを薙ぐように受けた影は吹き飛ばされ、離れた場所で木にぶつかったようだ。遠くで鈍い音が響いていた。

 目に映るのはヘルビトゥスの死体。エミの心臓は跳ね上がるほど大きく鳴っていた。

 得体の知れない恐怖感。あの影が人族であれ魔物であれ、異常なほどの嫌な雰囲気と悪意を感じる。

 それから自分がどれくらいの時間そこへ留まっていたのか考える余裕はなかった。早くこの場を離れなければと、音を立てないように来た道を戻っていった。

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