表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/24

第1記 −波乱の兆候−

 ネウ国、ピエス。

 東の大陸の中央辺りに位置する大規模な都市だが、国としては領土が狭く街もピエスのみ。そのため、国と街を分けずにネウピエスと呼ぶ。

 ネウピエスは他国の争いに関与しない中立国であり、高名な教育機関を持つ学園都市として知られている。

 広大な街には様々な種族が出入りし、種族差別などはない。通りに目を向ければ行商の馬車や冒険者が行き交い、食べ物屋から武具屋にいたるまで、多くの店が昼夜を問わず賑わっている。


「こんばんわ〜、おじさん。まだプリンポーションありますか?」


 商店街の外れ。小さな薬屋の店内で、暗い赤色の格好をした少女が店主に話しかけていた。

 つばの広い、先端が折れ曲がったとんがり帽子に、短いワンピースのような服にベルトを巻き、膝程まであるマントを羽織っている。髪は暗めのオレンジで、濁りのない目をした小さな少女だ。


「やぁ、エミちゃん。先週は品切れで悪かったね。今日は残ってるよ」


 穏やかな微笑みで答えた店主は、エミと呼んだ少女に小瓶を見せた。

 プリンポーションとは“ポヤン”という半液状のモンスターから採れる薄い桃色の液体を加工したもので、長く保存出来る補助食品として重宝されている。腹持ちが良く持ち運びに便利なため、冒険者にも人気のポーションだ。


「あ、よかった!じゃあこれ、20モネルです」


 エミは腰に下げている2つの小袋のうちの1つから、銅の硬貨を2枚出してカウンターに置く。すると店主は、もう1つ別の瓶を置きながら言った。


「毎度ありがとうね。これはサービス、上手く使ってくれよ。気をつけて行ってらっしゃい」


 馴染みの店らしく、エミは感謝の言葉とともに頭を下げて店を出た。空に目を向ければ、沈みかけた太陽と月が顔を出している。

 エミはもう片方の小袋に小瓶を入れ、目的地へと足を進めた。




………………




 魔法学園マジェーラロアンと魔闘学園レビットガット。

 ネウピエスが有名な都市の1つとして知られている大きな理由が、この城のように巨大な建物が建ち並ぶ学園だろう。

 多くの実力者を輩出している2つの学園はどちらもエスカレーター式で、最低1歳からの入学が可能だ。入学の審査として、魔力の濃度や質を調べる。

 世界でもトップクラスの教育機関であるのにも関わらず、審査の規定は並程度で、種族や経歴などは関係ない。器量がうかがえる仕様だ。


「おはよ〜フリン」


 マジェーラロアン中等部の教室。

 敷地や建物は一般的な施設と比べて規格外だが、教室はいたって普通の広さだ。室内は階段のようになっていて、長い椅子と机が取り付けられている。


「あ、エミ。おはよ!」


 時間的には全く早くないが、いつものように挨拶を返した少女はフリン。この2人は幼い頃から仲が良い。

 エミがフリンの隣に座ると、フリンが楽しそうな様子で話しかけてきた。


「エミよ…今日は例のあのコが来るみたいだぞ♪」


 幼いながらもキリリと整った顔立ちにショートヘアが似合うフリンは、ボーイッシュと言って間違いないだろう。逆にエミは、丸みを帯びた輪郭に可愛らしい顔立ちで、肩辺りまでのセミロングの癖毛。何の変哲もない女の子と言って間違いない。


「…あのコ?あ、もしかしてハティーちゃん?」


「そう!100%当たる未来予知!史上最年少の魔法占いお嬢様!」


 占い自体は世に広く知られているが、魔法を使っての未来予知は高度で特殊なため、正攻法で出来る者は他にいない。彼女の占いは業界で凄まじい人気を呼び、依頼が殺到しているという。

 噂によるとハティーは数年前、旅行中に偶然“ロード”という木の実のような物を見つけた。これには死ぬほどの苦痛と引き替えに自身の魔力を劇的に底上げする効果があると言われ、表でも裏でも高額で取り引きされている。しかし、ロードの性質や作用は未だにほとんどが謎で、必ずしも苦痛と引き替えに強くなれる訳ではないらしい。それでも金や力のために探し求める者が後を絶たない。

 ロードを幸運にも見つけた彼女は、幸か不幸か何も知らずに食べてしまった。そして死の淵をさ迷い3週間の後、前兆もなく突然元気になり、魔力が格段に上がっていた。

 本人から聞いたという話は聞かないので、あくまで信憑性の低い噂だ。


「久しぶりに来るんだね〜。単位大丈夫なのかな」


「まぁ上級魔法士なんだから、学園で学ぶ事なんてナイでしょー!」


 1年ほど前から、ハティーはあまり学園に来ていない。たまに学園に顔を出すと、占ってもらおうとすぐさま周りに人が集まる。

 基本的に予約などは取らず、彼女が自らの意思で人を選ぶ。大金を積まれても、どんなに高名でも関係はない。それでも依頼や人の山はなくならないのだから、彼女の実力は裏付けられているだろう。


「学園楽しいのに、もったいないな〜」


 エミが自分の事のように呟くと、背後から囁き声が聞こえた。


「そう、楽しいから時間がなくても来ちゃうのよ。明日からはもっと楽しくなりそうだしね」


 エミとフリンは驚いて振り向く。そしてそこに居る人物を見てさらに驚いた。件のハティーが、楽しそうに微笑みながらそこに居たのだ。

 薄化粧の大人びた人形のような顔立ち。背中辺りまである、飾り気のない綺麗な金のロングヘア。シンプルで動きやすそうな白色の薄いドレス。右側のスリットからは、白く細い足が見えている。

 会話を聞いていたところを見ると、どうやら2人が来る前から居たらしい。

 講義が始まるまで15分もあるので、教室内はいつも通りのざわつきだ。しかし、誰もハティーに気付いていない。気付いていれば確実に集まってくるのだから、気付いていないのだ。

 何故なのかと困惑していると、ハティーが手に持った小瓶を2人の前で振って見せた。10cmほどの細長い瓶には、僅かだが霧のような濁りがうかがえる。


「ヤートゥーポーション。現代の言葉で“霧の悪戯”って意味。飲むと一時的に存在感が薄れるの。話しかけたり触れたりするとバレちゃうけどね」


「あ、さっき薬屋のおじさんからもらったポーションと同じだ…」


 薬屋の店主がサービスでくれた小瓶。それにも霧のようなものが入っていた。後で学園内の図書館で調べ、試しに飲んでみようと思っていたが、その必要はなくなったようだ。


「さて、エミアトーヌ。ポーションの効果が切れる前に占ってあげるわ」


「えぇえっ…!?」


 エミは唐突な話に、訳がわからず挙動不審になっている。フリンも驚いていたが、こんな機会は滅多に無いので、エミを小突きながら喜んでいた。

 ハティーはすでに魔法発動のため、目を閉じて集中している。


「…お、お願いしますっ…」


 エミはたたずまいを直し、一段高い位置にいるハティーを見つめる。

 しばらくの沈黙の後、小さく何かを囁くとハティーの体の周りが淡く光り始めた。そして静かに目を開け、ゆっくりとエミの手を取る。

 魔法の光は珍しくない。魔法や魔闘を使えばいつでも見られるし、夜になればいたる所で魔力で作られた光の球が街を照らす。しかし、ハティーの体から漏れる光は、思わず見惚れてしまうほど綺麗だった。

 時間を忘れて見入っていると、半眼で一点を見つめていたハティーがエミに視点を合わせる。光が消えたハティーを見る2人から、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。


「…週1で街の外へ採集。冒険心と恩返しと生活費か…結構苦労人なのね。でも…今日の採集は気を付けた方がいい。死ぬかもよ」


 占いは終わった。2人は石像のように固まっている。そんな2人の様子を無視し、ハティーは立ち上がった。


「過去と未来、運命は繋がってるの。それじゃ、また明日♪」


 それだけ言うと、楽しそうな顔で教室を出ていった。

 しばらく放心していた2人は、教室のざわめきで我に返った。


「…ちょっとちょっと…やっぱすごいよ、ハティーちゃんって…。エミ、今日は採集やめといたら?」


「う、う〜ん…そうだね……死ぬかもって言われたのもびっくりだけど、採集のことも当たってたもんね…」


 エミは幼い頃、近くに住むおばさんやおじさんに世話を焼かれていた。

 両親は小さな家を残して消えてしまったと聞いている。どんな人だったのか、どんな顔だったのか、何も覚えていない。ただ、ちゃんと生きていて、毎月金貨1枚がエミの口座に送金されるという事が分かるだけだ。

 小等部の後半になってからはおばさん達に頼らず生活するようにしていて、少しでも恩を返せるようにと森や山で植物などを採取し、それを売ったり交換したりしておばさん達に渡している。

 そういった事情を知っているのはフリンしかいないが、知っていて当然という雰囲気だった。言葉にならないほど凄い魔法だ。

 2人は魔法占いお嬢様の力を体験し、人気が絶えない理由を改めて理解した。




………………




 時刻は22時。空は晴れわたり、無数の星と淡く輝く満月がはっきりと見える。


「や〜、終わった終わった」


 講義が終わり、フリンが背伸びをしながら解放感に浸っていた。

 学園の講義は自由取得制で、自分が受けたい講義を選び、学期の初めにあらかじめ登録する事で受講できる仕様だ。講義は基本的に10時から22時までで、学園自体は8時から3時まで開放している。

 色々な設備が揃っているので、主に魔法の修練のため学園内にいる者は多い。


「エミはこれからどうするの?」


「あ〜、えっとね……やっぱり、採集行こうかな〜って…あはは」


 ハティーに占ってもらった直後は、死ぬかもしれないという思いから中止にしようかと考えていたのだが、1人暮らしのエミにとって採集は豊かな生活の為でもあるのだ。

 それにしても、死ぬ可能性があると知りながら採集に出向くのは愚行と言っても過言ではない。1週間すら我慢できないほど金銭的に苦労しているのだろうか。


「でも…本当に大丈夫?今日くらい、あたしも行こうか?」


 事情を知っているフリンは、心配そうに聞く。

 自分で行う事を大事にしているエミは、採集にはフリンですらも連れて行った事がない。それにフリンには恋人がいるというので、その気遣いもあるのだろう。


「大丈夫だよ。危ない区域には行かないし、いざとなったらヤートゥーポーションもあるしね〜」


「あぁ、そっか!今日はその強い味方があるんだったね!それがあれば…ん?」


 エミが取り出した小瓶を見て、フリンが何かに気付く。小瓶の蓋には折り畳んだ小さな紙切れが貼り付けられている。

 フリンが外して広げてみると、商品の注意点が簡潔に書いてあった。



〜不良品、取り扱い注意〜


存在感が薄れるのではなく、消えてしまう。


効果時間は大幅に増え、1時間ほど。



「…これって不良品…なのかな?パワーアップしてると思うけど…」


 エミは小さな紙切れを見ながらそう呟いた。


「ん〜…?知ってほしい人にも知られなくなっちゃうとか?」


 フリンはハティーが使っていた様子を思い出し、顎に手を当てながら呟いた。そこでエミも何かを思い出し、納得のいった表情で答える。


「あ、サービスで貰うのはいつも破棄商品だった。たぶん、冒険者からクレームがあったんだよ。上手く使ってって言ってたから、ほんとに時間がたつまで何してもバレないのかも」


「お〜、なるほどね。幽霊体験薬ってわけか」


 店主の思惑では、学生として魔法薬学の研究などに上手く使って欲しかったのだろうが、どう解釈するかは人それぞれ。今回の場合はその解釈が正しい…というより、おあつらえ向きと言える。


「エミには最高の恵みじゃん!これで今日の採集はバッチリだ!」


 1人で採集に行くエミにとっては、誰に気付かれなくても問題はない。むしろ、死ぬかもしれない危険性を伝えられた今は、この薬は切り札になるだろう。

 店主にこのポーションをもらった事や、ハティーが使っていた事。採集に危険があるかもしれないと分かっている事。全てが良い方向に繋がっているのだと、エミは俄然やる気が出てきたようだ。


「私は不死身っ」


 おそらく、無敵と言いたかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ